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−冬−
3−5 私を作りかえないで(3)
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ざり、と、地面を強く踏む砂の音が隣から聞こえた。
ディルだ。
ディルも聞いている。
その目の前で、臆することなく、トウマは告げるのだ。
「俺は力は……あの方にかなわなかったけれど――でも、それでも」
あなたには、トキノオに。
そう、嗤ったところで、トウマは目を閉じる。
「……」
そのままなにも語らない。
力なく地面に崩れたまま、どうやら気を失ってしまったらしい。
「トウマ」
突然の再会のうえで、ディルとの決闘をはじめて――まともに話す時間もとれないままに――。
「トウ……、っ!?」
「サヨ」
トウマに触れようとして、かなわなかった。
後ろから大きな腕が伸びてきて、サヨを抱きしめたからだ。
ディルは何も言わなかった。
ただ、サヨを後ろから強く抱きしめたまま、サヨの肩口に顔を埋めている。
「将軍……」
「オレは、謝るつもりはないぞ」
「あ、ああ……」
あまりに容赦がない、一方的な戦いだった。
けれども挑んだのはトウマで、ディルはそれに応えただけ。手を抜く方が失礼だとサヨも思う。
けれども、それだけじゃなくて。
ディルが今、胸の奥で抱えている想いは、そんなことではなくて。
「本当は、彼を君に引きあわせるのも嫌だった。……小さな男だと思うか?」
「…………いや……」
サヨは首を横に振る。
ディルは誰に対しても優しく、大きな男ではある。が、サヨのことを特別視してくれているというのは、本当だ。
ディルの眼差しは熱っぽく、色恋に疎いサヨにも伝わるようにと、はっきりと言葉で伝えてくれる。
普段は軽く見られるような言動を繰り返すディルではあるけれども、サヨに向ける真剣な眼差しを否定することなど、サヨにはできない。
ディルは事前にトウマと何か話していたのだろう。
トウマの想いに気がついたからこそ、勝負を受けた。
でも、サヨとも引きあわせないわけにもいかなくて、このありさまである。
「誰か! 彼を医務室に。手当をしてやってくれ。――トキノオの使者だから、丁重にな」
なんて、叩きのめした本人が言うと説得力に欠けはするけれども、誰も笑いはしなかった。皆が皆、ディルの気持ちを知っていたからこそ。
「将軍、私は――」
「……行くのか?」
「ああ」
故郷の同志を放っておくことなどできない。
それはディルもわかっていたのだろう。頷き、でも、サヨを離すつもりはないらしい。
地面に崩れ落ちたままだったトウマが運ばれていくその後ろを、ふたり並んでついていく。
「アキフネから手紙があった。――トキノオのことは心配はいらない。さすがはアキフネというか……ヤツの力だけでも、十分軻皇のことは抑え込めそうだ」
「……そうか……」
「君への求婚は、つっかえされたがな」
「!」
「ハハハ。まあ――オレに段階を踏めと言いたいんだろう。死合にこい、だそうだ」
「…………死合……」
突っ返されたといっても、否定をされたわけではないということだ。
その事実が、サヨの心をかき乱す。
罵られて当然だと思っているのに。まさか。まさか――。
アキフネのことだ。
死合などと物騒なもの言いをしながら、つまり、顔を見せろということなのだろうが。
「それは……」
――父は、認めてくださるとでも言うのだろうか。
いや、でも、とも思う。
――トウマは、迎えにきたと言っていた。トキノオに戻れと言っている……?
わからない。
さっぱりわからない。けれども。
胸の奥が痛むのは、先ほどのトウマの告白のせいなのだろう。
知らなかった。
幼いときからずっとそばにいてくれたトウマが、自分のことを想ってくれていただなんて。
それだけではない。
彼の告白を聞いたとき、サヨは困惑したのだ。
応えられない。すぐにそう思った。その上で、どう彼に伝えるべきかと悩んだ。
サヨは、彼のことを同じ故郷の同志で、兄のような存在以上に見ることだなんてできない。
――それに、いまは……。
ちらりとディルの方へと視線を送る。
彼はずっと、思い詰めるような表情をしている。
春まで。そう、ディルと約束した。
いまサヨがこの城にいる理由は全部、ディルが用意してくれた。
その期間が終わるまで、サヨがこの辺境領を離れることはできない。
――だからごめん。
心の中でサヨは謝る。
トウマの決意は理解した。
アキフネの文の内容との食い違いを考えると、おそらく、トウマの言動は彼の独断かなにかなのだろう。
圧倒的なディルの力に臆することなく何度もぶつかってくれた。それが、サヨを想う気持ちからきた行動だということは理解した。
けれども。
「大丈夫だ、将軍」
ディルに引かれて歩きながら、サヨは呟く。
「私は、あなたとの仕合も、忘れてなんかいない」
――そして、トウマが目を覚ましたのは、すっかりと日が落ちたあとだった。
ぼんやりとした目で、サヨがそこにいるのに気がつき、彼は手をのばした。
もちろん、サヨもその手を握り返す。ディルは止めることもなく、静かに時間が流れた。
「サヨ姫、俺は、あなたさまを――」
トウマの口からその言葉が発せられたとき、隣に座っていたディルが、あきらかに拳を握りしめたのがわかった。
……サヨのこたえだって出ている。でも、今は言うべきではないと思った。
だから、言葉を遮るように、首を横に振る。
「トウマ、今は、休むんだ。ここはシルギアだが――あなたの安全は保障されているから」
「姫……」
彼の言葉に対する明確な返事がなかったことに、彼も落胆したのだろう。
