子守 〜元盗賊の使いっ走りが皇子の守役になる話〜

すみよし

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本編

1 小さいのは暇にする

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「何だこれは」
「退屈なさったんでしょう。子どもってのは、片時もじっとしていられないもんです」

 大陸一の剣豪と世に畏れられる東の宮を、岩登りの岩よろしく何度も踏みつけるお子様の名をガレスという。東の宮の甥だ。

 東の宮が木陰で座って休んでいるところに許しもなくとりつき、よじ登っては宮さまの肩から飛び降りる、という恐ろしい一人遊びを展開しているお小さい皇子様は、随分とご機嫌である。

 髪を引っ張るな、と幼子と格闘する主人の困惑に、リヒトは顔も上げずに申し上げる。

「今、手隙の者がいないんです。目だけ離さないようになさってて下さい」

 リヒトは兵站の配置を書き込む地図を睨んでいて、主人の方を見もしない。

 何があったか確とは分からぬが、この幼子がここに──戦の陣中に──転がり込んできたのはつい先程のことで、世話をする者がまだ決まっていないのだ。

 ガレス皇子を連れてきた男は、深傷を負い、今も生死の境を彷徨っている。

 東の宮に目通りを求めた際、瀕死の男は話ができる状態ではなかった。眠るガレス皇子を渡すのが精一杯。ガレス皇子に起きた事を告げる男は酷く混乱し興奮していて、話は要領を得たものでなかった。

 まずは傷を治せ、と言う東の宮に、男は懇願した。

 ──私はこのままに、哀れとお思い下さるなら……、

 そうして、気を失った。

 男の話と傷の様子から、彼が誰かと闘ったのは明白で、その相手はガレス皇子の父だろう。

 如何な理由があっても、試合以外で皇族に刃を向けたとあれば死罪は免れない。

 東の宮は最低限の手当てをさせ、治癒の魔法は使わずに天幕一つを与え、その中に哀れな、恐らくは忠義者を置くことにした。
 時折、呻き声やうわ言が漏れるが、あの様子なら今夜には楽になれるだろう。

 リヒトがその天幕をやたら気にして落ち着かないようなので、東の宮は自分がやるつもりだった仕事をリヒトに任せたのだが、先程からリヒトの愚痴が止まらない。

「あーもー! こんなのヨシュアさんなら、ちゃっちゃっと配置して子守しながら旨い飯まで作ってくれるのに! 何で宰相閣下なんぞになっちまいますかね」

 ここは食料が腐るからダメ、ここは見晴らしが良すぎてダメ、と地図に印をつけるリヒトは溜息をつく。

「ねえ、宮様。ヨシュアさん北に行っちゃったんですから、代わりにカイルを東にお返し頂くってのはダメなんですか?」

 ヨシュアは商人であったが、東の宮に取り立てられて官吏となり、直轄領補佐などを経て帝国の宰相となった。商人だった頃にはリヒトを手伝い、東の軍の武器輸送を仕切っていたこともある。

 一方、カイルはヨシュアが来るよりもずっと昔に東の宮が戦場で保護した少年だった。
 カイルが保護される少し前に盗賊の使いっ走りとしてこき使われていたところを東の宮に拾われていたリヒトとは、いわゆる「同期」である。
 カイルは東で数年過ごした後、北の宮に召し上げられた。今は今上侍従を務めている。

 ヨシュアもカイルも、時期は違えど東の宮の保護下で力を蓄えた。今や、帝国で押しも押されもせぬ人物である。

「今更ぼやくな。どちらも勅命だ。お陰で北の宮に貸しができたし、カイルの奴は、まあ融通も効く。それにお前、カイルが戻れば喧嘩するだろう?」

「しませんて。もう子どもじゃないですし、今じゃ俺が相手にされませんよ。
 ……全く、貴方様は育てては次々と北の宮に差し上げて、今度はその……?」

 その若様だって、と小さい殿下の事を思い出し、しかし、先程まで騒がしかったのが今はやけに静かな事に気づく。がばっと顔を上げたリヒトは叫ぶ。

「ちょっ……! それっ!」

 ガレス皇子がいつの間にか東の宮の元を離れ、岩陰から鎌首をもたげる蛇に興味を示している。

 毒蛇だった。
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