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第一章 学園編
12.尾行1
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突如姿を現したクレハに、彼らの驚きの視線が集中する。
「えっ、ど、どこから……?」
「……全く気配を感じなかったというのに……驚きました」
「主君、此度は如何様な……」
少なくとも初対面の二人からしてみれば、クレハは突如現れたミステリアスな青年である。せめてそのイメージを崩すまいと、バチバチに格好をつけようとしていたクレハの思惑を阻む、想定外の刺客が現れる。
「クレハくんクレハくん。クレハくんもケーキ食べる?」
「「……」」
クレハの作り上げた張りつめた空気がバキバキに砕け散る音が、何故かロクヤ以外の全員に聞こえた様な気がした。
ロクヤの名誉の為に言うと、彼に悪気は一切無い。クレハがユウタロウ同様、甘い物好きであることをロクヤはよく知っているので、隅から隅まで善意しか無いのだ。
跪いているクレハに合わせてしゃがみ込んだロクヤは、純粋無垢な眼差しで答えを迫る。追い詰められたクレハは苦しげに顔を顰めると、
「………………今は結構」
と、長い沈黙を置いてその答えを捻りだした。
「じゃあ後で食べられるように、クレハくんの分も取っておくねぇ」
「っ…………承知した」
サラリと解説されてしまい、クレハは苦汁を飲んだように眉間に皺を寄せた。折角回りくどい言い方で、ロクヤにだけ意図を理解してもらおうとしたというのに、クレハの努力が水の泡である。
「……コホン。改めて主君、此度は如何様な御用で?」
「お前メンタル鋼で出来てんのか……。まぁいい。
副生徒会長の件、調べられたか?」
「実はその件で、主君に伝えなければならないことがあったのだ」
「なんだ?」
「あの副生徒会長――ナオヤ・コモリを調べて、分かったことが二つある。一つは、あの男の妹が、通り魔事件の被害者であるということ」
「っ!そうなのか?」
驚きの情報を耳にし、ユウタロウは問いかけるようにティンベルを見つめる。ティンベルが最も、この通り魔事件について詳しく調べていると考えた上での行動である。
「えぇ。確か妹さんのお名前はユヅキ・コモリ。副生徒会長は信用ならない方ですが、妹さんに対する愛情は本物だと思われます。ですので、ユウタロウ様を貶めようとした件は別として、彼が直接的に通り魔事件に関わっている可能性は低いかと思われます。
愛する妹を殺した犯人を相当恨んでいるでしょうから、彼は悪魔や愛し子に対して異常なまでの憎悪を募らせていると考えていいでしょう。もしかすると、副生徒会長がユウタロウ様をようとしたのは、勇者でありながら悪魔を敵対視しないあなたを、良く思っていなかったから……とも考えられます」
「なるほどな……」
ユウタロウはこの事件の真の難解さに気づかされ、難しい相好で口元を押さえた。この通り魔事件には、犯人側の思惑だけではなく、この事件を利用して何かを企んでいる勢力がいくつか存在しているのだ。例として一つ挙げるのであれば、ユウタロウに冤罪を着せようとした勇者一族の重鎮たちである。
「それで?副生徒会長に関して伝えないといけない、もう一つのことってのは何だ?」
「ナオヤ・コモリを数日間尾行していたのだが、放課後に一度だけ、奴を見失ってしまうことがあったのだ」
「見失う?お前がか?」
「面目ない……主君」
クレハの尾行スキルを誰よりも理解しているユウタロウは、純粋な驚きでその動揺を露わにした。任務遂行を果たせられず、それを咎められていると勘違いしたクレハは、今にも死にそうな相好で俯いてしまう。だが――。
