宰相さんちの犬はちょっと大きい─契約編─

すみよし

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23 こっちも余計なお世話

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「と、いうことらしいが、どうしたものかなあ」

「なぜ、それを私にお聞きになりますか」

 大剣を槍で躱すカイルに、いつもの余裕はない。
 東の宮もカイルの槍に防がれて懐には踏み込めないでいるが、こちらは上機嫌である。

 全く、この御仁は衰えというものを知らないのだろうか? むしろ、歳を経るごとに強くなっている、とカイルは思う。

 例によって、いつ書かれたとも知れぬ、しかし、確かに本物の勅書を元に東の宮に連行されたカイルは、東の軍の鍛錬場で東の宮と戦っている。

 巻き込まれるのを恐れて遠巻きに、しかし、熱心に観戦する東の兵達にまでは、二人の会話は聞こえない。

「ところで、なぜそのような込み入った話をご存知で」

 東の宮にヨシュアが言う訳も無し、ましてやシファが相談する訳も無い。

「東にも出入りするシファには、一応監視をつけておるのよ。その方が本人も安心だと言うのでな」

 全く、俺と今上陛下はシファには信用されとらん、と東の宮は残念そうに言う。

「お前はシファからは何か聞いとらんのか」
「特には。存じません」
「ああ、そうか。お前、拗ねておるのか」

 シファに頼られないのが寂しいんだろう、と東の宮がニヤリと笑う。

 カイルはにっこり微笑んで、結界を発動させてやった。

 ※

 瓦礫を足で転がしながら、東の宮が言う。

「解体の手間が省けたなあ」

 鍛錬場は建て替える予定だったしな、と東の宮が尤もらしく言うのに、カイルも何食わぬ顔で返す。

「お役に立てて光栄です」

 カイルの結界の発動に咄嗟に張った東の宮の障壁は、東の宮と観戦をしていた兵たちへの衝撃を和らげるので精一杯で、鍛錬場は一瞬で瓦礫の山と化した。

 騒ぎに駆けつけた東の宮の官吏たちから「あなたさま方は今日はもう何も、一切何もなさらないでください!」と泣きつかれ、東の宮とカイルは大人しくすることにした。

 一方、土埃を被って一頻りゲラゲラと笑い転げた東の兵たちは、今は瓦礫の片付けに勤しんでいる。

 こういう空気はカイルも嫌いではない。あのまま東にいたら、と考えたこともある。自分もあの中に居て笑っていただろう。シファは東の宮に反発しつつも、穏やかに暮らしていただろう。

 そうならなかったのは、北の宮がカイルを召し出すと決めたからだ。シファは「兄様と離れるのは絶対嫌です絶対」と言って泣いた。

 あまりに泣くシファに困り果てたカイルは、泣く子は連れて行けないから、と言った。すると、シファはぴたりと泣き止んだ。

 シファが泣くのを見たのは、あれが最後だったような気がする。

 もっと他に言ってやりようがあっただろうに、とカイルはあの時のシファを可哀想に思う。だが、当時の自分も、どうして良いか分からなかったのだ。

 南での籠城の末、この男は信頼できる、と判断して東の宮に降ることを決めたカイルとは違い、シファは東の宮に馴染まなかった。

 南の宮で過酷な扱いを受けた幼いシファにとって、力の強い大人は皆、敵であった。また、シファは東の宮にカイルを取られたように考えていた節がある。

 そのシファを一人東に置いていくのは出来なかったカイルであるが、一方で、カイルも一人で北の宮に入るのは嫌だったのだ。

 結局、シファも魔力が高かったことから、カイルと共に北の宮に召し上げられた。

 東の宮はカイルとシファが北の宮に入るその日まで、「成人するまでは東で預かりたい」と北の宮に働きかけていたらしい。だが、北の宮の返答は変わらなかった。

 「南の宮の残党」として北の宮に召喚され、しかし、正式に召し抱えられたのは、二人がまだ幼く、北の宮への反乱には無関係であったとされたのと、南の宮制圧に功のあった東の宮の働きかけの結果であった。

 二人は西の宮の長女を正室とする北の宮の魔導師、つまりは、後のセオルド帝の弟子とされ、成人するまでは最低限の保護が受けられた。

 もう二度と北の宮から出ることは出来ないのだろうと思っていたら、成人してからは「南の宮の」という枕詞は二人から完全に取り払われた。

 先帝の御代になってからは、侍従、女官として取り立てられ、カイルはしょっちゅう東の宮に拉致されて、あちこちの戦場を引き摺り回されたのだった。

 今上の御代になってもそれはそのままで、今上はセオルド帝よりもさらに多くカイルを東の宮の所に遣る。その理由は、あえてカイルは聞いていない。



 そして、今に至る。

「それでだ、お前、西の宮の姫の婿になれ」

「何がそれでだ、でございますか」

 感傷も吹っ飛んだカイルは呆れて東の宮を見る。

「お前、西の姫には懐かれておるだろう? ちょうど良い」

「良くありません。西の宮様に恨まれたくはございません」

「ああ、あれはどんな男だろうが、気に入らんわ」

 だからほっとけ。と東の宮は言う。

「姫さまには、私のような男はよろしくございません。そもそも、もっと年若い方がよろしいでしょう」
「十年もすれば気にならんようになるだろう」
「十年。それは私によろしくありません」
「お前、なかなか正直だな」

 西の宮を見て育っているのだから、今関わりのある女をそのまま側室にしても、五人や十人、姫は気にせんだろう、と言う東の宮に、西の宮の婿となる者が側室を設けるなどあり得ませんし、そもそも、そんなに居ませんし、そんなに面倒見きれませんし、とカイルはこれまた正直に言う。

「シファが妙に冷めておるのは、お前のせいだなあ」
「いやいや違いま……、そうですね。反論いたしません」

 先先代末期の宮は荒れており、その他諸事情により、カイルは様々な女性と付き合わざるを得なかったのだが。

「お前が『兄様』だからなあ。なんだ、後悔しておるのか」
「ええ、とても」

 シファにとって一番身近な男性であるカイルの、当時の一見刹那的で享楽的な様が、多感な年頃のシファに影響を与えなかった訳がない。

 これもまた、他にやりようがあっただろうに、と反省するカイルである。

「ふーん、お前も、反省だの後悔だの言うようになったのか」

 目の前の瓦礫には何とも思わんくせに、と言う東の宮に、恐れながら、とカイルは言う。

「なんとでも仰って下さい。ただ、あの荒れた宮で女官として生き延びるには、必要なことだったかと……」

 清く(?)正しく(?)美しく、そして物凄ーく強かに育ちましたと、どこか暗い影を背負って言うカイルに、良かったな兄さま、と東の宮は笑う。

「お前は兄弟子冥利に尽きるな。シファはどこでも、誰とでも、生きていけるだろう」

 東の宮の奇妙な慰めに言い返すのも面倒で、カイルは黙る。何かと都合良く扱き使われているとは思うが、何だかんだ言いつつも、ずっと自分達きょうだいを思いやってくれている東の宮である。

 が、そう考えるカイルの感謝もすぐに吹き飛ぶ。

「だから、お前はそろそろ妹離れをして西の宮の姫と、」
「十年後でも、それはございませんから」

 解体予定の建物がまだございますか、とカイルは東の宮に聞くのだった。
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