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第一章 学園編
31.序列一位1
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「――随分とお困りのようね……勇者くん?」
男の声だった。その口調には女性らしさを感じるが、耳に届くのは男の低い声。
だが正直ユウタロウには、その人物の話し方を気にすることが出来る程の余裕など無かった。
何故ならユウタロウは、その人物の声を聞くまで、第三者の接近に一切気づけなかったから。
ユウタロウは、生物の気配に敏感だ。親しい者だろうが他人だろうが、近くに潜んでいればその気配を察知することが出来る。だが今回に限っては、その能力が一切通用しなかったのだ。
あまりにも近くから声を感じ、僅かに首を動かすと、ユウタロウは衝撃に息を呑む。
目の前に。あまりにも至近距離に。相手の吐息も感じられる程近くに。見知らぬ男の顔が迫っていたから。
少しでも身動きすれば身体と身体が触れ合ってしまいそうな距離に、ユウタロウは柄にもなく当惑してしまう。
クリっとした瞳を目一杯開き、心底興味深そうな相好で、その男はユウタロウの顔を覗き込んでいる。
ユウタロウよりも少し低い背に、美しい赤髪。繊細なその赤髪を、短く切りそろえている。真っ黒な瞳は艶やかで、深淵を覗くことが出来ない。
黒、白、赤を基調とした、華やかな和服に身を纏っており、この世界ではあまり見ない衣服に、ユウタロウたちは当惑してしまう。彼の指の爪にはネイルが施されおり、それもまた、彼の異質なオーラの原因になっている。この世界にはあまりネイルというものが普及していない。嗜んでいる者も多少いるが、その少数派のほとんどが女性。故に、男性がネイルを施しているのは珍しいのだ。
赤をベースに、黒いドットが散りばめられたそのネイルは、彼自身を表しているようでもある。だが、ユウタロウたちは知らない。そしてこれから、知ることも無いだろう。
そのネイルが〝レディバグ〟――この世界には存在しない虫を表していることなど。
左腰に二振り。背中に一振り。計三振りの刀を彼は帯刀しており、どこからどう見ても剣士であった。
「…………誰だ」
目が合って数秒後。何とか落ち着きを取り戻したユウタロウは、一歩引いて尋ねた。警戒心を露わにし、神妙な面持ちのユウタロウとは対照的に、その人物は含みの無い満面の笑みを浮かべている。
「リオリオだよ!」
「……は?」
想定外の返答に、ユウタロウは思わず怒気を含んだ声で疑問を呈してしまう。男が何を言っているのか全く理解できず、困惑は深まるばかりであった。
「ねぇねぇねぇ、そんなことよりもさ!君、勇者のユウタロウくんなんだよね?」
「……そうだけど」
「うぉぉぉ、これがモノホンの勇者かぁ。想像よりずっとイケメンね!それにしても、勇者のユウタロウって、何だか語呂合わせみたいよね。ぷぷっ……そうだっ!ユウユウ勇者くんって呼んでもいいっ?いいよね?俺的に超イカしたあだ名だと……」
刹那、倒れていた災害級野獣が猛スピードで迫ってくる。災害級野獣の魔の手が彼に迫ろうとしたその時――。
ズドンっ!と、鈍く激しい音と共に、災害級野獣は再び吹っ飛ばされていった。
吹っ飛ばしたのは、突如現れた亜人の女性。素早く鋭い回し蹴りを災害級野獣に打ち込むと、軽々と蹴り飛ばしてしまったのだ。
亜人の彼女は清らかに地面に降り立つと、キリッと凛とした眼差しを男に向けた。
「――リオ様。自己紹介が乱雑な上、初対面の方に対して失礼ですよ。もう少し警戒心をお持ちになってください。あの化け物、今リオ様を喰おうとしておりましたよ」
