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第1話・誰だ、こいつ
しおりを挟むーーー白磁を思わせる滑らかな肌が、ほんのりと淡く染まっている。
弾けた柘榴を思わせる唇は、言葉を紡ぐこともなく、美しく並んだ陶器のような歯が姿を見せることはない。
黒曜石を思わせる、深い夜の色をした髪と目は、何の感情も映すことなくただ先を見据えていた。
パチリ、と音がするのでは無いかと思うほど長い睫毛が、黒曜石の瞳に影を作った。
そして、彼女の紅い唇が、ついに開かれた。
ーーー「失礼ですが、どちら様かしら…?」
* * * * *
ーーーアバースト伯爵家には、氷華の精霊と比喩されるほど、美しい娘がいた。
その娘の名は、ライーナ。
真冬の空を思わせる髪と瞳を持った、神秘的な美少女である。
曰く、彼女が歩けば貴公子に求婚される。
曰く、彼女が座ればたちまち小鳥がキスをしにくる。
曰く、彼女が微笑むと花の精霊が祝福を届けにくる。
曰く、曰くーーー。
そんなお伽噺のような噂は、尽きるばかりか増えていく一方である。
そんな彼女は、1を教われば100を学ぶ、所謂天才だったのである。
武芸に秀で、気品を纏い、知性を感じさせる。
そんな彼女は、貴族界でも完璧だと。理想であり、模範だと口を揃えて言われた。
だが、彼女にも欠点があった。
それは、彼女と同じ色の瞳と髪を持つ、似ても似つかぬ妹である。
ライーナのような美しく、氷華を思わせる神秘的な容貌とは相違い、可愛らしい、砂糖菓子を思わせる甘い容貌の彼女は、名をカレンといった。
見た目は、名前通り可憐な少女だが、性格は中々の曲者だった。
彼女は、とんだシスターコンプレックスを患っていたのである。
ライーナが世界の中心であり、自身の全て。
彼女が真黒な烏を白と言えばその烏はたちまち白い鳩になり、彼女が人に流れる血を青だと言えば、全人類の血液は青となる。
そんなシスコンカレンだが、ライーナが異性に近づくことを、めっぽう嫌がるのだ。
やれお姉様は私だけのものだ。やれ汚れた男にお姉様を近づけたくない。
そんなカレンは、貴族界ではとんだ珍生物として見られていた。
しかも、ライーナと婚約する予定だった伯爵子息との婚約に猛反対し、自らが婚約者となることでその場を収めたのである。
シスコンもここまで来ると病気であるが、残念ながらライーナもそんなカレンを大層可愛がっていた。
悲しきかな、貴族界では花の精霊のような少女と氷華の精霊のような少女二人揃って珍生物である。
* * * * *
ーーー彼女の口から紡がれた言葉に、青年は言葉を失った。
形の整った唇はわなわなと震え、隣にいた女性もろとも壊れた笛にむりやり空気を押し込んだようなヘンテコな音しか、喉から出てくることはなかった。
「…?」
首を傾げ、珍妙なものを見る目で青年と女性を見るライーナ。
先程まで勝ち誇ったかのような笑顔を浮かべていた女性は、未だ立ち尽くしていた。
その場にいた、誰もが思ったことだろう。
帰りたい、と。
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