「いや。お前が見失ったってことは、それ相応の理由があるんだろ?その理由を話せ」
「っ……主君……」
ユウタロウの言葉を訳すと、クレハの実力や技術を信頼しているということ。思わずクレハは歓喜に打ち震え、涙目になりながらぱぁっと顔色を明るくするが、
「いや、そういう感動シーンはいいからさっさと話せ」
上げてから落とすという、ドSのユウタロウにしか出来ない荒業で、クレハは現実に引き戻された。
「実はナオヤ・コモリにジルの結界を張られ、それ以上の尾行が出来なくなってしまったのだ」
「あぁ……そりゃお前には無理な話だわな」
「どういうことですか?結界を張られたのであれば、一部のジルを吸い上げるなりして、通り道を作れば良かったのでは……」
「クレハは操志者じゃないから、その手は使えねぇんだよ」
操志者であれば誰もが思いつく方法を提示したティンベルだが、ユウタロウからその真実を聞かされ、目を見開いた。
「っ、そうだったのですね。ユウタロウ様がお傍に置かれる程の実力者であれば当然、操志者としての才覚をお持ちなのだと思っておりましたが……」
意外そうに呟くティンベルを、ユウタロウは物言いたげな冷たい瞳で捉える。深淵の見えないその冷たさから感じられるのは、落胆と僅かな憤り。その複雑怪奇な感情は、ユウタロウにとって慣れたものであった。
「……操志者か操志者じゃないか。精霊術師かただの操志者か。亜人か人間か。悪魔か悪魔の愛し子か……そんな下らねぇ区別で物事を判断するのはよくねぇぞ。視野が狭まるからな。
頭脳明晰なアンタでも阿呆に成り下がることだってありうる。よく覚えておけ」
「……その通りですね……クレハ様。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
ユウタロウの深く強い言葉によって、ティンベルは自身の非を自覚した。そして彼女はクレハに頭を下げ、陳謝した。
「その程度のことで傷心するような軟な精神は持っていない。気にするな」
「まぁお前メンタル鋼だしな」
クレハの寛大な対応と、ユウタロウの軽口のおかげで、場の空気が穏やかになった瞬間。今まで傍観していたルルが、不意に口を開く。
「それにしても、クレハ様は本当にすごいお方なのですね……操志者の才に恵まれずとも、ユウタロウ様に認められる程の力を有しているなんて……尊敬します!」
「……」
その称賛の言葉にまどろっこしい含みは無く、ただ純粋に畏敬の念を抱いていることが犇々と伝わってきた。あまりにも真っ直ぐなルルの言葉には、ユウタロウたちが呆気に取られてしまう程の威力があった。
「……えっと……僕、何か変なことを言ってしまいましたか?」
「……っ、いや。話がズレたな。……クレハ、話を続けろ」
「はっ。……結界を張られた際、力づくで壊すことも某は考えたのだが……その場合、それ相応の音や衝撃が生じてしまう故、その日の尾行は断念したのだ」
「……結界を張ったってことは、尾行に勘付かれたのか?」
「いや主君、それは無いのだ。ナオヤ・コモリが某の気配に気づく素振りは見られず、翌日からはまた難なく尾行を再開できた。以上から、その可能性は低いと思われる」
「なら、第三者に見られては困る……或いはその結界内に入られては困るようなことをしていた……ということでしょうか?」
「某はその可能性が高いと踏んでいる」
ティンベルの推測に、クレハはコクリと頷いた。
「……流石の私でも現段階では、副生徒会長が結界を張ってまで何をしていたのかは分かりませんね……」
「なら、俺が副生徒会長の尾行やってやるよ」
「「っ!」」
唐突な提案にルルたちは目を見開いた。