淡々とした声音で、彼女は彼――リオに苦言を呈した。
リオより少し低い、一六五センチの背丈。色白の肌。細くしなやかでありながら、芯の強さを感じる身体つき。灰色の髪に、同色の猫の耳を生やしている。サラサラの灰髪は、肩につかない程度のショートカットだ。
青系統の落ち着いた色合いの和服を身につけており、リオと似通った格好をしている。だが彼女の下衣は丈が短めで、全体の装飾も華やかで可愛らしいものである。下衣の隙間からは、亜人特有の尻尾が飛び出しており、見たところ兎の尻尾だと思われた。
そんな彼女からの小言を聞くと、リオは何故か得意気な表情で口を開く。
「ナギ助が助けてくれるから大丈夫ね」
「……」
実際、助けてしまったので反論できず、彼女は無表情のまま口を噤んだ。
「それと、一つ疑問なのですが、ユウユウ勇者ではユウが一つ多いのでは?」
「ノリで付けてるんだからいちいちツッコまないでよ。響きよ響き」
「おい……」
物凄くどうでもいい話が進みそうな流れを止めるべく、ユウタロウは声をかけた。すると彼女はハッとし、ユウタロウの方を向く。
「っ、失礼いたしました。勇者ユウタロウ様。私はレディバグ構成員、序列九位、ナギカという者です。こちらのリオ様の元で仕えさせていただいております」
「……アンタらもレディバグか……ってことは、ヒメたちに言われて来たのか?」
「ヒメ……?ゆ、ユウユウ勇者くん……」
ユウタロウの問いに答える者はいなかった。ヒメの名前を耳にした途端、突如様子のおかしくなったリオが、震える声でユウタロウを呼んだからだ。
「あ?ってかそのあだ名やめろ」
「ひひひひひ、ヒメってことは、もしかして……ヒメっちに会ったの?」
「……?アンタの言うヒメっち?ってのがよく分からねぇが、序列対象外でチビのヒメなら知ってんぞ」
ユウタロウが答えた途端、リオの目がみるみるうちに見開かれていく。そのままリオは羨むような表情で、羨望の眼差しをユウタロウに向けた。
「えぇっ!?いいなぁいいなぁ!俺もヒメっちに会いたぁい!ヒメっちのぷにぷにの頬っぺた触りたぁい!何で俺ヒメっちたちと別行動なのぉ……」
「そもそも発端はリオ様だったと記憶しておりますが」
「だってだって!しょうがないじゃん……いろんな国に分散しないといけなかったんだからっ」
「分かっておられるのでしたら駄々をこねないでください。五月蠅いです」
「ナギ助が俺に優しくないぃ……俺、泣いちゃうかもよ?」
「そんなことよりも。あの災害級野獣をどの様に倒すか、作戦を練った方がよろしいのでは?」
「そんなことって言わないでよぉ……」
ナギカに冷たくあしらわれてしまい、リオはがっくりと肩を落とした。
「勇者様。あの災害級野獣は恐らく、首を刎ねない限り何度でも蘇ります」
「みたいだな。倒すなら、三人がかりで一気に畳みかけねぇと」
「もう!二人とも勝手に話進めちゃって。俺を蔑ろにするんなら、協力してあげないわよ?」
当初、彼の気配を全く察知できなかったこともあり、リオが自分以上の強者であることをユウタロウは何となく理解していた。そんなリオ――勇者以上の実力者の協力があるか無いかでは、天と地ほどの差がある。災害級野獣を倒すには、リオの協力が必要不可欠だ。故に、リオがへそを曲げたままだと不味いと、ユウタロウは顔を顰めるが――。
「勇者様、どうかお気になさらず。今のは嘘ですので」というナギカの助言がすかさず入った。
「む……何でそんなこと分かるのよ、ナギ助」
リオは思わず頬を膨らませて不満を口にした。すると、ナギカは酷く穏やかな眼差しでリオを捉える。
