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第一章 学園編
33.狙撃手の意地1
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「――ティンベル様。助けに来たの」
ヒメが言い放った刹那、ティンベルは安堵で瞳を濡らすが、そうは問屋が卸さなかった。
「っ……この女を助けたいのであれば、武器を捨て、我々の要求に従ってもらうぞ」
この僅かな時間でティンベルの傍に寄った男は、自らの剣を彼女の頬につき立てながら警告した。ヒヤリとしたその感触に、ティンベルは顔を顰める。
その様子を目の当たりにしたヒメは、頻りに目を瞬きさせると、顔色一つ変えないままに口を開いた。
「…………困ったの」
「困りましたね」
「困ったわぁ……」
ヒメ、皓然、ディアンの順に呟いた。その呑気な声に、ティンベルたちは思わず当惑してしまう。
「……作戦会議なの。二人ともちょっとコッチに来るの」
そう言って背中を向け、しゃがみ込んだヒメは、小さい身体を更に縮める。皓然とディアンは「はいはい」と適当に返事すると、同じようにしゃがみ込み、三人はおしくらまんじゅうの様に身を寄せ合った。
この状況でティンベルから目を離し、のんびりと作戦会議を始めようとしているヒメたちのマイペースさに呆然とするあまり、誰一人としてツッコむことが出来ていない。
『人質に取られてしまったの。少しでも動けばティンベル様、殺されてしまうの。本当に困ったの』
一方のヒメは、ほんの少し声を潜めて言った。
『あぁでも。俺たちが要求を呑もうが呑むまいが、敵はティンベル様を殺すつもりですよ。人質に取って俺たちを脅しているのは、ついでに俺たちのことも一層出来たら一石二鳥だからでしょうね。ティンベル様を助けるには、やはり何か手を打たないと』
皓然の助言に、ヒメは衝撃で目を見開いた。敵の言う通りにしておけば、ティンベルの命だけは保証されるはずだと、素直なヒメは思っていたのだろう。
(まぁもっと言えば、敵に従うことしか出来ない俺たちを利用して、レディバグの全体像を探りたいっていうのが敵の本音かな?……まぁ敵側も、そこまで事が上手く運ぶとも思って無いから、言及してないんだろうけど)
その推測を、皓然がヒメたちに伝えることは無かった。今言ったところでどうすることも出来ないし、意味が無いと思ったからだ。
一方、敵の非道な思惑に憤慨しているヒメだが、相変わらずその表情の変化は乏しい。
『っ!ひどいの。嘘つきなの』
『そうだねぇ。嘘つきで酷いねぇ』
まるで姫のご機嫌取りをする傍仕えの様に、皓然はヒメに同調した。だが棒読みにも程がある上、全く心がこもっていなかったので、ディアンは思わず「皓然くん……」と、引いた目をしてしまう。
そんな彼女の視線を感じた皓然は「ん?」と首を傾げた。その表情はにこやかであったが「何か文句でもあるのか?」という無言の圧を感じ、ディアンは「いえ、何でもないわ……」と苦笑いを零してしまう。
全員が気を抜き、ヒメたちの様子を窺っていたその時――。
それは突如、襲ってきた。
――パリンッ。
「がぁあああああああああああああっ!!」
「「っ!?」」
耳を劈くような叫喚が響いた刹那、その場に緊張感が走る。そして突如、彼らの視界を狭めたその酸鼻な光景に、彼らは言葉を失うのだった。
********
ティンベルの囚われている場所から数キロ離れた地点。レディバグ構成員であるナツメとルークは、アデルの作った狙撃用の建物の最上階で待機していた。
