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第一章 学園編
34.狙撃手の意地2
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ナツメがルークに要求したのは、普段使っている狙撃銃が何らかのトラブルで使用できなくなった際、代わりとして使用する折り畳み式の狙撃銃だ。あまりにも形状が大きすぎる為、折り畳まないと持ち運ぶことが出来ないのだ。
折り畳んでも両腕でがっちりと抱える必要のあるその狙撃銃を、ルークはナツメに手渡す。受け取ったナツメは、狙撃銃を一瞬で組み立て、地窓から突き出した。
ガシャン!と組み立てる音が勇ましく、ナツメは毎度得意気な相好になってしまう。
「この音、私大好きです。この子は形状も発砲音もカッコよくて惚れ惚れしてしまいます……一つ欠点を上げるとすれば、威力が強すぎて狙撃精度が下がることでしょうか?」
ナツメは愛おしそうにその狙撃銃を撫でながら、そう呟いた。そして狙撃銃を構えると、標的――先の狙撃銃の仇を睨み据える。
ナツメの美しいオッドアイに映る仇は、ヒメと交戦中である。向かって右側にヒメ、左側にその仇がおり、両者とも素早く動き続けている。
動いている人物の狙撃。そして絶対に、流れ弾をヒメに当ててはならない。加えて、命中精度の低い狙撃銃による狙撃である。難易度は通常の何倍にも跳ね上がるだろう。
ナツメは意気込むように舌なめずりすると、引き金に指をかける。そして、少し左側を狙って勢いよく引き金を引いた。
バンっっ!!!
弾が発射された瞬間、強い風が吹き抜け、ナツメの髪をなびかせた。強風にも怯むことなく、ナツメは目を見開くことをやめない。弾丸はナツメの狙い通りに位置に到達したが、運悪く敵が右側にズレてしまい、敵にダメージを負わせることはできなかった。
「っ、外しました……っ!こっちに向かってきてます!」
「っ」
切羽詰まったナツメの報告に、ルークは危機感を露わにした。
外したと言っても、弾丸は壁に着弾しているので、あの場にはそれなりの狙撃音が鳴り響いたはず。ナツメからの攻撃に気づいた敵は、直接彼女を仕留める為、弾道を遡って向かってきたのだ。
敵の女は狙撃銃のスコープを覗き込むことで、ナツメの居場所を探りながら全速力で走っている。数キロ離れているので辿り着くには多少の時間を要するが、それなりの俊足なので十分もかからないだろう。
「狙撃銃を構えていますね……向かう途中で撃って来るかも」
「……お嬢様、少々お下がりいただいてもよろしいでしょうか?」
「?……は、はい……」
敵から目を離すことは少々憚れたが、ルークが何の意味も無くこのような要求をする訳が無いと理解しているからこそ、ナツメは言われるがまま、狙撃銃を引きずって後方に一時撤退した。
即座にルークは剣を抜くと、力強い連撃を壁に向かって放った。刹那、地窓を含めた壁が一気に崩壊し、人二人分ほどの大穴が出現する。
ガラっ、ゴトッ、と。壁が崩れる音が響き、あまりにも突然の出来事に、ナツメは目を点にしてしまった。
「お嬢様、敵の弾丸は私が必ず防ぎきります。お嬢様は、何も臆すること無く、狙撃に専念なさってください」
「……分かりました」
その言葉で漸く、ルークが壁を破った意図を悟ったナツメは、再び元の位置に戻り、狙撃銃を構えた。因みに、先の剣撃で床に散らばった窓の破片や壁の一部は、ルークが既に操志者としての力で撤去済みである。
ルークはナツメを狙う弾丸を全て斬りおとす為、剣を振るうのに邪魔な壁や窓を取っ払ったのだ。
「お嬢様、発砲を確認されましたら私に合図を」
「分かりました」
ナツメの隣に佇んだルークは、切っ先を外へ向けつつ言った。ナツメは敵の姿を再び捉えると、絶え間なく進み続ける彼女に照準を合わせる。彼女の等速から動きを予測し、引き金を引こうとしたその時――。
先手を打ったのは敵の方だった。
「っ、来ます!」
キンっ!
ナツメが合図した刹那、ルークは剣を素早く振り下ろし、弾丸を見事弾いてみせた。連携が成功し、思わずナツメはホッと安堵のため息を漏らすが――。
「お嬢様。私のことはお気になさらず、どうか敵を撃ち落とすことに専念なさってください。私の腕を、信頼してくださるのなら」
ナツメに一瞥もくれることなく、ルークは冷徹に言い放った。ナツメに失望している訳でも、ナツメに関心を持っていないわけでも無い。
ただ、誰よりも信頼しているから。ナツメであれば必ず敵を撃ち落とすと、この世界中の誰よりも信じているから。
ナツメの様子を確認することなど、ルークには不必要な行為なのだ。
「わ、分かっていますよ」
ルークに促され、ナツメは再び標的へ視線を移す。瞬間、ナツメから発せられる空気、表情が一変する。
普段はころころと表情を変えるナツメだが、この時ばかりは違っていた。吞み込まれてしまいそうな空白の表情。纏う雰囲気は、絶対零度の薔薇のよう。見つめるのは、敵の姿のみ。
今度こそ一撃で仕留める。胸の内で決意を固めると、ナツメは冷静な頭でイメージを固めていく。すると、視界に映る彼女が再び引き金を引いた。
「来ます」
カキンっ!
「来ます」
キンっ!
「来ます」
キンっ!――……。
敵を鋭い眼光で捉えたまま、ナツメは淡々とした声音で何度も告げた。
狙撃銃の特徴。敵の走る速度。そして、狙撃する際僅かに落ちるスピード。それらを考慮した上で、ナツメは狙いを定めていく。
またしても敵が引き金を引いたその時――。
「来ます」
バンっ!!
告げると同時に、ナツメはその引き金を引いた。刹那、再び突風が吹き荒れ、ナツメの髪を激しく靡かせる。
――カキンっ!と、ルークが敵の弾丸を弾いたと同時に、ナツメは不敵に破顔してみせる。ナツメの瞳に映る敵は、右肩を撃ち抜かれ、後ろ向きに倒れていった。
「……命中しました」
「それはようございました。では、早速敵を回収しに……」
「っ、待ってください」
ルークの声を遮る形で、ナツメは呼び止めた。ナツメは酷く当惑しているようで、彼女を見下ろしたルークは首を傾げる。
「敵が……いなくなってしまいました」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「転移術です」
「っ!……逃げられてしまいましたか」
「えぇ。ヒメちゃんたちの所にもいないので、一人で逃げたんだと思います」
「転移術を行使できる程の実力者ですからね。あの状態で無理をして死ぬ危険を取るより、一刻も早く回復した方が組織の為だと判断したのでしょう。賢明です」
ナツメは敵から目を逸らしておらず、彼女が消え去った瞬間の光景もその目に焼き付けていた。一瞬にして姿を消す方法など、ナツメたちは転移術以外に知らない。だが、転移術を使えるとなると、彼女は相当な実力者ということ。そしてそれは、彼女の身体能力の高さや狙撃の技術も証明していた。
だが、このまま戦えばいずれ死んでしまうことを確信したのだろう。敵は撤退することを選んだ。
「ふぅ。とりあえず一安心ですね……っ」
「お嬢様っ」
目先の敵がいなくなったことで、安堵のため息を漏らすナツメだが、突如目元に鈍い痛みを感じ、思わず顔を顰めた。ナツメの苦悶に逸早く気づいたルークは、彼女の身を案じるように声を上げた。
「っ……目を酷使しすぎました……」
「お疲れなのでしょう。お嬢様、こちらを」
「はい……」
身体を起こしつつ、目元を押さえたナツメに、ルークは包帯を差し出した。
それは彼女が普段、強すぎる視力を抑える為、目元に巻いている包帯である。ナツメは、目元に対するジルの許容量が常人より多い能力者――超人的な視力を持つ者である。遠くの物を視認するのはもちろん、同じ対象を見続けることで、透視さえ可能にしてしまう。時間をかければかける程、見ることの出来る範囲は広がっていく。
それらを防ぐには、目を覆うのが最善策なのだ。包帯も透視できるので、日常生活において支障は無い。包帯は、際限なく森羅万象を見通してしまう彼女の力を、一度堰き止めて落ち着かせる必需品である。
目元に包帯を巻いてもらう為、ナツメはルークに背中を向けた。
「失礼いたします」
ルークは一声かけると、閉じた瞼の上に包帯を被せ、両端を後頭部へ向けて優しく引っ張る。折り返して再び目元に戻し、そしてまた後頭部へ引っ張る。それを何度か繰り返し、最後に包帯と包帯の隙間に両端を入れ込んだ。
「ありがとう。ルーク」
包帯姿で後ろを振り向くと、ナツメは微笑みつつ礼を言った。だが、自身の目を覆う包帯にそっと触れると、どこか浮かない表情を浮かべる。
「でもこれでは、あちらを援護することが出来ませんね」
目を保護した状態では、当然今までのような狙撃を成立させることは不可能。ヒメたちの手助けをすることが出来ないので、ナツメはそれが気掛かりなのだ。
だが、そんな彼女の心配を笑い飛ばすように、ルークはサラリと言ってのける。
「そこまで気負う必要は無いのでは?あちらにはヒメがいるのですよ?」
「そう、ですね……じゃあ、私は少し休むとします」
ルークの意見には一理あるどころか、ナツメの憂いを一掃できる程の威力があった。
ナツメは安堵の声を漏らすように呟くと、部屋の隅っこに身体を預け、休息をとり始めるのだった。
********
ナツメが敵との狙撃合戦に精を出している頃。ヒメたち三人は苦戦を強いられていた。
それもそのはず。残った五人ともが、ヒメたちと同等レベルの実力者だったのだ。一対一で戦えば勝てるレベルではあるが、ヒメたち三人に対して敵は五人。一人は片手を欠損しているとは言え、治癒術である程度の傷を塞いでいる。
ヒメたちの方が圧倒的に不利という状況は揺るがなかった。
「「はぁっ、はぁっ……」」
両者ともに苦し気に息を吐いているが、負傷の数や疲労度はヒメたちの方が深刻である。
特にディアンは両膝に手を置きながら息を切らしており、今にも倒れてしまいそう。故に、自らに向けられる殺気に反応するのが遅くなり、刻一刻と迫るその危機に気づくことが出来なかった。
ディアンを狙う刃が振り下ろされようとしていることに気づいたヒメは、思わず血相を変えて声を荒げる。
「っ!ディアン!」
「っ……!」
ヒメの声で漸くディアンは顔を上げるが、時すでに遅し。最早自らの力でその刃を避けることは不可能だった。
だが、既の所でディアンと敵の間に割り込んできた者が一人――皓然である。
「くっ……」
「っ、皓然くん……!」
皓然は振り下ろされた刃を素手で掴むと、力の限りを尽くして刃の進行を抑えた。皓然の手からはポタポタと赤い雫が零れており、ディアンは顔面蒼白になってしまう。
少しでも気を抜けば皓然はもちろん、ディアンの身も危ない。だが、焦っているのは敵も同じであった。剣を振り下ろした人物はかなりの力を入れ、その分皓然には相当なダメージが蓄積されているはずなのだが、全く攻められないどころか、少しずつ刃を押し返されている事実に、男は全身を粟立たせる。
「っ、はぁああああああああっ!」
皓然は腹の底から呻き声を吐き出すと、掴んだ刃を思い切り押し返した。刹那、握っていた柄が敵の腹に入り、押し返された勢いそのままに、敵は吹っ飛ばされてしまう。
「ゴホッゴホッ…………まだっ……そんな力が、残っていたとはなっ……本当にっ……化け物じみている」
壁に激突した敵は苦しげに呟くが、皓然も力尽きた様に膝をついてしまっている。
そんな皓然の身を案じつつ、ディアンは敵の攻撃を何とか躱している。一方のヒメは二人相手に何とか耐えていた。因みに、その二人の内一人は、ナツメの狙撃で片手を失った男である。
皓然が吹っ飛ばした人物の元に、仮面の一人が近づくと、耳元で提案を持ちかけた。
「おい。今の内にティンベル・クルシュルージュの息の根を止めるぞ」
「あぁ」
計画は大幅に狂ったが、最優先事項はティンベルを殺すこと。邪魔が入らない今の内に弱っているティンベルに止めを刺そうと、二人は彼女の元へ歩み寄る。
ティンベルが危機感を露わにし、ディアンたちも焦りの表情を浮かべた。
――その時だった。
ヒメに、ある異変が起こったのは。
「っ……」
目を見開いたヒメは、機械めいた瞳はそのままに、最も人間らしい表情を浮かべていた。衝撃と焦りが窺えられる表情のまま、ヒメは敵から距離を取るように後方へと跳躍する。
「っ、待って欲しいのっ!」
誰に対する言葉か全くわからず、仮面の彼らは当惑してしまう。何もない空に向かって懇願するヒメの声音からは、焦りの感情がありありと伝わってくる。突然の出来事に困惑し、ヒメの言動の意味も理解できぬまま、ヒメは更に訴えを続けた。
「マスター!ヒメたちはまだやれるのっ、ヒメたちはまだ負けていないのっ。必ずティンベル様を無事に連れ帰るのっ、だからっ……」
刹那、ひゅっと息を呑むように、ヒメの言葉が途切れた。
一方、仮面の彼らは訝し気にヒメの様子を窺っており、ひそひそと内輪話をしている。
「なんなんだ?」
「気味が悪いな……先に仕留めるか?」
ティンベルを殺す前に、謎の言動を繰り返すヒメを先に仕留めてしまおうと、彼らが思い至ったその時。ヒメは悔しげに唇を噛み、気を落とすように俯いた。
「っ……わ、分かった……の……ごめんなさい、なの」
誰に向けた謝罪かも、仮面の彼らは理解できていない。そして、縮こまった声でヒメが陳謝した刹那、彼女は項垂れるように停止してしまった。
目は閉じられ、呼吸音も聞こえない。まるで、バッテリーの切れたロボットのように、力なく佇んでいる。増々意味が分からず、生気の感じられないヒメを彼らが訝しんでいたその時――。
突如、ヒメから途轍もないオーラが放たれた。一瞬で呑み込まれてしまいそうな、真っ暗で底の見えない黒。そして、鋭い赤い視線を浴びせられているような、そんなオーラ。
不意に、ヒメはその小さな口を開いた。
『――……跪け』
折り畳んでも両腕でがっちりと抱える必要のあるその狙撃銃を、ルークはナツメに手渡す。受け取ったナツメは、狙撃銃を一瞬で組み立て、地窓から突き出した。
ガシャン!と組み立てる音が勇ましく、ナツメは毎度得意気な相好になってしまう。
「この音、私大好きです。この子は形状も発砲音もカッコよくて惚れ惚れしてしまいます……一つ欠点を上げるとすれば、威力が強すぎて狙撃精度が下がることでしょうか?」
ナツメは愛おしそうにその狙撃銃を撫でながら、そう呟いた。そして狙撃銃を構えると、標的――先の狙撃銃の仇を睨み据える。
ナツメの美しいオッドアイに映る仇は、ヒメと交戦中である。向かって右側にヒメ、左側にその仇がおり、両者とも素早く動き続けている。
動いている人物の狙撃。そして絶対に、流れ弾をヒメに当ててはならない。加えて、命中精度の低い狙撃銃による狙撃である。難易度は通常の何倍にも跳ね上がるだろう。
ナツメは意気込むように舌なめずりすると、引き金に指をかける。そして、少し左側を狙って勢いよく引き金を引いた。
バンっっ!!!
