55 / 67
−冬−
3−21 日、数え、いつか――(1)
しおりを挟む「見えた!」
途中の拠点に立ち寄りつつ、一路北へ。
拠点からの供が増え、隊列を成して北上する。
朝に拠点を発って必死に走り、その日の昼過ぎ――とうとう、目の前に大きな湖が見えた。そして向こうの湖岸――いよいよ目的地が目に映る。
トキノオの城――というよりも、一族の住まう屋敷は、大きな湖と、山の斜面を利用した天然の要塞だ。
湖に面して街が広がり、西側のゆるやかな山の斜面は段々畑になっている。茶畑と、いまは霜が降りているだけの棚田。
そして、この北側の小高い山の中腹に、トキノオ家の屋敷はある。
地域一帯を見渡せる、眺望のよい屋敷であった。
ちなみに、その屋敷に至るまでは、敵の兵を阻むための幾重もの仕掛けがあるわけだが、この街自体が戦場になったことは未だかつてないのだという。
――久しぶりのトキノオ……。
アキフネが――代々の先祖様たちが守り続けたこの地に帰ってきた。
胸に熱いものがこみあげる。
季節柄、色彩こそ寂しいものではあるけれども、例年と変わらない穏やかな冬の景色が広がっている。
河岸は氷と霜で白くなっており、枯れ木が風に揺れ、からからと音をたてる。
――間に合った。
戦いが起こっているような様子は見受けられない。わずかに安堵し、サヨは馬を駆った。そして真っ直ぐ、トキノオの屋敷へ!
ぐるりと湖畔をまわりこみ、街の中心地へ。
サヨの姿を認めるなり、驚きに声をあげる町人たちの合間をぬける。
誰かが、東へ向かえと叫ぶ。この街を見守る肆の神のお社で、今、アキフネと皇軍たちが話し合いの席を設けていると。
「サヨ姫!」
「ああ!」
トウマの呼びかけに頷き、方向を変える。
あと少し。大丈夫だ、間に合った!
社に至る坂道を駆け上がると、鳥居の前に兵たちがずらりと並んでいるのを見つける。
サヨを見つけて目を丸める彼らに向かって、サヨは声高らかに宣言した。
「サヨが戻った! ここを通せ!」
*
日、数える。
この冬はめまぐるしいほど早くすぎさり、いつしか桜が咲きみだれる季節になった。
サヨは桜の花びらが舞うトキノオの屋敷の庭から下界を見下ろしていた。
トキノオの桜は淡く、大きな湖をぐるりと囲むようにして咲いた桜の花びらは、河岸を白く染める。
サヨは肩まで下ろしたままのまっすぐな髪をかき上げながら、目を細めた。
彼女はいま、かつてと同じように袴を身につけ、女性ながらに凜々しい出で立ちで佇んでいた。髪はいまだに肩につくくらいで、結い上げるほどの長さはない。飾り気もあまりない無地の着物に身を包み、唇を引き結ぶ。
――桜は、もう散ってしまうぞ。
花の盛りなんてあっという間だ。
勝負は桜が散るころまでだったはず。
トキノオで見頃――ならば、ガルトニーレ辺境領の桜の見頃はもう終わってしまったのではないだろうか。
――ディルの、馬鹿。
なんて。
ずっと顔が見られないままでいる想い人の姿を思いだして、ふふふと笑う。
勝負は――相討ちになるのだろうか?
