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本編
最終話 元小さいのは即位する
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リヒトの肩車がすっかり定位置となったガレスは、今日も、あれこれと指さしてはリヒトの頭の上でおはなしをする。
「りっちょ、とっと」
「あの鳥がいる所は大抵水場があります。でも、アイツは骨ばっかで、煮ても焼いても食えません」
「りっちょ、むいむい」
「あの虫は苦いですけど、仕方ないときは食ってもいい奴です」
「りっちょ、おはな」
「あれは乾かして煎じて飲めば、風邪の時鼻が通ります」
ちいさな手が指差さす全ての動植物について、名前ではなく「食えるか食えないか」を生真面目に教える守役殿を、周りの者は苦笑しつつも微笑ましく見守っている。
※
リヒトを師にしたガレスは、東の軍で遠慮なく揉まれ育ち、やがて帝国最強の戦士となる。それは、東の宮の目論んだ通りだった。
ところが、皇帝にまで見込まれたのは、東の宮の誤算であった。リヒトからすれば、まあ、そうなりますよねー、と思うところであったのが、東の宮には随分と不満らしい。
「大馬鹿とド阿呆の親玉なんぞにいいように使われてたまるか!」
そう言って、東の宮は散々にゴネ倒したが、他に候補を挙げろと言われれば結局のところ自分が育てたガレス以上の者など思い付かず、泣く泣くガレスを巣立たせることになった。
その際の苦情と愚痴は、今上侍従カイルが延々と拝聴させられた。
しかし、東の宮以上に慌てたのはルキウスだろう。急遽、東の宮を継ぐことになったのだから。
こちらはこちらで止まらない愚痴を拝聴するのはリヒトである。西か東か、いずれの地にあっても補佐役として一生を捧げると定めていらしたことを思えば、もう「おいたわしい」としか言いようがない。
「はあ。全くそなたは大当たりを引き当てるものだ」
ここ数日、ひたすらに引き継ぎの文書を読み込むルキウスが零すのに、リヒトは何ともお答えのしようがない。
元盗人の肩車の上の若さまはスクスクと育ち、小生意気になってきたなと思っていたら縦横無尽に戦場を駆け抜け、リヒトなど置いてきぼりにして登極することになってしまった。
ただし、そうなる前に今上とは相当にやりやった……というのは、リヒト自身、諜報に出て見聞きしたことである。
その末に「北の宮に行く」とガレスが決めた時、リヒトは言った。
「あのー、若さまがついて行こうとしてらっしゃるあの陛下はですね、失礼ですが思いっきり厄介な方ですよ?
カイルとかヨシュアさんとか、挙句は東の宮様とか、ついでに俺なんかまで使い倒しておられる方ですよ?
絶対ついて行っちゃダメな類の方だと、俺は思いますけど」
ガレスはおろか、東の宮まで沈黙させたリヒトだったが、結局は、ガレスの意思を尊重した。
「そなたはガレスに付いて行かなくて良かったのか?」
心配そうにルキウスが聞くのに、リヒトは笑って答える。
「俺の主人は東の宮さまですから」
ガレスが巣立つのは寂しい。
ガレスを肩車していたのは遥か昔のことだが、今でも、リヒトは肩や背中にあった小さな皇子様の命の温もりを思い出すことが出来る。
それから、何度も感じた自分の命の危機も、思い出せる。
実の父から膨大な魔力を受け継いだガレスは、一度癇癪を起こすと、それは恐ろしいことになった。カイルから聞きかじった結界の技と、東の宮に叩き込まれた体術で、何とか凌いできたリヒトである。
しかし、そんな事も、もう昔のこと。リヒトが教えられることは全て教えたし、これからはカイルやヨシュアがガレスを助けるだろう。だから、リヒトは全く平気なのだ。
西の宮は既に代替わりしているが、ガレスとの関係は引き続き良好だ。東の宮もガレスの即位と共にルキウスに代替わりするが、もちろん、ガレスを支えてくれる。今上は退位となるが、暫くは宮に留まりガレスの補佐をするという。
皆がガレスを守る。
あの日、ルキウスが言ったことは本当で、それは、これからも続く。
「そなたは嬉しそうだな。」
「はい。そりゃ若様の先々は本当心配ですけど」
カイルやヨシュアが苦戦する北の宮である。ガレスも苦労するだろう。
しかし、ガレス様なら大丈夫。そうリヒトは思う。俺なんかが大雑把に育てたばかりに、割に繊細な若様は、実はめちゃくちゃ強いのだ。
「どこの砂漠に放り出されたって帰ってこられるように若様はお育ちになりましたから、ま、大丈夫でしょう」
へらりと笑うリヒトを、ルキウスはしばらく見つめていたが、やがて柔らかに笑う。
「そうか。そうだな。やれ、私もいい加減覚悟を決めねばな。ガレスに笑われてしまう」
「あはは、でも若様は北の宮で陛下とカイルにしごかれるでしょうから、笑う暇なんかないかもですね」
今頃、ルキウス様と似たようなことなさってますよ、とリヒトが笑うのに、ルキウスは顔を引き攣らせる。自分がカイルに見張られる様を想像したらしい。
「……そうだな。よし頑張ろう。見張りがリヒトであるだけ、私は恵まれている」
やはりそなたは良い守役だ、とルキウスが言うのに、リヒトは「そうでしょう?」と堂々とお返しした。
《終わり》
※ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました!
