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第一章 学園編
13.尾行2
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西日が街を照らす中、コツコツと、一人分の足音が鳴り響く。足音の主は副生徒会長――ナオヤ・コモリ。彼はその日の放課後、住まいである学生寮とは全くの別方向へ向かっていた。
そんな彼の後をつける人影が一人……いや、正確に言ってしまえば五人である。
ナオヤを直接尾行しているのはクレハ一人なのだが、ユウタロウたち四人はそんなクレハの後を追っているのだ。
五人同時に尾行する手もあったが、五人の中で最も気配を悟られにくいクレハが先陣を切った方が、バレる危険性が低いだろうと考えた結果である。
「ユウちゃ~ん……私もう疲れたわぁ。それに飽きちゃった」
尾行中、不意にチサトが立ち止まった。釣られるように立ち止まると、彼らはチサトに呆れの眼差しを向ける。
「だからお前はロクヤと留守番してろっつったんだよ」
「だってぇ~……」
「歩かないなら置いてくぞ」
「ユウちゃんの意地悪ぅ……私みたいな超絶美女を一人置き去りにして、もし変態に襲われでもしたらどうするのよ!」
「変態はお前の方だからその心配はない」
「っっ……むぅ……」
「あ、否定しないんですね」
変態呼ばわりされたチサトは悔し気に頬を膨らませるだけで、思わずティンベルはツッコみを入れてしまった。
「ユウちゃんは、私の身体が見ず知らずの変態の好きにされてもいいって言うの!?」
「はぁ?……んなわけねぇだろうが。てめぇは俺の女なんだから、俺の許可なく誰かに食われるなんて」
「ユウちゃん……」
恥ずかし気も無くストレートにユウタロウが言うと、チサトは感激した様に頬を赤らめる。そんな彼女を目の当たりにしたユウタロウは思わず「ちょろ」と本音を吐露してしまった。
「ユウタロウ様。心の声が漏れていますよ」
「あ、やべっ」
「もう!ユウちゃんの馬鹿っ!」
「だぁっ!クッソめんどくせぇなてめぇはっ」
苛立ちを露わにするように頭を掻きむしると、ユウタロウは大声を上げた。そして感情に身を任せるように、チサトの身体をひょいっと抱え上げてしまう。
刹那、チサトの目が見開かれ、その表情は驚きと羞恥に染められる。
「へっ?ちょ、ユウちゃんっ!?」
「疲れたんなら俺が運んでやんよ。これで文句ねぇだろうが……だからてめぇは、そのピーちくパーちくうるせぇ口を閉じろ。でないと口、塞ぐぞ?」
「っ~……」
凍てつくような、射殺されてしまいそうな……それでいて甘い。鋭い眼差しで見下ろされたチサトは、毒に侵された様に硬直してしまう。そしてその相好は、熱に浮かされた様に一面真っ赤である。
そんな二人の近くにいるというのに、何故か遠い場所から見ているようなティンベルの瞳には、現実逃避が見て取れた。
「……何故私たちは、バカップルの痴話げんかを見せつけられているのでしょうか」
「微笑ましくてよいではありませんか」
「アリザカくんって、心が広いのですね……」
「?」
ティンベルはどこか遠い目をすると「ははは……」と自嘲気味な笑みを浮かべた。
********
チサトを抱えながら尾行を続けるユウタロウ。
この尾行を遠足か何かと勘違いしているのではないかと思える程、嬉々とした相好で歩き続けるルル。
そしてバカップルのいちゃつきを目の当たりにしたせいで辟易とし、死んだ魚の様な目をしているティンベル。
この四人による尾行は、一時的に中断された。
「クレハ……これか?」
「主君っ」
ある地点で立ち往生しているクレハを発見したユウタロウは、抱えていたチサトを地面に下ろして言った。
