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18 捕まった
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カイルは久しぶりに会うシファの顔を見て驚く。都にいた頃、月のように白かったシファの顔は、抜けるような白さはそのままに、砂漠の風に鍛えられたか、力強い色となっている。
その変化に、シファ自身は気付いているだろうか?
すっかり西に馴染んでいる妹弟子に、カイルは安心した。少なくとも、一人で行方をくらませるかもしれない、などという心配は、もう、しなくて良いだろう。
「兄様、どうしましたの?」
穏やかなカイルの表情に不思議そうにシファが尋ねる。
それに答えず、カイルはシファに聞く。
「ヨシュアさんのどこが気に入ったんですか?」
「秘密です」
気に入ったのは否定しない妹に、カイルは苦笑する。
「だって私自身、よくわかっていないのですから」
シファは、どこ、と聞かれてもよく分からない。気に入ったというより、気になるだけだ。シファからすれば無謀と思える方法で、自由に砂漠を行くヨシュアから、シファはただ目が離せないのだ。
主人を失った。いくつもの政変を経て目まぐるしく変わる宮。それは望んでいた変化であるのに、それを最も望んでいただろう主人はいない。
恐らく主人の死をもってしないとその変化は成し遂げられなかったことを思い知らされて、シファは一体主人の命とは何だったのだと嘆いた。カイルもそれは同様であったが、カイルは今上に仕えることを決めた。それを見ながら失意のまま、西に流れたシファである。
そんな西でヨシュアを見た。
魔物に追い立てられ、刺客に追われ、それでもそれら全てを振り切って行きたい所に行くヨシュアに、シファは惹かれた。
ヨシュアに関心を持つことについて別に理由などないし、いらない。
理由などなくても、ただちょっと気になった者と同じところに居て、喧嘩をすればしばらく離れて、会いたくなればまた会う。そして、それを誰にも咎められない。報告する義務もない。そんな自由を、シファは生まれて初めて手に入れた。
それは、宮に残ると決めたカイルが、シファに得てほしいと望んだその通りのものだった。
「ヨシュアさんと東には行かなかったのですね」
「別に誘われもしていませんし」
「おや、そうでしたか」
「誘われてもお断りしましたけれど」
シファが笑って言うのに憂いはない。
「今は姫さまにお教えするのが楽しいのです」
東の宮が、シファが来ないのを残念がってカイルにアレコレ言ってきているが、カイルは当初の宣言通り何もしないでいる。カイルは笑って言う。
「それなら仕方ない」
「ええ、仕方がないのです」
シファも笑う。今はそれが楽しいのだから。
※
日が昇りきったので、ヨシュア達は天幕を張り、仮眠をとっている。ヨシュアのすぐ近くに、シロが伏せてハタハタと尻尾を揺らしている。異変があればシロが知らせてくれる。お陰で以前とは違い、ヨシュア達はよく眠れるようになった。
東に帰っても、どうにかしてシファと会える理由を捏ねくり出そうとしたヨシュアであるが、彼女は思うようには捕まってくれない。
結局、それなりの対価を払うことを条件に、ヨシュアはシロたちを借りることにした。それぐらいしか、ヨシュアはシファとのつながりを持つすべがない。
因みにその対価は、ヨシュアの私費から出されている。シロ達を「普通の犬」として扱う口止め料込みのため、人間の護衛一人を雇うより遥かに安い。だから、ヨシュアは良い買い物をした、と思うのだが、契約の立会人に西の宮が入ったのだけが難ではある。
東の宮が世話を焼きたそうにしてくれているが、あの御仁に妙な借りは作りたくないヨシュアである。
眠らなければいけないが眠れないヨシュアは、ため息をつきながら、シロをわしゃわしゃと構う。その哀愁漂う背中を面白がって、仲間の一人が声をかける。
「もう、ちゃんと口説けばー?」
それにヨシュアが返す。
「当たって砕けろと」
予想以上に暗いヨシュアの声に、声をかけた仲間は若干たじろぎつつ言う。
「お、おうよ。当たって砕けて潔く砂漠に散れ」
骨を拾う必要もないくらいに木っ端微塵にやられてこい、と仲間が言う。
そうできればどんなにか、とヨシュアも思う。全く、あんな高嶺の花を自分が本気で欲しがるようになるなんて、思ってもいなかった。
北の都で見かけた時は全く別世界の人間だと思っていたのに、西で会って、どうにも調子が狂った。ありえない幸運に恵まれて舞い上がっただけ。離れれば熱も冷める。そう思っていたのに、日に日に思いは募るばかりだ。
最初に調子に乗って日覆いを持たせたのがまずかった。ヨシュアが思う以上にシファは気が強かった。
そりゃそうだ。そうでなければ女官など務まらなかっただろう。
あれでシファの機嫌を損ねてしまったのは良くなかった。しかし、あれが有ったからこそ、お互い、特にシファの方が遠慮がなくなったのも事実。そうでなければ、ヨシュアもあれ以上はシファに興味を持たなかっただろう。それは多分向こうも同様で、だから、あれはあれで良かったのだ。
男避けになるから、とシファは今もあの日覆いを使っている。彼女ならもっと上質なものを手に入れられるだろうし、それこそ、他の男から贈られることもあるだろう。それでもヨシュアの日覆いを使っているのは、さて、どう解釈すれば良い?