「確かに妙案ですね。ユウタロウ様ほどのお方であれば、彼の張る結界を対処するなど、赤子の手を捻るようなものでしょうし」
「しかし主君、これは某の役目……主君の手を煩わせるわけにはっ……」
「今回に限って言えばお前が役に立たねぇんだから仕方ねぇだろうが」
ガーン――。オブラートに包むという言葉を知らないユウタロウの、鋭すぎる言葉の刃でズタズタに傷つけられたクレハの顔が絶望に染まる。
皆、ユウタロウに批難の視線を向け、普段クレハとはいがみ合っているチサトでさえも、今回ばかりは哀れみの眼差しをクレハに向けた。
「もうコラ!ユウタロウくんっ、何でそんな酷いこと言うのさ!」
「いや。事実だろうが」
「こんのドS鬼畜冷徹勇者めぇ……。
クレハくん!元気出してっ。こんなサディストの言うことなんて気にしないで!ケーキあるよ?ケーキ食べるっ?」
ロクヤは忌々し気にユウタロウを睨むと、クレハを励ますべくしゃがみ込んだ。そのまま呆然と俯くクレハの顔を覗き込みながら、必死に励ましの言葉をかける。そして、甘い誘惑で釣ってみようともした。
その必死さはロクヤの優しさの表れである。
ロクヤの問いかけに、クレハはしばらく沈黙を貫いていたが、ある時点を経過すると――。
コクン。と、小さく頷き「……食べる」と、ロクヤにだけ聞こえる声で呟いた。
刹那、ロクヤの顔色がぱぁっと華やいでいく。
「分かった!待っててねっ、今すぐ用意するから!ついでにユウタロウくんが夜用にとっておいたケーキもまとめて出してあげるから!」
「おいコラ待て、何でそうなる」
「ふんだ。大事な仲間に優しくできない人の話なんて聞きません」
「……」
頬を膨らませたロクヤにプイっとそっぽを向かれ、ユウタロウは当惑気味に口を噤んでしまう。
怒りで頑なになってしまったロクヤ。どうしたものかと懊悩しながら、顔を顰めるユウタロウ。涙目でもくもくとケーキを食らうクレハ。そして、この気まずい空気の中、優雅に紅茶を啜るチサトとティンベル。
当に地獄絵図である。
見兼ねたルルは、助け舟を出すように口を開く。
「ま、まぁまぁ……ユウタロウ様の言う様に、結界に対処できる人が尾行した方が良いというのは尤もな意見だと思いますし。それにしたってユウタロウ様も、もう少し言い方を考えた方が良いと思いますよ?」
アタフタとしつつ、ルルは場を和ませようと途切れなく言葉を紡ぐ。そんな彼の姿を横目で捉えると、ティンベルはクスリと微笑する。
「アリザカくんの言う通りです。下らない喧嘩に時間を費やすより、副生徒会長の尾行計画を練った方が、余程建設的というものです」
「尾行はどうせ俺たちでやるしかねぇんだから、んなことはどうでもいいんだよ。そんなことより、このままロクヤがへそを曲げたままだと、今夜の俺の夕食が危うい」
「自業自得では?」
最早ユウタロウは自らの食い扶持しか眼中に無く、難しい顔に冷や汗を流している。通り魔事件の進捗より、夕食の有無の方が彼にとっては一大事なのだ。
そんなユウタロウに、ティンベルは呆れの眼差しを向けた。
こうして。事件解決の為の作戦会議は、副生徒会長の尾行が決定した以外、何の進展も無いまま終わりを迎えた。
因みに、その日の内に許しを得ることが出来なかったユウタロウは、夕食が白米だけという、微妙に辛い罰を課せられるのだった。
********
その頃。ゼルド王国に本拠地を構える悪魔教団〝始受会〟の本部、集いの間。
集いの間は、主教以上の幹部で無ければ使用できない決まりとなっている為、使う者は限られてくる。
そんな集いの間にて。
古びた本に刻まれた、美しい言葉と言葉の掛け合わせによる、流れるような文章に目を通す青年が一人。
百六十センチの低い背に、掴めばポキっといい音を鳴らしそうな、小枝のように細い身体。クリーム色のぼさぼさの髪と丸い眼鏡のせいで、彼の顔貌を窺うことは出来ない。
彼――ササノ・セッコウは、集いの間の扉が開かれる音に反応し、美しい言葉から目を離す。
「ササノせんぱーい。伝言ですよぉ」
「で、伝言……?だ、誰、から……?」
突如話しかけられたササノは、思わずビクッと肩を震わせた。おどおどとしつつ、来訪者に尋ねた。
来訪者の名はケイト・トゥーク。始受会第一支部の主教である。因みにササノは、第四支部の主教を務めている。
百七十センチの背に、ほんの少しふっくらとした輪郭。顔立ちがモチモチとしているだけで、身体はとても引き締まっている。深緑色の髪をマッシュルームカットにしており、ぱっつん前髪の下に配置された糸目のせいで、感情が読み辛い。
「総主教様に仕えているって宣う、あの気味悪い連中からですよ」
「え、えぇ……なんでそんな人たちが僕なんかに伝言を……?」
皮肉交じりにケイトが言うと、ササノは真っ青にした顔を引き攣らせた。
総主教というのはその名の通り、この始受会において最も権限を持つ存在のことである。だが、各支部の主教である彼らでさえも総主教の実体は知らず、本当にそんな人物が実在しているのか疑っている程なのだ。
「さぁ?っていうか、ササノ先輩は第四支部の主教なんですから、なんかじゃ無いですよ」
「えへへ……ケイトくんは優しいね……それで、その方々は何て?」
「〝至急アオノクニに向かい、既に到着している第二、第三支部主教らと合流せよ。〟だそうですよ?」
「アオノ、クニ……」
アオノクニ。その単語を耳にした途端、ササノの雰囲気が一変する。一文字一文字を噛みしめるように呟く声は徐々に徐々に、憤りが犇々と伝わる程低くなっていく。
その鬼気迫る雰囲気には、いつもは飄々としているケイトが冷や汗を流してしまう程の緊迫感があった。
ササノはギリっと歯噛みすると、身震いしてしまうような舌打ちをかまし――。
「……クソがっ」
まるで全くの別人のような口調で、その苛立ちを露わにするのだった。
「えっ、ど、どこから……?」
「……全く気配を感じなかったというのに……驚きました」
「主君、此度は如何様な……」
少なくとも初対面の二人からしてみれば、クレハは突如現れたミステリアスな青年である。せめてそのイメージを崩すまいと、バチバチに格好をつけようとしていたクレハの思惑を阻む、想定外の刺客が現れる。
「クレハくんクレハくん。クレハくんもケーキ食べる?」
「「……」」
クレハの作り上げた張りつめた空気がバキバキに砕け散る音が、何故かロクヤ以外の全員に聞こえた様な気がした。
ロクヤの名誉の為に言うと、彼に悪気は一切無い。クレハがユウタロウ同様、甘い物好きであることをロクヤはよく知っているので、隅から隅まで善意しか無いのだ。
跪いているクレハに合わせてしゃがみ込んだロクヤは、純粋無垢な眼差しで答えを迫る。追い詰められたクレハは苦しげに顔を顰めると、
「………………今は結構」
と、長い沈黙を置いてその答えを捻りだした。
「じゃあ後で食べられるように、クレハくんの分も取っておくねぇ」
「っ…………承知した」
サラリと解説されてしまい、クレハは苦汁を飲んだように眉間に皺を寄せた。折角回りくどい言い方で、ロクヤにだけ意図を理解してもらおうとしたというのに、クレハの努力が水の泡である。
「……コホン。改めて主君、此度は如何様な御用で?」
「お前メンタル鋼で出来てんのか……。まぁいい。
副生徒会長の件、調べられたか?」
「実はその件で、主君に伝えなければならないことがあったのだ」
「なんだ?」
「あの副生徒会長――ナオヤ・コモリを調べて、分かったことが二つある。一つは、あの男の妹が、通り魔事件の被害者であるということ」
「っ!そうなのか?」
驚きの情報を耳にし、ユウタロウは問いかけるようにティンベルを見つめる。ティンベルが最も、この通り魔事件について詳しく調べていると考えた上での行動である。
「えぇ。確か妹さんのお名前はユヅキ・コモリ。副生徒会長は信用ならない方ですが、妹さんに対する愛情は本物だと思われます。ですので、ユウタロウ様を貶めようとした件は別として、彼が直接的に通り魔事件に関わっている可能性は低いかと思われます。
愛する妹を殺した犯人を相当恨んでいるでしょうから、彼は悪魔や愛し子に対して異常なまでの憎悪を募らせていると考えていいでしょう。もしかすると、副生徒会長がユウタロウ様をようとしたのは、勇者でありながら悪魔を敵対視しないあなたを、良く思っていなかったから……とも考えられます」
「なるほどな……」
ユウタロウはこの事件の真の難解さに気づかされ、難しい相好で口元を押さえた。この通り魔事件には、犯人側の思惑だけではなく、この事件を利用して何かを企んでいる勢力がいくつか存在しているのだ。例として一つ挙げるのであれば、ユウタロウに冤罪を着せようとした勇者一族の重鎮たちである。
「それで?副生徒会長に関して伝えないといけない、もう一つのことってのは何だ?」
「ナオヤ・コモリを数日間尾行していたのだが、放課後に一度だけ、奴を見失ってしまうことがあったのだ」
「見失う?お前がか?」
「面目ない……主君」
クレハの尾行スキルを誰よりも理解しているユウタロウは、純粋な驚きでその動揺を露わにした。任務遂行を果たせられず、それを咎められていると勘違いしたクレハは、今にも死にそうな相好で俯いてしまう。だが――。
「いや。お前が見失ったってことは、それ相応の理由があるんだろ?その理由を話せ」
「っ……主君……」
ユウタロウの言葉を訳すと、クレハの実力や技術を信頼しているということ。思わずクレハは歓喜に打ち震え、涙目になりながらぱぁっと顔色を明るくするが、
「いや、そういう感動シーンはいいからさっさと話せ」
上げてから落とすという、ドSのユウタロウにしか出来ない荒業で、クレハは現実に引き戻された。
「実はナオヤ・コモリにジルの結界を張られ、それ以上の尾行が出来なくなってしまったのだ」
「あぁ……そりゃお前には無理な話だわな」
「どういうことですか?結界を張られたのであれば、一部のジルを吸い上げるなりして、通り道を作れば良かったのでは……」
「クレハは操志者じゃないから、その手は使えねぇんだよ」
操志者であれば誰もが思いつく方法を提示したティンベルだが、ユウタロウからその真実を聞かされ、目を見開いた。
「っ、そうだったのですね。ユウタロウ様がお傍に置かれる程の実力者であれば当然、操志者としての才覚をお持ちなのだと思っておりましたが……」
意外そうに呟くティンベルを、ユウタロウは物言いたげな冷たい瞳で捉える。深淵の見えないその冷たさから感じられるのは、落胆と僅かな憤り。その複雑怪奇な感情は、ユウタロウにとって慣れたものであった。
「……操志者か操志者じゃないか。精霊術師かただの操志者か。亜人か人間か。悪魔か悪魔の愛し子か……そんな下らねぇ区別で物事を判断するのはよくねぇぞ。視野が狭まるからな。
頭脳明晰なアンタでも阿呆に成り下がることだってありうる。よく覚えておけ」
「……その通りですね……クレハ様。ご不快な思いをさせてしまい、申し訳ありません」
ユウタロウの深く強い言葉によって、ティンベルは自身の非を自覚した。そして彼女はクレハに頭を下げ、陳謝した。
「その程度のことで傷心するような軟な精神は持っていない。気にするな」
「まぁお前メンタル鋼だしな」