土壇場でサヨは彼を打ち負かしたけれど、サヨだってすでに彼を好きでいて。想いは通じたのに、こうして離れてしまっていて。これではただの痛み分けだ。
――会いたいな……。
もちろん、わかっている。それはまだ叶わない願い。
それでもサヨは想いびとの顔を思い浮かべながら胸もとにそっと手を当てる。
肌に触れる硬い感触。
いまは着物で隠れているけれども、あのひとがくれた首飾りはいつだってともにいる。
ディーテンハイク家の家紋入りの首飾りは、いまだに皇軍に取り上げられることもなく、サヨの所有物としてこの身を保証してくれている。
「サヨ」
突然声をかけられて、後ろを振り返る。
「! お館さま! ――申し訳ありません、いま」
「かまわん。ここの――今年の桜も、見納めになるからな」
ぼんやりしていたところを咎められることもなく、サヨは肩の力を抜く。
「ええ……父上」
ざっ、と、重たい足音ともにそばに歩いてきたのは、サヨの父でもあり、ここから見える景色を手中におさめたままでいる男トキノオ・アキフネだった。
アキフネはサヨの父親でもあるけれども、それ以上にこの地を束ねる領主として接している。
ゆえに、彼のことを〈父上〉と呼べる時間が、サヨにとっては特別なものだった。
ふたり並んで、屋敷のある高台から地上を見やる。
サヨたちはこれより、ともに中央――都へ赴くのだ。
新緑の季節には帰って来られるのか。もしかしたら、秋になってしまうかもしれない。
軻皇国にとっては長い停滞ともいえる季節――冬が過ぎ、雪も解けた。
トキノオ領は相変わらず雪は少なかったけれども、長い夜をひとり眠るのは、とても寒く感じたものだった。
それでもサヨは胸を張る。
そして、目を細め、己が守った――そしてまだまだこれからも守るべき景色を眩しそうに見つめた。
きらきら輝く湖面は青く、まるであのひとの瞳みたいで。
「この美しい景色を守らなければなりませんね」
「なに。向こうであのデカブツが見張ってるンだろう? ヤツらめ、血相変えて逃げていったからな」
「ディルヴェルト殿が本気になったのなら、まともに張り合えるのは父上くらいでしょう? 当然です」
父親の顔を見上げてニヤリと笑う。
サヨの、まるでなにかを自慢するかのような微笑みは、ここ最近見せるようになった顔だ。
サヨらしくもないイタズラっ子のような表情が、ディルの影響であることに気がついていないのはサヨくらいなものである。
「ハン。まだアレには負けんよ。――サヨには悪ィがヨオ」
「いいえ、ディルは負けません。でないと困ります」
「カーッカッカ! 親父に言い返しやがるとは、テメエ、ホントいい顔するようになったな」
なんて上機嫌で笑い飛ばし、アキフネもまた南の空を見る。
誇らしげな顔をして遠くを見つめる彼の横顔にほっとして、サヨは目を細めた。
アキフネはトキノオ領の領主。愛すべきこの土地と、民を――彼が守り続ける権利が今もあることがサヨも嬉しい。
……もちろん、まだまだ気が抜けない状況ではあるのだけれども。
31
あなたにおすすめの小説
【完結】異世界に転移しましたら、四人の夫に溺愛されることになりました(笑)
かのん
恋愛
気が付けば、喧騒など全く聞こえない、鳥のさえずりが穏やかに聞こえる森にいました。
わぁ、こんな静かなところ初めて~なんて、のんびりしていたら、目の前に麗しの美形達が現れて・・・
これは、女性が少ない世界に転移した二十九歳独身女性が、あれよあれよという間に精霊の愛し子として囲われ、いつのまにか四人の男性と結婚し、あれよあれよという間に溺愛される物語。
あっさりめのお話です。それでもよろしければどうぞ!
本日だけ、二話更新。毎日朝10時に更新します。
完結しておりますので、安心してお読みください。
「25歳OL、異世界で年上公爵の甘々保護対象に!? 〜女神ルミエール様の悪戯〜」
透子(とおるこ)
恋愛
25歳OL・佐神ミレイは、仕事も恋も完璧にこなす美人女子。しかし本当は、年上の男性に甘やかされたい願望を密かに抱いていた。
そんな彼女の前に現れたのは、気まぐれな女神ルミエール。理由も告げず、ミレイを異世界アルデリア王国の公爵家へ転移させる。そこには恐ろしく気難しいと評判の45歳独身公爵・アレクセイが待っていた。
最初は恐怖を覚えるミレイだったが、公爵の手厚い保護に触れ、次第に心を許す。やがて彼女は甘く溺愛される日々に――。
仕事も恋も頑張るOLが、異世界で年上公爵にゴロニャン♡ 甘くて胸キュンなラブストーリー、開幕!
