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8年前の出会い(3)※アーシュアルト
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その日、アーシュアルトはごく簡素な装束しか身につけておらず、一般の兵卒と間違えられてもおかしくないようななりだった。
普通の貴族の娘なら、見なかったことにしてそそくさと立ち去っていくか、ひとことふたこと当たり障りのない言葉を残していくくらいだ。
しかし彼女は、まあ、とにっこりと微笑んだのだ。
その時のライラは、淑女の皮の内側に子供らしい好奇心を秘めていた。だからアーシュアルトは戸惑った。
子供と呼ばれる生き物は――とくにそれが姫君ならなおさら――アーシュアルトの顔を見ただけで緊張して震えるか、あるいはどの祝福も授からなかった忌まわしい存在だと眉をひそめるかのいずれかだ。
けれどもライラはそんなそぶりを見せず、のほほんとした表情を見せたのだ。
そのときの会話は一言一句覚えている。
彼女は今まで会ったどの神子とも違って、気高くも、儚くも、神々しくもなかった。
赤い色彩の神子装束がよく似合っている。イッジレリアの神子といえば、ジャラジャラと金で飾り立てたけばけばしい衣装を好んで身に着ける印象があるが、彼女は違っている。
品がいいともちょっと違う。必要最低限の装飾を施した、地味で質素な赤い神子服を好んで着ているらしい。
(平民出身の神子姫か……確かにこれは、戸惑う貴族も多いだろう)
神子らしさと貴族らしさと平民らしさ、それが絶妙なバランスで積み上げられている奇妙な子供。王族でありながら王族になりきれなかったアーシュアルト自身とも違う、不思議な存在。
ゆえに聞いたのだ。
どうして彼女が人質という立場に甘んじているのか。そもそも、〈火宿り〉を目指せる才能を持ちあわせているというのに、上を目指さないのかと。
すると、聞かれ慣れている質問なのか、彼女はさして興味なさそうに答えた。
「うーん、本国に残るより、こうして外に派遣してもらうほうがいいと思ってるんですよね。だって、ノルヴェンにいた方が、断然困っている方の役に立てるでしょう? 別に赤の祝福が強いからって、本国には私の代わりなんていっぱいいますし、わざわざ私である必要はないですから」
驚くアーシュアルトに、彼女はさらに続けた。
「何というか――爪弾き者には、それはそれで相応しい場所があると思うのですよ」
達観した彼女の目は、遠くを見つめたまま。
その目が、とても美しく見えた。
「だから私は、ノルヴェンに派遣してもらってよかったって思ってます。――ほら、こちらだと、民と直接お話できる機会も多いですし。肩の力を抜いてお話できるって言うか、貴族社会で生きるよりも、ずっと向いてるって思ってるんです。これは、他のイッジレリア王族の誰よりも、私向きのお仕事なのでは?って」
ふふふ、と笑う彼女は、子供と大人、両方の顔を持っていた。
真っ赤な神子服で、美しいカーテシーをしては、微笑んで小首を傾げる。
それは平民として神子になったことを卑下するようにも、その上で誇らしく歩いているようにも見えた。
アーシュアルトは打ちのめされた。
3歳も年下の娘に、たしなめられているような気がした。
自分には何の才もないと、ずっと燻ってばかりの人生だった。立ち向かうことを諦めた者に相応しい、くだらない一生をただただ消耗するように生きるのだと。
軍人となったのも、国を守るためだというのは建前だ。自身を鍛えているのも、アーシュアルトはその道しか選べなかったからにすぎない。
それをこの娘は、自分の立場を享受した上で、誇らしげに生きていこうとしている。
自分よりも何歩先も――ずっとずっと進んだ場所に、彼女は立っていた。
抱いたのは、憧れに近い感情だったと思う。
しかし、それからアーシュアルトは彼女の動向を気にするようになった。
いくら大人びているとはいえ、彼女はまだ子供で、しかもイッジレリアの連中にいいように使われ続けている。
そんな自分の立場を理解した上で彼女らしく生きようとする――その手助けができればと思ったのだ。
その後、危うい立場だった彼女の護衛に志願した。
王族自ら護衛とは、と反対意見もあったが、アーシュアルトは魔力を持たない半端な王族。王位継承権を持たぬ身ゆえ、特別に認められた。