「……リオ様が、このような危機を見過ごせるはず、無いではありませんか」
「ナギ助……」
「では作戦を立てましょうか」
「変わり身早いわね、ナギ助」
ジーンと心を温かくしたのも束の間、現実主義のナギカによってリオの心は冷房をつけた様に冷え切っていく。
「作戦立てんなら、アンタらの得意分野を教えて欲しい」
「はい。私は剣も使えますが、リオ様や勇者様と比べてしまうと赤子同然の技量です。得意……と言えるのかは分かりませんが、体術と純粋な力でなら、それなりに自信があります」
「俺はねぇ、剣術なら誰にも負けないよ。早い連撃とか、抜刀術とかなら、アデルんにも負ける気しないなぁ」
「っ!」
のんびりとした声音で、何でも無い様に言ってのけたリオだが、ユウタロウは強い衝撃を受けていた。リオが〝アデルん〟と呼んだその人が、レディバグの長であり、ティンベルの実の兄である、アデル・クルシュルージュだということは、ユウタロウにも理解できている。
ユウタロウにとって衝撃的だったのは、剣術でならアデル以上の実力を持つと自負したリオの発言。レディバグの長が一番の実力者であると仮定した上で、リオが法螺を吹いていないのであれば、彼の実力は計り知れない。
「……へぇ、やっぱお前、結構強いんだな」
不敵に破顔すると、ユウタロウは興味深そうに呟いた。
「まぁねぇ!あ、でも。力はあんまし無いから、あの硬そうな首を切るのは、ちょっと工夫しないと無理かも」
「俺は基本的に何でもできるが……強いて言うなら、コイツの力を借りて、威力を何倍にも増幅させた剣技だろうな」
そう言って、ユウタロウは蚊帳の外状態だったチサトを指差す。
「では、こういうのはどうでしょうか。
切り込み隊長は私で……リオ様は私が一発かました後、斬首の障害となりそうな部位を全てぶった切り、最後に勇者様が敵の首をとる」
「おっけー。それでいこうか」
「分かった」
三人の特性を把握し、まとめたナギカの提案に、各々が頷いて返した。即断即決の三人は、行動に移るのも早い。
ナギカの吹っ飛ばした災害級野獣が少しずつこちらに向かっていることを悟ると、三人は同時に駆け出した。
誰よりも速く、災害級野獣の元へ向かったのはナギカ。彼女が敵の間合いに入ろうとする最中、リオは周囲の木々を渡り、どんどん上へと向かっていた。
「チサト。ありったけのジル、俺の剣に込めるぞ。首を斬る瞬間、そのジルをぶっ放す」
「分かったわ」
一方のユウタロウは、止めの一発を遂行する為、チサトと策を練っていた。
自らにどんどん接近するナギカの存在に気づくと、災害級野獣はその牙を向く。思いきり口を開けると、ナギカに向かって業火を放った。
それに対し、ナギカは自らの生み出したジルで対抗する。水に変換したジルを剣に纏わすと、迫る業火を絶え間なく斬ることで消火を行ったのだ。
煙から突如飛び出してきたナギカに、災害級野獣は一瞬怯む。その隙をついて、ナギカは災害級野獣の長い尾を上り始めた。俊足で尾のつけ根まで到達すると、ナギカは強く踏み切り、高く跳躍する。そして災害級野獣の頭まで飛ぶと、強烈な回し蹴りを食らわせた。
ナギカの踵が蟀谷に直撃し、バシン!!という衝撃音が鳴り響く。災害級野獣はぐらっとふらつくが、ナギカの攻撃はそれで終わりでは無かった。
ゆっくりと倒れこもうとする災害級野獣より先に着地したナギカは、即座に駆け出し回り込む。そして、今にも災害級野獣が倒れ込むであろう地点まで辿り着くと、災害級野獣の身体を思い切り蹴り上げた。
バシン!と空に舞った災害級野獣に追い打ちをかけるように、ナギカは跳躍すると、更にもう一発蹴りを入れた。空高く舞い上がった災害級野獣を待ちうけていたのは、木に登っていたリオ。
