【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−冬−

3−1 独りじめがゆるされない(1)

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 今年の冬は、ずいぶんと早くやって来てしまった気がする。

 城へ続く坂道を登ってくる馬車を視界にとらえ、ディルは思う。
 あの馬車はディーテンハイク家の紋章がはいったものだが、いま、誰が乗っているかは理解している。とある使者を迎えにだしていたのだ。

 ――とうとう来やがったか。

 自分で手配しておきながらもどうにも憂鬱で、ディルはため息をついた。


 シルギア王国自体は大陸南の地。だから基本的には雪は降らない。
 それでもこのガルトニーレ辺境領は、シルギアの北の玄関口にあたる。
 ゆえに、地面が白く染まる日が一年で数日程度はあるのだ。

 少し小高い丘の上にあるこの城からだと、街の景色がよく見える。
 枯葉色に染まった寒々しい世界を、ディルは執務室の窓からぼんやりと眺めていた。
 空は白く霞んでいて、どんよりとしている。
 山の向こう――軻皇国はまもなく、雪に閉ざされるのだろうか。
 トキノオ領もさほど雪は多くない地方のはずだが、本格的な冬になる前にと使者を寄越してきた。とはいっても、完全に非公式なものだが。

 正直、この上なく気が重い。
 せっかくサヨの心を解していっているさなか、彼女に里心でもついたら目も当てられない。

 ……いや、彼女を喜ばせること自体は喜ばしいことだ。同郷の者と話す機会があれば、気持ちも落ち着くだろう。
 けれども、いまは勝負の時期。どう動くかわからない外野には大人しくしておいてほしいというのが本音だ。
 スマートな大人でいたい自分と、ずるくて小賢しくて利己的な自分の感情がせめぎあい、どうにも落ち着かない。


「とうとういらっしゃいましたね、ディル様」
「あぁ――サヨはどうしてる?」
「いつものように訓練場に」

 ディルの視線の先を追って、ケーリッツがぽつりと呟く。ディルの気持ちを慮ってくれたのか、肩をすくめながら指示を仰いだ。

「そうか。――まだ知らせるな。先にオレの方で話をまとめておきたい。足止めさせるようにしておけ」
「承知しました」

 ディルの命に、ケーリッツが頭を下げ、足早に退室していく。
 サヨに気づかれる前に、相手とある程度話をしておきたい。ディルも早めに着替えて、顔を見てやるかと執務室を後にした。



 そうして、件の使者はとうとう到着したらしい。応接間に通したのち、ディルも足早にその部屋へと向かう。
 部屋の中をのぞくと、精悍な顔つきの短い黒髪の男がハッと顔を上げた。

 ――ひとりか。……若いな。

 サヨより少し年上程度だろうか。……たしかこの男、国境の砦前での戦いの時も見た気がする。
 たしか、サヨを最後まで追いかけようとして、仲間に止められていた若武者だ。

 ――なるほど。

 面白くない。
 適当に丸め込んで突っ返したいところだが、こちらとて、サヨのことがあるから無碍にはできない。

 軻皇国には握手の習慣はない。ゆえに相手は素手だし、気にくわない男の肌になど触りたくないのだが――状況的にやらないわけにはいかないだろう。

「待たせたな。シルギア王国ガルトニーレ辺境領領主ディルヴェルト・ディーテンハイクだ」
「軻皇国トキノオ領トキノオ家にお仕えするアララギ家長男アララギ・トウマです」
「そうか、よく来てくれた。トウマ、歓迎しよう」

 ディルが手を差し出すと、トウマもそれにあわせて手を出してくる。

 なるほど、共通言語も流暢だし、こちらの文化をまったく知らないわけではないらしい。
 ディルに応えるようにトウマは手を握ると、ぎゅ、と手に必要以上の力が込められる。
 その眼差し。
 真っ直ぐにディルを見据えて離さない。

 ――なるほど? オレを牽制しようとしているわけか。ふむ。

 どうも感情が表に出やすい青年のようだ。
 サヨといい、軻皇国の者はどうも真っ直ぐすぎるきらいがある。――いや、トキノオ領の人間限定なのかもしれないが。
 サヨのことさえなければ嫌いではない性質の人間ではあるが、はてさて、と目を細め、トウマから離れる。

「こちら、軻皇国トキノオ領領主トキノオ・アキフネからの文でございます」
「ふむ。ケーリッツ!」
「はっ!」

 ディルの代わりにケーリッツが受け取り、中を確認する。
 ディルはというとトウマから離れた席の椅子に座り、トウマにもまた座るように勧めた。
 トウマも慣れないシルギアの用式に戸惑っているようだったが、すぐに表情を引き締め、席に着く。

 文に何も仕掛けがないことを確認したケーリッツにより、開かれた文を手に取り、ディルも中身を確認した。
 届けられた文は二通。
 一通目は、トキノオ領の領主としての非公式の書簡で、もう一通はサヨの父親としての書簡だった。


「また、サヨ姫さまならびにみなさま方にも、トキノオ・アキフネからの贈り物を。こちら、目録です」

 これもケーリッツを介して目録を受け取り、ひととおり目を通す。

「これはこれは。さすがアキフネ殿だな。礼を言おう。――ミソにショーユ……サヨも喜ぶ」

 彼女の素直じゃない照れた顔を思い浮かべると、ついにやけてしまいそうになる。
 それに気がついたのか、トウマはわかりやすく眉を寄せた。

「――それから、お館さまからの伝言です」
「ほう?」

 あえて、トキノオ・アキフネではなく、お館さまと言うトウマは、硬質な声で告げる。

「本気でサヨ姫を娶る気でいらっしゃるのならば、お館さまのところに死合挨拶に来いと――」
「ははは! 実に彼らしいな。
 もちろんだ。オレにその資格ができたならばすぐにでも」
「資格?」
「アキフネの前に、今はサヨとの仕合中だ。外野の口出しは野暮だということさ。
 ――それで? この文を渡すためだけにここへ来たっていうなら、君もそんな顔はしていないだろう?」

 問うと、あきらかにトウマの目が細められる。ぐっと握りこんでいる拳の力が強くなり、少し、体が前のめりになった。
 なるほど、とディルは思う。

「君も、サヨに惹かれた男のひとりか」
「ええ――そうです。あの方を、連れ戻しに来ました」

 挑発にものりやすい。
 あの曲者のトキノオ・アキフネが寄越した男のわりに、青臭いところもあるらしい。
 サヨといいトウマといい、アキフネの若者の育て方はなかなか興味深いところがあるが――。

「サヨ姫を返してください。彼女のためを思うなら」
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