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本編
11 小さいのは守役を得る
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リヒトはルキウスの膝の上で微睡むガレスを見る。
カイルほどの過酷な状況ではなかったが、この小さな皇子さまは、母上と息を潜めて生活していた。本当はおしゃべりなのに、じっと黙っていた。母上さまと別れてあの護衛の腕の中で、どんな思いでいただろう?
「リヒトが付くならば、これからは安心だ。良かったな、ガレス」
愛おしそうに甥っ子を撫でながらルキウスが言うのに、リヒトはおずおずと申し上げる。
「えと、ルキウスさま、それ、なんですけど、その、」
東の宮の決定に逆らうことができないリヒトは、縋るようにルキウスを見る。
本当は守役など降りたい。
他の者を当ててくれまいか。
そう申し上げたいが、部下までつけられた今、それを申し上げることは反逆である。
「その、現時点では俺しかいないってのは分かります」
リヒトはボソボソと述べる。程よく馬鹿で阿呆で扱いやすい自分は、この非常時に取り敢えず当ててみるにはぴったりだろう。
「でも落ち着いたら俺は、その……」
「リヒト、荷が重いか?」
ルキウスが穏やかに訊ねてくるのに、リヒトはつい正直に肯いてしまう。
「そうか。まあ、下ろしたくなったらその時。落ち着いたらまた相談してくれ」
それまでは重くとも放り出さず頼むぞ、とルキウスはニコニコ言う。
「ええぇ……」
自分は、他の者のような、きちんとした教育を受けていない。
それに、カイルのように聡いわけでない。
経験上戦況は読めるが、アイツみたいに言葉で相手を操ったり言葉にされないことをあれこれ察したりなんて無理だ。政だってさっぱり。
はっきり言って、全く荷が重いのだ。
辛い思いをした上こんな自分に預けられるなんて、皇子様なのにお気の毒すぎる。
項垂れるリヒトに、ルキウスは言う。
「そう難しく考えなくていいんだ、リヒト。護衛ならできるだろう?」
「あ、そりゃあ、はい」
「リヒトが出来ることをすればよい。
それ以外のことは他の者に頼れ。兄上に申し上げれば何とでもなる。人を使うことをそなたも覚えるんだ」
「はあ」
東の宮と同じことを言われてしまったリヒトは、渋い顔をしてしまう。
「そなたが必要と思う者を引っ張ってきても良い。そなた、人を見る目はあるだろう? ヨシュアのような『当たり』を再び引き当てるかも知れないぞ?」
「はあ……、いや、あれはもう、奇跡としか」
ヨシュアの乗っている馬が気に入ったのがきっかけだった。
酒場で何度か会ううち、魔力に乏しいこの青年がやたら多方面に「器用」なことを知る。
それならばと、さて逃げられないようにと用心しながら東の宮の元に引きずってきてみたら、血みどろの戦場に怖気付くどころか戦術をちょっと教えてやっただけで、こちらの期待以上の活躍をしたヨシュアだった。
会った当時は酒場で暇そうにしていたのが、今や帝国の宰相である。
「当代の宰相と今上侍従の両方に恩を売ってある者など、兄上を除けばそなたくらいだな」
「うーん、お言葉ですが、ヨシュアさんにしてもカイルにしても、俺は微妙な感じだと思いますが」
カイルとは今でこそこんな風だが、昔は自分の方が一方的に突っかかっていたし、むしろ自分の方が助けられてばかりだし、ヨシュアに関しては、恨まれていても仕方ないでもないような。うーん、どうなんだろう?
首をひねるリヒトを、ルキウスは人の好いことだと思う。ヨシュアにしろカイルにしろ、「リヒトが懐くなら悪い奴ではないだろう」と東の者たちが受け入れたのを、当の本人は知らないらしい。
ルキウスは思う。実の父の凶行がガレスに与えた影響は大きかろう。ガレスの守役に何よりふさわしいのは、学がなかろうが身分が低かろうが、リヒトのような強くて気のいい安心できる者だ。
「戻れば兄上が正式にガレスの後見となる。カイルをお貸し下さった陛下はそれをお認めになるだろう。私は西にいるが、私もきっとガレスの力になれる。西の宮さまもご助力下さるだろう。皆がガレスを守る。安心するといい」
錚々たる面々を挙げられて、リヒトは余計に尻込みしたくなってしまう。だが、もう、今更どうしようもないようだ。
そもそも、あの東の宮がリヒト如きに覆せるような決定などするはずがない。そして、それはきっと正しい判断だ。
東の宮がヨシュアもカイルも北へやってしまったことに、リヒトは悔しい思いを抱いていた。しかし、東の宮が育て、北の宮に植えた苗は見事に育った。やがて実りの時期も来るだろう。そして、それは確実にここ、東の地をも富ませるのだ。
東の宮の決断は、正しかった。
結局は主人への信頼が、リヒトに覚悟を決めさせたのだった。
カイルほどの過酷な状況ではなかったが、この小さな皇子さまは、母上と息を潜めて生活していた。本当はおしゃべりなのに、じっと黙っていた。母上さまと別れてあの護衛の腕の中で、どんな思いでいただろう?