弾が発射された瞬間、強い風が吹き抜け、ナツメの髪をなびかせた。強風にも怯むことなく、ナツメは目を見開くことをやめない。弾丸はナツメの狙い通りに位置に到達したが、運悪く敵が右側にズレてしまい、敵にダメージを負わせることはできなかった。
「っ、外しました……っ!こっちに向かってきてます!」
「っ」
切羽詰まったナツメの報告に、ルークは危機感を露わにした。
外したと言っても、弾丸は壁に着弾しているので、あの場にはそれなりの狙撃音が鳴り響いたはず。ナツメからの攻撃に気づいた敵は、直接彼女を仕留める為、弾道を遡って向かってきたのだ。
敵の女は狙撃銃のスコープを覗き込むことで、ナツメの居場所を探りながら全速力で走っている。数キロ離れているので辿り着くには多少の時間を要するが、それなりの俊足なので十分もかからないだろう。
「狙撃銃を構えていますね……向かう途中で撃って来るかも」
「……お嬢様、少々お下がりいただいてもよろしいでしょうか?」
「?……は、はい……」
敵から目を離すことは少々憚れたが、ルークが何の意味も無くこのような要求をする訳が無いと理解しているからこそ、ナツメは言われるがまま、狙撃銃を引きずって後方に一時撤退した。
即座にルークは剣を抜くと、力強い連撃を壁に向かって放った。刹那、地窓を含めた壁が一気に崩壊し、人二人分ほどの大穴が出現する。
ガラっ、ゴトッ、と。壁が崩れる音が響き、あまりにも突然の出来事に、ナツメは目を点にしてしまった。
「お嬢様、敵の弾丸は私が必ず防ぎきります。お嬢様は、何も臆すること無く、狙撃に専念なさってください」
「……分かりました」
その言葉で漸く、ルークが壁を破った意図を悟ったナツメは、再び元の位置に戻り、狙撃銃を構えた。因みに、先の剣撃で床に散らばった窓の破片や壁の一部は、ルークが既に操志者としての力で撤去済みである。
ルークはナツメを狙う弾丸を全て斬りおとす為、剣を振るうのに邪魔な壁や窓を取っ払ったのだ。
「お嬢様、発砲を確認されましたら私に合図を」
「分かりました」
ナツメの隣に佇んだルークは、切っ先を外へ向けつつ言った。ナツメは敵の姿を再び捉えると、絶え間なく進み続ける彼女に照準を合わせる。彼女の等速から動きを予測し、引き金を引こうとしたその時――。
先手を打ったのは敵の方だった。
「っ、来ます!」
キンっ!
ナツメが合図した刹那、ルークは剣を素早く振り下ろし、弾丸を見事弾いてみせた。連携が成功し、思わずナツメはホッと安堵のため息を漏らすが――。
「お嬢様。私のことはお気になさらず、どうか敵を撃ち落とすことに専念なさってください。私の腕を、信頼してくださるのなら」
ナツメに一瞥もくれることなく、ルークは冷徹に言い放った。ナツメに失望している訳でも、ナツメに関心を持っていないわけでも無い。
ただ、誰よりも信頼しているから。ナツメであれば必ず敵を撃ち落とすと、この世界中の誰よりも信じているから。
ナツメの様子を確認することなど、ルークには不必要な行為なのだ。
「わ、分かっていますよ」
ルークに促され、ナツメは再び標的へ視線を移す。瞬間、ナツメから発せられる空気、表情が一変する。
普段はころころと表情を変えるナツメだが、この時ばかりは違っていた。吞み込まれてしまいそうな空白の表情。纏う雰囲気は、絶対零度の薔薇のよう。見つめるのは、敵の姿のみ。
今度こそ一撃で仕留める。胸の内で決意を固めると、ナツメは冷静な頭でイメージを固めていく。すると、視界に映る彼女が再び引き金を引いた。
「来ます」
カキンっ!
