宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─

すみよし

文字の大きさ
16 / 30

16 兄と保護者と元保護者

しおりを挟む
 探知に優れるシファに精霊が相手なので、三人それぞれが持つ姿をくらます術や結界を駆使し、その上でカイルの契約精霊である縹の闇の加護で気配まで隠して、会話が聞こえるギリギリの距離に三人は潜んでいた。

「こんな所までついていらして。あなたさま方はお暇でいらっしゃる」

 身を隠すのに東西の宮さま二人の協力を得たことを棚に上げてカイルが言う。

「東も近頃は盗賊どもがすっかり息を潜めておるからな、今上の侍従殿よりは、俺は暇にはしておるかなあ」

 ひーひーと笑いながら東の宮が苦しげに言うのに、西の宮の肩がますます震える。

「それはそうと西の宮よ、お前、シファに教えてやらなかったのか?」
「そう言えば、言うてはおらなんだか、な」

 言いそびれたのは、西の宮と東の宮が精霊と契約しなかった理由について、である。

 精霊は使役者の感情をかりて、楽しむ。
 そうすると、使役者の感情が、精霊を通じて丸わかりになってしまうことがあるのだ。
 特に、喜びに対しては顕著である。精霊があまり人前に姿を現さぬのは、使役者が己の感情が精霊を通じてさらけ出されるのを嫌うからである。

 為政者である西の宮や東の宮にとって、己の喜怒哀楽を他者に付け込まれるのは最も避けたいことであった。だから、精霊とは契約をしなかったのである。

「そうじゃ、心揺れるのは嫌だという話から側室の数の話をして。……紛れておったな」
「なぜ側室の数の話」
「いや、シファがどうにも辛そうな顔をしたものだから、冗談のつもりじゃったが、シファに無視されて、そのまま。だったかな」
「西の宮ともあろうものが小娘一人に気後れしてどうする」
「いや、ほれ、年頃の娘を持つ父である身としては、あの冷たい目は堪えるものがあるぞ?」

 お前の話を聞くたびに俺は娘は持たずにおりたいと思うぞ、と東の宮はいい、今度はカイルに聞く。

「それで、どうするつもりだ、カイルにいさま?」
「どうもしませんよ」

 素っ気なく言うカイルに、東の宮はまた大笑して言う。

「それは邪魔すると同義ではないか! ちょっとは、いもうとの想い人を助けてやれよ、にいさま」
「いたしません」
「強情だな、にいさま」

 にいさまを連呼する東の宮に、カイルが無言で槍を繰り出し、それを巨体に似合わぬ速さで避けた東の宮は、カイルの槍の間合いから離れて砂を払う。

「俺は断然、ヨシュアを応援してやろう。それでシファが東にも来れば良いな」

 西のはどうするのだ? と東の宮が問えば、西の宮はようやく顔を上げた。

「まあ、そうさな、ヨシュアには世話になったし、少なくとも西におる間は困ったことがあるなら助けてやるつもりだが、シファのあの様子では私の出る幕はそうなさそうだな」

 真面目な顔でそう言って、西の宮はカイルを見る。

「それで良いか、カイル?」
「私が良し悪しを申し上げる事ではございません」

 それに遂に、西の宮は声を立てて笑う。

「それもそうだな、すまぬ、カイル! そなたに聞く事ではなかった!」

 シファとヨシュアではなく、それを複雑な顔で見るカイルをこそ面白くて微笑ましく思う西の宮は、ああ、笑うた笑うた、と言いながら、目尻を拭う。

「私はもう帰ろう。ここにおっては干からびてしまう。東も帰れよ」
「ああ、そうしよう。カイル、行くぞ」

 がっしりとカイルの肩を掴む東の宮をカイルがあきれた様子で見る。

「なぜ私が?」
「東で軍の訓練をするのだ。お前を借りる旨、今上に許可頂いたぞ、ほれ見ろ」

 そう言って東の宮がカイルに見せた勅書は本物だ。本物ではあるが。

「日付が随分と前のものではありませんか」
「おう、お前が忙しくしているから声をかけそびれたのだ。何、いつやるとは今上もあえて書かれていないのだ、今日でも構うまい。なにせ、お前は捕まらんからな」

 カイルが西の宮を見れば、西の宮は既に遠くで手を振っている。巻き込まれるのは面倒と退散したらしい。

 勅書が本物である以上仕方がない。一日だけだと東の宮に承知させ、今上侍従は東の宮に同行するのだった。

 ※

「しかしまあ、あのシファがなあ。変わるものだな、驚いた」

 東の宮に同意するのは癪だが、カイルも驚いていた。

 シファは、北の宮にいた最後の方は、清々しいまでに割り切った付き合いしかしておらず、カイルは随分心配したものだ。

 しかし、カイル自身、自分を棚に上げねばシファにどうこう言えるものでなかったし、自分を棚に上げて言えば、シファは余計に反発しただろう。そういう意味では、シファの気を引いたあの青年に感謝すべきだろうか?