「リヒトが付くならば、これからは安心だ。良かったな、ガレス」
愛おしそうに甥っ子を撫でながらルキウスが言うのに、リヒトはおずおずと申し上げる。
「えと、ルキウスさま、それ、なんですけど、その、」
東の宮の決定に逆らうことができないリヒトは、縋るようにルキウスを見る。
本当は守役など降りたい。
他の者を当ててくれまいか。
そう申し上げたいが、部下までつけられた今、それを申し上げることは反逆である。
「その、現時点では俺しかいないってのは分かります」
リヒトはボソボソと述べる。程よく馬鹿で阿呆で扱いやすい自分は、この非常時に取り敢えず当ててみるにはぴったりだろう。
「でも落ち着いたら俺は、その……」
「リヒト、荷が重いか?」
ルキウスが穏やかに訊ねてくるのに、リヒトはつい正直に肯いてしまう。
「そうか。まあ、下ろしたくなったらその時。落ち着いたらまた相談してくれ」
それまでは重くとも放り出さず頼むぞ、とルキウスはニコニコ言う。
「ええぇ……」
自分は、他の者のような、きちんとした教育を受けていない。
それに、カイルのように聡いわけでない。
経験上戦況は読めるが、アイツみたいに言葉で相手を操ったり言葉にされないことをあれこれ察したりなんて無理だ。政だってさっぱり。
はっきり言って、全く荷が重いのだ。
辛い思いをした上こんな自分に預けられるなんて、皇子様なのにお気の毒すぎる。
項垂れるリヒトに、ルキウスは言う。
「そう難しく考えなくていいんだ、リヒト。護衛ならできるだろう?」
「あ、そりゃあ、はい」
「リヒトが出来ることをすればよい。
それ以外のことは他の者に頼れ。兄上に申し上げれば何とでもなる。人を使うことをそなたも覚えるんだ」
「はあ」
東の宮と同じことを言われてしまったリヒトは、渋い顔をしてしまう。
「そなたが必要と思う者を引っ張ってきても良い。そなた、人を見る目はあるだろう? ヨシュアのような『当たり』を再び引き当てるかも知れないぞ?」
「はあ……、いや、あれはもう、奇跡としか」
ヨシュアの乗っている馬が気に入ったのがきっかけだった。
酒場で何度か会ううち、魔力に乏しいこの青年がやたら多方面に「器用」なことを知る。
それならばと、さて逃げられないようにと用心しながら東の宮の元に引きずってきてみたら、血みどろの戦場に怖気付くどころか戦術をちょっと教えてやっただけで、こちらの期待以上の活躍をしたヨシュアだった。
会った当時は酒場で暇そうにしていたのが、今や帝国の宰相である。
「当代の宰相と今上侍従の両方に恩を売ってある者など、兄上を除けばそなたくらいだな」
「うーん、お言葉ですが、ヨシュアさんにしてもカイルにしても、俺は微妙な感じだと思いますが」
カイルとは今でこそこんな風だが、昔は自分の方が一方的に突っかかっていたし、むしろ自分の方が助けられてばかりだし、ヨシュアに関しては、恨まれていても仕方ないでもないような。うーん、どうなんだろう?
首をひねるリヒトを、ルキウスは人の好いことだと思う。ヨシュアにしろカイルにしろ、「リヒトが懐くなら悪い奴ではないだろう」と東の者たちが受け入れたのを、当の本人は知らないらしい。
ルキウスは思う。実の父の凶行がガレスに与えた影響は大きかろう。ガレスの守役に何よりふさわしいのは、学がなかろうが身分が低かろうが、リヒトのような強くて気のいい安心できる者だ。
「戻れば兄上が正式にガレスの後見となる。カイルをお貸し下さった陛下はそれをお認めになるだろう。私は西にいるが、私もきっとガレスの力になれる。西の宮さまもご助力下さるだろう。皆がガレスを守る。安心するといい」
錚々たる面々を挙げられて、リヒトは余計に尻込みしたくなってしまう。だが、もう、今更どうしようもないようだ。
そもそも、あの東の宮がリヒト如きに覆せるような決定などするはずがない。そして、それはきっと正しい判断だ。
東の宮がヨシュアもカイルも北へやってしまったことに、リヒトは悔しい思いを抱いていた。しかし、東の宮が育て、北の宮に植えた苗は見事に育った。やがて実りの時期も来るだろう。そして、それは確実にここ、東の地をも富ませるのだ。
東の宮の決断は、正しかった。
結局は主人への信頼が、リヒトに覚悟を決めさせたのだった。
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