リオは幹をバネに駆け出すと、同時に二本の刀を抜刀した。そして、空に舞う災害級野獣めがけ、目にも止まらぬ速さで刃を振るう。
「……ハハッ、バケモンかよ」
想像を絶するリオの剣技に、ユウタロウは言葉を失い、引き攣った笑みを浮かべた。あのユウタロウでも、リオの動きを何とか目で追える程度で、チサトに至っては、あまりの速さにリオが何をしているのか理解できていない。
二刀流で絶えず剣撃を繰り出す上、元々の剣捌きが途轍もない速度なので、常人では視認することすら出来ないのだ。
そんな素早い連撃で、四本の腕と四本の脚を全て斬りおとすと、災害級野獣が落下したのと同時に尻尾を斬りおとした。
「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああっっ!!」
想像を絶する苦しみに叫喚する災害級野獣に回復する暇を与えない為、ユウタロウは即座に駆け出す。するとリオは、少しでも威力の足しになればと、背中に背負っていた刀をユウタロウに投げ渡した。
「ユウユウ勇者くん!貸したげるっ」
「っ!」
目を見開きつつ、パシッとその柄を掴むと、ユウタロウは災害級野獣の首まで一気に跳躍した。
脚を失い、尻餅をついている災害級野獣の首めがけ、水を纏った二本の刃を振るう。首に刃が到達するまで、勢いのある横回転をかけながら接近し、首に刃が触れた瞬間――。
溜め込んだジルを一気に放った。
ブジャッア……――。鱗が切れ、皮膚を食い破り、肉と骨が物凄い速度と勢いで絶たれていく音が凄まじい。鮮血が壊れた蛇口のように吹き出し、反対方向に進んでいるユウタロウでも返り血を浴びてしまうほど。その地帯だけに血の雨が降り注ぎ、リオは「おぉー」と呑気な声を漏らしながら、どこからともなく取り出した傘をさし始めている。
そして災害級野獣の首を完全に斬り落とすと、ユウタロウは勢いを抑えるように数度回転し、滑り込むように着地した。同時に、災害級野獣は首と共に、力なく倒れていく。
「――アンタ、名前は?」
血の雨が止み、傘を下ろしたリオの方を不意に振り向くと、ユウタロウは唐突に尋ねた。まるで、毎日交わす言葉を投げかけるように。習慣の問いかけをするような、その平坦な声は、この状況下でのみ異質となる。
だがユウタロウにとって、自身と同等以上の強者に興味を抱くのはごく自然のことである。そんな声音になってしまっても無理は無いのだ。
問うと同時に、ユウタロウは借りていた刀を素早く投げ返した。
受け取り、背中の鞘に納めると、リオは満面の笑みを浮かべ、Vサインを作った右手を突き出す。
「――序列第一位……リオ・カグラザカだよっ!」
男の声だった。その口調には女性らしさを感じるが、耳に届くのは男の低い声。
だが正直ユウタロウには、その人物の話し方を気にすることが出来る程の余裕など無かった。
何故ならユウタロウは、その人物の声を聞くまで、第三者の接近に一切気づけなかったから。
ユウタロウは、生物の気配に敏感だ。親しい者だろうが他人だろうが、近くに潜んでいればその気配を察知することが出来る。だが今回に限っては、その能力が一切通用しなかったのだ。
あまりにも近くから声を感じ、僅かに首を動かすと、ユウタロウは衝撃に息を呑む。
目の前に。あまりにも至近距離に。相手の吐息も感じられる程近くに。見知らぬ男の顔が迫っていたから。
少しでも身動きすれば身体と身体が触れ合ってしまいそうな距離に、ユウタロウは柄にもなく当惑してしまう。