クレハは急いでユウタロウの元へ駆け寄ると、その場に跪く。それを目にすると、ユウタロウはうんざりしたような表情でため息をついた。
「お前さぁ、いちいちそういうの良いから。その跪く動きだけでどれだけ時間を消費してると思ってやがる。……死ぬまでやり続けたら、トータルでどれ程の時間を無駄にすると思って……」
「いや主君!ここは譲れぬのだ!……主君は某が最も敬い、生涯尽くすと誓ったお方。そんな主君に対して敬意を示すのは、某の中で何よりも重要視される。某はこの行為を時間の無駄などと思ったことは一度もっ……」
「そういう議論はお家でやっていただけますか?まずはこの結界を何とかしないと。副生徒会長を見失ってしまいます」
「……そうだな」
ティンベルにド正論で割って入られ、ユウタロウとクレハは若干反省した。若干である。
ユウタロウは早速結界に対処すべく、結界の状態を確かめる作業に着手する。
目には見えない薄い膜のような結界が、まずどこに。どの程度の範囲に張られているのか確認する為、ユウタロウは手を伸ばす。
「……ここか」
何かに阻まれるように腕の動きが止まった地点。そこから掌を滑らせるように、ユウタロウは歩き始めた。ティンベルたちは、その様子を傍観することしか出来ない。
一分程歩くと、結界に這わせていた手がスカッと抜ける所があり、ユウタロウは足を止める。真っ直ぐ直線上の結界はそこで尽きており、九十度曲がると同じような結界が姿を現した。
「この感じだと恐らく、目的地を取り囲むようにして立方体、ないし直方体型の結界を張ってるんだろうな。副生徒会長様は、見られたら不味い真似をしようとしているみたいだし」
「副生徒会長に悟られること無く突破するのは可能でしょうか?」
「愚問だな」
ティンベルの問いかけが心外だとでも言わんばかりに答えると、ユウタロウは不敵な笑みを零す。
そして結界に触れると、結界に含まれるジルを操り始めた。
「……結界のジルと俺の体内に含まれているジルを同化させたから、これで問題なく通れる。……おいてめぇら、俺の後ろに一列に並べ」
「えっと……あぁ、術の影響を私たちにも反映させるために、身体に触れればよいのですね」
「流石は生徒会長様。頭の切れる奴は話が早くて助かるぜ」
ユウタロウに促されるまま、彼の後ろにチサト、ティンベル、ルル、クレハの順に並んだ。各々が、現在目の前にいる人の身体の一部に触れれば、準備は完了である。
ジルが全てと言っても過言では無いこの世界において、結界という存在も当然ジルによって生み出されている。この程度の結界を壊すことはクレハにもできるが、手荒な真似をして相手に悟られてしまうのはよろしくない。
なのでユウタロウは操志者としての技術を頼りに、この結界攻略を試みたのだ。
結界に含まれるジルと、生物の体内に含まれるジルは根本的に同じではあるが、系統が少し異なる。
故に手を加え、その系統を同一にすることで、結界の一部を結界で無くす。ユウタロウが行ったのはそういうことである。
だが操志者では無いクレハからしてみれば、その原理を理解するのは困難を極めるだろう。
彼らが一列に並び、身体に触れ、術の影響下にあることを確認すると、ユウタロウは徐に歩を進める。
「「っ!」」
ユウタロウが右手で触れていた地点は通り過ぎているというのに、結界によってその動きが阻まれていない光景を目の当たりにし、ティンベルとルルは目を見開く。
ティンベルも操志者ではあるが、これ程までの技術は持ち合わせていない。勇者の名は伊達では無いのだと、ティンベルは感嘆したのだ。
最後尾のクレハが結界内に入ったことを確認すると、ユウタロウは結界のジルを元の状態に戻す。
結界に手を加えたという痕跡を消すと、ユウタロウは進行方向へと振り向き、
「……よし。行くぞ」
そう呟いた。その瞬間――。
「っ!?」
明確な敵意を感じ、ユウタロウは咄嗟に腰に帯刀する剣を抜刀した。
カキンっと、刃と刃がぶつかる。上から剣を振り下ろしてきたその女性と、ユウタロウの視線が交錯する。
「……あら?いけたと思ったのに……あなた結構強いのね」
不意打ちの攻撃を仕掛けてきたその女は、意外そうに呟いた。彼女の想定では一撃必殺で、ユウタロウは戦闘不能に陥るはずだったので、表情には出さずともかなり驚いているのだ。
「ルル!クレハ!先に行け!」
「承知!」
「えっ?ちょ……」
どうやっても足止めを食らってしまうのは必至。この刹那の内にそれを理解したユウタロウは、クレハとルルの二人に尾行を託すことにした。
すぐに主の意を汲んだクレハはルルを片手で抱えると、目にも止まらぬ速さで駆け出す。状況を理解できぬまま突如持ち上げられたルルは、あからさまにその困惑を表情に滲ませ、キョロキョロと視界が定まっていない。
「やだ、二人取り逃がしちゃった……どうしましょう」
「アンタ、何者だ?」
ユウタロウから距離を置き、物静かに着地した彼女は困ったように首を傾げた。そしてユウタロウが尋ねると、不敵に微笑する。
「私はディアン。レディバグ構成員、序列62位――ディアンよ」
「っ、アンタが噂のレディバグ、ねぇ……」
「えぇ、そう。あなたたちは何の目的でここに?というか何者?」
「名乗るような者ではねぇけど、俺たちは……」
「ディアン!」
自らの目的を語ろうとしたその時、ユウタロウの声はかき消された。仲間の安否を危惧するようなその声は高く、ユウタロウたちの視線は、一斉にその人物の元へ集まる。
声の主であるその少女は、ユウタロウたちには目もくれず、急いでディアンの元へ駆け寄った。
「ヒメちゃんっ……相変わらず速いわね……皓然くんと尾行してたんじゃないの?」
「尾行は皓然に任せたの。それよりディアンは何を、騒いで……」
一先ずディアンの安否を確認でき、余裕が生まれたヒメは、漸くユウタロウたちの存在に意識を向けた。そしてその瞬間、ヒメの声は途切れた。
茫然自失とは、当にこのことを言うのだろう。そんな表情でヒメは硬直してしまう。その視線の先にいたのは、当惑気味のティンベルである。
しばらくティンベルをガン見しながら呆けていたヒメだが、段々と平静を取り戻すと、徐に口を開いた。
「ディアン……」
「なに?」
「この人たちと、なに、していたの?」
「え?……不審だったから捕らえて尋問しようかと思ったんだけど」
「馬鹿なのっ!?」
「えぇっ……?」
突如罵声を浴びせられたディアンは、ただただ困惑してしまう。普段のヒメは滅多なことで怒りを露わにしたりせず、穏やかな口調が基本の、優しい性格である。故に、彼女は不安になった。
そんな彼女をここまで激怒させてしまうような何かを、自らが犯してしまったのではないかと。
「ディアンがここまで大大大大大馬鹿だとは思わなかったの!失望なのっ!」
「へっ、ちょ……ヒメちゃん、急にどうし……」
「ごめんなさいなのっ!許して欲しいのっ」
ディアンの困惑解けぬまま、ヒメは唐突に頭を下げて陳謝した。ティンベルたち三人に向けられたその九十度の礼に、皆どう対処すればいいのかと当惑する。
「ちょっとヒメちゃんっ?何で急に頭なんか……」
「ディアン……ちょっとコッチに来るの!」
ヒメは忌々しげにディアンの方を振り向くと、彼女の腕を引いてユウタロウたちから距離を取る。首を傾げる他ない三人を置き去りにしたまま、ヒメたちは聞こえない程度のボリュームで会話を始めた。
『どうしたのよっ?』
『ディアンは馬鹿なのっ?あそこに御座す方が誰だか分かっていないの?』
『へっ?』
未だこの危機的状況を理解できていない、ディアンの呆けた声がその時のヒメには、妙に鮮烈に響いてしまった。もちろん、悪い意味で。
苛立ちを覚えてしまったが最後。ヒメを塞き止めるものなど皆無になってしまう。
