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08 西の宮の精霊講座
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「ほうほうこれは」
恐れることなく、精霊の狼をもふりまくる西の宮は、ご機嫌である。
「なかなかに良い手触り」
西の宮と、もふもふと戯れる大きな狼は確かに犬と言えなくもないが、竜王さまや蛟、怪鳥や一角獣に比べれば小さかっただけで、やっぱりこうしてみると大きい。
客観的に、犬と言うにはやはり無理があるかしら、とシファは思う。しかし選択肢がなかったのだ。時間もなかったし。
シファは、頭を切り替えて、目下の疑問を解消することにした。ひとしきりシロたちをわしゃり終えて満足したらしい西の宮にシファは聞く。
「つかぬことをお伺いいたしますが」
「なにかな」
「精霊は何を食べるのですか?」
「霞」
「適当におっしゃいましたね」
「うん。そなたは割と私に冗談を言わせてくれないな」
西の宮は残念そうに言い、またしばらくシロたちをわしゃる。お前たちの主人はつれない、と言いながら。半眼で見るシファに、西の宮は笑って言う。
「そう怒るな。私の聞いた話では、人の感情を食う、と」
「感情、でございますか」
「そう、例えば、使役者の幸せな思いを一緒に感じられる、それが、精霊が人に仕える理由だと。お祖母様の受け売りであるが」
「幸せな思い」
「そう、シファが喜んでいたら、精霊も喜ぶ。悲しんでいたら悲しむ。そう言う心の揺れを欲しがるのだと。喜びも怒りも、精霊は喜んで受け入れる」
シロたちをシファに返して、西の宮は続ける。
「永い時を生きるらしい精霊は、心揺さぶられることがそうないらしい。私からすればうらやましいが」
シファは不思議に思う。何事も泰然と構えているように見える西の宮であるが、彼も苦しいほどに心揺さぶられることがあるのだろうか? どうしようもない寂しさや、嫉妬や、そんなものが彼にもあるのだろうか?
「西の宮さまは、心揺さぶられることを、お厭いですか?」
「ああ、宮など背負うとな、政において常に公正であろうとして、それは大変なのだ。心のままに取り返しのつかぬことを言い渡してはならぬと気を張るものでな」
何かを堪えるように言う西の宮をシファはじっと見る。先帝に仕えたシファは、政に関わるのがどんなに大変であるかを、苦しむ主人を間近に見て知っている。
「だから、私の側室の数も仕方のないこと」
そう言う話か。いや、なんの話か。
シファは内心がっくりくるが、これもこの御仁のはぐらかしか、とそれ以上のことは聞かないことにする。居候の身で立ち入ったことを聞くものではない。
「精霊もずっと安穏としているのに飽いてくるのであろうな。それが人と関わることで色々な感情を持つことがたやすくなる。人が物語を楽しむような、まあ、暇つぶしであるな」
「暇つぶし」
シファはそう呟いて、竜王さまを思い出す。たしかに退屈をしていそうではあった。
竜王さまは随分と感情豊かに見えたが、あれは人間に接して特別心が高ぶっていたのだろうか。去り際穏やかであったのもそういうことかも知れない。
「だから餌代はかからぬな。隠れてろといえば姿を消す。助けろと言えば喜んで現れる。寝床も要らぬ。良いのう」
また撫でさせておくれ、という西の宮に、それはよろしゅうございますが、とシファは申し上げる。
「西の宮さまは、精霊と契約しようとはお考えにならなかったのですか?」
今上や先帝には及ばずながら、魔導師として大変な力を持つ西の宮である。
「微妙な時期であったからな、やめておいた。南の宮を見ていれば、余計な力は持つべきでないと、そう東の宮とも申し合わせたのだ」
先帝の、さらに先帝の時代の話だ、と西の宮は言う。
「当時の皇帝陛下は、我らが取って代わろうとしておるとお考えであった。南の宮はそのような中、不用意に私軍など動かしたから、滅ぼされたのだ。あの時代、精霊と契約などすれば、北の宮に攻め上がる準備と見られても仕方がない状況であったからな。まあ、契約の機会を逃したのだ」
今となっては、西の宮を継いだ私が魔山に行くなどと行ったら、皆総出で止めるだろうからなあ、と西の宮はため息を吐く。
「今更契約しても、西の宮となったからには精霊を使役することもなかろう。皆の仕事を私がとってはいかんからな」
そう言って西の宮は笑う。仕事を取るから、というのは西の宮の仕事を怠ける時の常套句である。
「そうだ、シファ。聞いておかねばならん。そなたは何のために精霊を使役するのか? そろそろ理由を話してくれてもよかろう?」
微笑む西の宮は、どう見ても面白がっておいでのようだ。
シファはなんとなく面白くないが、契約精霊を持つということは謀反も疑われかねないと説明された後では、居候の身としてはきちんと説明しないわけにはいかない。
