【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−冬−

3−21 日、数え、いつか――(1)

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「見えた!」

 途中の拠点に立ち寄りつつ、一路北へ。
 拠点からの供が増え、隊列を成して北上する。

 朝に拠点を発って必死に走り、その日の昼過ぎ――とうとう、目の前に大きな湖が見えた。そして向こうの湖岸――いよいよ目的地が目に映る。


 トキノオの城――というよりも、一族の住まう屋敷は、大きな湖と、山の斜面を利用した天然の要塞だ。
 湖に面して街が広がり、西側のゆるやかな山の斜面は段々畑になっている。茶畑と、いまは霜が降りているだけの棚田。
 そして、この北側の小高い山の中腹に、トキノオ家の屋敷はある。

 地域一帯を見渡せる、眺望のよい屋敷であった。
 ちなみに、その屋敷に至るまでは、敵の兵を阻むための幾重もの仕掛けがあるわけだが、この街自体が戦場になったことは未だかつてないのだという。


 ――久しぶりのトキノオ……。

 アキフネが――代々の先祖様たちが守り続けたこの地に帰ってきた。
 胸に熱いものがこみあげる。

 季節柄、色彩こそ寂しいものではあるけれども、例年と変わらない穏やかな冬の景色が広がっている。
 河岸は氷と霜で白くなっており、枯れ木が風に揺れ、からからと音をたてる。

 ――間に合った。

 戦いが起こっているような様子は見受けられない。わずかに安堵し、サヨは馬を駆った。そして真っ直ぐ、トキノオの屋敷へ!

 ぐるりと湖畔をまわりこみ、街の中心地へ。
 サヨの姿を認めるなり、驚きに声をあげる町人たちの合間をぬける。
 誰かが、東へ向かえと叫ぶ。この街を見守るの神のお社で、今、アキフネと皇軍たちが話し合いの席を設けていると。

「サヨ姫!」
「ああ!」

 トウマの呼びかけに頷き、方向を変える。
 あと少し。大丈夫だ、間に合った!

 社に至る坂道を駆け上がると、鳥居の前に兵たちがずらりと並んでいるのを見つける。
 サヨを見つけて目を丸める彼らに向かって、サヨは声高らかに宣言した。

「サヨが戻った! ここを通せ!」





 *





 日、数える。

 この冬はめまぐるしいほど早くすぎさり、いつしか桜が咲きみだれる季節になった。


 サヨは桜の花びらが舞うトキノオの屋敷の庭から下界を見下ろしていた。
 トキノオの桜は淡く、大きな湖をぐるりと囲むようにして咲いた桜の花びらは、河岸を白く染める。
 サヨは肩まで下ろしたままのまっすぐな髪をかき上げながら、目を細めた。

 彼女はいま、かつてと同じように袴を身につけ、女性ながらに凜々しい出で立ちで佇んでいた。髪はいまだに肩につくくらいで、結い上げるほどの長さはない。飾り気もあまりない無地の着物に身を包み、唇を引き結ぶ。


 ――桜は、もう散ってしまうぞ。

 花の盛りなんてあっという間だ。
 勝負は桜が散るころまでだったはず。
 トキノオで見頃――ならば、ガルトニーレ辺境領の桜の見頃はもう終わってしまったのではないだろうか。

 ――ディルの、馬鹿。

 なんて。
 ずっと顔が見られないままでいる想い人の姿を思いだして、ふふふと笑う。

 勝負は――相討ちになるのだろうか?
 土壇場でサヨは彼を打ち負かしたけれど、サヨだってすでに彼を好きでいて。想いは通じたのに、こうして離れてしまっていて。これではただの痛み分けだ。

 ――会いたいな……。

 もちろん、わかっている。それはまだ叶わない願い。

 それでもサヨは想いびとの顔を思い浮かべながら胸もとにそっと手を当てる。
 肌に触れる硬い感触。
 いまは着物で隠れているけれども、あのひとがくれた首飾りはいつだってともにいる。
 ディーテンハイク家の家紋入りの首飾りは、いまだに皇軍に取り上げられることもなく、サヨの所有物としてこの身を保証してくれている。


「サヨ」

 突然声をかけられて、後ろを振り返る。

「! お館さま! ――申し訳ありません、いま」
「かまわん。ここの――今年の桜も、見納めになるからな」

 ぼんやりしていたところを咎められることもなく、サヨは肩の力を抜く。

「ええ……父上・・

 ざっ、と、重たい足音ともにそばに歩いてきたのは、サヨの父でもあり、ここから見える景色を手中におさめたままでいる男トキノオ・アキフネだった。


 アキフネはサヨの父親でもあるけれども、それ以上にこの地を束ねる領主として接している。
 ゆえに、彼のことを〈父上〉と呼べる時間が、サヨにとっては特別なものだった。

 ふたり並んで、屋敷のある高台から地上を見やる。
 サヨたちはこれより、ともに中央――都へ赴くのだ。
 新緑の季節には帰って来られるのか。もしかしたら、秋になってしまうかもしれない。


 軻皇国にとっては長い停滞ともいえる季節――冬が過ぎ、雪も解けた。
 トキノオ領は相変わらず雪は少なかったけれども、長い夜をひとり眠るのは、とても寒く感じたものだった。
 
 それでもサヨは胸を張る。
 そして、目を細め、己が守った――そしてまだまだこれからも守るべき景色を眩しそうに見つめた。
 きらきら輝く湖面は青く、まるであのひとの瞳みたいで。

「この美しい景色を守らなければなりませんね」
「なに。向こうであのデカブツが見張ってるンだろう? ヤツらめ、血相変えて逃げていったからな」
ディルヴェルト・・・・・・・殿が本気になったのなら、まともに張り合えるのは父上くらいでしょう? 当然です」


 父親の顔を見上げてニヤリと笑う。
 サヨの、まるでなにかを自慢するかのような微笑みは、ここ最近見せるようになった顔だ。
 サヨらしくもないイタズラっ子のような表情が、ディルの影響であることに気がついていないのはサヨくらいなものである。

「ハン。まだアレには負けんよ。――サヨには悪ィがヨオ」
「いいえ、ディルは負けません。でないと困ります」
「カーッカッカ! 親父に言い返しやがるとは、テメエ、ホントいい顔するようになったな」

 なんて上機嫌で笑い飛ばし、アキフネもまた南の空を見る。

 誇らしげな顔をして遠くを見つめる彼の横顔にほっとして、サヨは目を細めた。
 アキフネはトキノオ領の領主。愛すべきこの土地と、民を――彼が守り続ける権利が今も・・あることがサヨも嬉しい。
 ……もちろん、まだまだ気が抜けない状況ではあるのだけれども。

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