クレハの寛大な対応と、ユウタロウの軽口のおかげで、場の空気が穏やかになった瞬間。今まで傍観していたルルが、不意に口を開く。
「それにしても、クレハ様は本当にすごいお方なのですね……操志者の才に恵まれずとも、ユウタロウ様に認められる程の力を有しているなんて……尊敬します!」
「……」
その称賛の言葉にまどろっこしい含みは無く、ただ純粋に畏敬の念を抱いていることが犇々と伝わってきた。あまりにも真っ直ぐなルルの言葉には、ユウタロウたちが呆気に取られてしまう程の威力があった。
「……えっと……僕、何か変なことを言ってしまいましたか?」
「……っ、いや。話がズレたな。……クレハ、話を続けろ」
「はっ。……結界を張られた際、力づくで壊すことも某は考えたのだが……その場合、それ相応の音や衝撃が生じてしまう故、その日の尾行は断念したのだ」
「……結界を張ったってことは、尾行に勘付かれたのか?」
「いや主君、それは無いのだ。ナオヤ・コモリが某の気配に気づく素振りは見られず、翌日からはまた難なく尾行を再開できた。以上から、その可能性は低いと思われる」
「なら、第三者に見られては困る……或いはその結界内に入られては困るようなことをしていた……ということでしょうか?」
「某はその可能性が高いと踏んでいる」
ティンベルの推測に、クレハはコクリと頷いた。
「……流石の私でも現段階では、副生徒会長が結界を張ってまで何をしていたのかは分かりませんね……」
「なら、俺が副生徒会長の尾行やってやるよ」
「「っ!」」
唐突な提案にルルたちは目を見開いた。
「確かに妙案ですね。ユウタロウ様ほどのお方であれば、彼の張る結界を対処するなど、赤子の手を捻るようなものでしょうし」
「しかし主君、これは某の役目……主君の手を煩わせるわけにはっ……」
「今回に限って言えばお前が役に立たねぇんだから仕方ねぇだろうが」
ガーン――。オブラートに包むという言葉を知らないユウタロウの、鋭すぎる言葉の刃でズタズタに傷つけられたクレハの顔が絶望に染まる。
皆、ユウタロウに批難の視線を向け、普段クレハとはいがみ合っているチサトでさえも、今回ばかりは哀れみの眼差しをクレハに向けた。
「もうコラ!ユウタロウくんっ、何でそんな酷いこと言うのさ!」
「いや。事実だろうが」
「こんのドS鬼畜冷徹勇者めぇ……。
クレハくん!元気出してっ。こんなサディストの言うことなんて気にしないで!ケーキあるよ?ケーキ食べるっ?」
ロクヤは忌々し気にユウタロウを睨むと、クレハを励ますべくしゃがみ込んだ。そのまま呆然と俯くクレハの顔を覗き込みながら、必死に励ましの言葉をかける。そして、甘い誘惑で釣ってみようともした。
その必死さはロクヤの優しさの表れである。
ロクヤの問いかけに、クレハはしばらく沈黙を貫いていたが、ある時点を経過すると――。
コクン。と、小さく頷き「……食べる」と、ロクヤにだけ聞こえる声で呟いた。
刹那、ロクヤの顔色がぱぁっと華やいでいく。
「分かった!待っててねっ、今すぐ用意するから!ついでにユウタロウくんが夜用にとっておいたケーキもまとめて出してあげるから!」
「おいコラ待て、何でそうなる」
「ふんだ。大事な仲間に優しくできない人の話なんて聞きません」
「……」
頬を膨らませたロクヤにプイっとそっぽを向かれ、ユウタロウは当惑気味に口を噤んでしまう。
怒りで頑なになってしまったロクヤ。どうしたものかと懊悩しながら、顔を顰めるユウタロウ。涙目でもくもくとケーキを食らうクレハ。そして、この気まずい空気の中、優雅に紅茶を啜るチサトとティンベル。
当に地獄絵図である。
見兼ねたルルは、助け舟を出すように口を開く。
「ま、まぁまぁ……ユウタロウ様の言う様に、結界に対処できる人が尾行した方が良いというのは尤もな意見だと思いますし。それにしたってユウタロウ様も、もう少し言い方を考えた方が良いと思いますよ?」
