【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

文字の大きさ
37 / 67
−冬−

3−3 私を作りかえないで(1)

しおりを挟む

 はあ、はあ、とサヨは荒く息を吐く。
 すこし、今日は訓練に力を入れすぎた。
 最近は個別の訓練だけでなく、集団演習にも参加させてもらっている。

 ちょうど、国境の砦と領都の警備で人員の大きな入れ替えがあったためか、集まる兵の顔がいつもとちがう。
 以前、ほんの数日だけ砦で過ごしたとき世話になった者もちらほらいて、声をかけると嬉しそうに敬礼された。

 サヨが敵国の者であることなどだれも構うことなく、領都での生活はどうだ、元気でやっているかと世話を焼かれた。
 ついでに、ディルとはどうだ? なんてことを聞かれてしまうと、なんと答えていいかさっぱりわからなくなって、慌てた。
 結果、忘れようとしてがむしゃらに身体を動かして今に至るわけだが――。


 今日の訓練はこんなものか、大人しく屋敷の中に入って着替えよう。――そう思ったとき、遠くの方からなにやら言い争うような声が聞こえてきた。

 ――? この声……。

 いや、まさかな。と思うけれども、聞き間違えるだろうか。
 故郷が恋しすぎて幻聴を聞いている?
 ディルと――比較的若い、硬質な青年の声だ。
 言い争いというよりも、片方が一方的にまくし立てているようだった。そして、その言葉の中にちらほらとサヨ姫だなんて単語が混じっていて――、

「!」
「!! ……サヨ姫!!」

 目があって、言葉を失う。
 本来この城に、黒髪の者は二人しかいない。サヨと、そしてディルだけ。
 そのはずなのに、サヨの目にはさらにひとり、黒髪の男が映って見える。

「トウマ、……トウマか?」
「ああ、サヨ姫! ご無事でよかった……!」

 自分よりも少し背の高い、細身ながらもしっかりと筋肉をつけたしなやかな体躯。
 長身のシルギアの男たちの中に入ると少し華奢に見えてしまうのが不思議だけれども、彼の実力はサヨが一番よく知っている。
 サヨさえ除けば、トキノオの若手衆のなかでも頭ひとつ抜けた実力の持ち主で、幼い頃から、それこそ兄のように接してくれた青年。
 そう、アララギ・トウマだ。


「トウマ!」
「姫! ――っ! 貴様、離せ……!」

 互いに駆け寄ろうとしたところ、トウマは隣に歩いていたディルに首根っこ掴まれている。
 近寄ったはいいけれども、目の前の不思議な組み合わせの二人に、サヨはどうしていいかわからずに狼狽えた。

「トウマ。あなたがなぜここに……?」

 トウマに問いかけながらも、視線はついディルの方を向いてしまう。
 どういうことだ? と目で訊ねると、彼は何ともいえない苦々しそうな顔を見せた。

 積もる話はあるはずなのに、言葉がうまく出てこない。
 トウマに――さらに、彼の向こうにいるトキノオの者たちにどう思われているのか――それがふと心にのしかかり、話をしたい反面、逃げたい気持ちが膨らんでくる。
 ……いや、逃げる資格などないか。
 わかっている。
 むしろ、サヨはなじられ、罵られるべきなのだ。なのに。


「サヨ姫、俺と一緒に帰りましょう! トキノオへ!」
「!」

 その一言で、全部救われた気持ちがした。

「……」

 心配、してくれていた。
 わざわざ敵国へ迎えに来てくれるくらい。こんなに真剣な目をして。

 自分は故郷へ帰っていいのだ。
 思いちがいなどではなかった。
 待っていてくれる人がいるのだ。
 役立たずなどではない。

 ……ずっとずっと、それこそディルに慰められたところで払拭し切れていなかった不安が一気に押し流され、サヨはその場に膝を折る。

 ディルの慌てたような声が聞こえてきたけれど、今はそれどころではなかった。
 この辺境領で過ごしてきた長い時間――ディルによって甘やかされ続けていたけれど――北に見えるあの山々を、トキノオの者たちのことを忘れたことなど一度もない。

「トウマ……」

 トウマも、そして彼を捕らえたままのディルも、ぶるりと震える。
 言葉を失い、ただ、縋りつくようにトウマを見つめるサヨに、周囲もまた騒然としながら見守り続けた。

「サヨ姫!」

 トウマもトウマで、ディルに首根っこ掴まれながらも膝をついた。そしてそのまま地面に頭をなすりつける。

「お止めください、姫さま! 悪いのは俺です。俺たちの方です……!
「ちがう! 私が! 私が……!」

 似たもの同士頭をさげ、縋りつく。
 だからサヨは気がつけなかった。
 そのとき、ディルがどんな顔をしていたかだなんて。
しおりを挟む
感想 12

あなたにおすすめの小説

【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)

かのん
恋愛
 気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。  わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・  これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。 あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ! 本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。 完結しておりますので、安心してお読みください。

眺めるだけならよいでしょうか?〜美醜逆転世界に飛ばされた私〜

波間柏
恋愛
美醜逆転の世界に飛ばされた。普通ならウハウハである。だけど。 ✻読んで下さり、ありがとうございました。✻

今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を

澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。 そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。 だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。 そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。

人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている

井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。 それはもう深く愛していた。 変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。 これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。 全3章、1日1章更新、完結済 ※特に物語と言う物語はありません ※オチもありません ※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。 ※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。

「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」

透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。 そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。 最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。 仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕! ---

病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜

来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。 望んでいたわけじゃない。 けれど、逃げられなかった。 生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。 親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。 無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。 それでも――彼だけは違った。 優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。 形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。 これは束縛? それとも、本当の愛? 穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。 ※この物語はフィクションです。 登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。

魔性の大公の甘く淫らな執愛の檻に囚われて

アマイ
恋愛
優れた癒しの力を持つ家系に生まれながら、伯爵家当主であるクロエにはその力が発現しなかった。しかし血筋を絶やしたくない皇帝の意向により、クロエは早急に後継を作らねばならなくなった。相手を求め渋々参加した夜会で、クロエは謎めいた美貌の男・ルアと出会う。 二人は契約を交わし、割り切った体の関係を結ぶのだが――

鬼隊長は元お隣女子には敵わない~猪はひよこを愛でる~

霧内杳/眼鏡のさきっぽ
恋愛
「ひなちゃん。 俺と結婚、しよ?」 兄の結婚式で昔、お隣に住んでいた憧れのお兄ちゃん・猪狩に再会した雛乃。 昔話をしているうちに結婚を迫られ、冗談だと思ったものの。 それから猪狩の猛追撃が!? 相変わらず格好いい猪狩に次第に惹かれていく雛乃。 でも、彼のとある事情で結婚には踏み切れない。 そんな折り、雛乃の勤めている銀行で事件が……。 愛川雛乃 あいかわひなの 26 ごく普通の地方銀行員 某着せ替え人形のような見た目で可愛い おかげで女性からは恨みを買いがちなのが悩み 真面目で努力家なのに、 なぜかよくない噂を立てられる苦労人 × 岡藤猪狩 おかふじいかり 36 警察官でSIT所属のエリート 泣く子も黙る突入部隊の鬼隊長 でも、雛乃には……?

処理中です...