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第一章 学園編
1.勇者一族の恥さらし1
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「おい……あれ〝勇者一族の恥さらし〟じゃねぇか?」
何気ない呟きが、誰かの耳には鮮烈に響いた。誰かにとっては心を抉られるような。そして誰かにとっては、心底どうでもいいと思える。そんな呟きである。
――勇者一族の恥さらし。そう呼ばれた彼は、今にも瞼が閉じてしまいそうな程の眠気と、けだるい身体を引き連れて、景気の良い舌打ちをかます。
一七五センチの背丈。アーモンド色のくせっ毛は短く切り揃えており、髪型に頓着は無い。伏し目がちな瞼の奥に潜む瞳は紫色で、どこか妖艶さを物語っている。
だが、放つ雰囲気やその表情からは、けだるそうな印象しか覚えられないので、絶世の美丈夫というわけでもない。
彼――名をユウタロウ。
好奇の視線を目一杯集め、〝勇者一族の恥さらし〟と罵られるユウタロウは、この居心地の悪い学園に足を踏み入れたことを、早速後悔し始める。
そして同時に、今自分がこんな目に遭う羽目になった今朝の出来事を、ゆっくりと思い起こすのだった。
********
カーテンの隙間から差し込む、心地の良い暖かな朝陽。眠っていたとしても、それを感じるのは容易である。
毛布の柔らかな肌触りも、隣で眠る愛しい存在の温もりも。ユウタロウは全て感じ取っていた。
このままずっとこうしていたい。そう思えるベッドの中、彼の耳に柔らかな声が届く。
「ユウタロウくーん?チサトちゃーん?もう朝だよぉ、起きて~」
途端、寝所の扉が開かれる。伸びやかな声から逃れる為、ユウタロウは鬱陶しそうに毛布に包まった。
声の主はお構いなしに侵入すると、何の躊躇いも無く、二人の人間が現在進行形で眠っているベッドの上を足の踏み台にした。そのまま、バサッとカーテンを全開にする。刹那、遮る物を失ったことで、容赦のない朝陽がユウタロウたちを襲う。
忌々し気に瞼を開くと、自身を見下ろしてくる声の主が眼前に現れた。
百七十センチの背丈に、細い身体、白い肌。サラリとしたクリーム色の髪は、うなじが隠れる程の長さで流している。
温和な雰囲気が犇々と伝わってくる垂れ目で、その瞳は透き通るような碧眼。
彼の名前はロクヤ。訳あって、ユウタロウたちと同じ住まいで生活している男だ。
「ユウタロウくんっ、早く起きて……ほらチサトちゃんも!」
まるで保護者のように世話を焼くロクヤの気持ちなどお構いなし。ユウタロウは起きようとする気配が一切無い。
一方、ユウタロウに密着しながら、あられもない姿で寝息を立てていた彼女――チサトはゆっくりと身体を起こした。
毛布で隠しているとは言え、全裸に変わりは無いのでチサトは今、中々刺激的な姿をしている。だが、彼女たちが全裸で眠っていることなど日常茶飯事なので、ロクヤがこの程度で狼狽えることは無い。
「ん……あれ……ロクヤちゃん、どうしたの?寝所に潜り込むなんて……私と、目合いたいの?」
「もう何言ってんの?堂々と浮気宣言するんじゃありません!……寝ぼけてるでしょ、チサトちゃん……冗談でもそういうことユウタロウくんの前で言わないでよね。俺が殺されるんだから」
「そんぐらいで殺さねぇよ」
「あ、起きた……おはよう。ユウタロウくん、チサトちゃん」
チサトとロクヤの下らない会話で目が覚めたのか、ユウタロウはツッコみを入れつつ身体を起こした。大きな欠伸をかきつつ、頭を掻きむしる。
下半身を毛布で隠しているので、上半身裸のような状態である。多くの古傷を抱えた筋肉質な身体は、歴戦の証。チサトはそんな彼の身体にポーっと見惚れている。