 いや、やはり何か、こう、

 ──イラっとする。





 こいつも変わったなあ、と東の宮は思う。南の宮からカイルとシファらを保護して以来、カイルとはそれなりに長い付き合いになる東の宮だったが、これだけ不機嫌なカイルを見るのは珍しい。

 道中襲ってくる魔物たちが気の毒になるほどの威力で敵を薙ぎ倒し進むカイルだった。

 いくら訓練とは言っても、この状態のカイルに東の兵の相手をされてはかなわない。まあ道々の戦闘で鬱憤もいくらか晴れるだろう。

 東へ行くのにわざわざ魔物の多い経路を通っておいて良かった、と東の宮は思った。
しおりを挟む

あなたにおすすめの小説

私の作るおにぎりが、騎士団の士気を異常に上げています(犯人は副団長)

星乃和花
恋愛
おにぎりを配っただけで、騎士団の士気が異常値になりました。 団長は警戒、監察部は呪術検査、国まで動きかけるのに――副団長だけが平然と断言。 副団長「彼女のご飯は軍事物資です」 私「えっ重い」 胃袋で落ちた策略家副団長の“最適化溺愛”に巻き込まれ、気づけば専属補給係(=婚約)寸前!? ほのぼの爆笑&甘々の騎士団ラブコメです。 (月水金21:00更新ー本編16話+後日談6話)

【完結】番としか子供が産まれない世界で

さくらもち
恋愛
番との間にしか子供が産まれない世界に産まれたニーナ。 何故か親から要らない子扱いされる不遇な子供時代に番と言う概念すら知らないまま育った。 そんなニーナが番に出会うまで 4話完結 出会えたところで話は終わってます。

帰国した王子の受難

ユウキ
恋愛
庶子である第二王子は、立場や情勢やら諸々を鑑みて早々に隣国へと無期限遊学に出た。そうして年月が経ち、そろそろ兄(第一王子)が立太子する頃かと、感慨深く想っていた頃に突然届いた帰還命令。 取り急ぎ舞い戻った祖国で見たのは、修羅場であった。

【完結】家族に愛されなかった辺境伯の娘は、敵国の堅物公爵閣下に攫われ真実の愛を知る

水月音子
恋愛
辺境を守るティフマ城の城主の娘であるマリアーナは、戦の代償として隣国の敵将アルベルトにその身を差し出した。 婚約者である第四王子と、父親である城主が犯した国境侵犯という罪を、自分の命でもって償うためだ。 だが―― 「マリアーナ嬢を我が国に迎え入れ、現国王の甥である私、アルベルト・ルーベンソンの妻とする」 そう宣言されてマリアーナは隣国へと攫われる。 しかし、ルーベンソン公爵邸にて差し出された婚約契約書にある一文に疑念を覚える。 『婚約期間中あるいは婚姻後、子をもうけた場合、性別を問わず健康な子であれば、婚約もしくは結婚の継続の自由を委ねる』 さらには家庭教師から“精霊姫”の話を聞き、アルベルトの側近であるフランからも詳細を聞き出すと、自分の置かれた状況を理解する。 かつて自国が攫った“精霊姫”の血を継ぐマリアーナ。 そのマリアーナが子供を産めば、自分はもうこの国にとって必要ない存在のだ、と。 そうであれば、早く子を産んで身を引こう――。 そんなマリアーナの思いに気づかないアルベルトは、「婚約中に子を産み、自国へ戻りたい。結婚して公爵様の経歴に傷をつける必要はない」との彼女の言葉に激昂する。 アルベルトはアルベルトで、マリアーナの知らないところで実はずっと昔から、彼女を妻にすると決めていた。 ふたりは互いの立場からすれ違いつつも、少しずつ心を通わせていく。

とっていただく責任などありません

まめきち
恋愛
騎士団で働くヘイゼルは魔物の討伐の際に、 団長のセルフイスを庇い、魔法陣を踏んでしまう。 この魔法陣は男性が踏むと女性に転換するもので、女性のヘイゼルにはほとんど影響のない物だった。だか国からは保証金が出たので、騎士を辞め、念願の田舎暮らしをしようとしたが!? ヘイゼルの事をずっと男性だと思っていたセルフイスは自分のせいでヘイゼルが職を失っただと思って来まい。 責任を取らなければとセルフイスから、 追いかけられる羽目に。

王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。が、その結果こうして幸せになれたのかもしれない。

四季
恋愛
王家に生まれたエリーザはまだ幼い頃に城の前に捨てられた。

五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……? ~ハッピーエンドへ走りたい~

四季
恋愛
五人姉妹の上から四番目でいつも空気だった私は少々出遅れていましたが……?

「婚約破棄された転生令嬢ですが、王城のメイド五百人に慕われるメイド長になりました。なお元婚約者は私のメイドに土下座中です」

まさき
恋愛
社畜OLとして過労死した私は、異世界の令嬢・アリア・ヴェルナーに転生した。 目が覚めたら、婚約破棄されていた。 理由は「地味で面白みがない」から。 泣く暇もなかった。翌朝、王城のメイド採用面接に向かった。 最初は鼻で笑われた。雑用係からのスタートだった。 でも——前世で叩き込まれた仕事術と、一人ひとりの話を聞く姿勢で、少しずつメイドたちが集まってきた。 厨房が変わった。リネンが変わった。王城全体が変わっていった。 そして就任スピーチで宣言した。 「500人全員の名前を、覚えます」 冷酷と噂される王太子は、静かに見ていた。 悪役令嬢は妨害を仕掛けてきた。 元婚約者は——後悔し始めていた。 婚約破棄された令嬢が、500人に慕われるメイド長になるまでの物語。 なお元婚約者は、私のメイドたちの前で土下座中です。

処理中です...