それ以上、言葉が続かない。
ただ、痛み止めの薬が効いてきたのか、もう一度深い眠りに落ちていった。
ディルだ。
ディルも聞いている。
その目の前で、臆することなく、トウマは告げるのだ。
「俺は力は……あの方にかなわなかったけれど――でも、それでも」
あなたには、トキノオに。
そう、嗤ったところで、トウマは目を閉じる。
「……」
そのままなにも語らない。
力なく地面に崩れたまま、どうやら気を失ってしまったらしい。
「トウマ」
突然の再会のうえで、ディルとの決闘をはじめて――まともに話す時間もとれないままに――。
「トウ……、っ!?」
「サヨ」
トウマに触れようとして、かなわなかった。
後ろから大きな腕が伸びてきて、サヨを抱きしめたからだ。
ディルは何も言わなかった。
ただ、サヨを後ろから強く抱きしめたまま、サヨの肩口に顔を埋めている。
「将軍……」
「オレは、謝るつもりはないぞ」
「あ、ああ……」
あまりに容赦がない、一方的な戦いだった。
けれども挑んだのはトウマで、ディルはそれに応えただけ。手を抜く方が失礼だとサヨも思う。
けれども、それだけじゃなくて。
ディルが今、胸の奥で抱えている想いは、そんなことではなくて。
「本当は、彼を君に引きあわせるのも嫌だった。……小さな男だと思うか?」
「…………いや……」
サヨは首を横に振る。
ディルは誰に対しても優しく、大きな男ではある。が、サヨのことを特別視してくれているというのは、本当だ。
ディルの眼差しは熱っぽく、色恋に疎いサヨにも伝わるようにと、はっきりと言葉で伝えてくれる。
普段は軽く見られるような言動を繰り返すディルではあるけれども、サヨに向ける真剣な眼差しを否定することなど、サヨにはできない。
ディルは事前にトウマと何か話していたのだろう。
トウマの想いに気がついたからこそ、勝負を受けた。
でも、サヨとも引きあわせないわけにもいかなくて、このありさまである。
「誰か! 彼を医務室に。手当をしてやってくれ。――トキノオの使者だから、丁重にな」
なんて、叩きのめした本人が言うと説得力に欠けはするけれども、誰も笑いはしなかった。皆が皆、ディルの気持ちを知っていたからこそ。
「将軍、私は――」
「……行くのか?」
「ああ」
故郷の同志を放っておくことなどできない。
それはディルもわかっていたのだろう。頷き、でも、サヨを離すつもりはないらしい。
地面に崩れ落ちたままだったトウマが運ばれていくその後ろを、ふたり並んでついていく。
「アキフネから手紙があった。――トキノオのことは心配はいらない。さすがはアキフネというか……ヤツの力だけでも、十分軻皇のことは抑え込めそうだ」
「……そうか……」
「君への求婚は、つっかえされたがな」
「!」
「ハハハ。まあ――オレに段階を踏めと言いたいんだろう。死合にこい、だそうだ」
「…………死合……」
突っ返されたといっても、否定をされたわけではないということだ。
その事実が、サヨの心をかき乱す。
罵られて当然だと思っているのに。まさか。まさか――。
アキフネのことだ。
死合などと物騒なもの言いをしながら、つまり、顔を見せろということなのだろうが。
「それは……」
――父は、認めてくださるとでも言うのだろうか。
いや、でも、とも思う。
――トウマは、迎えにきたと言っていた。トキノオに戻れと言っている……?
わからない。
さっぱりわからない。けれども。
胸の奥が痛むのは、先ほどのトウマの告白のせいなのだろう。
知らなかった。
幼いときからずっとそばにいてくれたトウマが、自分のことを想ってくれていただなんて。
それだけではない。
彼の告白を聞いたとき、サヨは困惑したのだ。
応えられない。すぐにそう思った。その上で、どう彼に伝えるべきかと悩んだ。
サヨは、彼のことを同じ故郷の同志で、兄のような存在以上に見ることだなんてできない。
――それに、いまは……。
ちらりとディルの方へと視線を送る。
彼はずっと、思い詰めるような表情をしている。
春まで。そう、ディルと約束した。
いまサヨがこの城にいる理由は全部、ディルが用意してくれた。
その期間が終わるまで、サヨがこの辺境領を離れることはできない。
――だからごめん。
心の中でサヨは謝る。
トウマの決意は理解した。
アキフネの文の内容との食い違いを考えると、おそらく、トウマの言動は彼の独断かなにかなのだろう。
圧倒的なディルの力に臆することなく何度もぶつかってくれた。それが、サヨを想う気持ちからきた行動だということは理解した。
けれども。
「大丈夫だ、将軍」
ディルに引かれて歩きながら、サヨは呟く。
「私は、あなたとの仕合も、忘れてなんかいない」
――そして、トウマが目を覚ましたのは、すっかりと日が落ちたあとだった。
ぼんやりとした目で、サヨがそこにいるのに気がつき、彼は手をのばした。
もちろん、サヨもその手を握り返す。ディルは止めることもなく、静かに時間が流れた。
「サヨ姫、俺は、あなたさまを――」
トウマの口からその言葉が発せられたとき、隣に座っていたディルが、あきらかに拳を握りしめたのがわかった。
……サヨのこたえだって出ている。でも、今は言うべきではないと思った。
だから、言葉を遮るように、首を横に振る。
「トウマ、今は、休むんだ。ここはシルギアだが――あなたの安全は保障されているから」
「姫……」
彼の言葉に対する明確な返事がなかったことに、彼も落胆したのだろう。
それ以上、言葉が続かない。
ただ、痛み止めの薬が効いてきたのか、もう一度深い眠りに落ちていった。
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