【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−春−

4−1 ずっとあなたを待っていた(1)

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 日、数える。


 トキノオを出て中央へ。
 季節ひとつぶん都にとどまりつづけたけれども、外の景色を見ることもなく、ただ緊張感に満ちた生活を送って――――夏が過ぎ――――秋となった。

 久しぶりにトキノオへ帰還したころには、棚田がすっかりと黄金色に染まっている季節。人々は豊かな恵みに感謝を捧げ、神に祈りを捧げる。
 トキノオのお社は踊りを司るの神を祀っているもので、この年は特に盛大な祭りがとり行われた。

 もちろん、サヨだって参加しないはずもなく。
 トキノオは武家の中でも血気盛んな家柄であるが、みな、肆の神のことを誇りに思っている。だから、この時期だけは、祭り囃子に身をまかせ、武人も町人も農民も関係なく豊穣を祝うとき。
 そしてなぜだか、サヨがいるところに、みな貢ぎ物だなんだと忙しなく実りを運んでくる。

 きっとみな、感じているのかもしれない。
 いつか来る、この地との、サヨナラを。





 日、数える。

 赤く染まっていた山々も、枯れ葉色に染まり――そしてまた、人々は静かに家に籠もる冬が来る。

「ディルヴェルト」

 静かな夜。
 ふと、行燈の明かりを灯した部屋のなか。
 薄明かりに照らされ、思い出す顔がある。

 雪の少ないトキノオではあるが、今宵は牡丹雪が降っているらしい。

「ディル……」

 襖を開け、外の景色をぼんやりと眺める。
 緑豊かな庭が白に染められていくのをぼんやりと見つめて――ふと、胸の奥に疼く想いに蹲りたくなる。
 たまに、無性に寂しくなる日がくる。
 でも、それも仕方のないことだ。だって、彼との別れから、もう一年が経とうとしているのだ。

 彼はまだ、あの暗がりの部屋でたたずんでいるのだろうか。
 それとも、忙しなく働いているのか。
 ……あるいは、サヨのことを思い出してくれる日もあるのだろうか。

 いつかまた会える。その言葉を信じ、過ごしてきて。
 ディルの言葉は正しくて、直接会えずとも彼の存在は感じられる。
 定期的に手袋をはじめとした贈り物が送られてくるし、それに――。

 ……正式な縁組みは認められ、春になれば、サヨはかの地へ嫁にいく。

 それでもいまだに実感が湧かない。
 ずっと彼に会えないまま、環境だけが整いつつあって。
 屋敷の者たちがそわそわしていて、嫁入りの準備だって進められている。

 あと季節ひとつ分。
 それはわかっているのに。

「会いたい」

 声が聞きたい。

 少し、髪がのびた。
 彼はずっと気に病んでいたから、ちょっとは安心してくれるかもしれない。
 彼の頬は治っているかな。
 最後に見たのがあの痛そうな顔だったのが懐かしい。綺麗な顔をしているし、素敵な言葉をくれたけど、ちょっとだけ締まりが悪かった。そんなところも肩をすくめて笑ってみせる彼がとても好きで――。

「会いたいな……」

 あとすこし。

 あと、季節はひとつ。





 *





 日、数える。


 そして、春。
 ふたたび、淡い桜の花が色づく季節になった。
 トキノオはいつものように、花を愛でる穏やかな季節に……、

「鋭! 鋭!」
「応!!」

 ……なろうはずもなく。


 静かな夜に震え、肌寒さに気がつかないふりをして眠る日ももう終わり。……終わり、ではあるのだけれども。
 サヨは頭を抱えたい気持ちになりながら、威勢の良い男たちの様子を呆然と見ていた。

 野太い声がこだまする。
 誰もが表情をかたく、真剣な様子で城の守りについている。

 そこここに桜の木が色づき、淡くはなやかな色彩に満ちた春の季節になったものの――どうにも、風流さが足りない。
 ここトキノオの屋敷のあちこちで、武装した男たちが歩き回る様子が散見された。みながみな鼻息を荒くして、この気合いの入りようである。

 この日は、トキノオの民にとって、ある種勝負の日であった。
 門の類いは閉ざされてはいないけれども、厳戒態勢をしいて、皆、配置についている。
 まさに臨戦態勢。
 まもなくあらわれんとする男の存在を感じて、みな、じっと坂の下を睨みつけてきた。
 この地が実際に戦場になったことはなかったけれども、今や、敵軍が攻めてきたといわんばかりの物々しさである。

「では、行って参ります! サヨ姫!」
「俺も!」
「私も!!」

 トウマをはじめとした若衆が、まるで最後の挨拶かと言わんばかりに、険しい表情で頭を下げる。

「あ。ああ――みな、その。ほどほどにな?」

 ……のだけれども、サヨとしては素直にトウマたちを応援するわけにもいかず、肩をすくめた。というのも――、

「いいえ! 全力で参りますとも!」
「いや。あの。もう……決まっていることだし。戦ではないのだから」
「なにをおっしゃる!」
「今からでもまだ遅くない!」
「あの男を叩き出してくれる!!」

 本日、はちの神の巡日めぐりび――すなわち慶事に相応しき曜なり。
 ゆえに、やってくるのだ――彼が。
 ディルヴェルト・ディーテンハイクが。サヨのことを迎えに……!
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