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16 兄と保護者と元保護者
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探知に優れるシファに精霊が相手なので、三人それぞれが持つ姿をくらます術や結界を駆使し、その上でカイルの契約精霊である縹の闇の加護で気配まで隠して、会話が聞こえるギリギリの距離に三人は潜んでいた。
「こんな所までついていらして。あなたさま方はお暇でいらっしゃる」
身を隠すのに東西の宮さま二人の協力を得たことを棚に上げてカイルが言う。
「東も近頃は盗賊どもがすっかり息を潜めておるからな、今上の侍従殿よりは、俺は暇にはしておるかなあ」
ひーひーと笑いながら東の宮が苦しげに言うのに、西の宮の肩がますます震える。
「それはそうと西の宮よ、お前、シファに教えてやらなかったのか?」
「そう言えば、言うてはおらなんだか、な」
言いそびれたのは、西の宮と東の宮が精霊と契約しなかった理由について、である。
精霊は使役者の感情をかりて、楽しむ。
そうすると、使役者の感情が、精霊を通じて丸わかりになってしまうことがあるのだ。
特に、喜びに対しては顕著である。精霊があまり人前に姿を現さぬのは、使役者が己の感情が精霊を通じてさらけ出されるのを嫌うからである。
為政者である西の宮や東の宮にとって、己の喜怒哀楽を他者に付け込まれるのは最も避けたいことであった。だから、精霊とは契約をしなかったのである。
「そうじゃ、心揺れるのは嫌だという話から側室の数の話をして。……紛れておったな」
「なぜ側室の数の話」
「いや、シファがどうにも辛そうな顔をしたものだから、冗談のつもりじゃったが、シファに無視されて、そのまま。だったかな」
「西の宮ともあろうものが小娘一人に気後れしてどうする」
「いや、ほれ、年頃の娘を持つ父である身としては、あの冷たい目は堪えるものがあるぞ?」
お前の話を聞くたびに俺は娘は持たずにおりたいと思うぞ、と東の宮はいい、今度はカイルに聞く。
「それで、どうするつもりだ、カイルにいさま?」
「どうもしませんよ」
素っ気なく言うカイルに、東の宮はまた大笑して言う。
「それは邪魔すると同義ではないか! ちょっとは、いもうとの想い人を助けてやれよ、にいさま」
「いたしません」
「強情だな、にいさま」
にいさまを連呼する東の宮に、カイルが無言で槍を繰り出し、それを巨体に似合わぬ速さで避けた東の宮は、カイルの槍の間合いから離れて砂を払う。
「俺は断然、ヨシュアを応援してやろう。それでシファが東にも来れば良いな」
西のはどうするのだ? と東の宮が問えば、西の宮はようやく顔を上げた。
「まあ、そうさな、ヨシュアには世話になったし、少なくとも西におる間は困ったことがあるなら助けてやるつもりだが、シファのあの様子では私の出る幕はそうなさそうだな」
真面目な顔でそう言って、西の宮はカイルを見る。
「それで良いか、カイル?」
「私が良し悪しを申し上げる事ではございません」
それに遂に、西の宮は声を立てて笑う。
「それもそうだな、すまぬ、カイル! そなたに聞く事ではなかった!」
シファとヨシュアではなく、それを複雑な顔で見るカイルをこそ面白くて微笑ましく思う西の宮は、ああ、笑うた笑うた、と言いながら、目尻を拭う。
「私はもう帰ろう。ここにおっては干からびてしまう。東も帰れよ」
「ああ、そうしよう。カイル、行くぞ」
がっしりとカイルの肩を掴む東の宮をカイルがあきれた様子で見る。
「なぜ私が?」
「東で軍の訓練をするのだ。お前を借りる旨、今上に許可頂いたぞ、ほれ見ろ」
そう言って東の宮がカイルに見せた勅書は本物だ。本物ではあるが。
「日付が随分と前のものではありませんか」
「おう、お前が忙しくしているから声をかけそびれたのだ。何、いつやるとは今上もあえて書かれていないのだ、今日でも構うまい。なにせ、お前は捕まらんからな」
カイルが西の宮を見れば、西の宮は既に遠くで手を振っている。巻き込まれるのは面倒と退散したらしい。
勅書が本物である以上仕方がない。一日だけだと東の宮に承知させ、今上侍従は東の宮に同行するのだった。
※
「しかしまあ、あのシファがなあ。変わるものだな、驚いた」
東の宮に同意するのは癪だが、カイルも驚いていた。
シファは、北の宮にいた最後の方は、清々しいまでに割り切った付き合いしかしておらず、カイルは随分心配したものだ。
しかし、カイル自身、自分を棚に上げねばシファにどうこう言えるものでなかったし、自分を棚に上げて言えば、シファは余計に反発しただろう。そういう意味では、シファの気を引いたあの青年に感謝すべきだろうか?