別段隠す必要もない、とシファは西の宮には話すことにした。
恐れることなく、精霊の狼をもふりまくる西の宮は、ご機嫌である。
「なかなかに良い手触り」
西の宮と、もふもふと戯れる大きな狼は確かに犬と言えなくもないが、竜王さまや蛟、怪鳥や一角獣に比べれば小さかっただけで、やっぱりこうしてみると大きい。
客観的に、犬と言うにはやはり無理があるかしら、とシファは思う。しかし選択肢がなかったのだ。時間もなかったし。
シファは、頭を切り替えて、目下の疑問を解消することにした。ひとしきりシロたちをわしゃり終えて満足したらしい西の宮にシファは聞く。
「つかぬことをお伺いいたしますが」
「なにかな」
「精霊は何を食べるのですか?」
「霞」
「適当におっしゃいましたね」
「うん。そなたは割と私に冗談を言わせてくれないな」
西の宮は残念そうに言い、またしばらくシロたちをわしゃる。お前たちの主人はつれない、と言いながら。半眼で見るシファに、西の宮は笑って言う。
「そう怒るな。私の聞いた話では、人の感情を食う、と」
「感情、でございますか」
「そう、例えば、使役者の幸せな思いを一緒に感じられる、それが、精霊が人に仕える理由だと。お祖母様の受け売りであるが」
「幸せな思い」
「そう、シファが喜んでいたら、精霊も喜ぶ。悲しんでいたら悲しむ。そう言う心の揺れを欲しがるのだと。喜びも怒りも、精霊は喜んで受け入れる」
シロたちをシファに返して、西の宮は続ける。
「永い時を生きるらしい精霊は、心揺さぶられることがそうないらしい。私からすればうらやましいが」
シファは不思議に思う。何事も泰然と構えているように見える西の宮であるが、彼も苦しいほどに心揺さぶられることがあるのだろうか? どうしようもない寂しさや、嫉妬や、そんなものが彼にもあるのだろうか?
「西の宮さまは、心揺さぶられることを、お厭いですか?」
「ああ、宮など背負うとな、政において常に公正であろうとして、それは大変なのだ。心のままに取り返しのつかぬことを言い渡してはならぬと気を張るものでな」
何かを堪えるように言う西の宮をシファはじっと見る。先帝に仕えたシファは、政に関わるのがどんなに大変であるかを、苦しむ主人を間近に見て知っている。
「だから、私の側室の数も仕方のないこと」
そう言う話か。いや、なんの話か。
シファは内心がっくりくるが、これもこの御仁のはぐらかしか、とそれ以上のことは聞かないことにする。居候の身で立ち入ったことを聞くものではない。
「精霊もずっと安穏としているのに飽いてくるのであろうな。それが人と関わることで色々な感情を持つことがたやすくなる。人が物語を楽しむような、まあ、暇つぶしであるな」
「暇つぶし」
シファはそう呟いて、竜王さまを思い出す。たしかに退屈をしていそうではあった。
竜王さまは随分と感情豊かに見えたが、あれは人間に接して特別心が高ぶっていたのだろうか。去り際穏やかであったのもそういうことかも知れない。
「だから餌代はかからぬな。隠れてろといえば姿を消す。助けろと言えば喜んで現れる。寝床も要らぬ。良いのう」
また撫でさせておくれ、という西の宮に、それはよろしゅうございますが、とシファは申し上げる。
「西の宮さまは、精霊と契約しようとはお考えにならなかったのですか?」
今上や先帝には及ばずながら、魔導師として大変な力を持つ西の宮である。
「微妙な時期であったからな、やめておいた。南の宮を見ていれば、余計な力は持つべきでないと、そう東の宮とも申し合わせたのだ」
先帝の、さらに先帝の時代の話だ、と西の宮は言う。
「当時の皇帝陛下は、我らが取って代わろうとしておるとお考えであった。南の宮はそのような中、不用意に私軍など動かしたから、滅ぼされたのだ。あの時代、精霊と契約などすれば、北の宮に攻め上がる準備と見られても仕方がない状況であったからな。まあ、契約の機会を逃したのだ」
今となっては、西の宮を継いだ私が魔山に行くなどと行ったら、皆総出で止めるだろうからなあ、と西の宮はため息を吐く。
「今更契約しても、西の宮となったからには精霊を使役することもなかろう。皆の仕事を私がとってはいかんからな」
そう言って西の宮は笑う。仕事を取るから、というのは西の宮の仕事を怠ける時の常套句である。
「そうだ、シファ。聞いておかねばならん。そなたは何のために精霊を使役するのか? そろそろ理由を話してくれてもよかろう?」
微笑む西の宮は、どう見ても面白がっておいでのようだ。
シファはなんとなく面白くないが、契約精霊を持つということは謀反も疑われかねないと説明された後では、居候の身としてはきちんと説明しないわけにはいかない。
別段隠す必要もない、とシファは西の宮には話すことにした。
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