【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−初秋−

1−21 あなたが理由をくれるから(4)

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 初日からエレナたちが至れり尽くせりで、いろいろ文化の違いに驚きつつも、気がつけばすっかり夜も更けていて――。

「では、おやすみなさいませ、姫さま」
「ああ。おやすみ」

 広い部屋にただひとり、サヨは佇んでいた。
 扉の外には見張りを立たせてもらう――とは言われたけれども、さて、実のところどうなのだろうか。

 サヨは慣れないやわらかな寝台から体を起こした。
 どうもこの豪奢な寝台には一周回って寝心地の悪さを感じる。
 ネグリジェと呼ばれるこちらの夜着だって、足もとがひらひらしてどうにも落ち着かない。
 華奢な刺繍もなんだか自分には似合っていない気がするが、これがこちらの常識ならば甘んじて受け入れるしかないだろう。

 そうしてサヨはあらためてきょろきょろと薄暗い己の部屋を一望する。
 人がいるときは、さすがに部屋を調べるのははばかられた。けれども、みながいなくなった今だけは、サヨは自由だ。

 カーテンは閉じられ、小さなランプの明かりだけが残されている。
 自分が住むことになる部屋の作りは早々に確認したかったこともあって、サヨはランプを手にとり、室内履きをはいた。
 ひとまず、鍵の閉められた窓から外の様子を確認し、この部屋の位置どりをあらてめて確認する。
 調度品や棚の中に武器になりそうなものは入っていないかもひととおり見て、最後に、気になっていた奥の扉に目を向ける。


「……」

 見張りがいるという廊下に面する扉とは別に、部屋の奥に、ひっそりとつけられたその扉。
 サヨがこの部屋に連れてこられてから、まだ一度も開かれたこともなく、物置かなにかだろうかとも思うわけなのだが……。

 サヨは己の気配を消した。
 そろり、そろりと歩み寄り、ドアノブに手をかける。
 ……鍵はかかっていないようだ。
 そういえば、ここのドアだけは外開きになっている。余計に不思議に思って、わずかに隙間を空けてのぞき込んだ。

「……」

 ……どうにも向こうが暗くてよくわからない。
 ただ、それなりに広い空間が広がっているようだ。
 気配を殺し、もう少しだけ扉を開き、中の様子を確認した。

 人の気配は……ない。ならば、と、サヨの部屋側に隠していたランプをそろりとかざしてみて――。


「ん――ああ。やっぱりサヨか」
「!!!」

 あまりにも聞き覚えのある低い声が耳に届き、サヨは硬直する。

「っ……な、なぜ!?」

 なんだかとっても悪いことをした気分になって、慌てて逃げようとしたけれども遅かった。

 トストスと足音が響いたかと思うと、半開きだった扉をがばりと開かれる。
 ふわりと部屋全体に、いつもあの男がまとっている深い香りを感じた。
 そのまま部屋に引きずり込むように腰に手を当てられ、なかば強引に薄暗い隣の部屋まで誘われた。

「しょ、しょしょ、しょうぐん!?」
「ん、そうだが?」

 光源がない。
 カーテンを開き、月明かりだけを取り込む寒々しい部屋だ。

 ランプを奪われ、連れて行かれた先はその部屋のソファーだった。
 どっしりと腰かける男――ディルの隣に、自然と座らされるような形になる。

「夜這いとは、なかなか積極的なお姫さまじゃないか」
「夜這いっ!? ち、ちがうっ!! ただっ、隣がどうなっているかと……!」
「ここか? オレの部屋だが?」
「どうしてっ!? っ、自分の部屋ならっ、どうしてそんな、気配を消し――」
「気配を消してたのはお互いさまだろう?」
「そっ……そうだけどっ!? なぜ!? え!? 隣!?」
「そうだな。こっちシルギアだと、一般的に夫婦の部屋は扉を挟んで隣同士ってのが定番だ」
「夫婦っ!?」

 わたわたするサヨの腰に腕を回しながら、ディルは上機嫌そうに笑っている。

 心臓が痛いほどに跳ねている。
 ランプに照らされたディルは、ちょうど風呂上がりなのだろうか。髪が湿っていて、いつもと雰囲気がちがう。
 普段のあえて軽く見せているような雰囲気がなりを潜め、大人らしいしっとりとした色気をまとっていた。

「まままま待て! そもそもっ、夫婦ではなくっ……! 私の部屋は!? 客間ではなかったのか!?」
「オレの部屋の近くを用意するのは当然だろう?」
「いいや!?」

 まだ彼と夫婦になったつもりはこれっぽっちもない!

「わかっているさ。約束だろ? 君が許してくれるまでは手を出さない」
「当然だっ!!!」
「…………あのなあ。オレだって男。それなりに我慢を強いられているってのは、覚えておいてくれな」

 などと言いながら、ディルはそっと、サヨの髪を一房手に取る。

「下ろしているのが少し新鮮だな」
「っ……!」
「君はもともと年齢よりも大人っぽく見えるが――うん、まずいな」

 なにがまずいのだろう。
 心臓が暴れすぎて彼の言葉が正しく認識できない。

 たしかにいつも、頭の高い位置でひとつに結んでいるけれども、おろすのがそんなに似合わないのだろうか。
 ……いや、ディルの目は、ちがう意味を含んでいる気がする。もっと、好意的な、なにか。……な、気がしないでもない。

 ――将軍の方がよっぽど……。

 無意識に心の中で呟いて、ハッとする。
 ディルは相変わらず余裕たっぷりの顔をしていて、サヨの髪に口づけるディルの表情は色気にあふれている。
 彼もまた夜着を身につけており、少し着崩した襟の部分からちらりとのぞく肌に――さらに、ざっくりと前髪をかき上げるさりげない仕草に目を奪われる。

 ――っっっ、な……ん、だ、このひと……っ。

 父親とそう歳の変わらない男だったはず。
 なのに、まとう雰囲気は全然ちがっていて、年齢の割に若く見えるというか、年齢がよくわからないところがある。
 十九年という人生のなかでディルのような人は他にあったことがなくて、一挙手一投足がいちいち目についてしまうのだ。
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