【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

文字の大きさ
39 / 67
−冬−

3−5 私を作りかえないで(3)

しおりを挟む
 ざり、と、地面を強く踏む砂の音が隣から聞こえた。
 ディルだ。
 ディルも聞いている。
 その目の前で、臆することなく、トウマは告げるのだ。

「俺は力は……あの方にかなわなかったけれど――でも、それでも」

 あなたには、トキノオに。
 そう、嗤ったところで、トウマは目を閉じる。

「……」

 そのままなにも語らない。
 力なく地面に崩れたまま、どうやら気を失ってしまったらしい。

「トウマ」

 突然の再会のうえで、ディルとの決闘をはじめて――まともに話す時間もとれないままに――。

「トウ……、っ!?」
「サヨ」

 トウマに触れようとして、かなわなかった。
 後ろから大きな腕が伸びてきて、サヨを抱きしめたからだ。


 ディルは何も言わなかった。
 ただ、サヨを後ろから強く抱きしめたまま、サヨの肩口に顔を埋めている。

「将軍……」
「オレは、謝るつもりはないぞ」
「あ、ああ……」

 あまりに容赦がない、一方的な戦いだった。
 けれども挑んだのはトウマで、ディルはそれに応えただけ。手を抜く方が失礼だとサヨも思う。

 けれども、それだけじゃなくて。
 ディルが今、胸の奥で抱えている想いは、そんなことではなくて。

「本当は、彼を君に引きあわせるのも嫌だった。……小さな男だと思うか?」
「…………いや……」

 サヨは首を横に振る。
 ディルは誰に対しても優しく、大きな男ではある。が、サヨのことを特別視してくれているというのは、本当だ。

 ディルの眼差しは熱っぽく、色恋に疎いサヨにも伝わるようにと、はっきりと言葉で伝えてくれる。
 普段は軽く見られるような言動を繰り返すディルではあるけれども、サヨに向ける真剣な眼差しを否定することなど、サヨにはできない。

 ディルは事前にトウマと何か話していたのだろう。
 トウマの想いに気がついたからこそ、勝負を受けた。
 でも、サヨとも引きあわせないわけにもいかなくて、このありさまである。

「誰か! 彼を医務室に。手当をしてやってくれ。――トキノオの使者だから、丁重にな」

 なんて、叩きのめした本人が言うと説得力に欠けはするけれども、誰も笑いはしなかった。皆が皆、ディルの気持ちを知っていたからこそ。

「将軍、私は――」
「……行くのか?」
「ああ」

 故郷の同志を放っておくことなどできない。
 それはディルもわかっていたのだろう。頷き、でも、サヨを離すつもりはないらしい。

 地面に崩れ落ちたままだったトウマが運ばれていくその後ろを、ふたり並んでついていく。

「アキフネから手紙があった。――トキノオのことは心配はいらない。さすがはアキフネというか……ヤツの力だけでも、十分軻皇のことは抑え込めそうだ」
「……そうか……」
「君への求婚は、つっかえされたがな」
「!」
「ハハハ。まあ――オレに段階を踏めと言いたいんだろう。死合挨拶にこい、だそうだ」
「…………死合……」

 突っ返されたといっても、否定をされたわけではないということだ。
 その事実が、サヨの心をかき乱す。
 罵られて当然だと思っているのに。まさか。まさか――。

 アキフネのことだ。
 死合などと物騒なもの言いをしながら、つまり、顔を見せろということなのだろうが。

「それは……」

 ――父は、認めてくださるとでも言うのだろうか。

 いや、でも、とも思う。

 ――トウマは、迎えにきたと言っていた。トキノオに戻れと言っている……?

 わからない。
 さっぱりわからない。けれども。

 胸の奥が痛むのは、先ほどのトウマの告白のせいなのだろう。
 知らなかった。
 幼いときからずっとそばにいてくれたトウマが、自分のことを想ってくれていただなんて。

 それだけではない。
 彼の告白を聞いたとき、サヨは困惑したのだ。
 応えられない。すぐにそう思った。その上で、どう彼に伝えるべきかと悩んだ。
 サヨは、彼のことを同じ故郷の同志で、兄のような存在以上に見ることだなんてできない。

 ――それに、いまは……。

 ちらりとディルの方へと視線を送る。
 彼はずっと、思い詰めるような表情をしている。

 春まで。そう、ディルと約束した。
 いまサヨがこの城にいる理由は全部、ディルが用意してくれた。
 その期間が終わるまで、サヨがこの辺境領を離れることはできない。

 ――だからごめん。

 心の中でサヨは謝る。
 トウマの決意は理解した。
 アキフネの文の内容との食い違いを考えると、おそらく、トウマの言動は彼の独断かなにかなのだろう。
 圧倒的なディルの力に臆することなく何度もぶつかってくれた。それが、サヨを想う気持ちからきた行動だということは理解した。
 けれども。

「大丈夫だ、将軍」

 ディルに引かれて歩きながら、サヨは呟く。

「私は、あなたとの仕合も、忘れてなんかいない」





 ――そして、トウマが目を覚ましたのは、すっかりと日が落ちたあとだった。
 ぼんやりとした目で、サヨがそこにいるのに気がつき、彼は手をのばした。
 もちろん、サヨもその手を握り返す。ディルは止めることもなく、静かに時間が流れた。

「サヨ姫、俺は、あなたさまを――」

 トウマの口からその言葉が発せられたとき、隣に座っていたディルが、あきらかに拳を握りしめたのがわかった。
 ……サヨのこたえだって出ている。でも、今は言うべきではないと思った。
 だから、言葉を遮るように、首を横に振る。

「トウマ、今は、休むんだ。ここはシルギアだが――あなたの安全は保障されているから」
「姫……」

 彼の言葉に対する明確な返事がなかったことに、彼も落胆したのだろう。
 それ以上、言葉が続かない。
 ただ、痛み止めの薬が効いてきたのか、もう一度深い眠りに落ちていった。

しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

理想の男性(ヒト)は、お祖父さま

たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。 そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室? 王太子はまったく好みじゃない。 彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。 彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。 そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった! 彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。 そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。 恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。 この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?  ◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。 本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。 R-Kingdom_1 他サイトでも掲載しています。

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

異世界に落ちて、溺愛されました。

恋愛
満月の月明かりの中、自宅への帰り道に、穴に落ちた私。 落ちた先は異世界。そこで、私を番と話す人に溺愛されました。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』

透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。 「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」 そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが! 突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!? 気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態! けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で―― 「なんて可憐な子なんだ……!」 ……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!? これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!? ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆

処理中です...