ヒメは小さいながらも、苛立ちと威圧感を犇々と感じられる声で、真実を語ることにした。
『彼女はティンベル・クルシュルージュ!……マスターの妹君なの!』
「……っ、えぇーーーーーーーーーーっっ!?」
天地が割れるような、甲高い悲鳴にも似た、ディアンによる驚きの大声が響き渡る。その声のせいで尾行対象にバレる可能性があったので、ヒメは即座に彼女の口を片手で塞いだ。
「っるせぇな……何揉めてるんだ?」
「い、いえっ!何でも無いのよぉ、ごめんなさぁい……おほほほほほ……」
眉を顰めたユウタロウに探りを入れられるが、ディアンは誤魔化すような愛想笑いでその場を切り抜ける。再び内輪話を始める為、二人は身を寄せ合った。
『ちょっとヒメちゃんっ、それ本当なの?誤情報掴まされてない?』
『ヒメが間違えるわけ無いの』
『ぐっ、それもそうね……』
『しかも隣にいるのは勇者なの』
『っ!?……道理で強いはずだわ……』
『ディアン……マスターに勇者一族と敵対する意思は無いの。その上マスターの妹君を怪しい者と勘違いするなんてっ……』
『だ、だって私、アデル様の妹君のお顔なんて知らないものっ……』
様々な新情報に当惑し、頭がこんがらがっているせいか、ディアンは自らの失態に遣る瀬無くなってしまい、少し泣きそうになっている。
そんなディアンの表情を目の当たりにし、少し可哀想になってきたのか、ヒメは呆れ混じりの声で励まし始める。
『とにかくっ。今はティンベル様たちへの謝罪に専念するのっ。いいの?』
『えぇ』
そんな彼の後をつける人影が一人……いや、正確に言ってしまえば五人である。
ナオヤを直接尾行しているのはクレハ一人なのだが、ユウタロウたち四人はそんなクレハの後を追っているのだ。
五人同時に尾行する手もあったが、五人の中で最も気配を悟られにくいクレハが先陣を切った方が、バレる危険性が低いだろうと考えた結果である。
「ユウちゃ~ん……私もう疲れたわぁ。それに飽きちゃった」
尾行中、不意にチサトが立ち止まった。釣られるように立ち止まると、彼らはチサトに呆れの眼差しを向ける。
「だからお前はロクヤと留守番してろっつったんだよ」
「だってぇ~……」
「歩かないなら置いてくぞ」
「ユウちゃんの意地悪ぅ……私みたいな超絶美女を一人置き去りにして、もし変態に襲われでもしたらどうするのよ!」
「変態はお前の方だからその心配はない」
「っっ……むぅ……」
「あ、否定しないんですね」
変態呼ばわりされたチサトは悔し気に頬を膨らませるだけで、思わずティンベルはツッコみを入れてしまった。
「ユウちゃんは、私の身体が見ず知らずの変態の好きにされてもいいって言うの!?」
「はぁ?……んなわけねぇだろうが。てめぇは俺の女なんだから、俺の許可なく誰かに食われるなんて」
「ユウちゃん……」
恥ずかし気も無くストレートにユウタロウが言うと、チサトは感激した様に頬を赤らめる。そんな彼女を目の当たりにしたユウタロウは思わず「ちょろ」と本音を吐露してしまった。
「ユウタロウ様。心の声が漏れていますよ」
「あ、やべっ」
「もう!ユウちゃんの馬鹿っ!」
「だぁっ!クッソめんどくせぇなてめぇはっ」
苛立ちを露わにするように頭を掻きむしると、ユウタロウは大声を上げた。そして感情に身を任せるように、チサトの身体をひょいっと抱え上げてしまう。
刹那、チサトの目が見開かれ、その表情は驚きと羞恥に染められる。
「へっ?ちょ、ユウちゃんっ!?」
「疲れたんなら俺が運んでやんよ。これで文句ねぇだろうが……だからてめぇは、そのピーちくパーちくうるせぇ口を閉じろ。でないと口、塞ぐぞ?」
「っ~……」
凍てつくような、射殺されてしまいそうな……それでいて甘い。鋭い眼差しで見下ろされたチサトは、毒に侵された様に硬直してしまう。そしてその相好は、熱に浮かされた様に一面真っ赤である。
