12 / 67
−初秋−
1−12 全身全霊の愛にとまどう(5)
しおりを挟む「あっ……あ……?」
普段見せる、軽い雰囲気などではない。サヨを君と呼び、ひとりの女性として扱ってくれる。その紳士な立ち振る舞い。
――あっ、あ、あ、愛……っ!?
そして、はじめて殿方にもらう、甘い言葉。
流石にもう、冗談とも思えなかった。
気のまぐれでこのようなこと、言えるはずもない。
――こっ、これは、まさか。妻問いというやつでは?
真正面から請われてしまっては、事実を間違えようもなく。サヨは齢十九にして、人生初の求婚を受けた。
しかも、しかもだ。
相手は敵国の騎士とはいえ、ディルヴェルト・ディーテンハイクと言えば泣く子も黙るシルギアの英雄。
その名こそ難しくて発音できないが、彼の持つ技術の素晴らしさには素直に賞賛する。
昨日のことさえなければ、サヨの心は大きく揺れていただろう。今だって、そう。感じたことのないほどに心臓がうるさく暴れている。
「ばっ、馬鹿を言うなっ。私などに求婚するなんて、おかしいだろうっ」
「なぜだ。そう自分を卑下することはないだろう?」
「だって! だって、私は……男勝りで、この通り、身長も高いし、可愛げはないしっ、女らしさの欠片も――」
自分の女らしさを否定するのは得意だった。
求婚者のいないサムライ姫。女は控えめが良しとされる軻皇国では、婿を見つけることは難しいと諦めていたのに。
あわてて後ろにひこうとしたサヨを見て、ディルも立ち上がる。
軻皇国の平均的な男子と同じか、それ以上に背の高いサヨに対して、ディルは頭ひとつ分さらに高い。そんな彼に詰め寄られると、なんだか自分が本当に女になったような気がする。
無体はしないと誓ってくれたけれども、あまりに近い彼との距離に、サヨはやっぱり逃げたくなった。
「男勝り? それがどうした。気の強い女は好きだ。可愛げがないのも愛嬌だが、今の君を見ていると十分可愛いと思うが?」
「な、なっ」
次の瞬間、するりとディルの口から滑り出た言葉の数々に、サヨは目を見開く。
たちまち頬に熱が集中して、サヨは狼狽えた。
「自覚してくれ。そうやって照れる君を見ていると、オレは触れたくなるんだ。
それに、身長だ? オレと君なら、ちょうどいいだろう? 小さいよりもよっぽど抱きしめやすいし、口づけもしやすい。……だろう?」
「っ……!」
「すらりとした君なら、ドレスも映えるじゃないか。ウエディングドレスも作りがいがあるな」
などと。
彼の口からは女性を口説くような言葉がすらすらと出てきて、サヨは本当に自分が言われているのかわからなくなった。
軻皇国の男子には一目は置かれるがそれは武人として。
女性として扱われたことなど、ただの一度もなかったのだ。――どんなに、影で、サヨが望んでいたとしても。
夢にまでみたひとりの娘としての扱いに、心臓が高鳴るのを抑えきれなかった。
それでも、こんな甘い言葉、自分にふさわしくない。そう言い聞かせて表情を強張らせる。
「うえで、んぐどれすとは、何だ……?」
だから、あえて自分がときめかなかった謎の言葉を取り上げた。
共通言語で会話は通じても、それぞれの国特有の名称などはやっぱり意味がわからない。
上手に発音できなかったが、意図は通じるだろう。サヨの言葉にディルは何度か瞬いたのち、闊達とした笑顔を見せた。
「興味出てきたか? ウエディングドレス。オレの国の衣装だが、君によく似合うと思うんだ」
「衣装」
「そう。白くて、艶のある衣装でな。脚の長い君なら、どんな形でも着こなせるだろう?」
「白……」
白の着物と言えば、サヨの中ではひとつしか思い浮かばない。
ハレの日に着る特別な着物。きっとサヨが身につけることなど、ないと思っている憧れの――。
「だから、それを着て、オレと式を挙げてくれると嬉しい」
「しき」
一体何のだ。
「そうだ。オレと君との結婚式にな。好きなだけ贅沢していいから、最高の一枚を仕立てよう」
「白無垢のことかっ!?」
サヨは慌ててディルから離れ、サヨの全部で拒絶した。
「誰が! 貴殿の妻などになるか!!!」
32
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる