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−春−
4−1 ずっとあなたを待っていた(1)
しおりを挟む日、数える。
トキノオを出て中央へ。
季節ひとつぶん都にとどまりつづけたけれども、外の景色を見ることもなく、ただ緊張感に満ちた生活を送って――――夏が過ぎ――――秋となった。
久しぶりにトキノオへ帰還したころには、棚田がすっかりと黄金色に染まっている季節。人々は豊かな恵みに感謝を捧げ、神に祈りを捧げる。
トキノオのお社は踊りを司る肆の神を祀っているもので、この年は特に盛大な祭りがとり行われた。
もちろん、サヨだって参加しないはずもなく。
トキノオは武家の中でも血気盛んな家柄であるが、みな、肆の神のことを誇りに思っている。だから、この時期だけは、祭り囃子に身をまかせ、武人も町人も農民も関係なく豊穣を祝うとき。
そしてなぜだか、サヨがいるところに、みな貢ぎ物だなんだと忙しなく実りを運んでくる。
きっとみな、感じているのかもしれない。
いつか来る、この地との、サヨナラを。
日、数える。
赤く染まっていた山々も、枯れ葉色に染まり――そしてまた、人々は静かに家に籠もる冬が来る。
「ディルヴェルト」
静かな夜。
ふと、行燈の明かりを灯した部屋のなか。
薄明かりに照らされ、思い出す顔がある。
雪の少ないトキノオではあるが、今宵は牡丹雪が降っているらしい。
「ディル……」
襖を開け、外の景色をぼんやりと眺める。
緑豊かな庭が白に染められていくのをぼんやりと見つめて――ふと、胸の奥に疼く想いに蹲りたくなる。
たまに、無性に寂しくなる日がくる。
でも、それも仕方のないことだ。だって、彼との別れから、もう一年が経とうとしているのだ。
彼はまだ、あの暗がりの部屋でたたずんでいるのだろうか。
それとも、忙しなく働いているのか。
……あるいは、サヨのことを思い出してくれる日もあるのだろうか。
いつかまた会える。その言葉を信じ、過ごしてきて。
ディルの言葉は正しくて、直接会えずとも彼の存在は感じられる。
定期的に手袋をはじめとした贈り物が送られてくるし、それに――。
……正式な縁組みは認められ、春になれば、サヨはかの地へ嫁にいく。
それでもいまだに実感が湧かない。
ずっと彼に会えないまま、環境だけが整いつつあって。
屋敷の者たちがそわそわしていて、嫁入りの準備だって進められている。
あと季節ひとつ分。
それはわかっているのに。
「会いたい」
声が聞きたい。
少し、髪がのびた。
彼はずっと気に病んでいたから、ちょっとは安心してくれるかもしれない。
彼の頬は治っているかな。
最後に見たのがあの痛そうな顔だったのが懐かしい。綺麗な顔をしているし、素敵な言葉をくれたけど、ちょっとだけ締まりが悪かった。そんなところも肩をすくめて笑ってみせる彼がとても好きで――。
「会いたいな……」
あとすこし。
あと、季節はひとつ。
*
日、数える。
そして、春。
ふたたび、淡い桜の花が色づく季節になった。
トキノオはいつものように、花を愛でる穏やかな季節に……、
「鋭! 鋭!」
「応!!」
……なろうはずもなく。
静かな夜に震え、肌寒さに気がつかないふりをして眠る日ももう終わり。……終わり、ではあるのだけれども。
サヨは頭を抱えたい気持ちになりながら、威勢の良い男たちの様子を呆然と見ていた。
野太い声がこだまする。
誰もが表情をかたく、真剣な様子で城の守りについている。
そこここに桜の木が色づき、淡くはなやかな色彩に満ちた春の季節になったものの――どうにも、風流さが足りない。
ここトキノオの屋敷のあちこちで、武装した男たちが歩き回る様子が散見された。みながみな鼻息を荒くして、この気合いの入りようである。
この日は、トキノオの民にとって、ある種勝負の日であった。
門の類いは閉ざされてはいないけれども、厳戒態勢をしいて、皆、配置についている。
まさに臨戦態勢。
まもなくあらわれんとする男の存在を感じて、みな、じっと坂の下を睨みつけてきた。
この地が実際に戦場になったことはなかったけれども、今や、敵軍が攻めてきたといわんばかりの物々しさである。
「では、行って参ります! サヨ姫!」
「俺も!」
「私も!!」
トウマをはじめとした若衆が、まるで最後の挨拶かと言わんばかりに、険しい表情で頭を下げる。
「あ。ああ――みな、その。ほどほどにな?」
……のだけれども、サヨとしては素直にトウマたちを応援するわけにもいかず、肩をすくめた。というのも――、
「いいえ! 全力で参りますとも!」
「いや。あの。もう……決まっていることだし。戦ではないのだから」
「なにをおっしゃる!」
「今からでもまだ遅くない!」
「あの男を叩き出してくれる!!」
本日、捌の神の巡日――すなわち慶事に相応しき曜なり。
ゆえに、やってくるのだ――彼が。
ディルヴェルト・ディーテンハイクが。サヨのことを迎えに……!
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