【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−冬−

3−22 日、数え、いつか――(2)

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 あの冬の日。
 サヨがシルギアよりこの地に帰ってきたとき、未だに皇軍・トキノオ軍の両軍はぶつかっていなかった。

 皇軍は湖東の山の中腹にある肆の神の社を陣取り、トキノオの屋敷を睨みつけていた。けれど、本格的に戦になる前に話がついた。

 トキノオの冬は雪こそ少ないが、ひどく冷える。
 そんななかで、街や周辺の村々を巻き込み戦にしてはならないと、アキフネも相手の挑発には乗らなかったのだ。
 そうして行われた話し合いに、サヨが間にあった。

 ――いま思いだしても、肝が冷えるな。

 突然乱入したサヨに対し、皇軍は武器を突きつけたけれども、サヨは一歩もひかなかった。
 そして訴えたのだ。
 ディルに入れ知恵されたとおりに。

『〈雪の土竜ユキモグラ〉に動きが見えました』――と。

 このことをどうしても知らせなければいけないと、シルギアから必死で戻ってきたと。
 皇軍のものたちの厳しい目に一切怯むことなく、サヨは言い切った。


 あの夏は冷夏で、冬を越すことが難しい〈雪の土竜〉に動きが見えた。かつて彼らが荒らし回っていたこの山脈地帯に、再び足を踏み入れようとしていると。
 ゆえにガルトニーレ辺境領領主は、誰よりもはやく動くことを決めた。〈雪の土竜〉を、けっして辺境領に足を踏み入れさせないと。
 警備が強固になり、ガルトニーレに侵略するのが難しくなった〈雪の土竜〉は、次はどこに向かうだろうか。
 トキノオ・アキフネという軻皇国の門番がこの地からいなくなったら、奴らはどうするだろうか――と?

 ……なかば脅しだ。
 嘘だ、ハッタリだと声を荒げる者も少なくなかった。
 けれども、現にディルは動いていた。
 南の国境門にはおびただしいほどの兵が配置され――それだけでなく、辺境領の各村々に配置される警備の兵が増えた。
〈雪の土竜〉が動くと確信が持てなければ、そんなことをするはずがない。

 サヨとアキフネは身柄を拘束され、座敷牢でしばしの時を過ごすことになった。
 けれども、調査のすえ、ディルの予想通り、〈雪の土竜〉の姿も確認された。
 結果、時間はかかったけれども、〈雪の土竜〉の噂を、皇軍に信じさせることに成功したのだ。



 あの冬の日のことを思い出しながら、アキフネはふと、口の端を上げる。

「たいしたハッタリも使うようになりやがって、サヨ。――テメエは素直すぎるところも可愛かったのにヨオ」
「シルギアでたくさん学びましたので」
「クソ。まあ……おかげさんで思いのほかあっさり皇軍は退いたがヨ」

〈雪の土竜〉のことだけではない。
 皇軍はサヨを幽閉こそしたものの、無体なまねなどできようもなかった。

 サヨの首にひかる首飾り――今は着物で隠れてしまっているけれど、別れの日、ディルがくれたもの。この石が、紋章が、サヨを守ってくれた。

 サヨは捕虜として好きにされていたわけではない。彼の国に情報を渡していたわけでもない。
 はじまりはたしかに戦場で捕らえられたからだけれど、サヨはかの領主に大切にされた。
 敵国の人間でありながら、サヨはこの紋章つきの石を与えられるほどに、シルギアの英雄にしてガルトニーレ辺境領辺境伯ディルヴェルト・ディーテンハイクの寵愛を受けていたのだと。

 その上で、サヨは、己を利用することも提案した。
 もちろん、これも脅しだ。
 サヨに何かあればシルギアの英雄が動く。
 アキフネを処罰したとして、ディルヴェルトと〈雪の土竜〉を同時に対処できる者がいるだろうか――と。
 むしろ、サヨの願いを聞き届けてくれるのであれば、必ずやかの地の英雄も協力してくれるだろうと。


 皇軍は顔色を変えた。
 もはや、一介の使者だけで判断できる問題ではなくなったからだ。
 結果、アキフネの処遇については先送りされ――今に至る。これからサヨは、アキフネとともに審議のために中央へ赴くのだ。
 危機は脱したが、まだまだ気が抜ける状態でもない。

 それでも、このたび、シルギア王家を通して、正式にサヨとディルの縁組みを打診してもらえたというのだから、悪い方向にはいかないだろう。
 なんせ相手はシルギアの英雄だ。軻皇国とて、取り込んでおきたい相手だろう。
 トキノオ家は、まだ利用価値がある。そう印象づけることには成功した。
 むしろ、いまトキノオ家をつぶすわけにはいかないはず。
 きっと、きっと大丈夫。


「おふたりとも――そろそろ」
「ああ。トウマか。わかっている、行こうか」

 アキフネと並んで遠くを見ていたところで、後ろから声がかけられる。
 トウマはなんだか、シルギアから帰ってきてから顔つきが変わって、以前よりもっとたくましくなった。
 背筋を伸ばし、アキフネと話すトウマを見つめて、サヨもふっと笑った。

 ぐっと背伸びをして、最後にもう一度街を一望する。
 次にこのトキノオ領に帰って来られるのはいつになるだろうか。
 来年はここの桜が見られるだろうか。
 それとも、ディルが迎えに来てくれるのが先か――。

 ――でも、私だって、じっと待っているつもりはないんだ。

 女の身でありながら、中央に呼び出された。
 中央は政治の中心地。この機を逃してたまるか。

 サヨは、勇ましくて、可愛げもなくて、女の身でありながら戦場に立つような変わり者だけれど――だからこそ。確かな経験が、想いが、今のサヨを支えている。

「行きましょう、父上」
「サヨとともにか。ふふ、今回は道中飽きんな」
「私もです。ご一緒できて嬉しいです」
「こうして供に旅をするのも、あと何度あるかナア……」

 などと。
 アキフネは前を歩きながらぽつりと呟く。

 桜の花びらが舞う空を見上げてから、サヨも父の後ろを追った。





 そして、さらに日、数えて――。

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