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〈命脈〉への干渉(3)
しおりを挟む(意外と、残ってたのね。祝福……)
全盛期の五分の一程度だろうか。
髪や瞳の色彩からみて、もっとしょっぱくなっているかなと思っていたけれど、そんなことはなさそうだ。
これだったら、普通の神子としての役割は十分果たせることだろう。
アーシュにおんぶに抱っこにならなさそうで、ちょっとだけホッとする。
安心するなり、全身の力が抜けた。
地面にぺたんと座り込み、ほう、と息を吐く。
もう魔力は流していないため、〈命脈〉との同調も消えた。周囲の光が見えなくなるまでに、この部屋を出ないといけない。でないと、真っ暗になってしまって、何も見えなくなるので。
消えたランプを手に引っかけて、私は立ち上がる。けれど、思った以上に力を使ってしまっているのか、すぐにその場に崩れ落ちた。
(前と同じ感覚で使うと、こうなるのね)
〈命脈〉に触れている間、神子は問答無用で魔力を消耗する。
そのまま空になってしまったら終わりだ。〈命脈〉に命ごと引きずり込まれてしまう。
そうなると、もぬけの殻のように肉体だけが取り残される。
心臓は動いていても、植物人間のように身体を動かすことも、話すこともできなくなる。
そうするうちに、身体の方も朽ちてしまうのだという。
実際そのような事故は起こらないように、駆け出しの神子は絶対に師匠に連れられて〈命脈〉に触れることになっているけれど、それでもたまに命を失う者はいる。
それだけは絶対に嫌だと、ぶるると私は身体を震えさせた。
今後も、〈命脈〉に触れるときは絶対に気をつけよう。前と同じ感覚でいたら事故りかねないと自分自身に言い聞かせつつ、よろよろと出口に向かった。
ゆっくりと扉を開き、後ろ手に閉じたところで、ホッとしてその場に崩れ落ちた。
「ライラ!」
地面にお尻をつくよりも早く、アーシュの手が伸びていく。
「大事ないか!?」
「あ、ええ。ありがと」
ううん、ちょっと口には出せないけど、ちょっと無理しすぎた様な気もする。
危なかったという事実は隠したつもりだけれど、アーシュはいつも以上に厳しい眼光を私に向けてきた。
「っ!? ――え、えと。大丈夫よ……?」
「…………」
そんなことないだろう?という目だ。これは。
訴えるような顔を向けられ、うっと言葉に詰まる。
が、次の瞬間には視界が高くなっていた。
「ひゃ!?」
ガッと横抱きにされ、アーシュはくるりと反対を向く。ユスファやメリルを従えて、大股でもと来た道を戻っていった。
迷路のような地下道を迷いなく歩いては、やがて城の上階へと続く階段へと足をかけた。
地上階に戻ると、ずらりと使用人たちが立ち並び、私たちを出迎えてくれる。
そうだった。私、結婚してこの城に連れて来られたんだった。
使用人たちへの挨拶もそこそこに、真っ先に〈命脈〉を見るからと地下へ通して貰ったため、全てが中途半端になっていた。
私は平民ということになっている。いきなりこれでは不興を買いそうだけど、今のところ悪意らしきものは感じない。よほど教育が行き届いているのだろう。
――なんて、感心しているうちに、目的の部屋に辿り着いたらしい。
ふわっと、優しい香りが漂う部屋は、白と赤を基調とした可愛らしい作りだった。
赤い布張りのソファーに真っ白のテーブル。猫足になっているのが可愛らしく、品がある。
冷気が強い風土にもかかわらず大きな窓を使用できているのは、魔晶石の働きによるものか。この城ひとつにどれほど多くの魔晶石が配置されているのかと考えると、くらりとしそうだ。
ファブリックも濃い臙脂のものが多く、温かしさを感じる作りだ。国境の砦とは全然ちがう、柔らかい印象の部屋にぽかんとした。
「えっと、ここは? アーシュの部屋、ではないのよね……?」
アーシュが使用するには愛らしすぎる。
彼の妃のための部屋を宛がわれたと考えるのが自然なのだが、まさかの赤。
貴族個人の部屋は、その部屋の持ち主に祝福を与えた神の色彩を基調とすることが多い。
結婚するにしても、事前に相手の祝福を調べ、調度品を用意するのが主流だ。たいていは輿入れまでに最低数カ月の準備期間があるものなので。
でも、私が突然ノルヴェンに転がり込んできてからまだ一週間も経っていない。
こんな短期間で用意できる部屋ではない。となると、最初から誰がこの部屋を使うのか想定して、ずっと前から整えていたと考えるのが自然なんだけど。
「君の部屋だ」
「やっぱり、そう、なのよね……」
ズバンと言い切られ、私は息を飲んだ。
「いつからこの部屋を準備して……?」
「俺が辺境領を治めるようになって3年になる」
……つまり、そのときから、ということなのだろうか。
私が強制的に自国へ連れ戻されて間もなく、彼は辺境にやってきた。そのときから、赤の女神の祝福を授かった妃を迎えることを想定していたと。
メリルも1年以上準備をしてきたと言っていたけれど――何だろう。彼の私への執念みたいなものを感じずにいられないというか。
「君だ」
「は?」
「そのときから俺は、君以外を妃に迎える気などなかった」
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