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−冬−
3−2 独りじめがゆるされない(2)
しおりを挟むトウマ自身、ディルの手紙は読んでいるようだ。
そう、ディルは確かに書いた。
ディルがサヨを娶るのが、彼女のためにも、トキノオ領のためにもなると。
「嫌だと言ったら?」
「……なぜですか」
「なぜ、とは?」
「あなたのご意見は説得力に欠ける。たしかに、サヨ姫があなたの元へ嫁ぐと、トキノオにとっては都合のいいことが多い。
ですが、貴殿にとっては? ガルトニーレ辺境領に利があるかどうかと問われれば、疑問しか残らない」
――なるほど。
トウマの意見はもっともだった。
ガルトニーレ辺境領側から見て、わざわざサヨを娶る利点はさほど多くない。
あの手紙だけだと、美辞麗句を並べたあげくにサヨを奪ううさんくさい男だとも思えたのだろう。
「なぜ、貴殿はサヨ姫を欲するのかと聞いております」
「彼女を好いている。それでは理由にならないか?」
「貴殿ほどの方なら、喜んで嫁に来られる女性はいくらでもいらっしゃるでしょう!? なぜ、あえてのサヨ姫なのだ!」
声をあらげトウマが立ち上がる。
激昂ゆえか、言葉も荒々しいものへと変化し、ディルを睨みつけた。
あわてて周囲の護衛たちがディルの前に立つけれども、必要ない。さっと手をかざして問題ないと伝えつつ、脚を組む。
あえて油断を見せることでなおさらトウマの表情は険しくなった。
「好いた女性を他の女性と比べるようなことはしないさ」
「白々しい。サヨ姫の美しさにあてられたか? 人種がちがうからと珍しがっているだけではないのか? あの方は――」
「ほぅ。なかなか興味深いことを言うな」
トウマの言葉を遮り、ディルは容赦なく殺気を飛ばした。
空気が変わったのを感じたのか、トウマは口を閉じ、唾を飲み込む。
「美しい? 君はサヨのことをそう思っているわけだ」
「当たり前だ! お若くして民の先頭に立ち、領地の為に戦う――そのような女性、他には――」
「生き方、有り様だけの話か?」
「ちがう! っ……!? ……まさか、あなたはあの方の外見だけを見て好いているなどと?」
そんな彼の言動に、ディルは今まで不思議に思ってきたことが、すとんと腑に落ちた。
トウマの言葉はまるで、見目で惹かれるのが悪い、とでも決めつけているようだ。
「なるほど。――だが実際、サヨは見目も実に麗しい女性ではないか。それではいけないか?」
「貴様っ……!」
「まさかとは思うが!」
いまにも殴りかからんほどの怒りを溜めこんだトウマに向かって、ディルは声を張り上げる。
ビクリ、とトウマの肩が震えるのを確認し、さらに続ける。
「――トウマ。君は、彼女の外見を一度も美しいと褒め称えたことがない――などと、言うまいな?」
「! ……っ、それは……っ!」
「なるほどな」
サヨが異様なほどに自分の見目に対して卑屈な理由がわかった。
軻皇国では自分のような娘は好まれないなどと、耳を疑うような言葉を、彼女は平然と言い放つ。
戦で先頭に立ち、誰よりも強い自分を――その能力こそ誇りに思いながらも、女として恥じ入る心も彼女は持っていた。
実に馬鹿な話である。
彼女が高嶺の花であるあまりに、誰もが讃えることすら躊躇った。結果、彼女は自分の美しさを信じない。それどころか、自分には魅力がないと首を横に振る始末。
本当に彼女を好いているなら、彼女の、卑屈ともいえる言葉は間違っていると伝えるべきだ。
彼女は美しい。卑屈になる必要なんて、なにひとつない。
……だが、実に残念なことに、彼女は己を慰めてくれる相手を持たなかった。
軻皇国の男は誰ひとり、彼女の見目を言葉にして褒めることなどなかった。
そして、そのことを彼女が気に病んでいるなど、誰も知らなかったわけだ。
いくらサヨが我慢強い女性で、気にしていることなどおくびにも出さなかったとしても――こんなひどい話があるだろうか。男として、実に情けないとディルは思う。
「サヨはオレがもらう。絶対にだ。――少なくとも、彼女の悩みに気がつくことすらできていない君に任せるわけにはいかない」
「悩み……?」
ほら。
なぜそこで疑問を持つのだ、とディルは苛立つ。
みたところ彼は、長年サヨに寄り添って生きてきたのだろう。
それなのに、サヨの強さを信じて無意識に甘えている。それがどれだけ、彼女の心に影を落としているかも知らずに。
「ああそうだ。――このアキフネからの文を読む限り、オレがアキフネに認めさえしてもらえればサヨを娶ってもいいということだろう? ……あの男め。ここぞとばかりにあれやこれやと要求まみれだが、すべてのもう。ガルトニーレ辺境領は、トキノオ領に協力する。
サヨの了承を得られたらすぐにでも、死合にうかがおう。――アキフネにはそう伝えてくれ」
これ以上彼と話したところで何の意味もない。
そう判断したディルは、早々に退出することにする。
……だが、一応トキノオの使者だ。
少しだけでもサヨにあわせておかねば、彼女の不興を買いかねない。――サヨへのポーズと、打算的なことばかり考えながら、裏の訓練場の方へ足を向けることにした。
「待て!」
案の定、トウマは後ろから追いかけてくるつもりのようで、見苦しい様子で慌てている。
「ふん」
お前などお呼びでない、といわんばかりに鼻で笑って挑発してやると、面白いくらいに引っかかる。
まあ、彼を叩きのめして帰したところで、アキフネの不興を買うこともないだろう。
だったら今のうちにその自信も彼女への想いもへし折ってやるかと心に決める。
己が挑発したせいで、青くさい想いをサヨにぶつけられるのは面白くないが、ディルは計算高い男だった。自分の行動のメリットデメリットをひととおり計算して、問題ないかと判断する。
「サヨとの前にお前と仕合えとでも? かまわん。先に叩きのめしてやる」
「サヨ姫とも仕合を? 貴殿は一体何を……っ」
「君に教える義理はない。君は今日、もう故郷へ帰るのだからな」
ただ、トウマと出会ったときのサヨの顔を想像して。
会わせないという選択肢はないものの、胸の奥に燻る不安は消えないままだった。
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