クリっとした瞳を目一杯開き、心底興味深そうな相好で、その男はユウタロウの顔を覗き込んでいる。
ユウタロウよりも少し低い背に、美しい赤髪。繊細なその赤髪を、短く切りそろえている。真っ黒な瞳は艶やかで、深淵を覗くことが出来ない。
黒、白、赤を基調とした、華やかな和服に身を纏っており、この世界ではあまり見ない衣服に、ユウタロウたちは当惑してしまう。彼の指の爪にはネイルが施されおり、それもまた、彼の異質なオーラの原因になっている。この世界にはあまりネイルというものが普及していない。嗜んでいる者も多少いるが、その少数派のほとんどが女性。故に、男性がネイルを施しているのは珍しいのだ。
赤をベースに、黒いドットが散りばめられたそのネイルは、彼自身を表しているようでもある。だが、ユウタロウたちは知らない。そしてこれから、知ることも無いだろう。
そのネイルが〝レディバグ〟――この世界には存在しない虫を表していることなど。
左腰に二振り。背中に一振り。計三振りの刀を彼は帯刀しており、どこからどう見ても剣士であった。
「…………誰だ」
目が合って数秒後。何とか落ち着きを取り戻したユウタロウは、一歩引いて尋ねた。警戒心を露わにし、神妙な面持ちのユウタロウとは対照的に、その人物は含みの無い満面の笑みを浮かべている。
「リオリオだよ!」
「……は?」
想定外の返答に、ユウタロウは思わず怒気を含んだ声で疑問を呈してしまう。男が何を言っているのか全く理解できず、困惑は深まるばかりであった。
「ねぇねぇねぇ、そんなことよりもさ!君、勇者のユウタロウくんなんだよね?」
「……そうだけど」
「うぉぉぉ、これがモノホンの勇者かぁ。想像よりずっとイケメンね!それにしても、勇者のユウタロウって、何だか語呂合わせみたいよね。ぷぷっ……そうだっ!ユウユウ勇者くんって呼んでもいいっ?いいよね?俺的に超イカしたあだ名だと……」
刹那、倒れていた災害級野獣が猛スピードで迫ってくる。災害級野獣の魔の手が彼に迫ろうとしたその時――。
ズドンっ!と、鈍く激しい音と共に、災害級野獣は再び吹っ飛ばされていった。
吹っ飛ばしたのは、突如現れた亜人の女性。素早く鋭い回し蹴りを災害級野獣に打ち込むと、軽々と蹴り飛ばしてしまったのだ。
亜人の彼女は清らかに地面に降り立つと、キリッと凛とした眼差しを男に向けた。
「――リオ様。自己紹介が乱雑な上、初対面の方に対して失礼ですよ。もう少し警戒心をお持ちになってください。あの化け物、今リオ様を喰おうとしておりましたよ」
淡々とした声音で、彼女は彼――リオに苦言を呈した。
リオより少し低い、一六五センチの背丈。色白の肌。細くしなやかでありながら、芯の強さを感じる身体つき。灰色の髪に、同色の猫の耳を生やしている。サラサラの灰髪は、肩につかない程度のショートカットだ。
青系統の落ち着いた色合いの和服を身につけており、リオと似通った格好をしている。だが彼女の下衣は丈が短めで、全体の装飾も華やかで可愛らしいものである。下衣の隙間からは、亜人特有の尻尾が飛び出しており、見たところ兎の尻尾だと思われた。
そんな彼女からの小言を聞くと、リオは何故か得意気な表情で口を開く。
「ナギ助が助けてくれるから大丈夫ね」
「……」
実際、助けてしまったので反論できず、彼女は無表情のまま口を噤んだ。
「それと、一つ疑問なのですが、ユウユウ勇者ではユウが一つ多いのでは?」
「ノリで付けてるんだからいちいちツッコまないでよ。響きよ響き」
「おい……」
物凄くどうでもいい話が進みそうな流れを止めるべく、ユウタロウは声をかけた。すると彼女はハッとし、ユウタロウの方を向く。