いや、やはり何か、こう、
──イラっとする。
こいつも変わったなあ、と東の宮は思う。南の宮からカイルとシファらを保護して以来、カイルとはそれなりに長い付き合いになる東の宮だったが、これだけ不機嫌なカイルを見るのは珍しい。
道中襲ってくる魔物たちが気の毒になるほどの威力で敵を薙ぎ倒し進むカイルだった。
いくら訓練とは言っても、この状態のカイルに東の兵の相手をされてはかなわない。まあ道々の戦闘で鬱憤もいくらか晴れるだろう。
東へ行くのにわざわざ魔物の多い経路を通っておいて良かった、と東の宮は思った。
「こんな所までついていらして。あなたさま方はお暇でいらっしゃる」
身を隠すのに東西の宮さま二人の協力を得たことを棚に上げてカイルが言う。
「東も近頃は盗賊どもがすっかり息を潜めておるからな、今上の侍従殿よりは、俺は暇にはしておるかなあ」
ひーひーと笑いながら東の宮が苦しげに言うのに、西の宮の肩がますます震える。
「それはそうと西の宮よ、お前、シファに教えてやらなかったのか?」
「そう言えば、言うてはおらなんだか、な」
言いそびれたのは、西の宮と東の宮が精霊と契約しなかった理由について、である。
精霊は使役者の感情をかりて、楽しむ。
そうすると、使役者の感情が、精霊を通じて丸わかりになってしまうことがあるのだ。
特に、喜びに対しては顕著である。精霊があまり人前に姿を現さぬのは、使役者が己の感情が精霊を通じてさらけ出されるのを嫌うからである。
為政者である西の宮や東の宮にとって、己の喜怒哀楽を他者に付け込まれるのは最も避けたいことであった。だから、精霊とは契約をしなかったのである。
「そうじゃ、心揺れるのは嫌だという話から側室の数の話をして。……紛れておったな」
「なぜ側室の数の話」
「いや、シファがどうにも辛そうな顔をしたものだから、冗談のつもりじゃったが、シファに無視されて、そのまま。だったかな」
「西の宮ともあろうものが小娘一人に気後れしてどうする」
「いや、ほれ、年頃の娘を持つ父である身としては、あの冷たい目は堪えるものがあるぞ?」
お前の話を聞くたびに俺は娘は持たずにおりたいと思うぞ、と東の宮はいい、今度はカイルに聞く。
「それで、どうするつもりだ、カイルにいさま?」
「どうもしませんよ」
素っ気なく言うカイルに、東の宮はまた大笑して言う。
「それは邪魔すると同義ではないか! ちょっとは、いもうとの想い人を助けてやれよ、にいさま」
「いたしません」
「強情だな、にいさま」
にいさまを連呼する東の宮に、カイルが無言で槍を繰り出し、それを巨体に似合わぬ速さで避けた東の宮は、カイルの槍の間合いから離れて砂を払う。
「俺は断然、ヨシュアを応援してやろう。それでシファが東にも来れば良いな」
西のはどうするのだ? と東の宮が問えば、西の宮はようやく顔を上げた。
「まあ、そうさな、ヨシュアには世話になったし、少なくとも西におる間は困ったことがあるなら助けてやるつもりだが、シファのあの様子では私の出る幕はそうなさそうだな」
真面目な顔でそう言って、西の宮はカイルを見る。
「それで良いか、カイル?」
「私が良し悪しを申し上げる事ではございません」
それに遂に、西の宮は声を立てて笑う。
「それもそうだな、すまぬ、カイル! そなたに聞く事ではなかった!」
シファとヨシュアではなく、それを複雑な顔で見るカイルをこそ面白くて微笑ましく思う西の宮は、ああ、笑うた笑うた、と言いながら、目尻を拭う。
「私はもう帰ろう。ここにおっては干からびてしまう。東も帰れよ」
「ああ、そうしよう。カイル、行くぞ」
がっしりとカイルの肩を掴む東の宮をカイルがあきれた様子で見る。
「なぜ私が?」
「東で軍の訓練をするのだ。お前を借りる旨、今上に許可頂いたぞ、ほれ見ろ」
そう言って東の宮がカイルに見せた勅書は本物だ。本物ではあるが。
「日付が随分と前のものではありませんか」
「おう、お前が忙しくしているから声をかけそびれたのだ。何、いつやるとは今上もあえて書かれていないのだ、今日でも構うまい。なにせ、お前は捕まらんからな」
カイルが西の宮を見れば、西の宮は既に遠くで手を振っている。巻き込まれるのは面倒と退散したらしい。
勅書が本物である以上仕方がない。一日だけだと東の宮に承知させ、今上侍従は東の宮に同行するのだった。
※
「しかしまあ、あのシファがなあ。変わるものだな、驚いた」
東の宮に同意するのは癪だが、カイルも驚いていた。
シファは、北の宮にいた最後の方は、清々しいまでに割り切った付き合いしかしておらず、カイルは随分心配したものだ。
しかし、カイル自身、自分を棚に上げねばシファにどうこう言えるものでなかったし、自分を棚に上げて言えば、シファは余計に反発しただろう。そういう意味では、シファの気を引いたあの青年に感謝すべきだろうか?
いや、やはり何か、こう、
──イラっとする。
こいつも変わったなあ、と東の宮は思う。南の宮からカイルとシファらを保護して以来、カイルとはそれなりに長い付き合いになる東の宮だったが、これだけ不機嫌なカイルを見るのは珍しい。
道中襲ってくる魔物たちが気の毒になるほどの威力で敵を薙ぎ倒し進むカイルだった。
いくら訓練とは言っても、この状態のカイルに東の兵の相手をされてはかなわない。まあ道々の戦闘で鬱憤もいくらか晴れるだろう。
東へ行くのにわざわざ魔物の多い経路を通っておいて良かった、と東の宮は思った。
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