ナツメは目を皿のようにしながら、そのオッドアイで窓から様子を窺っている。
「……ティンベル様が人質に取られていますね」
「そりゃあ……そうでしょうね」
今更なにを言っているんだとでも言いたげな声音で、ルークは呟いた。思わずナツメは、不満気な相好で振り返る。
「ルーク……予想していたのですか?」
「寧ろ私は、この程度のことも推測できていなかったお嬢様自体に驚きを隠せないのですが」
「むっ……」
「それよりも、状況はどうなっているのですか?」
「えっと…………やはり、ティンベル様を人質に取られているせいで、ヒメちゃんたちが動けなくなっているというか……何か、話し合っているみたいですね」
「まぁヒメたちの実力では、敵に動きを悟られる前にティンベル様を救出するのは難しいでしょうからね。……ここは一つ、お嬢様のお力を貸して差し上げてはいかかでしょうか?」
「言われなくてもそうするつもりです」
プイっと顔を逸らすと、ナツメは早速狙撃銃を構え始めた。自身の身長と大差ない程大きな狙撃銃を地窓から突き出すと、うつ伏せの状態で標的を捉える。
零れる程大きなその瞳に映るのは、ティンベルに剣を突き立てている仮面の男。最優先すべきはティンベルの安全を確保することなので、ナツメは男の右手――剣を握り締めているその手に照準を定めた。
拍動を規則的にする為、「ふぅぅぅ」と深く深呼吸をすると、ナツメはその引き金を引いた。
********
発射された弾丸は凄まじい速度で、真っ直ぐ標的の元へと向かった。刹那の内に、弾丸はパリンッと窓を突き破り、抵抗する暇さえ与えず、男の右手を吹き飛ばした。
「がぁあああああああああああああっ!!」
「「っ!?」」
男の苦悶の声に導かれ、全員の視線が彼に集まった。
剣がカキンっと地面に跳躍すると同時に、男は膝から崩れ落ち、強烈な痛みを少しでも和らげようと傷口を押さえている。弾丸は右手首に直撃したようで、見事に切断されてしまっていた。傷口からは大量の鮮血が噴き出ており、近くにいるティンベルにも僅かな返り血が飛んでしまっている。
すると、残った五人の内の一人が治療をする為に、倒れた男の元へ駆け寄った。その人物は即座に治癒術を行使するが、他の仲間らも心配そうに様子を窺っている。
だがその場にいる全員が、その酸鼻な光景に目を奪われている訳では無かった。
即座に行動に移ったのは、この事態を予期していた皓然。呆然としている仮面の彼らの視界に映らないよう、壁から壁へと点で移動しながら、皓然はティンベルの元へ急いだ。
「おいっ!カーテンを閉めろっ!また狙撃されるぞ!」
一方、いつどこから襲ってくるか分からない狙撃を警戒した仮面の男は、仲間にそう命じた。彼らは急いで窓のカーテンを閉めるが、それが全く無意味な行為であることには気づけていない。
(……カーテン閉めたところで、ナツメ様には通じないと思うけど……ま、わざわざ教えてやる義理も無いわね)
慌てた様子でカーテンを閉めている彼らを、ディアンが冷めた目で捉えている頃、皓然は既に目的地に到達していた。
皓然は音も無く、ティンベルの傍らに降り立つ。瞬間、ティンベルたちは目を見開くが、皓然には彼らに構う暇など当然無かった。ティンベルは問いかけるような困惑の眼差しを向けるが、皓然は拘束具と壁を繋ぐ鎖の方に夢中である。
不意に皓然は鎖を握り締めると、必要最低限の力を込めて、それをグイっと引いた。必要最低限と言っても、壁に埋め込まれている鎖を引き抜こうとしているのだから、それは並大抵の力ではない。事実皓然の腕には、血管がバキバキに浮き出ている。
一瞬だけ抵抗を受けるが、皓然が更に力を込めると、鎖は成す術も無く壁から引き剥がされた。
「なっ……!そんな馬鹿なっ」
「ティンベル様、少々失礼いたします」
「えっ……」
一瞬にして鎖を壁から引き抜かれてしまい、衝撃を受けた誰かの声が鳴るが、皓然にとっては雑音以外の何者でもない。まるで聞こえていないかのように無視すると、皓然はにこやかな相好でティンベルの身体を持ち上げた。
皓然はティンベルを抱えた途端駆け出し、ヒメたちの待つ入り口まで素早い動きで向かった。
「皓然、おかえりなの」
「ただいまです」
「っ、あり得ない……あれを引き抜くのに、一体どれだけの力が必要になると思っているんだ……身体強化術を施していたとしても容易には……」
「?皓然は身体強化術、使っていないの」
「なん、だと……?」
皓然の荒業だけでも衝撃を受けていたというのに、ヒメの追撃によって男は更に打ちのめされてしまった。言葉を失い、男は呆然と立ち尽くしてしまう。
「皓然の馬鹿力を舐めない方がいいの。お姉さま譲りの、化け物みたいな力、持ってるの」
「やだなぁ、ヒメちゃん。化け物なのは姉さんだけですよ」
「……皓然は、自覚が無い所が一番化け物っぽいの」
どこか遠い目をしながらヒメは呟いたが、皓然はキョトンと首を傾げるのみ。その間、手持無沙汰だったディアンは、ティンベルを守る為の結界を張っていた。
皓然に抱えられていたことで、その素早い動きに目を回した上、現状況についていけていないこともあり、ティンベルは当惑気味にディアンを見上げる。
「あ、ありがとうございます……」
「いいのよぉ……コイツら倒したら、すぐにキチンとした治療を受けましょう」
「……っ、不味いですね」
ディアンののんびりとした声音とは正反対の、切迫したような皓然の声が不意に響いた。その唐突さに、彼女らは思わず首を傾げる。
「?なにが……」
――バァーン!!
皓然の視線を追いつつ、ヒメが尋ねようとしたその時。心臓が跳ね上がるような轟音が響き渡った。その音の発生源は、当に皓然の視線の先――窓際である。
音の正体は、銃声。大きな狙撃銃が窓から突き出されていた。発砲したのは、先刻右手を吹き飛ばされた男を、つい先刻まで治療していた人物。
その人物が外に向けて狙撃したという事実だけで、標的は一目瞭然であった。
「ナツメ様……」
その標的の名前を、震える声でヒメは呼ぶ。狙撃した人物はこれ以上の攻撃を防ぐため、先の弾道を頼りに反撃したのだろう。
その人物は徐に狙撃銃を下ろすと、感情の読めない仮面をヒメたちに向け、口を開く。
「――さ。邪魔者もいなくなったことだし、やろうか」
その人物――仮面の女は、淡々とした不敵な声で開戦の狼煙を上げた。想定外の事態に、ヒメたちは警戒心を露わにするのだった。
********
「っ……あ」
仮面の女が狙撃銃を構えた頃。様子を窺っていたナツメは、掠れたような声を漏らした。唇も瞼も震わせている彼女が動揺していることは明らかであり、ルークは怪訝気味に首を傾げる。
「?お嬢様、どうかなさいましたか?」
「じゅ、銃口がこちらにっ……」
「っ!」
ナツメが震える声で紡いだ刹那、ルークは彼女の身体を押し倒し、地面に伏せさせた。次の瞬間、何かが破壊されたような音と、弾丸が壁に着弾する、聞き馴染みのある音が連続で襲ってくる。
数秒後、狙撃が治まったことを確認すると、ルークはホッと安堵のため息を漏らした。そしてそのままゆっくりと身体を起こすと、ルークは目を回しているナツメに手を差し伸べた。
「お嬢様、ご無事ですか?」
「は、はい…………助かりました、ルーク……」