「来ます」
キンっ!
「来ます」
キンっ!――……。
敵を鋭い眼光で捉えたまま、ナツメは淡々とした声音で何度も告げた。
狙撃銃の特徴。敵の走る速度。そして、狙撃する際僅かに落ちるスピード。それらを考慮した上で、ナツメは狙いを定めていく。
またしても敵が引き金を引いたその時――。
「来ます」
バンっ!!
告げると同時に、ナツメはその引き金を引いた。刹那、再び突風が吹き荒れ、ナツメの髪を激しく靡かせる。
――カキンっ!と、ルークが敵の弾丸を弾いたと同時に、ナツメは不敵に破顔してみせる。ナツメの瞳に映る敵は、右肩を撃ち抜かれ、後ろ向きに倒れていった。
「……命中しました」
「それはようございました。では、早速敵を回収しに……」
「っ、待ってください」
ルークの声を遮る形で、ナツメは呼び止めた。ナツメは酷く当惑しているようで、彼女を見下ろしたルークは首を傾げる。
「敵が……いなくなってしまいました」
「それは、どういう意味でしょうか?」
「転移術です」
「っ!……逃げられてしまいましたか」
「えぇ。ヒメちゃんたちの所にもいないので、一人で逃げたんだと思います」
「転移術を行使できる程の実力者ですからね。あの状態で無理をして死ぬ危険を取るより、一刻も早く回復した方が組織の為だと判断したのでしょう。賢明です」
ナツメは敵から目を逸らしておらず、彼女が消え去った瞬間の光景もその目に焼き付けていた。一瞬にして姿を消す方法など、ナツメたちは転移術以外に知らない。だが、転移術を使えるとなると、彼女は相当な実力者ということ。そしてそれは、彼女の身体能力の高さや狙撃の技術も証明していた。
だが、このまま戦えばいずれ死んでしまうことを確信したのだろう。敵は撤退することを選んだ。
「ふぅ。とりあえず一安心ですね……っ」
「お嬢様っ」
目先の敵がいなくなったことで、安堵のため息を漏らすナツメだが、突如目元に鈍い痛みを感じ、思わず顔を顰めた。ナツメの苦悶に逸早く気づいたルークは、彼女の身を案じるように声を上げた。
「っ……目を酷使しすぎました……」
「お疲れなのでしょう。お嬢様、こちらを」
「はい……」
身体を起こしつつ、目元を押さえたナツメに、ルークは包帯を差し出した。
それは彼女が普段、強すぎる視力を抑える為、目元に巻いている包帯である。ナツメは、目元に対するジルの許容量が常人より多い能力者――超人的な視力を持つ者である。遠くの物を視認するのはもちろん、同じ対象を見続けることで、透視さえ可能にしてしまう。時間をかければかける程、見ることの出来る範囲は広がっていく。
それらを防ぐには、目を覆うのが最善策なのだ。包帯も透視できるので、日常生活において支障は無い。包帯は、際限なく森羅万象を見通してしまう彼女の力を、一度堰き止めて落ち着かせる必需品である。
目元に包帯を巻いてもらう為、ナツメはルークに背中を向けた。
「失礼いたします」
ルークは一声かけると、閉じた瞼の上に包帯を被せ、両端を後頭部へ向けて優しく引っ張る。折り返して再び目元に戻し、そしてまた後頭部へ引っ張る。それを何度か繰り返し、最後に包帯と包帯の隙間に両端を入れ込んだ。
「ありがとう。ルーク」
包帯姿で後ろを振り向くと、ナツメは微笑みつつ礼を言った。だが、自身の目を覆う包帯にそっと触れると、どこか浮かない表情を浮かべる。
