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〈命脈〉への干渉(1)
しおりを挟むどことなくしんみりしながら辺境領の領都ライラスまでやってきた。
――ライラス。
たしか、アーシュがこの辺境領を治めるようになってから、領都の名前を変更したと聞いたことがあるけれども――由来――まさかね――と考えることを放棄する。
領都ライラスは私が知っている当時の領都よりもずっと、大きく発展していた。
凍えるような気候ではあるけれど、街全体に貴重な魔晶石を使って、冷気を留めているのだそうだ。
とはいえ、本当に稀少なものだから、簡単には設置できないのだけれども。
それでもちらちら雪は降り続き、凍える気候が広がっている。
せめて色彩だけでも温かなものを宿そうとばかりに、赤茶色の屋根の家が多いようだ。
赤の女神の祝福が足りない分、黄の女神に祈って寒い地域でも育つ木々を植え、それらを燃料にして暖を保つ。どの家にも必ず暖炉があり、もくもくと煙や水蒸気が流れていく。
街ゆく人々も厚手のコートや手袋を着用し、白い息を吐きながら歩いていった。灰色の髪や浅い金髪、それから僅かに緑や青みがかった銀髪の人間が多いだろうか。茶色や焦げ茶、赤茶色の髪の人が多いイッジレリアとはまた雰囲気が異なっている。
冬が明けなくなってもう3年。
どこかくたびれた様子も見られるけれども、人々の目には生気が宿っている。それは、この街を治めるアーシュの力によるものなのだろう。
「すごいのね」
無意識のうちに声が漏れていた。
「アーシュ、本当に領主様になったんだ」
「む?」
なんとなく。
昔の彼の姿の方が印象的だったから、大人になったんだなって実感したというか。
出会った頃は、私を疎ましく思っていることを隠そうともしない冷めた瞳を向けてきていた。どちらかといえばやせ型で、顔色が悪かったお兄さんという印象だ。
周囲に侮られないように常に気を張っていたようにも思えたけれど、どこか、諦観の念が滲み出るような色彩を瞳に宿していた。
それが、私の護衛を名乗り出てくれてからちょっとずつ変わっていった。
ピリピリといつも気を張っていたのはもちろんなのだけれど、どちらかと言えば私の一歩後ろから護り、支えてくれるような気配があった。
(王族って言うよりも、本当に護衛みたいだったもの)
今、考えても、とんでもない人に護衛についてもらっていたのだと思う。
まあ、王族が溢れかえっているイッジレリアでも、軍人になる王子はいたけれども。でも、アーシュはもっと陰として働こうとしている部分があったというか。
それが今や、皆の頼れる領主様。
この厳しい環境で、アーシュがどれほど努力、奮闘し、街を護り続けてきたのかがありありと見て取れる。
「素敵な街ね」
窓に貼り付くように両手をつき、うっとりと外の景色を眺めた。
この街を護る手伝いをしたい。そう自然と思えるような場所。
私は本当に、素晴らしい人に拾ってもらえたのかもしれない。――まあ、ちょっと表情筋は死んでいるけれども、だ。
改めてアーシュの方を振り返ると、こちらを凝視する黒玉と目が合った。
――が。
なんだか、頬が赤くなっている。
表情こそ相変わらずピクリともしていないけれど、頬の赤みが彼の感情を雄弁に物語っているような気がして。
(こそばゆい、気がする)
あー、なんだか落ち着かない。
周囲を取り巻くこの空気はなんだ。極寒の地のはずなんだけど、妙に体温が高くなっている気がする。
頬の赤が伝染したのか、私自身も頬を押さえ、早く領城へ着いてと願うばかりだった。
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