ルークの俊敏な対応により、ナツメ自身が狙撃されることは無かった。外傷は皆無だが、突如押し倒された衝撃と、狙撃による轟音のせいで、ナツメの心臓は激しく拍動している。
鳴り止まない鼓動を誤魔化しつつ、差し出された手を握ろうとしたナツメはあることに気づき「あっ!」と、驚きと悲痛さ入り混じる声を上げた。
「っ、そ、狙撃銃が……」
今にも泣きそうな声と表情のナツメの視線の先にあるのは、無惨に破壊された狙撃銃。敵の反撃をもろに受けてしまったらしく、元の姿も形も無かった。
ナツメは膝から崩れ落ちると、涙を堪えつつ、バラバラになった部品を拾い始める。
「あぁ……仕方ないですね。この狙撃銃とはお別れしましょう」
「……ルークが作った狙撃銃なのに……我が子に対して冷たくありませんか?」
「我が子って……」
ナツメは忌々しげに振り返り、不満を口にした。一方、狙撃銃に何の未練も持っていない、サラッとした性格のルークは、ナツメの感覚を理解できず当惑してしまう。
「我が子も同然でしょうっ?この子の代わりなんていないんですよ!」
「……私には、お嬢様以上に大切なものがございませんので」
「っ……。どうですかね」
「お嬢様?」
ルークの真っ直ぐな思いに、ナツメは一瞬頬を染めるが、すぐに我に返ったように呟いた。自嘲めいたその声音に、ルークは首を傾げる。
「……アデル様と私の命だったら、どちらを優先しますか?」
「……時と場合によりますかね」
「何てズルい答えなのかしら……もういいです」
勇気を振り絞った一世一代の問いをあっさりとかわされてしまい、ナツメはへそを曲げてしまう。確かにズルい答えではあるが、ルークにとってはそれこそが真実だったのだ。
吹っ切れた様に立ち上がると、ナツメはルークを見据えた。
「ルーク。あれを使います。……この子の仇をとってやるんですから」
狙撃銃を破壊されたショックと、大事な問いかけをかわされた鬱憤を晴らす為、ナツメは反撃を決意した。その表情は憎たらしい程純粋で晴れやか。
ルークは思わず苦笑を零しつつ「かしこまりました」と、彼女の要望に応えることにした。
ヒメが言い放った刹那、ティンベルは安堵で瞳を濡らすが、そうは問屋が卸さなかった。
「っ……この女を助けたいのであれば、武器を捨て、我々の要求に従ってもらうぞ」
この僅かな時間でティンベルの傍に寄った男は、自らの剣を彼女の頬につき立てながら警告した。ヒヤリとしたその感触に、ティンベルは顔を顰める。
その様子を目の当たりにしたヒメは、頻りに目を瞬きさせると、顔色一つ変えないままに口を開いた。
「…………困ったの」
「困りましたね」
「困ったわぁ……」
ヒメ、皓然、ディアンの順に呟いた。その呑気な声に、ティンベルたちは思わず当惑してしまう。
「……作戦会議なの。二人ともちょっとコッチに来るの」
そう言って背中を向け、しゃがみ込んだヒメは、小さい身体を更に縮める。皓然とディアンは「はいはい」と適当に返事すると、同じようにしゃがみ込み、三人はおしくらまんじゅうの様に身を寄せ合った。
この状況でティンベルから目を離し、のんびりと作戦会議を始めようとしているヒメたちのマイペースさに呆然とするあまり、誰一人としてツッコむことが出来ていない。
『人質に取られてしまったの。少しでも動けばティンベル様、殺されてしまうの。本当に困ったの』
一方のヒメは、ほんの少し声を潜めて言った。
『あぁでも。俺たちが要求を呑もうが呑むまいが、敵はティンベル様を殺すつもりですよ。人質に取って俺たちを脅しているのは、ついでに俺たちのことも一層出来たら一石二鳥だからでしょうね。ティンベル様を助けるには、やはり何か手を打たないと』