そんな二人の近くにいるというのに、何故か遠い場所から見ているようなティンベルの瞳には、現実逃避が見て取れた。
「……何故私たちは、バカップルの痴話げんかを見せつけられているのでしょうか」
「微笑ましくてよいではありませんか」
「アリザカくんって、心が広いのですね……」
「?」
ティンベルはどこか遠い目をすると「ははは……」と自嘲気味な笑みを浮かべた。
********
チサトを抱えながら尾行を続けるユウタロウ。
この尾行を遠足か何かと勘違いしているのではないかと思える程、嬉々とした相好で歩き続けるルル。
そしてバカップルのいちゃつきを目の当たりにしたせいで辟易とし、死んだ魚の様な目をしているティンベル。
この四人による尾行は、一時的に中断された。
「クレハ……これか?」
「主君っ」
ある地点で立ち往生しているクレハを発見したユウタロウは、抱えていたチサトを地面に下ろして言った。
クレハは急いでユウタロウの元へ駆け寄ると、その場に跪く。それを目にすると、ユウタロウはうんざりしたような表情でため息をついた。
「お前さぁ、いちいちそういうの良いから。その跪く動きだけでどれだけ時間を消費してると思ってやがる。……死ぬまでやり続けたら、トータルでどれ程の時間を無駄にすると思って……」
「いや主君!ここは譲れぬのだ!……主君は某が最も敬い、生涯尽くすと誓ったお方。そんな主君に対して敬意を示すのは、某の中で何よりも重要視される。某はこの行為を時間の無駄などと思ったことは一度もっ……」
「そういう議論はお家でやっていただけますか?まずはこの結界を何とかしないと。副生徒会長を見失ってしまいます」
「……そうだな」
ティンベルにド正論で割って入られ、ユウタロウとクレハは若干反省した。若干である。
ユウタロウは早速結界に対処すべく、結界の状態を確かめる作業に着手する。
目には見えない薄い膜のような結界が、まずどこに。どの程度の範囲に張られているのか確認する為、ユウタロウは手を伸ばす。
「……ここか」
何かに阻まれるように腕の動きが止まった地点。そこから掌を滑らせるように、ユウタロウは歩き始めた。ティンベルたちは、その様子を傍観することしか出来ない。
一分程歩くと、結界に這わせていた手がスカッと抜ける所があり、ユウタロウは足を止める。真っ直ぐ直線上の結界はそこで尽きており、九十度曲がると同じような結界が姿を現した。
「この感じだと恐らく、目的地を取り囲むようにして立方体、ないし直方体型の結界を張ってるんだろうな。副生徒会長様は、見られたら不味い真似をしようとしているみたいだし」
「副生徒会長に悟られること無く突破するのは可能でしょうか?」
「愚問だな」
ティンベルの問いかけが心外だとでも言わんばかりに答えると、ユウタロウは不敵な笑みを零す。
そして結界に触れると、結界に含まれるジルを操り始めた。
「……結界のジルと俺の体内に含まれているジルを同化させたから、これで問題なく通れる。……おいてめぇら、俺の後ろに一列に並べ」
「えっと……あぁ、術の影響を私たちにも反映させるために、身体に触れればよいのですね」
「流石は生徒会長様。頭の切れる奴は話が早くて助かるぜ」
ユウタロウに促されるまま、彼の後ろにチサト、ティンベル、ルル、クレハの順に並んだ。各々が、現在目の前にいる人の身体の一部に触れれば、準備は完了である。
ジルが全てと言っても過言では無いこの世界において、結界という存在も当然ジルによって生み出されている。この程度の結界を壊すことはクレハにもできるが、手荒な真似をして相手に悟られてしまうのはよろしくない。
なのでユウタロウは操志者としての技術を頼りに、この結界攻略を試みたのだ。