「もう……二人ともまたそんな格好で寝て……風邪でもひいたらどうするの?」
「この状況でそんな心配すんのはてめぇだけだよ」
裸の男女が同じベッドの上で寝ていれば、誰だってそこに至るまでの行為を想像してしまい、少しは慌てふためくものだ。それをすっ飛ばし、二人の体調を心配するロクヤはなかなか異常なのである。
「ん?あぁ……それにしても、相変わらずラブラブだね」
「んふふ、羨ましい?」
「きめぇんだよ、チサト。さっさと服着ろ」
「はぁい♡」
罵られたというのに何故か嬉しそうなチサトは、猫なで声で返事をする。
百六十センチの背丈に、スラリとした身体。ふくらはぎまで伸びたシルバーの髪は、艶やかで美しい。白い肌に映える、エメラルドの瞳はパッチリと大きく、長い睫毛が影を落としている。
彼女はユウタロウに言われるがまま、少しずつその素肌を隠していった。
「なぁロクヤ。俺のパンツ知らね?」
「知らないよ。そこら辺に脱ぎ捨てるのが悪い。自分で探しなさい」
辺りをキョロキョロと見回すと「あ、あったあった」と呟きつつ、ユウタロウは探し物を見つけた。
「――てか、まだ朝じゃねぇか。何で起こした」
「もう朝、だよ。まったく……忘れたの?今日は学園の入学式なんだよ?」
「行く必要ねぇだろうが」
「一応君、新入生っていうことになってるんだから、行った方が良いと思うけど?」
「どうせまた留年するんだ。行くだけ無駄」
学園というのは、ユウタロウの通っている〝国立操志者育成学園〟のことで、彼らが住まうアオノクニにおいて、最も有名な学園でもある。
操志者というのは、この世界――アンレズナに存在する、ジルと呼ばれる物質を操ることの出来る生命体のことである。
因みにジルとは、この世界において最も重要と言っても過言でもないエネルギーの様なものだ。そして、そのジルを操ることが出来れば、様々な力を得ることが出来る。
アンレズナに生きる人間の四割は操志者なので珍しい存在では無いが、どこにでもいる訳でもない。その上操志者は万能なので、専門の学び舎に通って才能を伸ばすことを推奨されているのだ。
そして、その学園の生徒であるユウタロウも当然操志者である。だがこの男、十五歳の時に学園に入学して以来、一度も進級しておらず、留年を重ねに重ね、二一歳になった今でも未だ一年生なのだ。
「そうやって最初から諦めているから、いつまで経っても卒業できないんじゃないか。ユウタロウくんが本気を出せば、飛び級で卒業することだって……」
「お前の小言はもういい。……はぁ、ったく……行けばいいんだろ?行けば」
「分かればよろしい」
これ以上ロクヤと口論するのが面倒だったのか、ユウタロウは投げやりな態度で制服に着替え始める。二人が言い合っている間にほとんどの着替えを終えていたチサトも、件の学園の制服に身を纏っていた。
彼女は学園の生徒というわけでは無いのだが、特例としてユウタロウと行動を共にすることを許されているのだ。彼女の制服も、そのオプションである。
「ユウちゃ~ん……行くなら早く朝ご飯食べましょー」
「ロクヤ。今日の朝飯何?」
「えっとね、パンとサラダと……って……ち、チサトちゃんっ!」
「んぅ?」
答えるついでに寝所を片付け始めたロクヤは突然、重大な何かに気づいたように大声を上げた。そんな彼の手には女性物の白い下着が握られている。ロクヤの大声に導かれた二人の視線は、面白いほど彼の手元に集中している。
「パンツ!パンツ忘れてる!」
次の瞬間、全員の視線がチサトの下半身に向けられる。制服のスカートに隠されたその真実に誰もが言葉を失い、気まずい沈黙が一瞬生まれた。
「え……あ、ホントだぁ……履くの忘れてたわ」
「ノーパンって、痴女かよ。きしょ」
「ユウタロウくん言い過ぎ」
「ロクヤちゃん履かせてぇ」
