【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

文字の大きさ
14 / 67
−初秋−

1−14 あの桜の花が散るころまでに(2)

しおりを挟む

「そんなもの、鎖につないで連れていけば、それでいいだろうっ」

 ぎゅっと両手を握りしめる。

 そもそも、軻皇国では女の身にさほど価値はない。
 誰かの妻になっているわけでもないサヨならなおさら。いくら重要拠点の領主の娘とて、正直、人質としての価値もさほどないと、サヨ自身は考えている。

「君に無体なことはしない。オレはそう誓ったな?」
「それはそうだが」
「どうか君に、ほんの少し触れるのを許してはくれまいか?」

 まるで何かを請うような眼差しで見つめられると、それ以上拒むこともできなかった。

 じっと差し出された手に視線をそそぎ、しばらく――サヨは震える手をそっと差し出す。
 触れあう手と手。
 彼はそれを強く握ることもない。ただ、サヨを先導するように、優しく手を引いてくれた。

「……」

 無体なことをしない。
 そう彼が誓ったのは本当だったのか、サヨの手は本当に、遠慮がちにちょこんと乗せられているだけ。サヨの意志を強く尊重してくれているのがわかって落ち着かない。


 彼はサヨに歩調をあわせてゆっくり歩いてくれる。
 ただ、歩くたびに足の踵がズキズキと痛んだ。
 履物ブーツがあわない。
 もう何日も、ずっと誰にも言わずにいるが、足の皮が捲れたり、一部が水ぶくれになったりしてひどいことになっているのだ。
 そんな弱みを悟られないようにと、サヨは表情を強ばらせたままついていく。
 どこへ連れていかれるかもわからないけれど、彼が無理強いしないかぎりはサヨも大人しくしていよう。――そう思ったのに。

 階段を降り、砦の南側へと向かっていく。
 二階まで降りてきたところで、たまたま近くに寄った窓から下に、黒塗りの馬車が見えた。

 瞬間、嫌な予感が立ちこめる。
 思わず立ち止まってしまったところで、ディルが振りかえった。


「どうした?」
「…………、どこへ、行く……?」

 心臓がうるさい。
 さっきまでのドキドキとはちがった――もっと、肝が冷えるような、嫌な感覚。
 もしかして、あの馬車に乗せられるのではないだろうか。あれはもしや、南へ向かうのではないだろうか。

 トキノオ領は、北。
 南へ、連れていかれてしまったら――!

「……サヨ?」


 サヨは後ずさる。
 首をぶんぶんと横に振り、一歩。二歩。
 ドン! と、サヨたちの後ろについてきていた兵にぶつかった。
 その兵も驚いた様子で、自分からは触っていないと主張するかのように両手を胸の前に掲げる。が、サヨはそれどころじゃなかった。

「! サヨ!」

 次の瞬間、弾かれたように砦の中を走り出していた。

 サヨの意識を支配している感情はただひとつ。
 北へ。
 軻皇国へ。
 トキノオへ戻らなければいけないという、恐怖に似た感情だけ。

「嫌だっ」

 南へ行ってはいけない。
 もう二度と戻れなくなる。
 確信に近い感情に突き動かされて、ただひたすらに走る。


「待ってくれ、サヨ!」

 ディルの声が響き、彼の想いに反応するように慌ててシルギアの兵も動く。
 サヨを捕らえようと、ふたりの兵が前を塞ぐ。が、股下をくぐり抜けるように体勢を低くし、転がるようにして抜き去る。

「ぃ……っ!」

 ずきり、足が痛む。
 けれどこれくらい何ということもない。捕まることと比べれば、どうとでも。
 ここは国境の砦。北側に抜けることさえできれば、そこはもうトキノオ領へと繋がっているのだ!

 しかし、どちらへ走るのが正解か。
 がっちりと門が閉ざされている限り、一階から北へ抜けることはかなわないだろう。
 であるならば、二階――いや、人が飛び降りられるほどの大きさの窓はなかった。だったら、どこへ行けば――!


 最初から計画もなにもない。
 ここは国境の砦。簡単に通り抜けられるはずがない。
 だから、こんな無謀すぎる逃亡が成功するはずもなかった。

「サヨ!」
「っ……!」

 太い腕に、まるで抱きしめられるようにして掴まえられ、絶望で目の前が真っ暗になる。

「はなしてっ!」

 いくら無体なことはしないとはいっても、逃げようとする捕虜を捕まえようとするのは当然のことだ。
 サヨよりもさらに身体能力の高いディルのもとから逃げることなど、かなうはずがない。
 それでも。

「いやだ!」

 願うことは、やめられない。

 がっしりと後ろから抱きしめられて身動きがとれなくなっても、やっぱり、このままは嫌だ。
 穢れた娘だと後ろ指をさされようとも、北が――軻皇国が自分の故郷で、生きるべき場所なのだ。それ以外は怖い。しらない。


 抱きかかえられたまま、反対方向に連れていかれる。
 やがて北の空すらも見えなくなり、サヨは叫ぶ。

「お願いだ、はなしてくれっ」
「すまない、できない」

 トキノオの動きは止まったままだが、まだ戦は終わっていない。
 ディルはこの砦にとどまるべきひと。
 それなのに、サヨを連れてどこへ行こうというのだ!

「……っ、かえり、たい……っ」
「サヨ」
「やっぱり……私っ」

 いろんなことが怖い。
 なんだろう、この胸の奥に巣喰う不安は。


 顔を上げた。
 目があった。

 どんなに髪の色が黒くたって、遠い空の色をたたえた瞳は同じ人種ではないことを知らしめる。ガッチリした腕も、白い肌も、全部、全然ちがう。
 そもそもこのひとは、野蛮な男なのだ。そう自分で自分に言い聞かせる。
 そうでないと、ほんとうに後戻りできない気がして、怖くてたまらない。
 なのにディルは、サヨを帰してはくれなかった。

 無体はしない。
 その誓いは、自由をくれるのとは同義でない。


 非情にも彼は、南側に寄せてあった馬車の方へと向かい、サヨを抱いたまま中へ乗り込む。

「ケーリッツ! 同乗しろ!」
「!? 僕がですか?」
「――ふたりきりだとサヨが怖がるだろう? いいからすぐに乗れ!」

 四人乗りらしいその馬車に三人で乗り込むなり、入り口の扉が閉められる。その重たい音を、サヨは呆然としたまま聞いていた。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...