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−冬−
3−4 私を作りかえないで(2)
しおりを挟む「サヨ」
「! ……将軍」
頭上から、静かに問いかけられる。
「オレとの仕合は、忘れてはいないな?」
ディルががそう問わずにはいられなかったことも。
「……もちろんだ」
思いがけぬ再会で狼狽したけれども、サヨは約束をたがえない。
わかっている。理解している。
だから唇を噛みしめ、前を向いた。
「…………トウマ、お願いだ。顔を上げてくれ。――どうして? 父の――お館さまの使いで来たのか?」
「もちろん、それもございます。ですが、姫さま――、俺はっ!」
「――アララギ・トウマ殿」
何かを伝えようとしたトウマの声を、ディルが遮る。
「……将軍?」
何かがおかしい。
ディルはべっとりと笑顔を貼り付けてそこに立っている。一見物腰柔らかそうにも見えるけれど、まとう雰囲気はサヨの知らないものだった。
殺気なのだろうか? いやちがう、もっと不安定な、迷いを秘めたなにか。
いつも揺るぎないディルがこんな様子を見せるのもめずらしい。
「サヨと話す前に、オレとの仕合が先だろう?」
「…………」
ゆらりとトウマが立ち上がる。
「……のぞむ、ところだ……っ」
「ああ。――ケーリッツ、彼の剣を」
ディルがひとことつげると、後ろからケーリッツが駆けつけ、トウマに彼のものと思われる刀を渡す。
敵国ゆえ、武器の類いは預けていたようだが、それにしても――、
――真剣だって……?
模擬刀ではなく。
……それはディルも同じ条件のようで、腰に佩いた剣の柄を握り、訓練場の中央へ歩いてゆく。
寒々とした空のした、色彩乏しい世界の中心で男ふたりが向きあった。
「待ってくれ! トウマは使者なのでは!? どうして――」
「サヨ!」
「!」
ディルはこちらに振り返りもしなかった。
もちろんトウマも。
「まあ、そこで大人しく見ていてくれ。……安心しろ、殺しはしないさ」
「だがっ……!」
あまりに真剣な彼らの雰囲気にあてられ、サヨも何も言えなくなってしまう。
そばにケーリッツが立ち、大丈夫ですから、と伝えてくれた。
それでも不安は簡単には拭えない。
互いに殺気を抑えることなく睨みつける。
周囲の者たちが固唾をのんで見守るなか、サヨは背中が冷える思いを味わっていた。
近々、トキノオの使者が来るかもしれない――そう聞いてはいた。
実際に非公式でサヨはトキノオに手紙を出せたわけだし、国を介さない手段を用いた領地間の繋がり自体はある。
サヨが宛てた手紙以外に、ディルがどういった用件をあちらに伝えたのかは知らないが、返事があること自体は不思議ではない。
そして、トウマがその使者に立ったのだ。
だからといって、こんな展開は想像していなかった!
そして――、
バキ!
鈍い音とともに、トウマの体が吹き飛ばされる。
トウマは若い男達の中でも、たしかな才能を持ち、努力を怠らない真面目な性格に生まれてきた。彼が日々、研鑽を積み、力をつけてきたことも知っている。
けれども、世の中は無情だ。
ディルは、あまりに圧倒的すぎる。
かつて一騎打ちしたサヨは、それを痛いほどに知っているからこそ。
「くっ……!」
トウマでは歯が立たない。
それも、仕合う前からわかっていた。
地面に転がったトウマが、土を掴む。
静かに歩み寄るディルの存在に気がついているのか、必死で膝を立たせ、ゆらりと立ち上がった。
ディルはあえて剣の峰で打ち、致命傷は与えないつもりのようだ。
それでも、互いに引くつもりもない。
トウマが立ち上がるというのなら、ディルは何度でもその身を打つだけだ。
「くそっ……貴様っ!」
「甘い!」
「ぐあ!」
ほら。
また、トウマが吹き飛ばされる。
一度や二度ではない。何度も。何度も。何度も。
立ち上がることも難しいだろうに、トウマはそれでも立ち向かっていく。
「トウマ、もういい!」
「……っ」
叫んだけれど、トウマは首を横に振った。
あまりに無茶だ。
彼もわかっているだろうに。
いくら無理をしようとも、トウマに勝つ方法などあるはずがない。それほどにディルは圧倒的なのに!
「やめてくれ、将軍! トウマが!」
「悪いが! オレも、ここで引くわけにはいかん!」
「!」
トウマが駄目ならディルが――そう思うのに、ディルはこちらに振り返りもしなかった。
どうしてこんな勝負になった?
真剣勝負に水を差すわけにはいけない。
けれども。だったら、どうしたらこの無意味な戦いを終わらせられる?
「……」
ぎゅっと両手を握りしめる。
一方的な暴力ともとれる戦いだけれども、ディルも、トウマだって悪くない。
ひたすら向かってくるトウマに、ディルは手を抜かずに相手をしてくれている、そうともとれて。
やがて立ち上がることすらできなくなったトウマを、彼はじっと見下ろしている。
「無駄だ。……もう、勝負はついたろう?」
「くっ……」
「若いな。それは、誇るべきことだとオレは思う」
「うるさい……っ」
なんとか悪態をつくけれども、トウマは立ち上がれない。
血を吐きながら、上半身を起こそうとして、崩れ落ちる。
我慢しきれなくなって、サヨは駆けだした。迷いなくふたりのところへ駆けつけ、ディルを見上げる。
「将軍! 決着はついた! もう、いいだろう?」
「…………ああ」
「っ、トウマっ!!」
あわてて膝をつき、懐からハンカチーフを取り出す。
「だれか! お願いだ! 手当を!!」
演習と呼ぶにはあまりに酷い有り様に、サヨは焦り、トウマに手を伸ばす。
「サヨ、彼のことは医務室へ運ぶ。だから君は――」
「トウマ!」
わかっている。
サヨにできることなどなにもない。
でも、同郷の――ともに育ってきた兄のような存在を放っておくこともサヨにはできない。
「サヨ……ひめ……」
「馬鹿、何を意地をはることがあるんだ! トウマはトキノオの使者なのだろう!? 無闇に私闘など――」
「無闇、など」
ははは、と、トウマは笑う。
そのままパシリと、手をとられた。
「あなた様を、迎えにまいりました」
「そんな……トウマ……」
「情けないな。俺……あはは」
トウマの乾いた嗤いを、ただ受け止めることしかできない。
「お慕い、しております」
たったひとこと。
彼の放った言葉を聞いた瞬間、心臓が嫌な音をたてた。
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