「駄目です。自分で履きなさい」
お得意の猫なで声で懇願されるが、ロクヤはピシリと厳しい声でそれを拒否した。
バタバタしながらも何とか彼らは朝支度を済ませ、ロクヤに見送られつつ、学園へと向かうのだった。
********
そして現在。ユウタロウは早速、学園の入学式に出席したことを後悔していた。
入学式自体に問題があった訳ではない。ユウタロウは基本的に、そういった式では狸寝入りを決め込む質なので、入学式は滞りなく終わった。
問題――事件は入学式の後に発生した。
「見ろよあれ。勇者一族の恥さらしだぞ」
「あぁ……勇者一族始まって以来の不良品っていう?」
「よく学園に来られるよな……もう六度留年しているって聞いたけど」
「余程実力が備わってないんだろうな」
「なら何でそんな奴が勇者に選ばれたんだよ?」
「選定戦に出場した奴が全員雑魚だったんじゃね?それかインチキ使ったとか」
絶え間なく聞こえてくる野次馬の声。何も知らない者たちによる噂話に、根も葉もない嘲り。それら全てをユウタロウは無視する。慣れているからだ。
見下されることも。上辺だけで判断されることも。勇者一族の恥さらしと呼ばれることも。
入学式に出たのだからもういいだろう。そんな自分基準の解釈をしたユウタロウは、早速授業をサボる為、手頃な場所を探していたのだが……。
その道中、思いがけずに注目を集めてしまい、ユウタロウは顔を顰めた。
一方。彼と腕を組んでいるチサトは、その念だけで人一人殺めてしまいそうな睨みを野次馬に向けており、ユウタロウに対する思いが犇々と伝わってくる。
チサトは言ってやりたかった。
「ユウタロウは、お前ら有象無象如きが軽んじて良い様な存在ではない」と。
「お前らがそうして下劣な笑みを浮かべていられるのは、ユウタロウの慈悲があるからなのだ」と。
そんな本音全てをぶちまけてやりたかった。
だが、そんなことをしても根本的な解決には至らないと理解しているからこそ、チサトは歯を食いしばって耐えることしか出来ないのだ。
「――おい、そこのお前!」
不意に、耳障りな呼びかけが届く。だがユウタロウはいつも通り無視し、その歩みを止めない。
声をかけた男は、ユウタロウが何の反応も示さなかったことに苛立ち、彼らの行く手を阻んだ。
鬱陶しそうに目の前の相手を見据えるユウタロウ。見たところ、学園に入学したばかりの一年生と思われた。
「邪魔」
「っ……」
ぶっきら棒でありながら、舌鋒鋭くユウタロウは言った。まるで相手にされていないことを思い知らされ、目の前の彼は顔を歪ませる。
「貴様だな?誇り高き勇者一族の名を貶めているという、勇者一族の恥さらし――ユウタロウは」
「だったらなに?」
「っ……貴様の様な実力も備わらない男が勇者だなんて、俺は絶対に認めんぞ!」
「「…………」」
ユウタロウとチサトは思った。この男は何を言っているのだ、と。
ビシッとユウタロウを指差し、踏ん反り返りながら堂々と言われても、彼が期待する様な応答は出来ないのだが。そんな困惑の声が聞こえてきそうな程、ユウタロウは呆れの籠った瞳をしている。
「認めないも何も、俺は勇者選定戦で優勝した、正真正銘の勇者だ。それを否定するということは、勇者一族全てに対する宣戦布告と思われても仕方無いと思うが、その覚悟はあるのか?」
「っ、そうではない!俺は貴様に騙されている勇者一族の目を覚まさせるため、ここで貴様の化けの皮を剥いでやりに来たのだ!ここで俺と勝負しろ!」
「いつの時代の不良だよ……ったく」
彼が大声を出したことで、徐々に喧騒が広がり、当初よりも多くの野次馬が彼らの周りに集まってしまう。
面倒なことになった。と、ユウタロウはため息をつく。こんな訳の分からない相手に構ってやる必要性は皆無なので、さっさとこの場から立ち去ろうと、ユウタロウはチサトの手を引く。
「おい待て!逃げるのか!?」
「もうそれでいいから俺らに構うな。時間の無駄」
「っ……」
今更、新入生との決闘から逃げた臆病者というレッテルが追加されたところで、ユウタロウは特に何も思わない。チサトやロクヤを始めとした、彼と親しい人物であれば憤慨するだろうが。
自身の望む展開に持ち込めず、彼はその苛立ちを表情に覗かせると、咄嗟にチサトの腕を掴んだ。
――刹那、ユウタロウの雰囲気が一変する。
今までのけだるそうな、全てに対する興味をどこかに捨ててきたような。その覇気のない瞳に、感情の光が灯ったのだ。
灯った感情は、彼に対する敵愾心と、純粋な怒り。その一点に尽きた。
だが、その変化に気づけていない哀れな新入生は、彼女の腕を掴んだまま言い募る。
「ちょっと……私に触っていいのはユウちゃんとロクヤちゃんだけで……」
「あなたは何故、このような男と共にいるのだ?まさかこの男に脅されて、強制されているのでは?もしそうなら俺が助けを……」
「おい、てめぇ……」
「「っ」」
その一瞬だけで全身が粟立つほど、殺気の込められた、低く唸るような声に、全員がビクッと身体を震わせた。あまりの恐怖に、殺気を向けられた新入生だけではなく、好き勝手にその様子を眺めていた野次馬たちも顔を真っ青にしている。それこそが、ユウタロウの放った殺気の鋭さを物語っていた。
一方。この場で唯一、恍惚とした表情でユウタロウを見上げるチサトは、潤んだ瞳にハートマークを浮かべていた。
「俺の許可なく、俺のもんに触るじゃねぇ……殺すぞ」
「っ……!……それは、俺との勝負を受けてくれるという解釈でいいのか?」
膝から崩れ落ちてしまいそうな、強烈な殺気に耐えながら、新入生は何とか声を発した。全くの無関心よりは、敵意を向けられた方が余程マシなので、新入生はこれを好機と捉えたのだ。
「あぁ。てめぇの下らないお遊びに、俺様が付き合ってやるよ」
挑発するような、不遜な態度で言ってのけるユウタロウを前に、新入生は悔しさで眉を顰めるのだった。
何気ない呟きが、誰かの耳には鮮烈に響いた。誰かにとっては心を抉られるような。そして誰かにとっては、心底どうでもいいと思える。そんな呟きである。
――勇者一族の恥さらし。そう呼ばれた彼は、今にも瞼が閉じてしまいそうな程の眠気と、けだるい身体を引き連れて、景気の良い舌打ちをかます。
一七五センチの背丈。アーモンド色のくせっ毛は短く切り揃えており、髪型に頓着は無い。伏し目がちな瞼の奥に潜む瞳は紫色で、どこか妖艶さを物語っている。
だが、放つ雰囲気やその表情からは、けだるそうな印象しか覚えられないので、絶世の美丈夫というわけでもない。
彼――名をユウタロウ。
好奇の視線を目一杯集め、〝勇者一族の恥さらし〟と罵られるユウタロウは、この居心地の悪い学園に足を踏み入れたことを、早速後悔し始める。
そして同時に、今自分がこんな目に遭う羽目になった今朝の出来事を、ゆっくりと思い起こすのだった。
********
カーテンの隙間から差し込む、心地の良い暖かな朝陽。眠っていたとしても、それを感じるのは容易である。
毛布の柔らかな肌触りも、隣で眠る愛しい存在の温もりも。ユウタロウは全て感じ取っていた。
このままずっとこうしていたい。そう思えるベッドの中、彼の耳に柔らかな声が届く。
「ユウタロウくーん?チサトちゃーん?もう朝だよぉ、起きて~」
途端、寝所の扉が開かれる。伸びやかな声から逃れる為、ユウタロウは鬱陶しそうに毛布に包まった。
声の主はお構いなしに侵入すると、何の躊躇いも無く、二人の人間が現在進行形で眠っているベッドの上を足の踏み台にした。そのまま、バサッとカーテンを全開にする。刹那、遮る物を失ったことで、容赦のない朝陽がユウタロウたちを襲う。
忌々し気に瞼を開くと、自身を見下ろしてくる声の主が眼前に現れた。
百七十センチの背丈に、細い身体、白い肌。サラリとしたクリーム色の髪は、うなじが隠れる程の長さで流している。
温和な雰囲気が犇々と伝わってくる垂れ目で、その瞳は透き通るような碧眼。
彼の名前はロクヤ。訳あって、ユウタロウたちと同じ住まいで生活している男だ。
「ユウタロウくんっ、早く起きて……ほらチサトちゃんも!」
まるで保護者のように世話を焼くロクヤの気持ちなどお構いなし。ユウタロウは起きようとする気配が一切無い。
一方、ユウタロウに密着しながら、あられもない姿で寝息を立てていた彼女――チサトはゆっくりと身体を起こした。
毛布で隠しているとは言え、全裸に変わりは無いのでチサトは今、中々刺激的な姿をしている。だが、彼女たちが全裸で眠っていることなど日常茶飯事なので、ロクヤがこの程度で狼狽えることは無い。
「ん……あれ……ロクヤちゃん、どうしたの?寝所に潜り込むなんて……私と、目合いたいの?」
「もう何言ってんの?堂々と浮気宣言するんじゃありません!……寝ぼけてるでしょ、チサトちゃん……冗談でもそういうことユウタロウくんの前で言わないでよね。俺が殺されるんだから」
「そんぐらいで殺さねぇよ」
「あ、起きた……おはよう。ユウタロウくん、チサトちゃん」
チサトとロクヤの下らない会話で目が覚めたのか、ユウタロウはツッコみを入れつつ身体を起こした。大きな欠伸をかきつつ、頭を掻きむしる。
下半身を毛布で隠しているので、上半身裸のような状態である。多くの古傷を抱えた筋肉質な身体は、歴戦の証。チサトはそんな彼の身体にポーっと見惚れている。
「もう……二人ともまたそんな格好で寝て……風邪でもひいたらどうするの?」
「この状況でそんな心配すんのはてめぇだけだよ」
裸の男女が同じベッドの上で寝ていれば、誰だってそこに至るまでの行為を想像してしまい、少しは慌てふためくものだ。それをすっ飛ばし、二人の体調を心配するロクヤはなかなか異常なのである。
「ん?あぁ……それにしても、相変わらずラブラブだね」
「んふふ、羨ましい?」
「きめぇんだよ、チサト。さっさと服着ろ」
「はぁい♡」
罵られたというのに何故か嬉しそうなチサトは、猫なで声で返事をする。
百六十センチの背丈に、スラリとした身体。ふくらはぎまで伸びたシルバーの髪は、艶やかで美しい。白い肌に映える、エメラルドの瞳はパッチリと大きく、長い睫毛が影を落としている。
彼女はユウタロウに言われるがまま、少しずつその素肌を隠していった。
「なぁロクヤ。俺のパンツ知らね?」
「知らないよ。そこら辺に脱ぎ捨てるのが悪い。自分で探しなさい」
辺りをキョロキョロと見回すと「あ、あったあった」と呟きつつ、ユウタロウは探し物を見つけた。
「――てか、まだ朝じゃねぇか。何で起こした」
「もう朝、だよ。まったく……忘れたの?今日は学園の入学式なんだよ?」
「行く必要ねぇだろうが」
「一応君、新入生っていうことになってるんだから、行った方が良いと思うけど?」
「どうせまた留年するんだ。行くだけ無駄」
学園というのは、ユウタロウの通っている〝国立操志者育成学園〟のことで、彼らが住まうアオノクニにおいて、最も有名な学園でもある。
操志者というのは、この世界――アンレズナに存在する、ジルと呼ばれる物質を操ることの出来る生命体のことである。
因みにジルとは、この世界において最も重要と言っても過言でもないエネルギーの様なものだ。そして、そのジルを操ることが出来れば、様々な力を得ることが出来る。
アンレズナに生きる人間の四割は操志者なので珍しい存在では無いが、どこにでもいる訳でもない。その上操志者は万能なので、専門の学び舎に通って才能を伸ばすことを推奨されているのだ。
そして、その学園の生徒であるユウタロウも当然操志者である。だがこの男、十五歳の時に学園に入学して以来、一度も進級しておらず、留年を重ねに重ね、二一歳になった今でも未だ一年生なのだ。
「そうやって最初から諦めているから、いつまで経っても卒業できないんじゃないか。ユウタロウくんが本気を出せば、飛び級で卒業することだって……」
「お前の小言はもういい。……はぁ、ったく……行けばいいんだろ?行けば」
「分かればよろしい」
これ以上ロクヤと口論するのが面倒だったのか、ユウタロウは投げやりな態度で制服に着替え始める。二人が言い合っている間にほとんどの着替えを終えていたチサトも、件の学園の制服に身を纏っていた。
彼女は学園の生徒というわけでは無いのだが、特例としてユウタロウと行動を共にすることを許されているのだ。彼女の制服も、そのオプションである。
「ユウちゃ~ん……行くなら早く朝ご飯食べましょー」
「ロクヤ。今日の朝飯何?」
「えっとね、パンとサラダと……って……ち、チサトちゃんっ!」
「んぅ?」
答えるついでに寝所を片付け始めたロクヤは突然、重大な何かに気づいたように大声を上げた。そんな彼の手には女性物の白い下着が握られている。ロクヤの大声に導かれた二人の視線は、面白いほど彼の手元に集中している。
「パンツ!パンツ忘れてる!」
次の瞬間、全員の視線がチサトの下半身に向けられる。制服のスカートに隠されたその真実に誰もが言葉を失い、気まずい沈黙が一瞬生まれた。
「え……あ、ホントだぁ……履くの忘れてたわ」
「ノーパンって、痴女かよ。きしょ」
「ユウタロウくん言い過ぎ」
「ロクヤちゃん履かせてぇ」
「駄目です。自分で履きなさい」
お得意の猫なで声で懇願されるが、ロクヤはピシリと厳しい声でそれを拒否した。
バタバタしながらも何とか彼らは朝支度を済ませ、ロクヤに見送られつつ、学園へと向かうのだった。
********
そして現在。ユウタロウは早速、学園の入学式に出席したことを後悔していた。
入学式自体に問題があった訳ではない。ユウタロウは基本的に、そういった式では狸寝入りを決め込む質なので、入学式は滞りなく終わった。
問題――事件は入学式の後に発生した。
「見ろよあれ。勇者一族の恥さらしだぞ」
「あぁ……勇者一族始まって以来の不良品っていう?」
「よく学園に来られるよな……もう六度留年しているって聞いたけど」
「余程実力が備わってないんだろうな」
「なら何でそんな奴が勇者に選ばれたんだよ?」
「選定戦に出場した奴が全員雑魚だったんじゃね?それかインチキ使ったとか」
絶え間なく聞こえてくる野次馬の声。何も知らない者たちによる噂話に、根も葉もない嘲り。それら全てをユウタロウは無視する。慣れているからだ。
見下されることも。上辺だけで判断されることも。勇者一族の恥さらしと呼ばれることも。
入学式に出たのだからもういいだろう。そんな自分基準の解釈をしたユウタロウは、早速授業をサボる為、手頃な場所を探していたのだが……。
その道中、思いがけずに注目を集めてしまい、ユウタロウは顔を顰めた。
一方。彼と腕を組んでいるチサトは、その念だけで人一人殺めてしまいそうな睨みを野次馬に向けており、ユウタロウに対する思いが犇々と伝わってくる。
チサトは言ってやりたかった。
「ユウタロウは、お前ら有象無象如きが軽んじて良い様な存在ではない」と。
「お前らがそうして下劣な笑みを浮かべていられるのは、ユウタロウの慈悲があるからなのだ」と。
そんな本音全てをぶちまけてやりたかった。
だが、そんなことをしても根本的な解決には至らないと理解しているからこそ、チサトは歯を食いしばって耐えることしか出来ないのだ。
「――おい、そこのお前!」
不意に、耳障りな呼びかけが届く。だがユウタロウはいつも通り無視し、その歩みを止めない。
声をかけた男は、ユウタロウが何の反応も示さなかったことに苛立ち、彼らの行く手を阻んだ。
鬱陶しそうに目の前の相手を見据えるユウタロウ。見たところ、学園に入学したばかりの一年生と思われた。
「邪魔」
「っ……」
ぶっきら棒でありながら、舌鋒鋭くユウタロウは言った。まるで相手にされていないことを思い知らされ、目の前の彼は顔を歪ませる。
「貴様だな?誇り高き勇者一族の名を貶めているという、勇者一族の恥さらし――ユウタロウは」
「だったらなに?」
「っ……貴様の様な実力も備わらない男が勇者だなんて、俺は絶対に認めんぞ!」
「「…………」」
ユウタロウとチサトは思った。この男は何を言っているのだ、と。
ビシッとユウタロウを指差し、踏ん反り返りながら堂々と言われても、彼が期待する様な応答は出来ないのだが。そんな困惑の声が聞こえてきそうな程、ユウタロウは呆れの籠った瞳をしている。
「認めないも何も、俺は勇者選定戦で優勝した、正真正銘の勇者だ。それを否定するということは、勇者一族全てに対する宣戦布告と思われても仕方無いと思うが、その覚悟はあるのか?」
「っ、そうではない!俺は貴様に騙されている勇者一族の目を覚まさせるため、ここで貴様の化けの皮を剥いでやりに来たのだ!ここで俺と勝負しろ!」
「いつの時代の不良だよ……ったく」
彼が大声を出したことで、徐々に喧騒が広がり、当初よりも多くの野次馬が彼らの周りに集まってしまう。
面倒なことになった。と、ユウタロウはため息をつく。こんな訳の分からない相手に構ってやる必要性は皆無なので、さっさとこの場から立ち去ろうと、ユウタロウはチサトの手を引く。
「おい待て!逃げるのか!?」
「もうそれでいいから俺らに構うな。時間の無駄」
「っ……」
今更、新入生との決闘から逃げた臆病者というレッテルが追加されたところで、ユウタロウは特に何も思わない。チサトやロクヤを始めとした、彼と親しい人物であれば憤慨するだろうが。
自身の望む展開に持ち込めず、彼はその苛立ちを表情に覗かせると、咄嗟にチサトの腕を掴んだ。
――刹那、ユウタロウの雰囲気が一変する。
今までのけだるそうな、全てに対する興味をどこかに捨ててきたような。その覇気のない瞳に、感情の光が灯ったのだ。
灯った感情は、彼に対する敵愾心と、純粋な怒り。その一点に尽きた。
だが、その変化に気づけていない哀れな新入生は、彼女の腕を掴んだまま言い募る。
「ちょっと……私に触っていいのはユウちゃんとロクヤちゃんだけで……」
「あなたは何故、このような男と共にいるのだ?まさかこの男に脅されて、強制されているのでは?もしそうなら俺が助けを……」
「おい、てめぇ……」
「「っ」」
その一瞬だけで全身が粟立つほど、殺気の込められた、低く唸るような声に、全員がビクッと身体を震わせた。あまりの恐怖に、殺気を向けられた新入生だけではなく、好き勝手にその様子を眺めていた野次馬たちも顔を真っ青にしている。それこそが、ユウタロウの放った殺気の鋭さを物語っていた。
一方。この場で唯一、恍惚とした表情でユウタロウを見上げるチサトは、潤んだ瞳にハートマークを浮かべていた。
「俺の許可なく、俺のもんに触るじゃねぇ……殺すぞ」
「っ……!……それは、俺との勝負を受けてくれるという解釈でいいのか?」
膝から崩れ落ちてしまいそうな、強烈な殺気に耐えながら、新入生は何とか声を発した。全くの無関心よりは、敵意を向けられた方が余程マシなので、新入生はこれを好機と捉えたのだ。
「あぁ。てめぇの下らないお遊びに、俺様が付き合ってやるよ」
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