「っ、失礼いたしました。勇者ユウタロウ様。私はレディバグ構成員、序列九位、ナギカという者です。こちらのリオ様の元で仕えさせていただいております」
「……アンタらもレディバグか……ってことは、ヒメたちに言われて来たのか?」
「ヒメ……?ゆ、ユウユウ勇者くん……」
ユウタロウの問いに答える者はいなかった。ヒメの名前を耳にした途端、突如様子のおかしくなったリオが、震える声でユウタロウを呼んだからだ。
「あ?ってかそのあだ名やめろ」
「ひひひひひ、ヒメってことは、もしかして……ヒメっちに会ったの?」
「……?アンタの言うヒメっち?ってのがよく分からねぇが、序列対象外でチビのヒメなら知ってんぞ」
ユウタロウが答えた途端、リオの目がみるみるうちに見開かれていく。そのままリオは羨むような表情で、羨望の眼差しをユウタロウに向けた。
「えぇっ!?いいなぁいいなぁ!俺もヒメっちに会いたぁい!ヒメっちのぷにぷにの頬っぺた触りたぁい!何で俺ヒメっちたちと別行動なのぉ……」
「そもそも発端はリオ様だったと記憶しておりますが」
「だってだって!しょうがないじゃん……いろんな国に分散しないといけなかったんだからっ」
「分かっておられるのでしたら駄々をこねないでください。五月蠅いです」
「ナギ助が俺に優しくないぃ……俺、泣いちゃうかもよ?」
「そんなことよりも。あの災害級野獣をどの様に倒すか、作戦を練った方がよろしいのでは?」
「そんなことって言わないでよぉ……」
ナギカに冷たくあしらわれてしまい、リオはがっくりと肩を落とした。
「勇者様。あの災害級野獣は恐らく、首を刎ねない限り何度でも蘇ります」
「みたいだな。倒すなら、三人がかりで一気に畳みかけねぇと」
「もう!二人とも勝手に話進めちゃって。俺を蔑ろにするんなら、協力してあげないわよ?」
当初、彼の気配を全く察知できなかったこともあり、リオが自分以上の強者であることをユウタロウは何となく理解していた。そんなリオ――勇者以上の実力者の協力があるか無いかでは、天と地ほどの差がある。災害級野獣を倒すには、リオの協力が必要不可欠だ。故に、リオがへそを曲げたままだと不味いと、ユウタロウは顔を顰めるが――。
「勇者様、どうかお気になさらず。今のは嘘ですので」というナギカの助言がすかさず入った。
「む……何でそんなこと分かるのよ、ナギ助」
リオは思わず頬を膨らませて不満を口にした。すると、ナギカは酷く穏やかな眼差しでリオを捉える。
「……リオ様が、このような危機を見過ごせるはず、無いではありませんか」
「ナギ助……」
「では作戦を立てましょうか」
「変わり身早いわね、ナギ助」
ジーンと心を温かくしたのも束の間、現実主義のナギカによってリオの心は冷房をつけた様に冷え切っていく。
「作戦立てんなら、アンタらの得意分野を教えて欲しい」
「はい。私は剣も使えますが、リオ様や勇者様と比べてしまうと赤子同然の技量です。得意……と言えるのかは分かりませんが、体術と純粋な力でなら、それなりに自信があります」
「俺はねぇ、剣術なら誰にも負けないよ。早い連撃とか、抜刀術とかなら、アデルんにも負ける気しないなぁ」
「っ!」
のんびりとした声音で、何でも無い様に言ってのけたリオだが、ユウタロウは強い衝撃を受けていた。リオが〝アデルん〟と呼んだその人が、レディバグの長であり、ティンベルの実の兄である、アデル・クルシュルージュだということは、ユウタロウにも理解できている。
ユウタロウにとって衝撃的だったのは、剣術でならアデル以上の実力を持つと自負したリオの発言。レディバグの長が一番の実力者であると仮定した上で、リオが法螺を吹いていないのであれば、彼の実力は計り知れない。