そうして彼女の影となり、3年――。
命を狙われた彼女の身代わりになり、この右目を失った。
普通の貴族の娘なら、見なかったことにしてそそくさと立ち去っていくか、ひとことふたこと当たり障りのない言葉を残していくくらいだ。
しかし彼女は、まあ、とにっこりと微笑んだのだ。
その時のライラは、淑女の皮の内側に子供らしい好奇心を秘めていた。だからアーシュアルトは戸惑った。
子供と呼ばれる生き物は――とくにそれが姫君ならなおさら――アーシュアルトの顔を見ただけで緊張して震えるか、あるいはどの祝福も授からなかった忌まわしい存在だと眉をひそめるかのいずれかだ。
けれどもライラはそんなそぶりを見せず、のほほんとした表情を見せたのだ。
そのときの会話は一言一句覚えている。
彼女は今まで会ったどの神子とも違って、気高くも、儚くも、神々しくもなかった。
赤い色彩の神子装束がよく似合っている。イッジレリアの神子といえば、ジャラジャラと金で飾り立てたけばけばしい衣装を好んで身に着ける印象があるが、彼女は違っている。
品がいいともちょっと違う。必要最低限の装飾を施した、地味で質素な赤い神子服を好んで着ているらしい。
(平民出身の神子姫か……確かにこれは、戸惑う貴族も多いだろう)
神子らしさと貴族らしさと平民らしさ、それが絶妙なバランスで積み上げられている奇妙な子供。王族でありながら王族になりきれなかったアーシュアルト自身とも違う、不思議な存在。
ゆえに聞いたのだ。
どうして彼女が人質という立場に甘んじているのか。そもそも、〈火宿り〉を目指せる才能を持ちあわせているというのに、上を目指さないのかと。
すると、聞かれ慣れている質問なのか、彼女はさして興味なさそうに答えた。
「うーん、本国に残るより、こうして外に派遣してもらうほうがいいと思ってるんですよね。だって、ノルヴェンにいた方が、断然困っている方の役に立てるでしょう? 別に赤の祝福が強いからって、本国には私の代わりなんていっぱいいますし、わざわざ私である必要はないですから」
驚くアーシュアルトに、彼女はさらに続けた。
「何というか――爪弾き者には、それはそれで相応しい場所があると思うのですよ」
達観した彼女の目は、遠くを見つめたまま。
その目が、とても美しく見えた。
「だから私は、ノルヴェンに派遣してもらってよかったって思ってます。――ほら、こちらだと、民と直接お話できる機会も多いですし。肩の力を抜いてお話できるって言うか、貴族社会で生きるよりも、ずっと向いてるって思ってるんです。これは、他のイッジレリア王族の誰よりも、私向きのお仕事なのでは?って」
ふふふ、と笑う彼女は、子供と大人、両方の顔を持っていた。
真っ赤な神子服で、美しいカーテシーをしては、微笑んで小首を傾げる。
それは平民として神子になったことを卑下するようにも、その上で誇らしく歩いているようにも見えた。
アーシュアルトは打ちのめされた。
3歳も年下の娘に、たしなめられているような気がした。
自分には何の才もないと、ずっと燻ってばかりの人生だった。立ち向かうことを諦めた者に相応しい、くだらない一生をただただ消耗するように生きるのだと。
軍人となったのも、国を守るためだというのは建前だ。自身を鍛えているのも、アーシュアルトはその道しか選べなかったからにすぎない。
それをこの娘は、自分の立場を享受した上で、誇らしげに生きていこうとしている。
自分よりも何歩先も――ずっとずっと進んだ場所に、彼女は立っていた。
抱いたのは、憧れに近い感情だったと思う。
しかし、それからアーシュアルトは彼女の動向を気にするようになった。
いくら大人びているとはいえ、彼女はまだ子供で、しかもイッジレリアの連中にいいように使われ続けている。
そんな自分の立場を理解した上で彼女らしく生きようとする――その手助けができればと思ったのだ。
その後、危うい立場だった彼女の護衛に志願した。
王族自ら護衛とは、と反対意見もあったが、アーシュアルトは魔力を持たない半端な王族。王位継承権を持たぬ身ゆえ、特別に認められた。
そうして彼女の影となり、3年――。
命を狙われた彼女の身代わりになり、この右目を失った。
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