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−春−
4−4 ずっとあなたを待っていた(4)
しおりを挟む一気に間合いを詰め、真っ直ぐに剣を突く。当然アキフネはこれを避け、ひらりと太刀を払った。
ディルは体勢を低くしてその一閃を避け、そのまま足払いするが、アキフネもアキフネで後ろに跳躍し、間合いを取り直す。
じり、じりとふたりは互いを睨み付けながら、移動する。
ひと呼吸したのち、再び、ふたりは打ち合いをはじめた。
誰もが呆然とふたりの戦いを見つめていた。
力強くも、無駄のない見事な動き――まるでふたりで舞を踊っているかのような美しい型に、時折、アキフネがわざと動きを乱す。
読めない動きにディルは顔をしかめながらも、必死でアキフネに食らいついた。
――ディル……!
ビシビシと双方から飛んでくる殺気に、サヨまで体が震える。
気がつけば、握りしめた手が汗ばんでいて。ただ唇を噛みしめ、祈るようにしてその死合を見ていた。
サヨだって、ディルの実力はよく知っている。
でもそれはもちろん、アキフネもなのだろう。
ディルの力強さにアキフネは怯むどころか、むしろ圧倒する勢いだ。
やはり父はすごいと言うべきか、ディルがさすがと言うべきか。
サヨがまともに戦っても、どちらにも歯が立たないだろう。一年前のディルとの勝負は、彼の裏をかいたからこそなんとかなったというだけ。同じ手段は通用しない。
背中がぞくぞくするのを感じながらも、サヨは高揚した気持ちをどうすることもできないでいた。
ああ、どうしてあそこで戦っているのが自分ではないのだろう。
尊敬する父と、恋い慕うひとが全力でぶつかっている。
ぎゅっと手を握りしめ、唾を呑んだ。
どちらが勝ってもおかしくない。
それでも、サヨは希う。
「ディル!」
誰もが固唾をのんで見守るなか、サヨは叫ぶ。
「ディル――お願いだっ!」
勝って。
私を、あなたの妻にして!
その声が届いたのか、ディルはふっと口の端を上げた。
彼の隙を見てアキフネが蹴り上げようとしたのを避け、体をひねってディル自身も回し蹴る。その足は綺麗な軌跡を描き、アキフネの右手に直撃する。
「!」
「うらあっ!!」
ブン!
アキフネの太刀が宙を飛ぶ。
青空に輝く白刃。それはくるくるくると回転し、ざくり、と地面へと突き刺さる音が聞こえる。
誰もが唾を飲み込んだ。
トキノオの領主が――戦場の虎と呼ばれるあのアキフネが後ろに倒れ込んでいて。
「勝負あったな?」
剣が、鼻先に突きつけられている。
空色の眼光は鋭く、アキフネを睨みつけて。
これを、ひとは覇気と呼ぶのだろう。
けれども次の瞬間、ディルはふとその表情を緩める。
「……義父上? どうぞ、よろしくおねがいします」
「…………くっ……」
にまりと笑ったディルに対し、アキフネがぎゅっと眉間に皺を寄せる。
ぴくりとも動かずに、ただただディルを見上げて。
「テメエにそう呼ばれる日が来るとァな……」
そのままアキフネは押し黙る。
だれも、なにも言葉を発することなどできない。
ただ、みな、アキフネの返事を固唾をのんで見守って――、
「……」
無念である。その言葉をのみこみ、眉間に皺を寄せ、アキフネはその場にあぐらを組む。
ゆっくりと頭をさげ、アキフネはただひとこと、つぶやいた。
「…………娘を、幸せにしてやってくれ」
「っ、もちろんだ……!」
ディルはぶるぶると震えながら、頷き、構えていた剣を鞘におさめて。
「……っし!」
次の瞬間、両の拳を握りしめる。
そのまま彼は勢いよく振り返り、ようやくサヨの方に目を向けた。
もちろん、サヨだってディルから目を逸らしてなんかない。
ずっと、ずっと彼を見ていて。唇を噛みしめていて。
立ちすくんだままでいるサヨに向かって、ディルが大股で近づいてくる。
「……っ」
ああ、彼だ――こんな近くに、彼がいる!
「トキノオ・サヨ姫――」
いつかのように、ディルはサヨの前に膝をつく。
サヨはなにも言い出せないでいて、じっと彼を見つめたままで。
ディルもその視線に気がついて、ふっと笑ってみせてくれたけれども、すぐに表情を引き締めて。
そして己の懐に手を当てて――彼が取り出したのは、小さな箱だった。
心臓がうるさい。
だって。サヨはかの地の文化も勉強した。
だからこの行為がなんなのか、わかってしまって。
彼はぱかりとその箱をあけて、中身をサヨに掲げてみせる。
そこには紅色の――ディーテンハイク家の石がはまった、華奢な指輪が輝いていた。
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