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−初秋−
1−5 いっそ殺してと希う(2)
しおりを挟む「うっ……ふううう……う……っ」
いよいよ嗚咽混じりになり、サヨは鼻をすすりはじめる。ぼろぼろと涙はこぼれ落ちたまま、目の前がぐしゃぐしゃになっていく。
「……っ」
声が届いたのか、弾かれるようにして男が頭を上げた。
サヨの表情を見て絶句しているが、サヨにはもう男の方を見る余裕などない。
こんな顔をさらして、一体、何をしているのかと情けなくなる。
何故、戦場で殺してはくれなかったのかと、心の中で責めることしかできない自分が不甲斐ない。
辱めを受け、腹を切ることも許されず、のうのうと生き延びて。これから先、自分の存在はトキノオの足枷になるのだろう。父の不在に勇んで前に出て、その結果がこれなんて!
考える前に身体が動いた。
ひゅっと息を呑み込み、一拍。わずかに出した自分の舌に向かって、嚙み切らんばかりに、一気に歯を合わせる。
馬鹿野郎! そう声が聞こえたのと、何かを強く噛んだのは同時だった。
ぐあっ、と野太い呻きが聞こえて、サヨはぼんやり前を見る。
口の中にいっぱい、鉄の味が広がった。
……でも、おかしい。
自分の舌は、自分の口の中に押し込まれている。
サヨは、自分の舌の代わりに太い何かを噛んだ状態で、ダラダラと涙を流した。涙はまだまだ止まりそうにない。ぐしゃぐしゃになった視界に、鮮やかな空色がぼんやり見える。
「っつ! 全力で噛みやがったな……! この馬鹿っ!!」
「うっ……うううっ……」
「あー……何言ってるかわからんな。ああ、畜生! いてえ……!」
男の呟きを拾う限り、どうやらサヨは男の手を噛んでしまったらしい。男は咄嗟に止めようとしたみたいだが、放っておいてほしかった。
「うっ…ひっく……ひっ、…ひくっ」
「あー……悪かった。悪かったから。そんなに簡単に死のうとするな。って、オレに言われたくはないか。……すまない」
まともに反応できないサヨに対し、男は弱り切った様子で頭を横に振る。
それ以上無体なことをする気はなくなったようで、サヨの口に指を突っ込み、固定したまま声を張り上げた。
「おおい!! 誰か……いや、ケーリッツはいないか!! 手が離せない! ちょっと来てくれ!!!」
男の言葉に反応して、ぱたぱたとひとつの足音がこの部屋に近づいてくる。部屋の中に入るのは躊躇われたのか、扉越しに声をかけてきた。
「どうされました、ディル様」
「拘束具持って来い! 革の! あとは、布もな。柔らかいやつがいい」
「……あなた、お嬢さんを連れてきて早々何しようとしてるんですか」
「うるさい! 勝手に死のうとするんだ、コイツ! だから急げ!」
「は……!? わかりましたっ。すぐに!」
ケーリッツと呼び掛けられた男は、言葉通り慌てて必要なものを揃えて戻ってきたらしい。
扉を開けたときのふたりの状態に一瞬固まったようだが、その驚きをあまり表に出さないようにしながらサヨたちに近づいてくる。
サヨは朦朧とした意識のまま、自分が拘束されていくのを見ていた。もう抵抗する気はないというのに、ディルと呼ばれた大男はサヨに猿轡までさせる。
少し我慢してくれ。すまない。
今更ながら何度も何度も謝られるが、サヨにとってはもう、どうでも良かった。
死ぬことすら許されない。だったら自分はどうしたらいい?
出口の見えない考えにぐるぐるしながら、鼻をすする。
いつの間にか、着崩れた着物も直されており、更に身体を隠すように上から布団をかけられていた。
手首と足首には、革の拘束具を嵌められたらしい。肌に傷がつかないように鉄の枷でないのは、男なりの配慮なのだろうか。
瞬きをすると、眦に溜まっていた最後の涙が流れ落ちた。
ぱちぱちと何度か瞬きを繰り返し、視線を僅かに上げる。すると男の空色の瞳と目があった。
先ほどまでの不敵な態度は何処へやら、男は心配そうな表情を浮かべ、サヨに手を伸ばす。
けれども先ほどの行為が蘇ってしまい、サヨは身体を強張らせた。瞬間、男は表情をぐしゃりと歪め、首を横に振りながら立ち上がる。
「悪かった……拘束することもいい気分ではないと思うが、オレはお前に死んでほしくないんだ。承知してくれ」
「……」
「……オレがいたら落ち着かないか。わかった、オレは出て行くから。監視はつけないわけにはいかないから、それは許してくれな」
言うなり、男はクイ、と顎で指し、ケーリッツと呼ばれた部下の男と外に出て行く。残り香だけをのこして。
そのまま外で誰かと二言三言言葉を交わすと、慌てたように数名の男たちが代わりに中へと入ってきた。
サヨはただただ、時間が流れて行くのを空っぽの心で過ごしていった。
手首足首を縛られて転がされたまま。涙の跡を拭うこともできず、いつの間にか、泣き疲れて眠ってしまった。
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