アタフタとしつつ、ルルは場を和ませようと途切れなく言葉を紡ぐ。そんな彼の姿を横目で捉えると、ティンベルはクスリと微笑する。
「アリザカくんの言う通りです。下らない喧嘩に時間を費やすより、副生徒会長の尾行計画を練った方が、余程建設的というものです」
「尾行はどうせ俺たちでやるしかねぇんだから、んなことはどうでもいいんだよ。そんなことより、このままロクヤがへそを曲げたままだと、今夜の俺の夕食が危うい」
「自業自得では?」
最早ユウタロウは自らの食い扶持しか眼中に無く、難しい顔に冷や汗を流している。通り魔事件の進捗より、夕食の有無の方が彼にとっては一大事なのだ。
そんなユウタロウに、ティンベルは呆れの眼差しを向けた。
こうして。事件解決の為の作戦会議は、副生徒会長の尾行が決定した以外、何の進展も無いまま終わりを迎えた。
因みに、その日の内に許しを得ることが出来なかったユウタロウは、夕食が白米だけという、微妙に辛い罰を課せられるのだった。
********
その頃。ゼルド王国に本拠地を構える悪魔教団〝始受会〟の本部、集いの間。
集いの間は、主教以上の幹部で無ければ使用できない決まりとなっている為、使う者は限られてくる。
そんな集いの間にて。
古びた本に刻まれた、美しい言葉と言葉の掛け合わせによる、流れるような文章に目を通す青年が一人。
百六十センチの低い背に、掴めばポキっといい音を鳴らしそうな、小枝のように細い身体。クリーム色のぼさぼさの髪と丸い眼鏡のせいで、彼の顔貌を窺うことは出来ない。
彼――ササノ・セッコウは、集いの間の扉が開かれる音に反応し、美しい言葉から目を離す。
「ササノせんぱーい。伝言ですよぉ」
「で、伝言……?だ、誰、から……?」
突如話しかけられたササノは、思わずビクッと肩を震わせた。おどおどとしつつ、来訪者に尋ねた。
来訪者の名はケイト・トゥーク。始受会第一支部の主教である。因みにササノは、第四支部の主教を務めている。
百七十センチの背に、ほんの少しふっくらとした輪郭。顔立ちがモチモチとしているだけで、身体はとても引き締まっている。深緑色の髪をマッシュルームカットにしており、ぱっつん前髪の下に配置された糸目のせいで、感情が読み辛い。
「総主教様に仕えているって宣う、あの気味悪い連中からですよ」
「え、えぇ……なんでそんな人たちが僕なんかに伝言を……?」
皮肉交じりにケイトが言うと、ササノは真っ青にした顔を引き攣らせた。
総主教というのはその名の通り、この始受会において最も権限を持つ存在のことである。だが、各支部の主教である彼らでさえも総主教の実体は知らず、本当にそんな人物が実在しているのか疑っている程なのだ。
「さぁ?っていうか、ササノ先輩は第四支部の主教なんですから、なんかじゃ無いですよ」
「えへへ……ケイトくんは優しいね……それで、その方々は何て?」
「〝至急アオノクニに向かい、既に到着している第二、第三支部主教らと合流せよ。〟だそうですよ?」
「アオノ、クニ……」
アオノクニ。その単語を耳にした途端、ササノの雰囲気が一変する。一文字一文字を噛みしめるように呟く声は徐々に徐々に、憤りが犇々と伝わる程低くなっていく。
その鬼気迫る雰囲気には、いつもは飄々としているケイトが冷や汗を流してしまう程の緊迫感があった。
ササノはギリっと歯噛みすると、身震いしてしまうような舌打ちをかまし――。
「……クソがっ」
まるで全くの別人のような口調で、その苛立ちを露わにするのだった。
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