【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−冬−

3−6 私を作りかえないで(4)

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 そして、夜。
 サヨは再び、ディルの部屋と繋がった扉の前に立っている。
 コンコン、とノックをすると、サヨか、と低い声が届いた。

「あけるぞ?」
「ああ――」

 ランプ片手に扉を開き、瞬く。

 明かりがある。
 暖炉の火が煌々と部屋を照らし、温かな空間が広がっている。
 今までだと考えられないような彼の部屋の状態が不思議で、一歩二歩と足を進めたのち、ぼんやりと周囲を見渡した。

「どうした、呆けて」
「いや。その、だな――」

 煌々とした明かりに驚いた、などと言ってもいいものだろうか。

「今日はなんとなく、来てくれるんじゃないかと思ってな」
「……」
「なんて、嘘だ。ただのオレの願望だ。来てくれたら……なんて都合のいいこと考えながら、ぼんやりしていただけだ。……無駄にならなくてよかった」
「将軍」

 彼は以前と同じように、ソファーに腰かけたまま、酒を呑んでいるようだった。
 透明なグラスに琥珀色の液体が美しく、妙に彼に似合っている。ランプの光も灯されているようで、ゆらゆらと光と影が彼の存在を浮かび上がらせ、サヨを誘う。

 彼はソファーに座ったまま、手を差し出した。
 その手に導かれるようにして、サヨはふらふら彼の元へと歩いていく。そしてその手が重なったとき、ゆっくりと彼に、手を引かれた。

「こうして来てくれるってことは、オレはまだ、希望を捨てないでいいわけだ」
「……」
「ちがうか?」

 ちがわない。
 その言葉が口をついてでそうになって、困惑する。


「……」

 勇気を出して彼に会いに来たのに、いざ会えば、今度はなにを話したらいいのかわからない。
 どうしてこの部屋に来ようと思ったのだったか。
 昼間トウマがやってきて、彼に想いを告げられて――考えたのはディルのことだった。
 正直、トウマの告白には困惑しかなくて。
 それよりも、ディルが不安や憤りを抱え込んだような表情をしていたことが気になった。

 トウマはただ、兄のような存在だったんだ。彼とはなにもない。
 どうして今日、すぐにでも、ディルに弁解しなければと思ってしまったのか。

「ちゃんと、春までは・・・、いるつもりだ」

 伝えたいことはたくさんあるのに、上手く言葉にすることができない。いや、そもそも、考えたことを伝えること自体が億劫だ。

 故郷のみなに、許されたい。
 サヨは卑怯なのだ。
 自分で決断ができない。漠然とした誰かに迷惑をかける自分が許せなくて、胸の奥で燻る想いに目をそむけ、なかったことにしようとする。

 トウマの告白だって、なにも返事することなく、彼がトキノオへ帰るまでやり過ごせば、なんて考えた。
 大丈夫だ。だって、こたえなんかでない。彼の気持ちに応えようが応えまいが、どうせ、春には帰る。
 そうしたら全部、うやむやなまま、以前のように――、なんて。
 最低だ。
 トウマも――もちろん、ディルだって、サヨにこんなにも真剣に向きあってくれるのに。


 悔しくて、情けなくて、唇を噛む。
 そしてディルはそれにも早々に気がつき、手を伸ばした。

「君は、自分を責めなくてもいい」

 口の端に、彼の親指が添えられる。
 その指はゆっくりと唇にそって滑り、それ以上噛まぬようにと、やわやわと解されて。

「アキフネの説得は、オレがする。トウマは――まあ、人の想いはどうすることもできんが、オレが・・・、君の故郷の仲間たちに認めてもらえるように精一杯努めるつもりだ」
「……」
「君は真面目だから、いまだに自分を責めているのは知っている。でも、君が卑屈になる必要など、万に一つもない。オレはそう思う」

 空色の瞳が、じっとサヨを見つめている。


 サヨをこの城に連れてきてから何度も聞いた言葉だ。
 彼は言葉を惜しまない。
 サヨとディルの間には、文化も、感覚も、価値観のちがいもある。それを理解しているからこそ、彼は、彼の想いがサヨに伝わったと確信するまで、何度も言葉をつくすのだ。

「それともまだ、トキノオに迷惑をかけているとでも思っているのか?
 アキフネからの手紙は読んだな? そこに、君を責める言葉はあったか?」

 今日、サヨ宛にと渡された一通の手紙。
 それを読んだからこそ、サヨの不安は膨らんだ。

「なかった……」
「そうだろう?」
「だれも、私を責めてくれない……」

 書かれていた内容は、たったひとつ。
 ディルヴェルト・ディーテンハイクという男を、しっかりと見定めてこいと、それだけ。
 自分の父のことだから、それだけで十分わかる。
 つまり、サヨが自分で判断すればいい、そう言ってくれているのだ。

 言葉に詰まり、目を伏せる。
 単純に責められるよりもずっと、胸が苦しい。
 ディルに連れ去られてからずっと、この痛みは、日に日に大きくなっていくのだ。
 こんな痛み、ずっと知らなかった。でもサヨは、その痛みを正しく表現する言葉を持たない。

「サヨ――」

 そっと、背中に大きな腕が回される。そのままゆっくりと抱き込まれると、彼のたくましい胸にそっと頬が触れた。
 胸の奥に秘めた痛みが、甘い疼きへ変わってゆく。
 それを受け入れるのが怖くて、サヨは身を強ばらせる。

 ――おねがいだ。
 ――私を、作りかえないでくれ。

 ディルと出会ってからずっと、全然知らなかった世界に身を置くようになって、思い知らされた。
 己の未熟さも、矮小な価値観も。
 突きつけられ、でも、まだ前に進めないでいる。

 トキノオで築き上げてきた己の価値観を、自らの手でたたき割る勇気がまだ持てないのだ。



 ……けれども、サヨとていつまでもぼんやりなどしていられないかった。

 トウマがシルギアへ使者としてやって来てから数日。
 まだ帰還するわけにはいかないと訴え続けるトウマと、それに明確な言葉を返せないでいるサヨの元に、早馬がきた。

 トキノオ領領主トキノオ・アキフネが内通の疑いをかけられ、皇軍がトキノオ領に押し寄せてきたという情報が入ったのだ。
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