【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−春−

4−4 ずっとあなたを待っていた(4)

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 一気に間合いを詰め、真っ直ぐに剣を突く。当然アキフネはこれを避け、ひらりと太刀を払った。
 ディルは体勢を低くしてその一閃を避け、そのまま足払いするが、アキフネもアキフネで後ろに跳躍し、間合いを取り直す。

 じり、じりとふたりは互いを睨み付けながら、移動する。
 ひと呼吸したのち、再び、ふたりは打ち合いをはじめた。


 誰もが呆然とふたりの戦いを見つめていた。
 力強くも、無駄のない見事な動き――まるでふたりで舞を踊っているかのような美しい型に、時折、アキフネがわざと動きを乱す。
 読めない動きにディルは顔をしかめながらも、必死でアキフネに食らいついた。

 ――ディル……!

 ビシビシと双方から飛んでくる殺気に、サヨまで体が震える。
 気がつけば、握りしめた手が汗ばんでいて。ただ唇を噛みしめ、祈るようにしてその死合を見ていた。

 サヨだって、ディルの実力はよく知っている。
 でもそれはもちろん、アキフネもなのだろう。
 ディルの力強さにアキフネは怯むどころか、むしろ圧倒する勢いだ。
 やはり父はすごいと言うべきか、ディルがさすがと言うべきか。
 サヨがまともに戦っても、どちらにも歯が立たないだろう。一年前のディルとの勝負は、彼の裏をかいたからこそなんとかなったというだけ。同じ手段は通用しない。

 背中がぞくぞくするのを感じながらも、サヨは高揚した気持ちをどうすることもできないでいた。
 ああ、どうしてあそこで戦っているのが自分ではないのだろう。
 尊敬する父と、恋い慕うひとが全力でぶつかっている。
 ぎゅっと手を握りしめ、唾を呑んだ。

 どちらが勝ってもおかしくない。
 それでも、サヨは希う。


「ディル!」

 誰もが固唾をのんで見守るなか、サヨは叫ぶ。

「ディル――お願いだっ!」

 勝って。
 私を、あなたの妻にして!

 その声が届いたのか、ディルはふっと口の端を上げた。
 彼の隙を見てアキフネが蹴り上げようとしたのを避け、体をひねってディル自身も回し蹴る。その足は綺麗な軌跡を描き、アキフネの右手に直撃する。

「!」
「うらあっ!!」

 ブン!

 アキフネの太刀が宙を飛ぶ。

 青空に輝く白刃。それはくるくるくると回転し、ざくり、と地面へと突き刺さる音が聞こえる。
 誰もが唾を飲み込んだ。
 トキノオの領主が――戦場の虎と呼ばれるあのアキフネが後ろに倒れ込んでいて。


「勝負あったな?」

 剣が、鼻先に突きつけられている。
 空色の眼光は鋭く、アキフネを睨みつけて。
 これを、ひとは覇気と呼ぶのだろう。

 けれども次の瞬間、ディルはふとその表情を緩める。

「……義父上ちちうえ? どうぞ、よろしくおねがいします」
「…………くっ……」

 にまりと笑ったディルに対し、アキフネがぎゅっと眉間に皺を寄せる。
 ぴくりとも動かずに、ただただディルを見上げて。

「テメエにそう呼ばれる日が来るとァな……」

 そのままアキフネは押し黙る。

 だれも、なにも言葉を発することなどできない。
 ただ、みな、アキフネの返事を固唾をのんで見守って――、

「……」

 無念である。その言葉をのみこみ、眉間に皺を寄せ、アキフネはその場にあぐらを組む。
 ゆっくりと頭をさげ、アキフネはただひとこと、つぶやいた。

「…………娘を、幸せにしてやってくれ」
「っ、もちろんだ……!」

 ディルはぶるぶると震えながら、頷き、構えていた剣を鞘におさめて。

「……っし!」

 次の瞬間、両の拳を握りしめる。
 そのまま彼は勢いよく振り返り、ようやくサヨの方に目を向けた。

 もちろん、サヨだってディルから目を逸らしてなんかない。
 ずっと、ずっと彼を見ていて。唇を噛みしめていて。

 立ちすくんだままでいるサヨに向かって、ディルが大股で近づいてくる。

「……っ」

 ああ、彼だ――こんな近くに、彼がいる!

「トキノオ・サヨ姫――」

 いつかのように、ディルはサヨの前に膝をつく。
 サヨはなにも言い出せないでいて、じっと彼を見つめたままで。
 ディルもその視線に気がついて、ふっと笑ってみせてくれたけれども、すぐに表情を引き締めて。
 そして己の懐に手を当てて――彼が取り出したのは、小さな箱だった。

 心臓がうるさい。
 だって。サヨはかの地の文化も勉強した。
 だからこの行為がなんなのか、わかってしまって。

 彼はぱかりとその箱をあけて、中身をサヨに掲げてみせる。


 そこには紅色の――ディーテンハイク家の石がはまった、華奢な指輪が輝いていた。

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