【本編】元皇女が出戻りしたら、僕が婚約者候補になるそうです

すみよし

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第四章 王国へ

14 弟子ですから

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 翌日、王族だけの席で遷都をそれとなく話題にした王妃である。

 国王は気づかぬふりをした。王太子はハッとした様子ではあったが、父王を憚って何も言わなかった。

 興味を示したのは第二王子で、彼は王妃から王妃の考える候補地を聞き出そうとした。

 しかし第二王子に国ではなく第二王子のための城を築かれては困る。

 王妃は分からないふりをして、「殿下方は何処をお考えでしょうか」と質問をした。その場は王太子が「私は妃の体に良い水の綺麗なところなら地の果てでも良い」と言い、笑い話にしてしまう。

 第二王子が憎憎しげな目で王妃を見るのを、王妃はじっくりと見返した。
 今までにない王妃の様子に、第二王子は驚く。その顔に王妃はふっと笑みをこぼしてしまう。

「二の殿下、水の綺麗なところと言えばやはり山の方ですか? それとも広い湿地のあるところ? わたくしはこの国についてまだまだ知らないところがたくさんあるのです」

 所詮神子は籠の鳥だ。だから候補地など挙げられるわけもない。言外に示す王妃に、第二王子はぐっと息を呑む。

「山の方でしょうか? 私も近頃は城に篭りがちですから」

 探り探り答える第二王子。

「ええ、二の殿下はお忙しくなされていて本当に大変でございますもの。そう、落ち着かれましたら野遊びなど如何でしょうか。いつか皆様で参りましたでしょう? また是非ご一緒してくださいませ。王太子様には良いお水をお土産にしとうございます」

「おや、私はお留守番ですか?」

 残念そうに言う王太子に、王妃がくすくすと笑う。

「王太子さまはその頃にはきっとお子様に夢中になっていらっしゃるでしょう?」
「それはそうかもしれません」

 王妃と王太子のやりとりに王は微笑み、第二王子が黙り込む。王家の語らいは今日も平和のうちに終わった。昔はともに野遊びをしたはずの第三王子のことも第四王子のことも、この日も遂に話題に出なかった。

 ※

 穏やかに分かれた四人はそれぞれ支度に入る。今夜は帝国はじめ各国の使者をもてなす晩餐である。今日の主催は国王。その伴侶である神子は女官総出で飾り立てられていた。

 父宮の弔いが終わった元帝国の皇女は、王国の豪奢な衣裳に袖を通す。しかし最後には、帝国の神子の印である全き白の長衣を纏う。それを手に遊びながら王妃は思う。

 ──久しく槍も剣さえも手にしていないけれど、また鍛えれば、それなりに使えるようになるかしら?

 殺生をしてはならない王族に嫁ぐ以上、武器を手にしてはならない。例え遊びや訓練といっても、帝国の者が王宮で武器を持つことは、要らぬ噂を呼ぶ。突然そんな宣告を受けた小さな皇女は、嫌がった。

 もうお父様と剣の試合いはできないのですか? 西の宮さまやザイのお母様と槍の練習もしてはいけないのですか?

 泣きわめく小さな皇女の気を紛らわせるように、例えば愛玩用の小犬を与えるように、竜王との契約を勧めてきたのがカイルだった。

 師の意図も知らず契約のため嬉々として山を登ったあの頃の自分を、カイルはどのように見ていただろうか?

 王妃は少し悔しくて、そして、おかしくて笑ってしまいそうになる。

 そうして我慢した末に、遂に王妃は、ふふっ、と笑いを溢してしまった。

「王妃さま、いかがなされましたか?」

 女官の一人が不思議そうに尋ねるのに、王妃は言う。

「やはり、華やかな粧いは心まで明るくなりますから。これからは良いことが起こると思ったの」

 憂のない王妃の笑顔に、女官たちは自分たちの仕事が報われたと嬉しくなる。

 王妃はそんな彼女たちに心の内でごめんなさいと謝る。そして、こんな自分を守ってくれる彼女たちに、心の底からの感謝を述べる。

「皆、ありがとう。さあ、参りましょう」

 ──お父さまも「こう」だったのかしら。

 心を尽くして支えてくれる者たちに囲まれながら、時折寂しくて仕方がなくなることがある。

 お父さまはよく私をお膝に乗せてくださった。それは、たいてい私がねだってのことであったけれど、時折、何も言わなくてもお膝に乗せてくださった。嫁ぐ前には暇さえあればそうだった。
 小さな私をお膝の上に乗せることが、お父さまにも僅かにでも慰めになっていたのなら、それ以上の喜びはない。

 帝国よりも王国で暮らした時間が長くなっても、王は未だわたくしを受け入れない。王子たちはじめ王国の者たちの警戒心を解けなかったのは、父への忠誠と思慕から来るわたくしの王への拒否感が原因だろう。

 一国の主人として、わたくしのお父さまならこうおっしゃる。
 わたくしのお父さまなら、伴侶である方々に、それぞれ様々に配慮をなさる。

 常にお父さまのことが頭にあるわたくしは、あの王を尊敬できないばかりか、心底嫌いなのだ。
 

 王の元に向かう王妃は、帝国皇帝に密かに使いを出すことに決めた。


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※お知らせ
第四章15話として一時公開していた「印」は、番外編に移動しました。(2020/03/23)
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