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−初秋−

1−22 あなたが理由をくれるから(5)

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「今日は移動で疲れたろう? オレも、君も、もう眠るべき時間だ――ほら」

 手を差し出されて、つい、反応してしまう。
 エスコートされるのに、慣れつつある。彼に導かれて立ち上がったところで、サヨはハッと両目を見開いた。

「私、手袋……っ」
「ハハハ、気がついたか」

 寝る直前だったのもあって、手袋をしていない。
 軻皇国の女性が足を隠すのと同じように、この国の女性は手を隠すのだと認識している。
 夜に! こんな状況で!
 これはもしかして、ものすごく恥ずかしいことなのではないだろうか!
 しかもだ。
 今の格好! 夜着を男性に見られるだなんて、こんなにも恥ずかしいことなんてない!

「あっ……か、帰るっ。私、部屋にっ、かえ……!」
「くっく、ああ。そうするといい。安心しな。君がみずから来ない限り、オレはその扉を開けるつもりはない」
「鍵をっ」
「残念ながら渡すわけにはいかない。――開けておく。寂しくなったらいつでも来ていいぞ?」
「誰が! 来るかっ!!」

 バッと手を離し、サヨは慌てて自分の部屋の方へと駆けていく。

「おやすみ、サヨ」
「っ……、おやすみ、なさいっ」


 バタン! と勢いよく扉を閉めた。

 ――っ、しまった。強く、閉めすぎたっ。

 扉の装飾までいちいち美しいから、これでガタでもきたら大変だ。
 慌てて扉の方を振り返ったけれど、部屋が真っ暗で何も見えない。
 多分扉を傷つけたりはしていないと思うが、それよりも。

 ……そうだ。
 ディルに奪われたまま、手元のランプを置いてきてしまったのだ。

「……」

 再度、目の前の扉を開ける気にはならなかった。
 真っ暗闇の中で寝るのも慣れている。慣れてはいるけれども――。


「……将軍」

 ぽつりと呟く。
 彼は気配を絶っていた。サヨの存在に気がついていたから? でも、その必要はなかったはずなのに。
 それに、ランプは?
 彼は薄暗い部屋で、カーテンだけをあけていた。月明かりだけのあの部屋で、いったい何をしていたというのだろう。

「……」

 眠るときに明かりがあると眠れない者もいるようだが、それだろうか。
 疑問を浮かべながら、サヨは暗がりの中を歩く。
 厚手のカーテンを閉めてしまうと、光源のない部屋の中はすっかり暗くなる。先ほど歩いた感覚を頼りに、なんとか寝台まで辿り着いた。

 そうしてサヨは、ひとり寝台に潜り込んだ。
 砦の寝台とは全然ちがった、ふかふかとした布団に、肌触りのいいシーツ。
 トキノオで――畳の上で眠るよりも弾力があって、落ち着かない場所。
 ……いや、落ち着かないのは、先ほどからずっと、彼の声が耳の奥に残っているような気がしているからかもしれない。
 共通言語ではあるけれども、サヨとは少しだけアクセントのちがう――まるで、穏やかで自由な――草原を走る風の音のような、声。

 なかなか頭から離れなくて、ずっと心臓が痛い。


「で……じぃるべると……」

 彼はあんなにも真摯に向きあってくれているのに、名前のひとつも発音できない。
 ……いや、別に、無理に呼ばなくてもいいのだけれども。

「じるべると、……じーてんはいく……」

 やっぱり、難しい。
 はあ。とため息をついて、布団をかぶる。

 明日からもきっと、あれやこれやと振り回されるに違いない。であるならば、しっかりと眠って肉体と精神の健康を保たなければ。
 サヨは誇り高きサムライ姫、軻皇国の武人だ。どのような環境でも対応し、眠ってみせると己に言い聞かせ、目を閉じた。

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