この後、カイルと東の宮のおまけ話あります。東の宮がリヒトを守役にした理由などちらっと書いてますので宜しかったらそちらもどうぞ~。
「りっちょ、とっと」
「あの鳥がいる所は大抵水場があります。でも、アイツは骨ばっかで、煮ても焼いても食えません」
「りっちょ、むいむい」
「あの虫は苦いですけど、仕方ないときは食ってもいい奴です」
「りっちょ、おはな」
「あれは乾かして煎じて飲めば、風邪の時鼻が通ります」
ちいさな手が指差さす全ての動植物について、名前ではなく「食えるか食えないか」を生真面目に教える守役殿を、周りの者は苦笑しつつも微笑ましく見守っている。
※
リヒトを師にしたガレスは、東の軍で遠慮なく揉まれ育ち、やがて帝国最強の戦士となる。それは、東の宮の目論んだ通りだった。
ところが、皇帝にまで見込まれたのは、東の宮の誤算であった。リヒトからすれば、まあ、そうなりますよねー、と思うところであったのが、東の宮には随分と不満らしい。
「大馬鹿とド阿呆の親玉なんぞにいいように使われてたまるか!」
そう言って、東の宮は散々にゴネ倒したが、他に候補を挙げろと言われれば結局のところ自分が育てたガレス以上の者など思い付かず、泣く泣くガレスを巣立たせることになった。
その際の苦情と愚痴は、今上侍従カイルが延々と拝聴させられた。
しかし、東の宮以上に慌てたのはルキウスだろう。急遽、東の宮を継ぐことになったのだから。
こちらはこちらで止まらない愚痴を拝聴するのはリヒトである。西か東か、いずれの地にあっても補佐役として一生を捧げると定めていらしたことを思えば、もう「おいたわしい」としか言いようがない。
「はあ。全くそなたは大当たりを引き当てるものだ」
ここ数日、ひたすらに引き継ぎの文書を読み込むルキウスが零すのに、リヒトは何ともお答えのしようがない。
元盗人の肩車の上の若さまはスクスクと育ち、小生意気になってきたなと思っていたら縦横無尽に戦場を駆け抜け、リヒトなど置いてきぼりにして登極することになってしまった。
ただし、そうなる前に今上とは相当にやりやった……というのは、リヒト自身、諜報に出て見聞きしたことである。
その末に「北の宮に行く」とガレスが決めた時、リヒトは言った。
「あのー、若さまがついて行こうとしてらっしゃるあの陛下はですね、失礼ですが思いっきり厄介な方ですよ?
カイルとかヨシュアさんとか、挙句は東の宮様とか、ついでに俺なんかまで使い倒しておられる方ですよ?
絶対ついて行っちゃダメな類の方だと、俺は思いますけど」
ガレスはおろか、東の宮まで沈黙させたリヒトだったが、結局は、ガレスの意思を尊重した。
「そなたはガレスに付いて行かなくて良かったのか?」
心配そうにルキウスが聞くのに、リヒトは笑って答える。
「俺の主人は東の宮さまですから」
ガレスが巣立つのは寂しい。
ガレスを肩車していたのは遥か昔のことだが、今でも、リヒトは肩や背中にあった小さな皇子様の命の温もりを思い出すことが出来る。
それから、何度も感じた自分の命の危機も、思い出せる。
実の父から膨大な魔力を受け継いだガレスは、一度癇癪を起こすと、それは恐ろしいことになった。カイルから聞きかじった結界の技と、東の宮に叩き込まれた体術で、何とか凌いできたリヒトである。
しかし、そんな事も、もう昔のこと。リヒトが教えられることは全て教えたし、これからはカイルやヨシュアがガレスを助けるだろう。だから、リヒトは全く平気なのだ。
西の宮は既に代替わりしているが、ガレスとの関係は引き続き良好だ。東の宮もガレスの即位と共にルキウスに代替わりするが、もちろん、ガレスを支えてくれる。今上は退位となるが、暫くは宮に留まりガレスの補佐をするという。
皆がガレスを守る。
あの日、ルキウスが言ったことは本当で、それは、これからも続く。
「そなたは嬉しそうだな。」
「はい。そりゃ若様の先々は本当心配ですけど」
カイルやヨシュアが苦戦する北の宮である。ガレスも苦労するだろう。
しかし、ガレス様なら大丈夫。そうリヒトは思う。俺なんかが大雑把に育てたばかりに、割に繊細な若様は、実はめちゃくちゃ強いのだ。
「どこの砂漠に放り出されたって帰ってこられるように若様はお育ちになりましたから、ま、大丈夫でしょう」
へらりと笑うリヒトを、ルキウスはしばらく見つめていたが、やがて柔らかに笑う。
「そうか。そうだな。やれ、私もいい加減覚悟を決めねばな。ガレスに笑われてしまう」
「あはは、でも若様は北の宮で陛下とカイルにしごかれるでしょうから、笑う暇なんかないかもですね」
今頃、ルキウス様と似たようなことなさってますよ、とリヒトが笑うのに、ルキウスは顔を引き攣らせる。自分がカイルに見張られる様を想像したらしい。
「……そうだな。よし頑張ろう。見張りがリヒトであるだけ、私は恵まれている」
やはりそなたは良い守役だ、とルキウスが言うのに、リヒトは「そうでしょう?」と堂々とお返しした。
《終わり》
※ここまでお付き合いくださいましてありがとうございました!
この後、カイルと東の宮のおまけ話あります。東の宮がリヒトを守役にした理由などちらっと書いてますので宜しかったらそちらもどうぞ~。
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