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−初秋−
1−4 いっそ殺してと希う(1)*
しおりを挟むゴンッゴンッ、と、腹にぶつかる衝撃にサヨは表情をしかめた。
「やめろっ! 離せっ。離してっ!!」
「諦めな、お嬢ちゃん――いや、サヨ」
「ったい! んっ……!!」
がつ、がつと男の肩当てが腹に当たる。
サヨは、まるで米俵みたいに担がれて、国から落とせと命じられていた砦に攫われるような形で連行されていた。
まさかこんな形で砦に入ることになるとは思わなかったが、抵抗しても男は一切歩調を緩めない。
「ん? ああ、痛かったか。それはすまない。……これでどうだ? ……っと! 暴れるなよ?」
「!?!?!?」
言うなり男はサヨを両腕で抱きかかえなおす。いきなり自分の顔と男の顔が近づいて、サヨは呼吸を忘れた。
サヨよりも歳を重ねた、大人の男らしい精悍な顔つき。
黒と思われる髪は柔らかく、光が当たると明るい色に変化する。
同じ髪色と思われても、やはり人種が違うのだろう。すこし癖があるようだが、それすらも洒落た雰囲気にすら感じる。
顔には小さな傷がいくつもあるようだが、どれ一つとして、男の風貌を損ねるようなものではなかった。
威風堂々とした立ち振る舞いは実に男らしく、蠱惑的な奥深い香りがぷんと漂う。
香とはまたちがった香水のかおりに驚き、サヨの心臓はさらに跳ねた。
――かっ、顔が…ち、っち、ちか、くないか……!?
敵の――おそらく大将にだ。
なぜ抱き上げられているのだろうか。まったくもって意味がわからない。
一騎打ちで負けて、殺される覚悟すらした。問答無用で連れて行かれているこの現状を考えると、おそらく捕虜にされるのだろう。そう考えるのが当然なはずなのに。
この男、何と言っていたか。
――つ、つま? 妻って? あの、妻???
足早に砦の上へと足を進める男の顔を見ていると、あの時の感触が鮮明に蘇る。
厚い唇。
想像していたよりずっと柔らかくて、温かな体温。それとは対照的に、乱暴なまでに口内を蹂躙した太い舌。
その獣じみたぬめりを帯びた感覚が蘇り、ぼんっと、サヨの体温は上昇する。
「やっ、めろ! 捕虜にする気なら、自分で歩くからっ!」
「捕虜だ? 聞けるか。……はぁ。これは早いところオレのモノにしとかないとな」
「な、何を……やめっ」
「大丈夫だ。ほら、な――?」
いよいよ上階の突き当たりの部屋にたどり着き、男は乱暴に扉を蹴り開けた。
石造りの壁に、重厚な机の置かれた飾り気のない部屋。もしかしたらこの男の執務室なのかもしれない。
そこをつっきり、男はさらに奥の扉を開く。
八畳程度のその小部屋は、おそらくこの男が寝泊まりしている場所なのだろう。
品のよい箪笥のようなものや、大きな寝台が置かれた簡素ながらも落ち着きのある部屋。
男は入るなりサヨを寝台に下ろし、そのまま組み敷くように馬乗りになる。
「……っ」
「捕虜になる覚悟はあるわけだ? なら、女の捕虜がどういう扱いをされるかは、知っているな?」
「――っ!?」
「早いところオレの妻になっておけ。な? そうしたら、他の男は手をだせない」
言うなり、男はサヨの鎧を引き剥がしにかかる。乱暴に甲冑の紐を解かれて床に投げ捨てられ、中に着込んだ着物にまで手が伸びた。
「んっ…やぁっ。やめっ……!」
「じゃじゃ馬だな。まあ、そんな女を手懐けるのも一興か」
どうにか逃げようと暴れるも、一回り以上大きな男の力に敵うはずもない。
両腕をまとめて頭上に縫いとめられ、襟ぐりを大きく開かれる。
露わになった肌が空気に触れ、ひやりとした。
紅葉にはまだまだ早いが、季節は秋。いくら国の南側と言え、かなり気温は下がっていた。
ぶるりと震えそうになるのを感じつつ、サヨは男を睨みつけた。
「……殺せっ」
「ん?」
「慰みものにするくらいなら、殺せっ」
瞬間、目を大きく見開いた男は、堪え切れないとばかりに深い笑みを落とす。その鮮やかな瞳の色。澄んだ空を思わせる蒼は輝き、愉悦に浸る。
「殺すものか。ようやく、これという女が見つかったんだ。絶対。何が何でも、モノにする」
なんて顔をするのだろうか。
戦場に身を置いた後の猛々しさに、凄まじい色気が混じりあい、サヨを圧倒する。
「そんな、私は……っ」
「? 戦場ではあんなに気合い入ってたのに、こちらは初心か? フフ、それも悪くはないか」
「や、やめ……」
「怖いなら力を抜いていろ。そのうちよくなるさ」
「いやだ」
「逃す気はない。諦めろ」
獣に狙われた小動物とはこのような気分なのだろうか。射すくめられ、呼吸を忘れる。
着物を剥ぎ取られ、乳房がこぼれ落ちたところで、男の笑みはますます濃くなった。
そのまま男の顔が乳房に近づいたかと思うと、食いちぎらんばかりに強く乳首を吸われ、全身が粟立つ。
歯をくいしばるけれども、涙までは止められない。ぼろりと、いつぶりかわからない大粒の涙がこぼれ落ち、サヨは絶句した。
戦場に立つようになって四年。
窮地に陥ったときでさえ、涙を流したことなどない。
自分の考え無しの行動に、強く咎められたことも一度や二度ではない。
自分の仲間をも危険に晒してしまったときも、その結果、尊敬する父親に怒鳴られたときですら、泣きたい気持ちになっても、実際涙を流したことなどなかったというのに。
――こんな……こんなに、無力だったなんて。
「う…………」
途端に自分が情けなく感じて、もうどうしようもなかった。
抗っても男はびくともしない。
武芸者だ、男にも負けないともてはやされ、一方で女らしさは残念ながらとからかわれた。
軻皇国の女にしては高い身長に、筋肉のついた肢体。脱げば、あちこち傷だらけだ。
男勝りな性格で、度胸があると褒められたことも一度や二度ではない。
女でありながら、男とともに歩み、それが自分の生きる道なのだと思っていた。
女として誰かに嫁ぐ形では家の役には立つことはできない。だからこそ、ただ、がむしゃらに戦い続けてきたというのに――。
「……っ」
次から次へと、涙の粒がこぼれ落ちる。
止めようと思っても、止まらない。
男の力強い手に掴まれて、身動きできない自分が情けない。
この程度の力しかないならば、慰みものになるのも仕方ない。男としても、女としても、まともに役に立てない自分にはお似合いの末路なのだろう。
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