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−冬−
3−22 日、数え、いつか――(2)
しおりを挟むあの冬の日。
サヨがシルギアよりこの地に帰ってきたとき、未だに皇軍・トキノオ軍の両軍はぶつかっていなかった。
皇軍は湖東の山の中腹にある肆の神の社を陣取り、トキノオの屋敷を睨みつけていた。けれど、本格的に戦になる前に話がついた。
トキノオの冬は雪こそ少ないが、ひどく冷える。
そんななかで、街や周辺の村々を巻き込み戦にしてはならないと、アキフネも相手の挑発には乗らなかったのだ。
そうして行われた話し合いに、サヨが間にあった。
――いま思いだしても、肝が冷えるな。
突然乱入したサヨに対し、皇軍は武器を突きつけたけれども、サヨは一歩もひかなかった。
そして訴えたのだ。
ディルに入れ知恵されたとおりに。
『〈雪の土竜〉に動きが見えました』――と。
このことをどうしても知らせなければいけないと、シルギアから必死で戻ってきたと。
皇軍のものたちの厳しい目に一切怯むことなく、サヨは言い切った。
あの夏は冷夏で、冬を越すことが難しい〈雪の土竜〉に動きが見えた。かつて彼らが荒らし回っていたこの山脈地帯に、再び足を踏み入れようとしていると。
ゆえにガルトニーレ辺境領領主は、誰よりもはやく動くことを決めた。〈雪の土竜〉を、けっして辺境領に足を踏み入れさせないと。
警備が強固になり、ガルトニーレに侵略するのが難しくなった〈雪の土竜〉は、次はどこに向かうだろうか。
トキノオ・アキフネという軻皇国の門番がこの地からいなくなったら、奴らはどうするだろうか――と?
……なかば脅しだ。
嘘だ、ハッタリだと声を荒げる者も少なくなかった。
けれども、現にディルは動いていた。
南の国境門にはおびただしいほどの兵が配置され――それだけでなく、辺境領の各村々に配置される警備の兵が増えた。
〈雪の土竜〉が動くと確信が持てなければ、そんなことをするはずがない。
サヨとアキフネは身柄を拘束され、座敷牢でしばしの時を過ごすことになった。
けれども、調査のすえ、ディルの予想通り、〈雪の土竜〉の姿も確認された。
結果、時間はかかったけれども、〈雪の土竜〉の噂を、皇軍に信じさせることに成功したのだ。
あの冬の日のことを思い出しながら、アキフネはふと、口の端を上げる。
「たいしたハッタリも使うようになりやがって、サヨ。――テメエは素直すぎるところも可愛かったのにヨオ」
「シルギアでたくさん学びましたので」
「クソ。まあ……おかげさんで思いのほかあっさり皇軍は退いたがヨ」
〈雪の土竜〉のことだけではない。
皇軍はサヨを幽閉こそしたものの、無体なまねなどできようもなかった。
サヨの首にひかる首飾り――今は着物で隠れてしまっているけれど、別れの日、ディルがくれたもの。この石が、紋章が、サヨを守ってくれた。
サヨは捕虜として好きにされていたわけではない。彼の国に情報を渡していたわけでもない。
はじまりはたしかに戦場で捕らえられたからだけれど、サヨはかの領主に大切にされた。
敵国の人間でありながら、サヨはこの紋章つきの石を与えられるほどに、シルギアの英雄にしてガルトニーレ辺境領辺境伯ディルヴェルト・ディーテンハイクの寵愛を受けていたのだと。
その上で、サヨは、己を利用することも提案した。
もちろん、これも脅しだ。
サヨに何かあればシルギアの英雄が動く。
アキフネを処罰したとして、ディルヴェルトと〈雪の土竜〉を同時に対処できる者がいるだろうか――と。
むしろ、サヨの願いを聞き届けてくれるのであれば、必ずやかの地の英雄も協力してくれるだろうと。
皇軍は顔色を変えた。
もはや、一介の使者だけで判断できる問題ではなくなったからだ。
結果、アキフネの処遇については先送りされ――今に至る。これからサヨは、アキフネとともに審議のために中央へ赴くのだ。
危機は脱したが、まだまだ気が抜ける状態でもない。
それでも、このたび、シルギア王家を通して、正式にサヨとディルの縁組みを打診してもらえたというのだから、悪い方向にはいかないだろう。
なんせ相手はシルギアの英雄だ。軻皇国とて、取り込んでおきたい相手だろう。
トキノオ家は、まだ利用価値がある。そう印象づけることには成功した。
むしろ、いまトキノオ家をつぶすわけにはいかないはず。
きっと、きっと大丈夫。
「おふたりとも――そろそろ」
「ああ。トウマか。わかっている、行こうか」
アキフネと並んで遠くを見ていたところで、後ろから声がかけられる。
トウマはなんだか、シルギアから帰ってきてから顔つきが変わって、以前よりもっとたくましくなった。
背筋を伸ばし、アキフネと話すトウマを見つめて、サヨもふっと笑った。
ぐっと背伸びをして、最後にもう一度街を一望する。
次にこのトキノオ領に帰って来られるのはいつになるだろうか。
来年はここの桜が見られるだろうか。
それとも、ディルが迎えに来てくれるのが先か――。
――でも、私だって、じっと待っているつもりはないんだ。
女の身でありながら、中央に呼び出された。
中央は政治の中心地。この機を逃してたまるか。
サヨは、勇ましくて、可愛げもなくて、女の身でありながら戦場に立つような変わり者だけれど――だからこそ。確かな経験が、想いが、今のサヨを支えている。
「行きましょう、父上」
「サヨとともにか。ふふ、今回は道中飽きんな」
「私もです。ご一緒できて嬉しいです」
「こうして供に旅をするのも、あと何度あるかナア……」
などと。
アキフネは前を歩きながらぽつりと呟く。
桜の花びらが舞う空を見上げてから、サヨも父の後ろを追った。
そして、さらに日、数えて――。
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