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−冬−
3−7 あなたに出会わなければよかった(1)
しおりを挟む「まて、サヨ!!」
後ろから引き留めようとする声が聞こえる。
でも、立ち止まることなどできなかった。
「サヨ姫!」
同じようにトウマの声も聞こえた。
ディルから受けた傷がようやく癒えた彼は、サヨをひとり残すわけにはいかないと領都オルフェンに居座り続けていたわけだが――。
――帰らないと。
サヨの頭は、その想いでいっぱいだった。
――トキノオに、帰らないと!
階段を駆けおり、広い城内をひた走る。
馬だ。馬が必要だ。
訓練所の近くにある厩をめざし必死で走り、丁度城を出たところで後ろから捕らえられた。
「待て! 冷静になれ、――サヨ!」
「いやだ! 止めてくれるな、将軍!」
なかばやけになりながら、そのたくましい腕を振りほどく。
体をひねって彼の懐からすり抜け、距離をとった。そのままくるりともとの進行方向を向き、低い姿勢で駆け抜ける。
「サヨ! はやまるな!」
「だって……父上が! 私の……私のせいでっ」
シルギア王国との内通疑惑となると、どう考えてもサヨの存在を指摘されているということだろう。
自分がこたえを決められずに、シルギアでのうのうと過ごしているうちにとんでもないことになってしまった。
「ちがう、君のせいじゃない! 軻皇はいつだってアキフネの存在を狙っていた!」
「でも!」
「いま君が帰れば、それこそ軻皇の思うつぼだ! 東の戦をおさめて、軻皇国に余裕ができた! だから、皇がアキフネの力添えを必要としなくなっただけだ!!」
「ちがう! ちがうんだ!」
ディルの言っていることはわかる。
東の戦で、シルギアとの諍いが落ち着いた。
軻皇の拡大主義政策は大きく前進し、これからは各地を発展させる成長のときだ。
大きな戦を起こす必要がない。
だから、トキノオ・アキフネも必要なくなった。そう言いたいのだろう。
だからアキフネを陥れるために、サヨの存在を手早く利用しただけだ。
もちろん、サヨがここにいようがいまいが、何らかの方法で罪をねつ造されていただろう。
でも。
――私が、嫌なんだ。
お前など、いてもいなくても同じだと。
その事実を突きつけられるのがつらい。
何のために存在しているのかわからなくなるのか怖い。
軻皇国で潔白を証明するために腹を切ってしまえば、すべては終わるだろうか。
間諜などそもそもいなかった。
勘違いを引き起こしたのは、自分の存在のせいだろうと主張すればいいのだろうか?
そもそも、シルギアに連れてこられなければ、こんな想いはしなくてよかったのに。
「帰る。帰らせてくれ、将軍」
「……っ」
「この茶番を――終わらせよう」
訓練場の前を横切ろうとして、立ち止まった。
両の拳を握りしめ、進行方向を変え、今度は早足で訓練場の方へと向かう。
途中、こちらの様子を目にとめて硬直していた兵の方へ向かい――、
「すまない」
兵の手を掴み、足払いと同時に地面へと投げ飛ばす。
反応しきれなかった兵の腰から剣を抜き取り、振り返った。
模擬刀などではない。本物の剣。これをかざす意味も、彼ならわかるはず。
ぼんやりとした日々を無為に過ごすべきではなかったのだ。
「春まで――待てない。ここで決めよう、将軍」
「…………サヨ」
はらり。
重く曇った空から、大粒の雪が落ちてくる。
今年、最初の雪だ。
湿気を多く含んだ重たい牡丹雪は、この地方ではほとんど見られることはないのだという。
このまま積もるのかもしれない。
すべてを白で包み込んで、なかったことにしてくれたらどんなによかっただろう。
真剣を手に、サヨは訓練場の方へと足を進める。
周囲で見守っていた兵たちは後ろに引き、彼女のために道を開けた。
「サヨ」
「…………せめて。けじめをつけさせてくれ。将軍」
いつまでも、中途半端なままではいられない。
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