結界に含まれるジルと、生物の体内に含まれるジルは根本的に同じではあるが、系統が少し異なる。
故に手を加え、その系統を同一にすることで、結界の一部を結界で無くす。ユウタロウが行ったのはそういうことである。
だが操志者では無いクレハからしてみれば、その原理を理解するのは困難を極めるだろう。
彼らが一列に並び、身体に触れ、術の影響下にあることを確認すると、ユウタロウは徐に歩を進める。
「「っ!」」
ユウタロウが右手で触れていた地点は通り過ぎているというのに、結界によってその動きが阻まれていない光景を目の当たりにし、ティンベルとルルは目を見開く。
ティンベルも操志者ではあるが、これ程までの技術は持ち合わせていない。勇者の名は伊達では無いのだと、ティンベルは感嘆したのだ。
最後尾のクレハが結界内に入ったことを確認すると、ユウタロウは結界のジルを元の状態に戻す。
結界に手を加えたという痕跡を消すと、ユウタロウは進行方向へと振り向き、
「……よし。行くぞ」
そう呟いた。その瞬間――。
「っ!?」
明確な敵意を感じ、ユウタロウは咄嗟に腰に帯刀する剣を抜刀した。
カキンっと、刃と刃がぶつかる。上から剣を振り下ろしてきたその女性と、ユウタロウの視線が交錯する。
「……あら?いけたと思ったのに……あなた結構強いのね」
不意打ちの攻撃を仕掛けてきたその女は、意外そうに呟いた。彼女の想定では一撃必殺で、ユウタロウは戦闘不能に陥るはずだったので、表情には出さずともかなり驚いているのだ。
「ルル!クレハ!先に行け!」
「承知!」
「えっ?ちょ……」
どうやっても足止めを食らってしまうのは必至。この刹那の内にそれを理解したユウタロウは、クレハとルルの二人に尾行を託すことにした。
すぐに主の意を汲んだクレハはルルを片手で抱えると、目にも止まらぬ速さで駆け出す。状況を理解できぬまま突如持ち上げられたルルは、あからさまにその困惑を表情に滲ませ、キョロキョロと視界が定まっていない。
「やだ、二人取り逃がしちゃった……どうしましょう」
「アンタ、何者だ?」
ユウタロウから距離を置き、物静かに着地した彼女は困ったように首を傾げた。そしてユウタロウが尋ねると、不敵に微笑する。
「私はディアン。レディバグ構成員、序列62位――ディアンよ」
「っ、アンタが噂のレディバグ、ねぇ……」
「えぇ、そう。あなたたちは何の目的でここに?というか何者?」
「名乗るような者ではねぇけど、俺たちは……」
「ディアン!」
自らの目的を語ろうとしたその時、ユウタロウの声はかき消された。仲間の安否を危惧するようなその声は高く、ユウタロウたちの視線は、一斉にその人物の元へ集まる。
声の主であるその少女は、ユウタロウたちには目もくれず、急いでディアンの元へ駆け寄った。
「ヒメちゃんっ……相変わらず速いわね……皓然くんと尾行してたんじゃないの?」
「尾行は皓然に任せたの。それよりディアンは何を、騒いで……」
一先ずディアンの安否を確認でき、余裕が生まれたヒメは、漸くユウタロウたちの存在に意識を向けた。そしてその瞬間、ヒメの声は途切れた。
茫然自失とは、当にこのことを言うのだろう。そんな表情でヒメは硬直してしまう。その視線の先にいたのは、当惑気味のティンベルである。
しばらくティンベルをガン見しながら呆けていたヒメだが、段々と平静を取り戻すと、徐に口を開いた。
「ディアン……」
「なに?」
「この人たちと、なに、していたの?」
「え?……不審だったから捕らえて尋問しようかと思ったんだけど」
「馬鹿なのっ!?」
「えぇっ……?」
突如罵声を浴びせられたディアンは、ただただ困惑してしまう。普段のヒメは滅多なことで怒りを露わにしたりせず、穏やかな口調が基本の、優しい性格である。故に、彼女は不安になった。
