【R18】サムライ姫はウエディングドレスを望まない

浅岸 久

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−春−

4−3 ずっとあなたを待っていた(3)

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 坂の下から響く男たちの声がどんどん近づいてくる。
 それだけでサヨはそわそわしてしまい、手を上げたり下げたり、背伸びしたり、足踏みしたり忙しい。

 クソ! とか、チクショウ! とか、トキノオ男子の声が響く。
 トキノオの姫君としては、トキノオの男たちがたったひとりのシルギアの男にのされていくのを悔しがるべきなのだろう。
 けれども――、

 ――もうすぐ、ディルが……!

 どうしようもないほどに、胸が高鳴っている。
 そう。サヨは期待してしまっている。

 一年と少し――ほんとうに、長い間会えなかった。
 文のやりとりはしていたけれども、それも全部、国を介した正式なもの。やりとりをするには時間もかかるし、内容だって制限される。
 彼はたくさん――恥ずかしいくらい、たくさんの愛の言葉をくれたけれど――そうじゃなくて、やっぱり、サヨは――。


「くっ! ここは通さんっ!!」

 いよいよトウマの声が聞こえてハッとする。

 正装で、走りにくいけど――気がつけばサヨは、必死で、坂の下がよく見えるところまで走っていて――!

「…………っ! ディル!」

 叫んでいた。


 ガッシリとした体躯の、肌の白い男――ふわりと柔らかな黒髪が風に揺れ、空色の瞳が敵を見定めて――揺れる。
 血気盛んな男たちに目もくれず、彼の視線は声の主を探し――目があった。

「――サヨ!」

 ああ!
 彼だ!
 ディルが、名前を呼んでくれた!

 歓喜に打ち震えて口もとを押さえる。
 彼が贈ってくれた白い手袋をはめた手を重ね、サヨは大きく頷いて。

「待たせた、サヨ!」

 ディルはトキノオの男など、よそ見していても対処できると言わんばかりに、豪快に笑う。


 うん。
 もう一度、頷く。
 うん。うん。

「……待ってた!」
「ああ!」

 お腹の底から声を張り上げて叫ぶ。
 ふわりと桜吹雪の舞う坂道で、彼は力強く構え、対峙しているトウマに笑いかけた。

「サヨが見ている。かっこ悪いところは見せられないな」
「なにおう!」
「君にはサヨを支えてもらった恩もあるが――捻らせてもらおう!」

 そう言いながらディルは一気に間を詰める。
 ここでようやく、サヨは気がついた。どうやら彼は、武器を手にしていないらしい。だから一切金属音が聞こえてこなかったのか!


 模擬刀を構えるトウマたちの間合いに踏み込み、彼は躊躇することなく攻め続ける。――というよりも、一撃だった。
 この一年、トウマがどれほど修練を積んできたかはサヨが一番知っているけれども、それでも歯が立たない。それほどにあっさり、ディルはトウマの手元を蹴りとばした。

「っ!」

 模擬刀が宙に飛ばされ、トウマは目を丸くする。
 そして息を呑んだ彼に向かって、ディルは容赦なく体当たりをした。すると、近くで臨戦態勢になっていた若者たちまで巻き添えになり、そろって倒れ込む。

「っし! あと少しだ!」

 呆然とするトウマに笑いかけたのち、ディルはサヨの顔を見た。
 そのまま大股で坂道を駆け上がる!

 ふわりと、風が吹いた。
 淡い桜の花びらが流れる。

 いつか約束した。桜の花びらが散る頃までに。
 一年経ってしまったけれど、サヨの心は決まっている!

 サヨの横を通り過ぎ、彼はウインクしてみせる。

「いますぐケリつけてくるご挨拶してくるから。ちょっと待ってろな?」

 なんて格好つけて言い放って。
 軽く頭を撫でて、サヨを抜き去って――。


 桜がぐるりと咲き誇る屋敷の庭。
 そこに立ちふさがる、トキノオ家の当主アキフネ。
 ディルはアキフネの間合いぎりぎりで立ち止まり、堂々と宣言した。

「シルギア王国ガルトニーレ辺境領領主ディルヴェルト・ディーテンハイク! トキノオ・サヨ姫との婚姻の許可を頂きたく、ご挨拶に伺った!」



「ふん、ようやく来たか」
「オレのご挨拶との勝負、受けてくださいますね?」

 ディルはにっこりと笑顔を貼り付けながら宣言する。
 言葉づかいこそ丁寧だけれども、ディルから発せられる気も尋常ではない。

 ガルトニーレ辺境領の領主と、トキノオの領主。――どちらも、いち時代を築いた両国の英雄同士だ。世界中どこを探しても、これほどの実力の者が一騎打ちをする場面だなんて見られないだろう。
 ディルにあっさりと倒された者たちも、勝負の行方が気になるのか、ぞくぞくと坂道を上がってくる。
 いつの間にかトキノオの者もシルギアの供も関係なく、みな興味深そうにディルたちを取り囲んでいた。

「父上っ! 僕が! 先に僕がっ!!」
「はやるな、チアキ。こうなれば父に任せてくれんか、ナァ?」

 くっくっく、と笑いながら、アキフネはチアキの頭を撫でる。
 そうして、腰に佩いた太刀に手をかけ、すらりと抜き取る。ディルもまた、同じように剣を抜いた。


 張り詰めた空気の中、ふたりはジリジリと間合いを読みながら、睨みつける。
 誰もが固唾を飲んで見守っている。
 音ひとつない空間で。

 ひらり。

 ふたりの間に、桜の花びらが一枚、流れて――。


 先に動いたのはディルの方だった。

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