【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−初秋−

1−12 全身全霊の愛にとまどう(5)

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「あっ……あ……?」

 普段見せる、軽い雰囲気などではない。サヨを君と呼び、ひとりの女性として扱ってくれる。その紳士な立ち振る舞い。

 ――あっ、あ、あ、愛……っ!?

 そして、はじめて殿方にもらう、甘い言葉。

 流石にもう、冗談とも思えなかった。
 気のまぐれでこのようなこと、言えるはずもない。

 ――こっ、これは、まさか。妻問いというやつでは?

 真正面から請われてしまっては、事実を間違えようもなく。サヨは齢十九にして、人生初の求婚を受けた。
 しかも、しかもだ。
 相手は敵国の騎士とはいえ、ディルヴェルト・ディーテンハイクと言えば泣く子も黙るシルギアの英雄。
 その名こそ難しくて発音できないが、彼の持つ技術の素晴らしさには素直に賞賛する。
 昨日のことさえなければ、サヨの心は大きく揺れていただろう。今だって、そう。感じたことのないほどに心臓がうるさく暴れている。

「ばっ、馬鹿を言うなっ。私などに求婚するなんて、おかしいだろうっ」
「なぜだ。そう自分を卑下することはないだろう?」
「だって! だって、私は……男勝りで、この通り、身長も高いし、可愛げはないしっ、女らしさの欠片も――」

 自分の女らしさを否定するのは得意だった。
 求婚者のいないサムライ姫。女は控えめが良しとされる軻皇国では、婿を見つけることは難しいと諦めていたのに。

 あわてて後ろにひこうとしたサヨを見て、ディルも立ち上がる。
 軻皇国の平均的な男子と同じか、それ以上に背の高いサヨに対して、ディルは頭ひとつ分さらに高い。そんな彼に詰め寄られると、なんだか自分が本当に女になったような気がする。
 無体はしないと誓ってくれたけれども、あまりに近い彼との距離に、サヨはやっぱり逃げたくなった。

「男勝り? それがどうした。気の強い女は好きだ。可愛げがないのも愛嬌だが、今の君を見ていると十分可愛いと思うが?」
「な、なっ」

 次の瞬間、するりとディルの口から滑り出た言葉の数々に、サヨは目を見開く。
 たちまち頬に熱が集中して、サヨは狼狽えた。

「自覚してくれ。そうやって照れる君を見ていると、オレは触れたくなるんだ。
 それに、身長だ? オレと君なら、ちょうどいいだろう? 小さいよりもよっぽど抱きしめやすいし、口づけもしやすい。……だろう?」
「っ……!」
「すらりとした君なら、ドレスも映えるじゃないか。ウエディングドレスも作りがいがあるな」

 などと。
 彼の口からは女性を口説くような言葉がすらすらと出てきて、サヨは本当に自分が言われているのかわからなくなった。

 軻皇国の男子には一目は置かれるがそれは武人として。
 女性として扱われたことなど、ただの一度もなかったのだ。――どんなに、影で、サヨが望んでいたとしても。

 夢にまでみたひとりの娘としての扱いに、心臓が高鳴るのを抑えきれなかった。
 それでも、こんな甘い言葉、自分にふさわしくない。そう言い聞かせて表情を強張らせる。

「うえで、んぐどれすとは、何だ……?」

 だから、あえて自分がときめかなかった謎の言葉を取り上げた。
 共通言語で会話は通じても、それぞれの国特有の名称などはやっぱり意味がわからない。
 上手に発音できなかったが、意図は通じるだろう。サヨの言葉にディルは何度か瞬いたのち、闊達とした笑顔を見せた。

「興味出てきたか? ウエディングドレス。オレの国の衣装だが、君によく似合うと思うんだ」
「衣装」
「そう。白くて、艶のある衣装でな。脚の長い君なら、どんな形でも着こなせるだろう?」
「白……」

 白の着物と言えば、サヨの中ではひとつしか思い浮かばない。
 ハレの日に着る特別な着物。きっとサヨが身につけることなど、ないと思っている憧れの――。

「だから、それを着て、オレと式を挙げてくれると嬉しい」
「しき」

 一体何のだ。

「そうだ。オレと君との結婚式にな。好きなだけ贅沢していいから、最高の一枚を仕立てよう」
「白無垢のことかっ!?」

 サヨは慌ててディルから離れ、サヨの全部で拒絶した。

「誰が! 貴殿の妻などになるか!!!」
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