---
今夜は帰さない~憧れの騎士団長と濃厚な一夜を
澤谷弥(さわたに わたる)
恋愛
ラウニは騎士団で働く事務官である。
そんな彼女が仕事で第五騎士団団長であるオリベルの執務室を訪ねると、彼の姿はなかった。
だが隣の部屋からは、彼が苦しそうに呻いている声が聞こえてきた。
そんな彼を助けようと隣室へと続く扉を開けたラウニが目にしたのは――。
理想の男性(ヒト)は、お祖父さま
たつみ
恋愛
月代結奈は、ある日突然、見知らぬ場所に立っていた。
そこで行われていたのは「正妃選びの儀」正妃に側室?
王太子はまったく好みじゃない。
彼女は「これは夢だ」と思い、とっとと「正妃」を辞退してその場から去る。
彼女が思いこんだ「夢設定」の流れの中、帰った屋敷は超アウェイ。
そんな中、現れたまさしく「理想の男性」なんと、それは彼女のお祖父さまだった!
彼女を正妃にするのを諦めない王太子と側近魔術師サイラスの企み。
そんな2人から彼女守ろうとする理想の男性、お祖父さま。
恋愛よりも家族愛を優先する彼女の日常に否応なく訪れる試練。
この世界で彼女がくだす決断と、肝心な恋愛の結末は?
◇◇◇◇◇設定はあくまでも「貴族風」なので、現実の貴族社会などとは異なります。
本物の貴族社会ではこんなこと通用しない、ということも多々あります。
R-Kingdom_1
他サイトでも掲載しています。
病弱な彼女は、外科医の先生に静かに愛されています 〜穏やかな執着に、逃げ場はない〜
来栖れいな
恋愛
――穏やかな微笑みの裏に、逃げられない愛があった。
望んでいたわけじゃない。
けれど、逃げられなかった。
生まれつき弱い心臓を抱える彼女に、政略結婚の話が持ち上がった。
親が決めた未来なんて、受け入れられるはずがない。
無表情な彼の穏やかさが、余計に腹立たしかった。
それでも――彼だけは違った。
優しさの奥に、私の知らない熱を隠していた。
形式だけのはずだった関係は、少しずつ形を変えていく。
これは束縛? それとも、本当の愛?
穏やかな外科医に包まれていく、静かで深い恋の物語。
※この物語はフィクションです。
登場する人物・団体・名称・出来事などはすべて架空であり、実在のものとは一切関係ありません。
人狼な幼妻は夫が変態で困り果てている
井中かわず
恋愛
古い魔法契約によって強制的に結ばれたマリアとシュヤンの14歳年の離れた夫婦。それでも、シュヤンはマリアを愛していた。
それはもう深く愛していた。
変質的、偏執的、なんとも形容しがたいほどの狂気の愛情を注ぐシュヤン。異常さを感じながらも、なんだかんだでシュヤンが好きなマリア。
これもひとつの夫婦愛の形…なのかもしれない。
全3章、1日1章更新、完結済
※特に物語と言う物語はありません
※オチもありません
※ただひたすら時系列に沿って変態したりイチャイチャしたりする話が続きます。
※主人公の1人(夫)が気持ち悪いです。
『身長185cmの私が異世界転移したら、「ちっちゃくて可愛い」って言われました!? 〜女神ルミエール様の気まぐれ〜』
透子(とおるこ)
恋愛
身長185cmの女子大生・三浦ヨウコ。
「ちっちゃくて可愛い女の子に、私もなってみたい……」
そんな密かな願望を抱えながら、今日もバイト帰りにクタクタになっていた――はずが!
突然現れたテンションMAXの女神ルミエールに「今度はこの子に決〜めた☆」と宣言され、理由もなく異世界に強制転移!?
気づけば、森の中で虫に囲まれ、何もわからずパニック状態!
けれど、そこは“3メートル超えの巨人たち”が暮らす世界で――
「なんて可憐な子なんだ……!」
……え、私が“ちっちゃくて可愛い”枠!?
これは、背が高すぎて自信が持てなかった女子大生が、異世界でまさかのモテ無双(?)!?
ちょっと変わった視点で描く、逆転系・異世界ラブコメ、ここに開幕☆
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる