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第一章 学園編
10.白髪の青年1
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「簡単に説明するとっ、生徒同士の乱闘騒ぎが起きてしまいまして……」
「乱闘?」
ティンベルの横を走りながら、ユウタロウは尋ねた。
「正確には乱闘ではありません。あれは最早……リンチです」
「っ……どういうことだ?」
「詳細は割愛しますが、数人の生徒が一人の生徒に対して暴行を加えており、蹂躙のような状態で……」
「周りの奴らは何してやがんだよ」
「その……被害を受けている生徒は、周囲からも忌避されていて……助けようとする人があまりおらず……」
「……苛めか」
呆れと落胆の入り混じる声でユウタロウが推察すると、ティンベルは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
「端的に申し上げると、そうです。私如きの戦闘力では、とてもあれを抑え込む自信がなく……」
「それで俺に何とかしろと?」
「はい…………あっ!あれです!」
大体の状況を把握したその時、ティンベルは忙しない足に急ブレーキをかけた。
ティンベルが指差す方に視線を向けると、ユウタロウはその酸鼻且つ不愉快な光景を前に思いきり眉を顰める。
一方的に殴られ、蹴られ、地面の上で蹲る生徒は、真っ黒な髪をした男子生徒。その容姿を見ただけで、ティンベルが割愛した詳細を彼は察してしまった。
加害者側の生徒は三人。一人一人が、不倶戴天の仇を睨むような鋭い目つきをしており、その瞳には誤魔化しようのない私怨が感じられた。
(アイツら……何であんな……親の仇見るような、辛そうな顔してんだ?)
彼らの鬼気迫る、悲憤の表情を目の当たりにしたユウタロウは、自らの推測をほんの少し疑い始めた。
被害を受けている生徒の髪が、悪魔の愛し子と同じ黒色という理由で起きた下らない小競り合い。ユウタロウは当初、そう思っていた。
実際、悪魔の愛し子でなくとも、その特徴が類似しているという理由だけで嫌悪されてしまう人を、ユウタロウは今まで何人も見てきたから。
だが今回の場合、その程度で説明がつくような私怨とは到底思えなかった。
不意に辺りを見回すと、そこには二種類の野次馬がいた。今まさに暴行をしている生徒たちと同じように、暗然とした思いを隠しきれない生徒が数名。
そして、嘲りと侮蔑。それを隠そうともしない嘲笑を浮かべる生徒が大多数であった。
「胸糞わりぃな……全員シメるか?」
「お気持ちは分かりますがっ、今は取り敢えずあの三人をどうにかしてくださいっ」
「わぁったよ」
ティンベルに急かされ、ユウタロウが騒動のど真ん中へ足を踏み入れようとしたその時――。
「それぐらいにしたらどうですか?」
「「っ?」」
聞き馴染みのない、男にしては少し高い声が耳に届き、彼らの動きがピタッと止まる。刹那、彼らの視線はその声の主の元へと一気に集まった。
百八十センチの背に、どちらかというと細身の体。天辺から毛先まで、雪のように白いサラサラの髪は、顔の輪郭に沿うように切り揃えられている。キリっとした抹茶色の瞳は美しいが、野暮ったい丸眼鏡をかけているせいで霞んでいる。
制服を着ているので、この学園の生徒であることは明らかであったが、その青年を知る者は一人たりともいなかった。
「お前には関係ないっ……部外者は引っ込んでいろ!」
怒鳴られ、獣のような殺気を向けられているというのに、その青年は一切狼狽えることなく、冷静沈着である。
「……君たちが恨んでいるのは、その生徒では無いでしょう?そんなことをしても、君たちの家族は喜ばない」
「五月蠅い五月蠅いっ!お前に何が分かるって言うんだ!大事な人を理不尽に殺された俺たちの気持ちなんてっ……」
感情が昂っている彼らに正論をぶつけても寧ろ逆効果で、加害者の一人は悲痛な表情を浮かべ、嘆くように吐露した。
(アイツらもしかして……通り魔事件の被害者遺族なのか?)
彼らの口ぶりから、ユウタロウはその可能性に行きつく。通り魔事件で殺された被害者遺族であるのなら、彼らの鬼気迫る態度にも納得がいくのだ。
「お前なんかに分かるわけっ……」
「分かりますよ」
迷いない声で断言され、彼らは思わず目を見開く。
白髪の青年は困ったような、それでいて、とても穏やかな相好で真っすぐに彼らを見据えていた。
野暮ったい眼鏡のせいで、瞳に滲む感情は窺えない。だがその佇まいには、有無を言わさぬ雰囲気があり、彼らは目を奪われた。
「っ……なに?」
「大事な人を唐突に、理不尽に殺され……現実を受け入れられないその気持ちは、痛いほど分かります」
「ならっ……」
「ですが。無関係の彼を傷つけるのは間違っています。君たちが家族を大事に思うように、そこの彼を心の底から思い、愛している人だってたくさんいるはずです。今度はその人が君たちを恨み、復讐の連鎖は止まらなくなってしまう。自分と同じような苦しみを背負う人が、これ以上生まれてもいいと……本気で思っているのですか?」
「っ……」
舌鋒鋭く説かれた彼らは一切反論できず、血が滲むほど唇を噛みしめる。爪が食い込む程握られた拳はわなわなと震えており、彼らが怒りと恨みの感情を何とか抑えようとしていることが見てとれる。
「彼から、離れてください」
白髪の青年が言うと、彼らは力なく項垂れるように距離を取り始めた。即座に彼は、被害者生徒の元に駆け寄る。だが、彼は被害者の状態を確認することに必死で、気づくことが出来なかった。
――三人の内の一人、終始無言を貫いていた男子生徒が、懐に忍ばせていたナイフに手を伸ばしていることに。
「ちょっとあなたっ……!」
「っ……?」
それに気づいたティンベルの、鬼気迫る大声が痛烈に響く。白髪の青年は不安気な相好で振り向くが、既にそのナイフは高く振り上げられており、絶体絶命の危機と思われた。
だが――。
ゴンっ!ガンゴンっ!!
強烈でありながら、鈍い音が三連続で響く。その音を生み出したのはユウタロウで、彼の御業を至近距離で目の当たりにした白髪の青年は、茫然自失としてしまう。
白髪の青年の身に危機が迫っていることを逸早く察知したユウタロウは、その場から駆け出したのだ。そのままナイフを取り出した生徒の頭頂部に右手の拳骨を落とし、同時に左手で鞘に収まったままの刀を使い、一気に二人の生徒を伸してしまった。
一人の蟀谷に刀をぶつけ、その勢いで隣にいた生徒の頭と頭を衝突させるという、簡易的ピ〇ゴラのような方法で気絶させたのだ。
「……」
「お前さ、ちょっと……っていうか、大分危機感薄いんじゃねぇ?」
青年を見下ろしつつ、呆れたようにユウタロウは苦言を呈した。そんなユウタロウをジッと見つめる青年の瞳には、何故か煌めくような好奇心が滲んでいる。思わず嫌な予感を察知し、ユウタロウは顔を顰める。
「…………あっ。あの。治療を手伝って頂いてもよろしいでしょうか?」
ハッと、我に返ったように、白髪の青年は遠慮がちに尋ねた。
「それはいいけどよ……なに?お前も治癒術使えんの?」
「はい。それなりには」
「あっそ」
ユウタロウは素っ気無く返すが、内心では彼の実力に感心していた。
治癒術はジルの術の中でも行使が難しい部類なので、この学園の生徒でも使えるのは少数なのだ。
二人は早速、被害者の生徒の傷を治療すべく、行動に移す。
被害者の顔は原形が分からない程腫れ上がっている上、身体のあちこちに痣が出来ており、見るのも耐え難いような状態である。
「申し訳ありません……私が治癒術を行使できれば、お二人だけに負担をかけることも無いでしょうに……」
現在進行形で治癒術を行使している二人の様子を窺いに来たティンベルは、珍しく気落ちした様子で陳謝した。
「大丈夫ですよ。生徒会長はどうかお気になさらず」
「……そういえば、あなたは?」
白髪の青年は柔らかく微笑みながら、ティンベルを励ました。彼の笑顔には心が温まるような癒しがあり、ティンベルはほんの少し呆けてしまうが、何とか正気を取り戻して尋ねた。
「あっ、申し遅れました。僕は一年のルル・アリザカと言います」
「そう……」
「ユウちゃん、力貸そうか?」
チサトは心配そうに尋ねるが、ユウタロウは片手間に首を横に振る。
「いや。この程度なら大丈夫だ。そこのルルとかいう奴も中々……」
「はい!ルルです!」
「…………中々治癒術上手いみたいだからな」
白髪の青年――ルルの腕を称賛した途端、分かりやすすぎる程に彼の顔色がぱぁっと明るくなる。取り繕うという言葉を知らないような、純粋無垢なその表情は、捻くれたユウタロウにはキラキラと眩しすぎて、思わず彼は目を細めてしまう。
突如現れた謎の青年――ルルによる好奇心と好意たっぷりの熱視線に当惑しつつ、ユウタロウは生徒の治癒を続けるのだった。
********
それから。ユウタロウが気絶させた加害者三人は、いつの間にか野次馬たちによって保健室に連れて行かれたようで、彼らが気づいた時には忽然と姿を消していた。
一方、ユウタロウとルルが治療した生徒は顔の腫れが完全に引き、傷跡もすっかり薄くなっていた。だが困ったことに、意識がなかなか戻らない。
大怪我を負った元凶であるあの三人がいると思われる保健室に、彼を連れて行く訳にもいかず。仕方が無いので彼が目を覚ますまでの間、ユウタロウたちは辺りを見張ることになった。
そして現在。
「………………」
ユウタロウは、未だかつて経験したことの無い種類の困惑で、若干冷や汗を流している。
その理由は、終始キラキラとした瞳のルルが、何故か羨望の眼差しを向け続けてくるから。無自覚な無言の圧に負け、ユウタロウはその一言を切り出すことにした。
「お前さ……」
「はい!」
「俺になんか言いたいことでもあんのかよ?」
「言いたいこと?……あっ、先程は命の危機から救ってくださり、どうもありがとうございました!」
ユウタロウに促されたことで、思い出したようにルルは先刻の礼を言った。全身全霊と表現しても過言ではない程、ルルは勢い良く頭を下げる。
「命の危機って、んな大袈裟……でもねぇか」
「はい!あんな風に颯爽と助けられたのは初めてだったので、とてもときめきました!僕が女だったら完全に惚れています!」
「そ、そうか」
先刻からルルは、感情をそのまま言葉にしているだけのように見える。
思わずユウタロウが引く一方、チサトは〝惚れる〟という単語に感情反応し、ルルに殺気立った睨みを向けている。
「あの、確認なのですが……あなた様はもしかして、勇者ユウタロウ様でいらっしゃいますか?」
「そうだけど」
「やはりそうなのですね!流石は勇者ユウタロウ様!強大な力を持つだけではなく、誰かが危機的状況に瀕していれば、無条件で救う優しい心の持ち主だとは……感嘆ですっ」
「……お前気持ちわりぃな」
思いの丈をぶつけたルルを前に、ユウタロウはずっと我慢していたどうしようもない本音をポロっと零してしまった。ルル自身に悪気は全く無いので、この本音は墓場まで持って行こうと思っていたのだが、それにしてはユウタロウの爪は甘すぎた。
ここまで自らを慕ってくれている相手に、即死級の暴言を繰り出したユウタロウを、流石のティンベルたちも批難めいた眼差しで捉えている。
そして当のルルは、キョトンと目を丸くし、茫然自失とした後――。
「……………………なるほど」
「どんな反応だよそれ」
心の底から漏れ出た本音で返した。彼の心情を正確に読むことは出来ないが、傷ついていないのは確かだったので、ティンベルたちは取り敢えずホッと安堵する。
「ごめんなさいねアリザカくん。いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「はい。何なりとどうぞ」
「なら手始めに……あなた、通り魔事件について調べているでしょう?」
「っ!」
図星だったのか、ルルは驚きで目を見開いた。
傍から見ていたユウタロウは内心「聞きたいこと?答え合わせの間違いだろうが」とツッコみを入れていた。
「どうしてそれを?」
「あなたはあの三人が、通り魔事件の被害者遺族であることを知っているような口ぶりでした。でもあなたは一年生、対する彼らは二年生。接点なんて無いはずのあなたが、彼らのことを知っている理由は?そうして推測していけば、自ずと答えは出てくるのですよ」
「おぉ……流石です、生徒会長!」
ティンベルは縷々として語り、ルルは感嘆の声を上げつつ柏手を打った。若干、ルルは誰に対しても尊敬の念を向けるのでは?という疑惑が生まれたが、誰一人として突っ込むことは無い。
「ここまでの名推理を披露されてしまえば、正直に告白するしか無いでしょう……生徒会長の仰る通り、僕は通り魔事件について調べています」
「そう、やっぱり……」
「そこでご相談があります!」
ティンベルの言葉を遮ると、ルルは出会ってから一番の大声で言った。意気込むような彼に、ティンベルたちは思わず首を傾げる。
「どうか僕に……お二方の手伝いをさせては頂けませんか!?」
「「…………えっ?」」
この日、この瞬間が初めてであった。
ティンベルとユウタロウ、正反対の二人の呆けた声が、こんなにもピッタリと合わさったことが。
「乱闘?」
ティンベルの横を走りながら、ユウタロウは尋ねた。
「正確には乱闘ではありません。あれは最早……リンチです」
「っ……どういうことだ?」
「詳細は割愛しますが、数人の生徒が一人の生徒に対して暴行を加えており、蹂躙のような状態で……」
「周りの奴らは何してやがんだよ」
「その……被害を受けている生徒は、周囲からも忌避されていて……助けようとする人があまりおらず……」
「……苛めか」
呆れと落胆の入り混じる声でユウタロウが推察すると、ティンベルは苦虫を噛み潰したように顔を顰めた。
「端的に申し上げると、そうです。私如きの戦闘力では、とてもあれを抑え込む自信がなく……」
「それで俺に何とかしろと?」
「はい…………あっ!あれです!」
大体の状況を把握したその時、ティンベルは忙しない足に急ブレーキをかけた。
ティンベルが指差す方に視線を向けると、ユウタロウはその酸鼻且つ不愉快な光景を前に思いきり眉を顰める。
一方的に殴られ、蹴られ、地面の上で蹲る生徒は、真っ黒な髪をした男子生徒。その容姿を見ただけで、ティンベルが割愛した詳細を彼は察してしまった。
加害者側の生徒は三人。一人一人が、不倶戴天の仇を睨むような鋭い目つきをしており、その瞳には誤魔化しようのない私怨が感じられた。
(アイツら……何であんな……親の仇見るような、辛そうな顔してんだ?)
彼らの鬼気迫る、悲憤の表情を目の当たりにしたユウタロウは、自らの推測をほんの少し疑い始めた。
被害を受けている生徒の髪が、悪魔の愛し子と同じ黒色という理由で起きた下らない小競り合い。ユウタロウは当初、そう思っていた。
実際、悪魔の愛し子でなくとも、その特徴が類似しているという理由だけで嫌悪されてしまう人を、ユウタロウは今まで何人も見てきたから。
だが今回の場合、その程度で説明がつくような私怨とは到底思えなかった。
不意に辺りを見回すと、そこには二種類の野次馬がいた。今まさに暴行をしている生徒たちと同じように、暗然とした思いを隠しきれない生徒が数名。
そして、嘲りと侮蔑。それを隠そうともしない嘲笑を浮かべる生徒が大多数であった。
「胸糞わりぃな……全員シメるか?」
「お気持ちは分かりますがっ、今は取り敢えずあの三人をどうにかしてくださいっ」
「わぁったよ」
ティンベルに急かされ、ユウタロウが騒動のど真ん中へ足を踏み入れようとしたその時――。
「それぐらいにしたらどうですか?」
「「っ?」」
聞き馴染みのない、男にしては少し高い声が耳に届き、彼らの動きがピタッと止まる。刹那、彼らの視線はその声の主の元へと一気に集まった。
百八十センチの背に、どちらかというと細身の体。天辺から毛先まで、雪のように白いサラサラの髪は、顔の輪郭に沿うように切り揃えられている。キリっとした抹茶色の瞳は美しいが、野暮ったい丸眼鏡をかけているせいで霞んでいる。
制服を着ているので、この学園の生徒であることは明らかであったが、その青年を知る者は一人たりともいなかった。
「お前には関係ないっ……部外者は引っ込んでいろ!」
怒鳴られ、獣のような殺気を向けられているというのに、その青年は一切狼狽えることなく、冷静沈着である。
「……君たちが恨んでいるのは、その生徒では無いでしょう?そんなことをしても、君たちの家族は喜ばない」
「五月蠅い五月蠅いっ!お前に何が分かるって言うんだ!大事な人を理不尽に殺された俺たちの気持ちなんてっ……」
感情が昂っている彼らに正論をぶつけても寧ろ逆効果で、加害者の一人は悲痛な表情を浮かべ、嘆くように吐露した。
(アイツらもしかして……通り魔事件の被害者遺族なのか?)
彼らの口ぶりから、ユウタロウはその可能性に行きつく。通り魔事件で殺された被害者遺族であるのなら、彼らの鬼気迫る態度にも納得がいくのだ。
「お前なんかに分かるわけっ……」
「分かりますよ」
迷いない声で断言され、彼らは思わず目を見開く。
白髪の青年は困ったような、それでいて、とても穏やかな相好で真っすぐに彼らを見据えていた。
野暮ったい眼鏡のせいで、瞳に滲む感情は窺えない。だがその佇まいには、有無を言わさぬ雰囲気があり、彼らは目を奪われた。
「っ……なに?」
「大事な人を唐突に、理不尽に殺され……現実を受け入れられないその気持ちは、痛いほど分かります」
「ならっ……」
「ですが。無関係の彼を傷つけるのは間違っています。君たちが家族を大事に思うように、そこの彼を心の底から思い、愛している人だってたくさんいるはずです。今度はその人が君たちを恨み、復讐の連鎖は止まらなくなってしまう。自分と同じような苦しみを背負う人が、これ以上生まれてもいいと……本気で思っているのですか?」
「っ……」
舌鋒鋭く説かれた彼らは一切反論できず、血が滲むほど唇を噛みしめる。爪が食い込む程握られた拳はわなわなと震えており、彼らが怒りと恨みの感情を何とか抑えようとしていることが見てとれる。
「彼から、離れてください」
白髪の青年が言うと、彼らは力なく項垂れるように距離を取り始めた。即座に彼は、被害者生徒の元に駆け寄る。だが、彼は被害者の状態を確認することに必死で、気づくことが出来なかった。
――三人の内の一人、終始無言を貫いていた男子生徒が、懐に忍ばせていたナイフに手を伸ばしていることに。
「ちょっとあなたっ……!」
「っ……?」
それに気づいたティンベルの、鬼気迫る大声が痛烈に響く。白髪の青年は不安気な相好で振り向くが、既にそのナイフは高く振り上げられており、絶体絶命の危機と思われた。
だが――。
ゴンっ!ガンゴンっ!!
強烈でありながら、鈍い音が三連続で響く。その音を生み出したのはユウタロウで、彼の御業を至近距離で目の当たりにした白髪の青年は、茫然自失としてしまう。
白髪の青年の身に危機が迫っていることを逸早く察知したユウタロウは、その場から駆け出したのだ。そのままナイフを取り出した生徒の頭頂部に右手の拳骨を落とし、同時に左手で鞘に収まったままの刀を使い、一気に二人の生徒を伸してしまった。
一人の蟀谷に刀をぶつけ、その勢いで隣にいた生徒の頭と頭を衝突させるという、簡易的ピ〇ゴラのような方法で気絶させたのだ。
「……」
「お前さ、ちょっと……っていうか、大分危機感薄いんじゃねぇ?」
青年を見下ろしつつ、呆れたようにユウタロウは苦言を呈した。そんなユウタロウをジッと見つめる青年の瞳には、何故か煌めくような好奇心が滲んでいる。思わず嫌な予感を察知し、ユウタロウは顔を顰める。
「…………あっ。あの。治療を手伝って頂いてもよろしいでしょうか?」
ハッと、我に返ったように、白髪の青年は遠慮がちに尋ねた。
「それはいいけどよ……なに?お前も治癒術使えんの?」
「はい。それなりには」
「あっそ」
ユウタロウは素っ気無く返すが、内心では彼の実力に感心していた。
治癒術はジルの術の中でも行使が難しい部類なので、この学園の生徒でも使えるのは少数なのだ。
二人は早速、被害者の生徒の傷を治療すべく、行動に移す。
被害者の顔は原形が分からない程腫れ上がっている上、身体のあちこちに痣が出来ており、見るのも耐え難いような状態である。
「申し訳ありません……私が治癒術を行使できれば、お二人だけに負担をかけることも無いでしょうに……」
現在進行形で治癒術を行使している二人の様子を窺いに来たティンベルは、珍しく気落ちした様子で陳謝した。
「大丈夫ですよ。生徒会長はどうかお気になさらず」
「……そういえば、あなたは?」
白髪の青年は柔らかく微笑みながら、ティンベルを励ました。彼の笑顔には心が温まるような癒しがあり、ティンベルはほんの少し呆けてしまうが、何とか正気を取り戻して尋ねた。
「あっ、申し遅れました。僕は一年のルル・アリザカと言います」
「そう……」
「ユウちゃん、力貸そうか?」
チサトは心配そうに尋ねるが、ユウタロウは片手間に首を横に振る。
「いや。この程度なら大丈夫だ。そこのルルとかいう奴も中々……」
「はい!ルルです!」
「…………中々治癒術上手いみたいだからな」
白髪の青年――ルルの腕を称賛した途端、分かりやすすぎる程に彼の顔色がぱぁっと明るくなる。取り繕うという言葉を知らないような、純粋無垢なその表情は、捻くれたユウタロウにはキラキラと眩しすぎて、思わず彼は目を細めてしまう。
突如現れた謎の青年――ルルによる好奇心と好意たっぷりの熱視線に当惑しつつ、ユウタロウは生徒の治癒を続けるのだった。
********
それから。ユウタロウが気絶させた加害者三人は、いつの間にか野次馬たちによって保健室に連れて行かれたようで、彼らが気づいた時には忽然と姿を消していた。
一方、ユウタロウとルルが治療した生徒は顔の腫れが完全に引き、傷跡もすっかり薄くなっていた。だが困ったことに、意識がなかなか戻らない。
大怪我を負った元凶であるあの三人がいると思われる保健室に、彼を連れて行く訳にもいかず。仕方が無いので彼が目を覚ますまでの間、ユウタロウたちは辺りを見張ることになった。
そして現在。
「………………」
ユウタロウは、未だかつて経験したことの無い種類の困惑で、若干冷や汗を流している。
その理由は、終始キラキラとした瞳のルルが、何故か羨望の眼差しを向け続けてくるから。無自覚な無言の圧に負け、ユウタロウはその一言を切り出すことにした。
「お前さ……」
「はい!」
「俺になんか言いたいことでもあんのかよ?」
「言いたいこと?……あっ、先程は命の危機から救ってくださり、どうもありがとうございました!」
ユウタロウに促されたことで、思い出したようにルルは先刻の礼を言った。全身全霊と表現しても過言ではない程、ルルは勢い良く頭を下げる。
「命の危機って、んな大袈裟……でもねぇか」
「はい!あんな風に颯爽と助けられたのは初めてだったので、とてもときめきました!僕が女だったら完全に惚れています!」
「そ、そうか」
先刻からルルは、感情をそのまま言葉にしているだけのように見える。
思わずユウタロウが引く一方、チサトは〝惚れる〟という単語に感情反応し、ルルに殺気立った睨みを向けている。
「あの、確認なのですが……あなた様はもしかして、勇者ユウタロウ様でいらっしゃいますか?」
「そうだけど」
「やはりそうなのですね!流石は勇者ユウタロウ様!強大な力を持つだけではなく、誰かが危機的状況に瀕していれば、無条件で救う優しい心の持ち主だとは……感嘆ですっ」
「……お前気持ちわりぃな」
思いの丈をぶつけたルルを前に、ユウタロウはずっと我慢していたどうしようもない本音をポロっと零してしまった。ルル自身に悪気は全く無いので、この本音は墓場まで持って行こうと思っていたのだが、それにしてはユウタロウの爪は甘すぎた。
ここまで自らを慕ってくれている相手に、即死級の暴言を繰り出したユウタロウを、流石のティンベルたちも批難めいた眼差しで捉えている。
そして当のルルは、キョトンと目を丸くし、茫然自失とした後――。
「……………………なるほど」
「どんな反応だよそれ」
心の底から漏れ出た本音で返した。彼の心情を正確に読むことは出来ないが、傷ついていないのは確かだったので、ティンベルたちは取り敢えずホッと安堵する。
「ごめんなさいねアリザカくん。いくつか聞きたいことがあるんだけど、いいかしら?」
「はい。何なりとどうぞ」
「なら手始めに……あなた、通り魔事件について調べているでしょう?」
「っ!」
図星だったのか、ルルは驚きで目を見開いた。
傍から見ていたユウタロウは内心「聞きたいこと?答え合わせの間違いだろうが」とツッコみを入れていた。
「どうしてそれを?」
「あなたはあの三人が、通り魔事件の被害者遺族であることを知っているような口ぶりでした。でもあなたは一年生、対する彼らは二年生。接点なんて無いはずのあなたが、彼らのことを知っている理由は?そうして推測していけば、自ずと答えは出てくるのですよ」
「おぉ……流石です、生徒会長!」
ティンベルは縷々として語り、ルルは感嘆の声を上げつつ柏手を打った。若干、ルルは誰に対しても尊敬の念を向けるのでは?という疑惑が生まれたが、誰一人として突っ込むことは無い。
「ここまでの名推理を披露されてしまえば、正直に告白するしか無いでしょう……生徒会長の仰る通り、僕は通り魔事件について調べています」
「そう、やっぱり……」
「そこでご相談があります!」
ティンベルの言葉を遮ると、ルルは出会ってから一番の大声で言った。意気込むような彼に、ティンベルたちは思わず首を傾げる。
「どうか僕に……お二方の手伝いをさせては頂けませんか!?」
「「…………えっ?」」
この日、この瞬間が初めてであった。
ティンベルとユウタロウ、正反対の二人の呆けた声が、こんなにもピッタリと合わさったことが。
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