身分のある男からの贈り物ではなく、一商人の男からの貰い物なら、角が立つことがないからだ、とは思うが。しかし、それなら日覆いが必要ならば別に新しいものを求めて良いのだし、だから、つまり、とヨシュアは期待するのも馬鹿馬鹿しいと思いながらも、期待してしまっている。
そして、今の関係のまま以上のことは望むまいとするのだが、彼女と会えば会うほど諦められなくなっていくのだ。
世の噂以上に重そうな彼女の過去を知るのは正直怖いが、それでも、と思うくらいには。
「いやー、はまってますなー」
「首ったけ、ってああいうの?」
「流砂よりタチ悪ぃな」
「あの隊長がねー」
ひそひそと好きなことを言い合う仲間たちであったが、行き着くところは同じ意見だ。
「まあ、無理だよなー」
そんなことは分かっている、と怒る気にもなれないヨシュアは、ただひたすらに思い人の犬を構うのだった。
※─────
2019/05/20 改題しました。内容は変わっていません。
その変化に、シファ自身は気付いているだろうか?
すっかり西に馴染んでいる妹弟子に、カイルは安心した。少なくとも、一人で行方をくらませるかもしれない、などという心配は、もう、しなくて良いだろう。
「兄様、どうしましたの?」
穏やかなカイルの表情に不思議そうにシファが尋ねる。
それに答えず、カイルはシファに聞く。
「ヨシュアさんのどこが気に入ったんですか?」
「秘密です」
気に入ったのは否定しない妹に、カイルは苦笑する。
「だって私自身、よくわかっていないのですから」
シファは、どこ、と聞かれてもよく分からない。気に入ったというより、気になるだけだ。シファからすれば無謀と思える方法で、自由に砂漠を行くヨシュアから、シファはただ目が離せないのだ。
主人を失った。いくつもの政変を経て目まぐるしく変わる宮。それは望んでいた変化であるのに、それを最も望んでいただろう主人はいない。
恐らく主人の死をもってしないとその変化は成し遂げられなかったことを思い知らされて、シファは一体主人の命とは何だったのだと嘆いた。カイルもそれは同様であったが、カイルは今上に仕えることを決めた。それを見ながら失意のまま、西に流れたシファである。
そんな西でヨシュアを見た。
魔物に追い立てられ、刺客に追われ、それでもそれら全てを振り切って行きたい所に行くヨシュアに、シファは惹かれた。
ヨシュアに関心を持つことについて別に理由などないし、いらない。
理由などなくても、ただちょっと気になった者と同じところに居て、喧嘩をすればしばらく離れて、会いたくなればまた会う。そして、それを誰にも咎められない。報告する義務もない。そんな自由を、シファは生まれて初めて手に入れた。
それは、宮に残ると決めたカイルが、シファに得てほしいと望んだその通りのものだった。
「ヨシュアさんと東には行かなかったのですね」
「別に誘われもしていませんし」
「おや、そうでしたか」
「誘われてもお断りしましたけれど」
シファが笑って言うのに憂いはない。
「今は姫さまにお教えするのが楽しいのです」
東の宮が、シファが来ないのを残念がってカイルにアレコレ言ってきているが、カイルは当初の宣言通り何もしないでいる。カイルは笑って言う。
「それなら仕方ない」
「ええ、仕方がないのです」
シファも笑う。今はそれが楽しいのだから。
※
日が昇りきったので、ヨシュア達は天幕を張り、仮眠をとっている。ヨシュアのすぐ近くに、シロが伏せてハタハタと尻尾を揺らしている。異変があればシロが知らせてくれる。お陰で以前とは違い、ヨシュア達はよく眠れるようになった。
