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〈命脈〉への干渉(5)
しおりを挟む一体なんぞ!?と目を白黒させるも、ユスファの動きは早い。アーシュの私室の向こうへと小走りで向かって行っては、すぐに戻ってくる。くるりと巻かれた羊毛紙を広げ、アーシュに手渡した。
アーシュはその地図をベッドの上に広げながら、説明する。
「ギヴァリオ・リュカス。ノルヴェン王家の分家であるリュカス家を継いだばかりの男だ」
聞いたことはある。
メリルのいるリーヴェンス家と並ぶくらいに有名な、名家中の名家のはず。とはいえ、ギヴァリオという男とは会ったことがなく、どんな人間なのかはわからない。
「あの男は、昔から何かと俺に突っかかってきてな」
はあ、とため息をつくアーシュの代わりに、ユスファが説明してくれる。
「かの方にも王家の血が流れていらっしゃいますからね。年が近いアーシュアルト殿下のことをずっと、魔力を持たないからと侮っていらっしゃった。しかし、殿下がこの地で武功を立てられ、心穏やかではいられなかったご様子」
「そんな。アーシュは誰よりも努力をしていたのでしょう?」
「仰る通りです」
ユスファが誇らしげに頷くのと同時に、アーシュの腕が伸びてくる。
すごく自然に頬に唇を掠めて離れていくけれど、心臓が落ち着かなくなるからやめてほしい。
こほん、と咳払いをして、私は地図に向き直った。
「たしかリュカス領は、この辺境領の隣、だったかしら?」
「そうだ。海に面した大きな港が有名な、この国でも有数の貿易拠点だ」
アーシュの指がリュカス領を差した。
国境に接する大平原を有するのが辺境領。そして辺境領から丁度北東に面するのがリュカス領だった。
「国交断絶前は、うちとの貿易も盛んだったのよね」
「そうだ」
海域も穏やかで、大きな船が停泊しやすい港があった。活気があり、たしかノルヴェンでも一二を争う大都市だったはず。
「今も、かの地は他国との貿易でなんとかやっている。イッジレリアとの取り引きができなくなったことは痛手のようだが――しかし――」
「どうしたの?」
「海が」
アーシュが難しそうな顔をした。
考え込むように黙り込んだアーシュに変わって、ユスファが説明を続けてくれる。
「国土全体の〈火脈〉が痩せ細ったため、この国の東側の海はどこも、氷河により一般の商船が入れなくなっているのです」
「それは大変ね」
氷河を割って進むには、特殊な装備が必要だ。ノルヴェン籍の船はまだしも、他国にはそこまでの装備を用意する理由がない。
ノルヴェンは綺麗な水ももちろんだが、とても美しい鉱石が産出するほか、その加工技術も世界の追従を許さない。それを目的に、この国と取り引きをするためだけに船を用意する商会もあるだろうが、全てがそうだとはかぎらない。
3年。
この国が氷河に覆われて、まだ3年しか経っていないのだ。周りの国々が変化について行っていない。
「しかし、リュカス領だけは違う」
「え?」
私は目を丸くした。
今度はユスファに代わって、アーシュがリュカス領の海をなぞっていく。
「元々、リュカス領はイッジレリアのすぐ近くに位置している。だから、かの国から流れる〈火脈〉の影響で、海が凍りつくのを免れたのではと考えられていたのだが」
次に、リュカス領と辺境領の間を。
そこには、有名な太い〈命脈〉が流れている。
「我が領地へ影響を与えるほど、リュカス領で〈水脈〉を太らせているのならば、かの地とて平気であるはずがない」
共倒れ、という言葉が頭に浮かんだ。
たしかに、きっちり管理されているこの辺境領の〈水脈〉をああも太らせているのだ。どれほど強い力がリュカス領側から流されているのか。それほど〈水脈〉に力を注ぎ込んでいるのだとすれば、海だってきっと凍りつくはず。
なのに、それがない。
リュカス領内で、太りすぎた〈水脈〉調整のための手段が講じられているということになるわけだけど。
「……リュカス領内に、赤の神子を抱えているな」
「そんな」
「国の上層部に知らせることなく。領地の奥深くに隠しているか。あるいは――」
赤の神子というのは、本当に特殊な存在なのだ。
黄や緑の神子は世界中満遍なく生まれやすいのに対して、青の神子は北側の国々に多く、赤の神子に至ってはイッジレリアを中心として本当に少数の土地でしか生まれない。
それを現在、イッジレリアは独占しているような状態だ。
だからこそ、イッジレリアはノルヴェンに強気に出られる。耐久戦になった際、ノルヴェンの方がはるかに不利だ。
(イッジレリアは、手段を選ばないところもあるし)
それでも、青の神子の存在はイッジレリア内でも稀少だ。
だから、青の神子を得るためには何だってやる。他国を襲って、神子を捕虜として捉えることも辞さない。
実際、ノルヴェンからも多くの神子が奪われているはずだ。
一方、赤の神子は極端に他国へ出ることはない。
私が人質として来ていたときも、その裏で相当なお金が動いていたはずだ。
それほどまでに稀少な赤の神子。
もしリュカス領が捕虜として捉えているならば、イッジレリアは絶対に把握しているはず。声高らかに訴えて、周知されるに違いない。
それすらされてないということは――。
と、そこまで思考したところで、バタバタバタとけたたましい足音が聞こえてきた。
「殿下! アーシュアルト殿下!」
「なんだ、騒がしい」
閉ざされた扉に向かって声をかけたところで、侍従らしき男が入ってくる。
彼は焦った表情を隠そうともせず、アーシュに向かって一礼した。
「客人がお見えです。それが――」
「客? 当分は何の約束もなかったはずだ」
不機嫌さを隠そうともしないアーシュに対して、男は少し迷ったように息をついた後、ハッキリと伝えた。
「リュカス領主ギヴァリオ・リュカス様が。殿下のご結婚を聞きつけて、急ぎでお祝いにいらっしゃったと」
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