皓然の助言に、ヒメは衝撃で目を見開いた。敵の言う通りにしておけば、ティンベルの命だけは保証されるはずだと、素直なヒメは思っていたのだろう。
(まぁもっと言えば、敵に従うことしか出来ない俺たちを利用して、レディバグの全体像を探りたいっていうのが敵の本音かな?……まぁ敵側も、そこまで事が上手く運ぶとも思って無いから、言及してないんだろうけど)
その推測を、皓然がヒメたちに伝えることは無かった。今言ったところでどうすることも出来ないし、意味が無いと思ったからだ。
一方、敵の非道な思惑に憤慨しているヒメだが、相変わらずその表情の変化は乏しい。
『っ!ひどいの。嘘つきなの』
『そうだねぇ。嘘つきで酷いねぇ』
まるで姫のご機嫌取りをする傍仕えの様に、皓然はヒメに同調した。だが棒読みにも程がある上、全く心がこもっていなかったので、ディアンは思わず「皓然くん……」と、引いた目をしてしまう。
そんな彼女の視線を感じた皓然は「ん?」と首を傾げた。その表情はにこやかであったが「何か文句でもあるのか?」という無言の圧を感じ、ディアンは「いえ、何でもないわ……」と苦笑いを零してしまう。
全員が気を抜き、ヒメたちの様子を窺っていたその時――。
それは突如、襲ってきた。
――パリンッ。
「がぁあああああああああああああっ!!」
「「っ!?」」
耳を劈くような叫喚が響いた刹那、その場に緊張感が走る。そして突如、彼らの視界を狭めたその酸鼻な光景に、彼らは言葉を失うのだった。
********
ティンベルの囚われている場所から数キロ離れた地点。レディバグ構成員であるナツメとルークは、アデルの作った狙撃用の建物の最上階で待機していた。
ナツメは目を皿のようにしながら、そのオッドアイで窓から様子を窺っている。
「……ティンベル様が人質に取られていますね」
「そりゃあ……そうでしょうね」
今更なにを言っているんだとでも言いたげな声音で、ルークは呟いた。思わずナツメは、不満気な相好で振り返る。
「ルーク……予想していたのですか?」
「寧ろ私は、この程度のことも推測できていなかったお嬢様自体に驚きを隠せないのですが」
「むっ……」
「それよりも、状況はどうなっているのですか?」
「えっと…………やはり、ティンベル様を人質に取られているせいで、ヒメちゃんたちが動けなくなっているというか……何か、話し合っているみたいですね」
「まぁヒメたちの実力では、敵に動きを悟られる前にティンベル様を救出するのは難しいでしょうからね。……ここは一つ、お嬢様のお力を貸して差し上げてはいかかでしょうか?」
「言われなくてもそうするつもりです」
プイっと顔を逸らすと、ナツメは早速狙撃銃を構え始めた。自身の身長と大差ない程大きな狙撃銃を地窓から突き出すと、うつ伏せの状態で標的を捉える。
零れる程大きなその瞳に映るのは、ティンベルに剣を突き立てている仮面の男。最優先すべきはティンベルの安全を確保することなので、ナツメは男の右手――剣を握り締めているその手に照準を定めた。
拍動を規則的にする為、「ふぅぅぅ」と深く深呼吸をすると、ナツメはその引き金を引いた。
********
発射された弾丸は凄まじい速度で、真っ直ぐ標的の元へと向かった。刹那の内に、弾丸はパリンッと窓を突き破り、抵抗する暇さえ与えず、男の右手を吹き飛ばした。
「がぁあああああああああああああっ!!」
「「っ!?」」
男の苦悶の声に導かれ、全員の視線が彼に集まった。