東に帰っても、どうにかしてシファと会える理由を捏ねくり出そうとしたヨシュアであるが、彼女は思うようには捕まってくれない。
結局、それなりの対価を払うことを条件に、ヨシュアはシロたちを借りることにした。それぐらいしか、ヨシュアはシファとのつながりを持つすべがない。
因みにその対価は、ヨシュアの私費から出されている。シロ達を「普通の犬」として扱う口止め料込みのため、人間の護衛一人を雇うより遥かに安い。だから、ヨシュアは良い買い物をした、と思うのだが、契約の立会人に西の宮が入ったのだけが難ではある。
東の宮が世話を焼きたそうにしてくれているが、あの御仁に妙な借りは作りたくないヨシュアである。
眠らなければいけないが眠れないヨシュアは、ため息をつきながら、シロをわしゃわしゃと構う。その哀愁漂う背中を面白がって、仲間の一人が声をかける。
「もう、ちゃんと口説けばー?」
それにヨシュアが返す。
「当たって砕けろと」
予想以上に暗いヨシュアの声に、声をかけた仲間は若干たじろぎつつ言う。
「お、おうよ。当たって砕けて潔く砂漠に散れ」
骨を拾う必要もないくらいに木っ端微塵にやられてこい、と仲間が言う。
そうできればどんなにか、とヨシュアも思う。全く、あんな高嶺の花を自分が本気で欲しがるようになるなんて、思ってもいなかった。
北の都で見かけた時は全く別世界の人間だと思っていたのに、西で会って、どうにも調子が狂った。ありえない幸運に恵まれて舞い上がっただけ。離れれば熱も冷める。そう思っていたのに、日に日に思いは募るばかりだ。
最初に調子に乗って日覆いを持たせたのがまずかった。ヨシュアが思う以上にシファは気が強かった。
そりゃそうだ。そうでなければ女官など務まらなかっただろう。
あれでシファの機嫌を損ねてしまったのは良くなかった。しかし、あれが有ったからこそ、お互い、特にシファの方が遠慮がなくなったのも事実。そうでなければ、ヨシュアもあれ以上はシファに興味を持たなかっただろう。それは多分向こうも同様で、だから、あれはあれで良かったのだ。
男避けになるから、とシファは今もあの日覆いを使っている。彼女ならもっと上質なものを手に入れられるだろうし、それこそ、他の男から贈られることもあるだろう。それでもヨシュアの日覆いを使っているのは、さて、どう解釈すれば良い?
身分のある男からの贈り物ではなく、一商人の男からの貰い物なら、角が立つことがないからだ、とは思うが。しかし、それなら日覆いが必要ならば別に新しいものを求めて良いのだし、だから、つまり、とヨシュアは期待するのも馬鹿馬鹿しいと思いながらも、期待してしまっている。
そして、今の関係のまま以上のことは望むまいとするのだが、彼女と会えば会うほど諦められなくなっていくのだ。
世の噂以上に重そうな彼女の過去を知るのは正直怖いが、それでも、と思うくらいには。
「いやー、はまってますなー」
「首ったけ、ってああいうの?」
「流砂よりタチ悪ぃな」
「あの隊長がねー」
ひそひそと好きなことを言い合う仲間たちであったが、行き着くところは同じ意見だ。
「まあ、無理だよなー」
そんなことは分かっている、と怒る気にもなれないヨシュアは、ただひたすらに思い人の犬を構うのだった。
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2019/05/20 改題しました。内容は変わっていません。
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