そんな彼女をここまで激怒させてしまうような何かを、自らが犯してしまったのではないかと。
「ディアンがここまで大大大大大馬鹿だとは思わなかったの!失望なのっ!」
「へっ、ちょ……ヒメちゃん、急にどうし……」
「ごめんなさいなのっ!許して欲しいのっ」
ディアンの困惑解けぬまま、ヒメは唐突に頭を下げて陳謝した。ティンベルたち三人に向けられたその九十度の礼に、皆どう対処すればいいのかと当惑する。
「ちょっとヒメちゃんっ?何で急に頭なんか……」
「ディアン……ちょっとコッチに来るの!」
ヒメは忌々しげにディアンの方を振り向くと、彼女の腕を引いてユウタロウたちから距離を取る。首を傾げる他ない三人を置き去りにしたまま、ヒメたちは聞こえない程度のボリュームで会話を始めた。
『どうしたのよっ?』
『ディアンは馬鹿なのっ?あそこに御座す方が誰だか分かっていないの?』
『へっ?』
未だこの危機的状況を理解できていない、ディアンの呆けた声がその時のヒメには、妙に鮮烈に響いてしまった。もちろん、悪い意味で。
苛立ちを覚えてしまったが最後。ヒメを塞き止めるものなど皆無になってしまう。
ヒメは小さいながらも、苛立ちと威圧感を犇々と感じられる声で、真実を語ることにした。
『彼女はティンベル・クルシュルージュ!……マスターの妹君なの!』
「……っ、えぇーーーーーーーーーーっっ!?」
天地が割れるような、甲高い悲鳴にも似た、ディアンによる驚きの大声が響き渡る。その声のせいで尾行対象にバレる可能性があったので、ヒメは即座に彼女の口を片手で塞いだ。
「っるせぇな……何揉めてるんだ?」
「い、いえっ!何でも無いのよぉ、ごめんなさぁい……おほほほほほ……」
眉を顰めたユウタロウに探りを入れられるが、ディアンは誤魔化すような愛想笑いでその場を切り抜ける。再び内輪話を始める為、二人は身を寄せ合った。
『ちょっとヒメちゃんっ、それ本当なの?誤情報掴まされてない?』
『ヒメが間違えるわけ無いの』
『ぐっ、それもそうね……』
『しかも隣にいるのは勇者なの』
『っ!?……道理で強いはずだわ……』
『ディアン……マスターに勇者一族と敵対する意思は無いの。その上マスターの妹君を怪しい者と勘違いするなんてっ……』
『だ、だって私、アデル様の妹君のお顔なんて知らないものっ……』
様々な新情報に当惑し、頭がこんがらがっているせいか、ディアンは自らの失態に遣る瀬無くなってしまい、少し泣きそうになっている。
そんなディアンの表情を目の当たりにし、少し可哀想になってきたのか、ヒメは呆れ混じりの声で励まし始める。
『とにかくっ。今はティンベル様たちへの謝罪に専念するのっ。いいの?』
『えぇ』
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──勇者は、すべてを裏切られ、処刑された。
だが、彼の魂は復讐の炎と共に蘇る──。
かつて魔王を討ち、人類を救った勇者 レオン・アルヴァレス。
だが、彼を待っていたのは称賛ではなく、 王族・貴族・元仲間たちによる裏切りと処刑だった。
「力が強すぎる」という理由で異端者として断罪され、広場で公開処刑されるレオン。
国民は歓喜し、王は満足げに笑い、かつての仲間たちは目を背ける。
そして、勇者は 死んだ。
──はずだった。
十年後。
王国は繁栄の影で腐敗し、裏切り者たちは安穏とした日々を送っていた。
しかし、そんな彼らの前に死んだはずの勇者が現れる。
「よくもまあ、のうのうと生きていられたものだな」
これは、英雄ではなくなった男の復讐譚。
彼を裏切った王族、貴族、そしてかつての仲間たちを絶望の淵に叩き落とすための第二の人生が、いま始まる──。
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