剣がカキンっと地面に跳躍すると同時に、男は膝から崩れ落ち、強烈な痛みを少しでも和らげようと傷口を押さえている。弾丸は右手首に直撃したようで、見事に切断されてしまっていた。傷口からは大量の鮮血が噴き出ており、近くにいるティンベルにも僅かな返り血が飛んでしまっている。
すると、残った五人の内の一人が治療をする為に、倒れた男の元へ駆け寄った。その人物は即座に治癒術を行使するが、他の仲間らも心配そうに様子を窺っている。
だがその場にいる全員が、その酸鼻な光景に目を奪われている訳では無かった。
即座に行動に移ったのは、この事態を予期していた皓然。呆然としている仮面の彼らの視界に映らないよう、壁から壁へと点で移動しながら、皓然はティンベルの元へ急いだ。
「おいっ!カーテンを閉めろっ!また狙撃されるぞ!」
一方、いつどこから襲ってくるか分からない狙撃を警戒した仮面の男は、仲間にそう命じた。彼らは急いで窓のカーテンを閉めるが、それが全く無意味な行為であることには気づけていない。
(……カーテン閉めたところで、ナツメ様には通じないと思うけど……ま、わざわざ教えてやる義理も無いわね)
慌てた様子でカーテンを閉めている彼らを、ディアンが冷めた目で捉えている頃、皓然は既に目的地に到達していた。
皓然は音も無く、ティンベルの傍らに降り立つ。瞬間、ティンベルたちは目を見開くが、皓然には彼らに構う暇など当然無かった。ティンベルは問いかけるような困惑の眼差しを向けるが、皓然は拘束具と壁を繋ぐ鎖の方に夢中である。
不意に皓然は鎖を握り締めると、必要最低限の力を込めて、それをグイっと引いた。必要最低限と言っても、壁に埋め込まれている鎖を引き抜こうとしているのだから、それは並大抵の力ではない。事実皓然の腕には、血管がバキバキに浮き出ている。
一瞬だけ抵抗を受けるが、皓然が更に力を込めると、鎖は成す術も無く壁から引き剥がされた。
「なっ……!そんな馬鹿なっ」
「ティンベル様、少々失礼いたします」
「えっ……」
一瞬にして鎖を壁から引き抜かれてしまい、衝撃を受けた誰かの声が鳴るが、皓然にとっては雑音以外の何者でもない。まるで聞こえていないかのように無視すると、皓然はにこやかな相好でティンベルの身体を持ち上げた。
皓然はティンベルを抱えた途端駆け出し、ヒメたちの待つ入り口まで素早い動きで向かった。
「皓然、おかえりなの」
「ただいまです」
「っ、あり得ない……あれを引き抜くのに、一体どれだけの力が必要になると思っているんだ……身体強化術を施していたとしても容易には……」
「?皓然は身体強化術、使っていないの」
「なん、だと……?」
皓然の荒業だけでも衝撃を受けていたというのに、ヒメの追撃によって男は更に打ちのめされてしまった。言葉を失い、男は呆然と立ち尽くしてしまう。
「皓然の馬鹿力を舐めない方がいいの。お姉さま譲りの、化け物みたいな力、持ってるの」
「やだなぁ、ヒメちゃん。化け物なのは姉さんだけですよ」
「……皓然は、自覚が無い所が一番化け物っぽいの」
どこか遠い目をしながらヒメは呟いたが、皓然はキョトンと首を傾げるのみ。その間、手持無沙汰だったディアンは、ティンベルを守る為の結界を張っていた。
皓然に抱えられていたことで、その素早い動きに目を回した上、現状況についていけていないこともあり、ティンベルは当惑気味にディアンを見上げる。
「あ、ありがとうございます……」
「いいのよぉ……コイツら倒したら、すぐにキチンとした治療を受けましょう」
「……っ、不味いですね」
ディアンののんびりとした声音とは正反対の、切迫したような皓然の声が不意に響いた。その唐突さに、彼女らは思わず首を傾げる。
「?なにが……」
――バァーン!!