「……へぇ、やっぱお前、結構強いんだな」
不敵に破顔すると、ユウタロウは興味深そうに呟いた。
「まぁねぇ!あ、でも。力はあんまし無いから、あの硬そうな首を切るのは、ちょっと工夫しないと無理かも」
「俺は基本的に何でもできるが……強いて言うなら、コイツの力を借りて、威力を何倍にも増幅させた剣技だろうな」
そう言って、ユウタロウは蚊帳の外状態だったチサトを指差す。
「では、こういうのはどうでしょうか。
切り込み隊長は私で……リオ様は私が一発かました後、斬首の障害となりそうな部位を全てぶった切り、最後に勇者様が敵の首をとる」
「おっけー。それでいこうか」
「分かった」
三人の特性を把握し、まとめたナギカの提案に、各々が頷いて返した。即断即決の三人は、行動に移るのも早い。
ナギカの吹っ飛ばした災害級野獣が少しずつこちらに向かっていることを悟ると、三人は同時に駆け出した。
誰よりも速く、災害級野獣の元へ向かったのはナギカ。彼女が敵の間合いに入ろうとする最中、リオは周囲の木々を渡り、どんどん上へと向かっていた。
「チサト。ありったけのジル、俺の剣に込めるぞ。首を斬る瞬間、そのジルをぶっ放す」
「分かったわ」
一方のユウタロウは、止めの一発を遂行する為、チサトと策を練っていた。
自らにどんどん接近するナギカの存在に気づくと、災害級野獣はその牙を向く。思いきり口を開けると、ナギカに向かって業火を放った。
それに対し、ナギカは自らの生み出したジルで対抗する。水に変換したジルを剣に纏わすと、迫る業火を絶え間なく斬ることで消火を行ったのだ。
煙から突如飛び出してきたナギカに、災害級野獣は一瞬怯む。その隙をついて、ナギカは災害級野獣の長い尾を上り始めた。俊足で尾のつけ根まで到達すると、ナギカは強く踏み切り、高く跳躍する。そして災害級野獣の頭まで飛ぶと、強烈な回し蹴りを食らわせた。
ナギカの踵が蟀谷に直撃し、バシン!!という衝撃音が鳴り響く。災害級野獣はぐらっとふらつくが、ナギカの攻撃はそれで終わりでは無かった。
ゆっくりと倒れこもうとする災害級野獣より先に着地したナギカは、即座に駆け出し回り込む。そして、今にも災害級野獣が倒れ込むであろう地点まで辿り着くと、災害級野獣の身体を思い切り蹴り上げた。
バシン!と空に舞った災害級野獣に追い打ちをかけるように、ナギカは跳躍すると、更にもう一発蹴りを入れた。空高く舞い上がった災害級野獣を待ちうけていたのは、木に登っていたリオ。
リオは幹をバネに駆け出すと、同時に二本の刀を抜刀した。そして、空に舞う災害級野獣めがけ、目にも止まらぬ速さで刃を振るう。
「……ハハッ、バケモンかよ」
想像を絶するリオの剣技に、ユウタロウは言葉を失い、引き攣った笑みを浮かべた。あのユウタロウでも、リオの動きを何とか目で追える程度で、チサトに至っては、あまりの速さにリオが何をしているのか理解できていない。
二刀流で絶えず剣撃を繰り出す上、元々の剣捌きが途轍もない速度なので、常人では視認することすら出来ないのだ。
そんな素早い連撃で、四本の腕と四本の脚を全て斬りおとすと、災害級野獣が落下したのと同時に尻尾を斬りおとした。
「ぐぎゃあああああああああああああああああああああああああっっ!!」
想像を絶する苦しみに叫喚する災害級野獣に回復する暇を与えない為、ユウタロウは即座に駆け出す。するとリオは、少しでも威力の足しになればと、背中に背負っていた刀をユウタロウに投げ渡した。
「ユウユウ勇者くん!貸したげるっ」
「っ!」
目を見開きつつ、パシッとその柄を掴むと、ユウタロウは災害級野獣の首まで一気に跳躍した。
