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2 夢じゃない朝
しおりを挟む僕はキャルの寝顔を見つめた後、自分の大仰な気持ちに赤面して毛布を出た。
よくよく考えたら、隣にいたエリナはいない。
ふと見ると、隣室でエリナがこっちに手招きしてる。僕はそっちへ行った。
「おはようございます」
「おはよう、クオンくん。よく眠れた?」
「はい。ちょっと冷えたかもしれないですけど、よく寝ました」
「よかった。冷えるから、焚き木を拾いに行こうか」
エリナはそう言って笑い、僕たちは屋外へ出た。
焚き木を拾いながら、エリナが口にした。
「多分だけど…キャルちゃんは、ようやく安心して寝れたんじゃないかな。好きなだけ、寝かせてあげたいよ」
「よほど恐い目にあったんでしょうね……僕らには、想像もできないくらい」
僕がそう言うと、エリナは眼鏡の奥の瞳で微笑んで見せた。
「キャルちゃんが安心して眠れたのは、君のおかげだと思うぞ、クオンくん」
「そう……なんでしょうか?」
もし、そうなら……僕は嬉しい。
そう感じていると、エリナが不意に僕に訊いた。
「今さらなんだが…、君はどうしてキャルちゃんと知り合ったんだい?」
「いや…僕は浮浪者で、道にいたら目の前で転んで――それで、その後ろからあの二人が来たんです。それでキャルに乱暴したのを、僕が咎めていざこざになった」
というか、いきなり奴らは僕を殺そうとしたんだ。ほんとに最低な奴らだ。
と、エリナがビックリした顔をする。
「え? それまでに話したりとか、そういうのはないのかい?」
「ええ」
僕は普通に返事した。エリナが驚きから、何か微妙な顔に変わる。
「君はその場で知り合っただけの少女のために……命をかけた…と?」
「いや、そんなつもりはなかったけど、向うが襲ってきたんです。いきなり僕を殺そうしました。最低な奴らですよね」
「君はキャルちゃんが、どんな少女かも知らずに助けたわけか?」
エリナが苦笑まじりに言うことを、僕は反芻してみた。いや、キャルがどんな子か、まったく知らなかったわけじゃない……気がする。
すると僕は、ふと思い出した。
“た――”
転んだキャルに駆け寄った時、キャルは何か言いかけて、やめた。あれは「助けて」だったんだ。
だけどキャルは全部を言わなかった。
「……最初に会った時、キャルは『助けて』って言おうとして、その言葉を飲み込んだ。きっと、助けを求めた僕が――被害に合わないようにです。その後も、『その人は関係ない』って言って、僕を助けようとした。……そういう子です、キャルは。僕は会ってすぐに、それが判ったのかもしれない」
「そうか……」
エリナは僕の答えを聞いて、微笑んだ。
「――おはようございます」
不意にかけられた声に、僕とエリナは家を振り返った。
キャルが出てきて、微笑んでいる。
「おはよう、キャル」
「おはよ、キャルちゃん」
僕らはキャルの方へと歩んでいった。
僕らが近づくと、キャルが微笑んだ。
「よかった、夢じゃなくて……。起きたら二人ともいなくて、もしかしたら幸せな夢を見ていたのかもしれないって、一瞬、思ったんです」
そう言って微笑んだキャルを見て、僕は切なくなった。
「夢じゃないよ、キャル。君はもう奴隷じゃないし、自由なんだ」
「そうそう。それじゃあ、朝御飯にしようか」
僕の後に、エリナが雰囲気を軽くするように口を開く。
僕らは焚き木を抱えて、リビングに戻った。
エリナが保管していたパンを炙って食べる。飲み物はミントティーだ。
人心地ついて落ち着いたところで、エリナが口を開いた。
「さてさて、我々の輝かしい共同生活が始まった――わけだが、まずは我々の財産を確認しよう」
「財産なんて、ありましたっけ?」
「あるぞ。あの人さらい二人組からいただいたものだ」
「ああ」
まずは昨日も確認した34560ワルド。現金だ。
お金を出したところで、エリナが口を開いた。
「ところで、だけど――私が思うに、お金はクオンくんが持っているのがいいんじゃないかと思うんだ。クオンくんがあいつらをやっつけたおかげで手に入れたお金だし」
「……わたしも、それでいいと思います」
キャルも続けてそう言う。けど、僕はちょっと考えて、二人に言った。
「僕は一ヵ所にまとめておくのは危ないと思う。僕が多く持っててもいいけど、二人とも1万ワルドずつ持って、三分割した方が、何かあった時に安全だと思う」
「それでいいのかい、クオンくん?」
僕は頷いた。
エリナが微笑む。
「ほんとに君はなんというか……邪心がないというか」
「こんな状況で、僅かのお金を独り占めしたって生きていけないでしょう? お金は貴重な僕らの財産です。これから――僕らの暮らしを、もっといいものにしていくための、大事な足がかりです」
僕の言葉に、エリナもキャルも深く頷いた。
「それじゃあ、このお金を何に使う?」
「まずは……エリナさんが盗みをしなくてもいいように、最低限の食料は必要でしょう。けど、基本的には冒険者としてやっていくための、準備金に使うのがいいと思います」
「なるほど……冒険者か。そのために必要なものって何だろう? 我々の持ち物を、改めて確認してみよう」
僕らは二人組からいただいた物を改めて広げてみた。
まず剣が三本。最初に奪った一本と、後から持っていた二本だ。それと連中が来ていた鎧。よく見ると、鉄の部分は一部分で、大半は皮で作られていて軽量化されている。
それとロープ、…と、意味不明のボール。金属でできているようだが、何に使うのか判らない。
「これ、何でしょう?」
「あ、これは収納珠ですよ」
「リシーブ…って、何?」
「僅かな魔法力で、多くの物を収納するボールです。何か入ってるみたいですね」
キャルはそう言って収納珠を手に取る。その珠から電流のようなものが出てきたと思うと、それが形になった。
現れたのは折りたたんだ紙。そして薬の小瓶が四本。緑の液体だ。エリナが眉をひそめる。
「何の液体?」
「回復薬だと思いますけど……」
キャルはそう言った。
エリナは頷いて、折った紙を手にした。
「この紙はなんだろう?」
紙を広げる。それは一枚の地図だった。
「地図だ――けど、何処の地図だろう?」
「多分、この街の地図です」
僕の問いに、キャルが答えた。地図はよく見ると詳細図で、通りや店などが書きこまれている。
「おお、これは便利なものを手に入れた」
「此処――冒険者ギルドって書いてあります」
キャルが地図の一角を指さした。
ごくり、と思わず唾を呑む。
「じゃあ……此処に行って、僕らにできる仕事がないか探すことから始めないと、だね」
僕はそう言いながら、二人を見た。二人も真剣な表情で頷く。
「行ってみよう、冒険者ギルドへ」
僕らはそう言うと、立ち上がった。
不思議と気分が高揚している。これから、僕たちは新しい挑戦をする。その期待と不安で昂っているのだろう。
出かける直前に、僕はふと気づいてキャルに、頭からマントを被せた。
「え……?」
「一応、髪とか耳とか隠しといたほうが安全かもしれないから」
僕はそう言って笑った。キャルが、微笑を返す。
「よし! じゃあ、いざ街へ、出発!」
エリナの景気のいい声に、僕らはオー! と、声をあげた。
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