皓然の視線を追いつつ、ヒメが尋ねようとしたその時。心臓が跳ね上がるような轟音が響き渡った。その音の発生源は、当に皓然の視線の先――窓際である。
音の正体は、銃声。大きな狙撃銃が窓から突き出されていた。発砲したのは、先刻右手を吹き飛ばされた男を、つい先刻まで治療していた人物。
その人物が外に向けて狙撃したという事実だけで、標的は一目瞭然であった。
「ナツメ様……」
その標的の名前を、震える声でヒメは呼ぶ。狙撃した人物はこれ以上の攻撃を防ぐため、先の弾道を頼りに反撃したのだろう。
その人物は徐に狙撃銃を下ろすと、感情の読めない仮面をヒメたちに向け、口を開く。
「――さ。邪魔者もいなくなったことだし、やろうか」
その人物――仮面の女は、淡々とした不敵な声で開戦の狼煙を上げた。想定外の事態に、ヒメたちは警戒心を露わにするのだった。
********
「っ……あ」
仮面の女が狙撃銃を構えた頃。様子を窺っていたナツメは、掠れたような声を漏らした。唇も瞼も震わせている彼女が動揺していることは明らかであり、ルークは怪訝気味に首を傾げる。
「?お嬢様、どうかなさいましたか?」
「じゅ、銃口がこちらにっ……」
「っ!」
ナツメが震える声で紡いだ刹那、ルークは彼女の身体を押し倒し、地面に伏せさせた。次の瞬間、何かが破壊されたような音と、弾丸が壁に着弾する、聞き馴染みのある音が連続で襲ってくる。
数秒後、狙撃が治まったことを確認すると、ルークはホッと安堵のため息を漏らした。そしてそのままゆっくりと身体を起こすと、ルークは目を回しているナツメに手を差し伸べた。
「お嬢様、ご無事ですか?」
「は、はい…………助かりました、ルーク……」
ルークの俊敏な対応により、ナツメ自身が狙撃されることは無かった。外傷は皆無だが、突如押し倒された衝撃と、狙撃による轟音のせいで、ナツメの心臓は激しく拍動している。
鳴り止まない鼓動を誤魔化しつつ、差し出された手を握ろうとしたナツメはあることに気づき「あっ!」と、驚きと悲痛さ入り混じる声を上げた。
「っ、そ、狙撃銃が……」
今にも泣きそうな声と表情のナツメの視線の先にあるのは、無惨に破壊された狙撃銃。敵の反撃をもろに受けてしまったらしく、元の姿も形も無かった。
ナツメは膝から崩れ落ちると、涙を堪えつつ、バラバラになった部品を拾い始める。
「あぁ……仕方ないですね。この狙撃銃とはお別れしましょう」
「……ルークが作った狙撃銃なのに……我が子に対して冷たくありませんか?」
「我が子って……」
ナツメは忌々しげに振り返り、不満を口にした。一方、狙撃銃に何の未練も持っていない、サラッとした性格のルークは、ナツメの感覚を理解できず当惑してしまう。
「我が子も同然でしょうっ?この子の代わりなんていないんですよ!」
「……私には、お嬢様以上に大切なものがございませんので」
「っ……。どうですかね」
「お嬢様?」
ルークの真っ直ぐな思いに、ナツメは一瞬頬を染めるが、すぐに我に返ったように呟いた。自嘲めいたその声音に、ルークは首を傾げる。
「……アデル様と私の命だったら、どちらを優先しますか?」
「……時と場合によりますかね」
「何てズルい答えなのかしら……もういいです」
勇気を振り絞った一世一代の問いをあっさりとかわされてしまい、ナツメはへそを曲げてしまう。確かにズルい答えではあるが、ルークにとってはそれこそが真実だったのだ。
吹っ切れた様に立ち上がると、ナツメはルークを見据えた。
「ルーク。あれを使います。……この子の仇をとってやるんですから」
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ルークは思わず苦笑を零しつつ「かしこまりました」と、彼女の要望に応えることにした。
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3歳で捨てられた件
玲羅
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