脚を失い、尻餅をついている災害級野獣の首めがけ、水を纏った二本の刃を振るう。首に刃が到達するまで、勢いのある横回転をかけながら接近し、首に刃が触れた瞬間――。
溜め込んだジルを一気に放った。
ブジャッア……――。鱗が切れ、皮膚を食い破り、肉と骨が物凄い速度と勢いで絶たれていく音が凄まじい。鮮血が壊れた蛇口のように吹き出し、反対方向に進んでいるユウタロウでも返り血を浴びてしまうほど。その地帯だけに血の雨が降り注ぎ、リオは「おぉー」と呑気な声を漏らしながら、どこからともなく取り出した傘をさし始めている。
そして災害級野獣の首を完全に斬り落とすと、ユウタロウは勢いを抑えるように数度回転し、滑り込むように着地した。同時に、災害級野獣は首と共に、力なく倒れていく。
「――アンタ、名前は?」
血の雨が止み、傘を下ろしたリオの方を不意に振り向くと、ユウタロウは唐突に尋ねた。まるで、毎日交わす言葉を投げかけるように。習慣の問いかけをするような、その平坦な声は、この状況下でのみ異質となる。
だがユウタロウにとって、自身と同等以上の強者に興味を抱くのはごく自然のことである。そんな声音になってしまっても無理は無いのだ。
問うと同時に、ユウタロウは借りていた刀を素早く投げ返した。
受け取り、背中の鞘に納めると、リオは満面の笑みを浮かべ、Vサインを作った右手を突き出す。
「――序列第一位……リオ・カグラザカだよっ!」
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【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
氷河期世代のおじさん異世界に降り立つ!
本条蒼依
ファンタジー
氷河期世代の大野将臣(おおのまさおみ)は昭和から令和の時代を細々と生きていた。しかし、工場でいつも一人残業を頑張っていたがとうとう過労死でこの世を去る。
死んだ大野将臣は、真っ白な空間を彷徨い神様と会い、その神様の世界に誘われ色々なチート能力を貰い異世界に降り立つ。
大野将臣は異世界シンアースで将臣の将の字を取りショウと名乗る。そして、その能力の錬金術を使い今度の人生は組織や権力者の言いなりにならず、ある時は権力者に立ち向かい、又ある時は闇ギルド五竜(ウーロン)に立ち向かい、そして、神様が護衛としてつけてくれたホムンクルスを最強の戦士に成長させ、昭和の堅物オジサンが自分の人生を楽しむ物語。
大工スキルを授かった貧乏貴族の養子の四男だけど、どうやら大工スキルは伝説の全能スキルだったようです
飼猫タマ
ファンタジー
田舎貴族の四男のヨナン・グラスホッパーは、貧乏貴族の養子。義理の兄弟達は、全員戦闘系のレアスキル持ちなのに、ヨナンだけ貴族では有り得ない生産スキルの大工スキル。まあ、養子だから仕方が無いんだけど。
だがしかし、タダの生産スキルだと思ってた大工スキルは、じつは超絶物凄いスキルだったのだ。その物凄スキルで、生産しまくって超絶金持ちに。そして、婚約者も出来て幸せ絶頂の時に嵌められて、人生ドン底に。だが、ヨナンは、有り得ない逆転の一手を持っていたのだ。しかも、その有り得ない一手を、本人が全く覚えてなかったのはお約束。
勿論、ヨナンを嵌めた奴らは、全員、ザマー百裂拳で100倍返し!
そんなお話です。
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
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