「でもこれでは、あちらを援護することが出来ませんね」
目を保護した状態では、当然今までのような狙撃を成立させることは不可能。ヒメたちの手助けをすることが出来ないので、ナツメはそれが気掛かりなのだ。
だが、そんな彼女の心配を笑い飛ばすように、ルークはサラリと言ってのける。
「そこまで気負う必要は無いのでは?あちらにはヒメがいるのですよ?」
「そう、ですね……じゃあ、私は少し休むとします」
ルークの意見には一理あるどころか、ナツメの憂いを一掃できる程の威力があった。
ナツメは安堵の声を漏らすように呟くと、部屋の隅っこに身体を預け、休息をとり始めるのだった。
********
ナツメが敵との狙撃合戦に精を出している頃。ヒメたち三人は苦戦を強いられていた。
それもそのはず。残った五人ともが、ヒメたちと同等レベルの実力者だったのだ。一対一で戦えば勝てるレベルではあるが、ヒメたち三人に対して敵は五人。一人は片手を欠損しているとは言え、治癒術である程度の傷を塞いでいる。
ヒメたちの方が圧倒的に不利という状況は揺るがなかった。
「「はぁっ、はぁっ……」」
両者ともに苦し気に息を吐いているが、負傷の数や疲労度はヒメたちの方が深刻である。
特にディアンは両膝に手を置きながら息を切らしており、今にも倒れてしまいそう。故に、自らに向けられる殺気に反応するのが遅くなり、刻一刻と迫るその危機に気づくことが出来なかった。
ディアンを狙う刃が振り下ろされようとしていることに気づいたヒメは、思わず血相を変えて声を荒げる。
「っ!ディアン!」
「っ……!」
ヒメの声で漸くディアンは顔を上げるが、時すでに遅し。最早自らの力でその刃を避けることは不可能だった。
だが、既の所でディアンと敵の間に割り込んできた者が一人――皓然である。
「くっ……」
「っ、皓然くん……!」
皓然は振り下ろされた刃を素手で掴むと、力の限りを尽くして刃の進行を抑えた。皓然の手からはポタポタと赤い雫が零れており、ディアンは顔面蒼白になってしまう。
少しでも気を抜けば皓然はもちろん、ディアンの身も危ない。だが、焦っているのは敵も同じであった。剣を振り下ろした人物はかなりの力を入れ、その分皓然には相当なダメージが蓄積されているはずなのだが、全く攻められないどころか、少しずつ刃を押し返されている事実に、男は全身を粟立たせる。
「っ、はぁああああああああっ!」
皓然は腹の底から呻き声を吐き出すと、掴んだ刃を思い切り押し返した。刹那、握っていた柄が敵の腹に入り、押し返された勢いそのままに、敵は吹っ飛ばされてしまう。
「ゴホッゴホッ…………まだっ……そんな力が、残っていたとはなっ……本当にっ……化け物じみている」
壁に激突した敵は苦しげに呟くが、皓然も力尽きた様に膝をついてしまっている。
そんな皓然の身を案じつつ、ディアンは敵の攻撃を何とか躱している。一方のヒメは二人相手に何とか耐えていた。因みに、その二人の内一人は、ナツメの狙撃で片手を失った男である。
皓然が吹っ飛ばした人物の元に、仮面の一人が近づくと、耳元で提案を持ちかけた。
「おい。今の内にティンベル・クルシュルージュの息の根を止めるぞ」
「あぁ」
計画は大幅に狂ったが、最優先事項はティンベルを殺すこと。邪魔が入らない今の内に弱っているティンベルに止めを刺そうと、二人は彼女の元へ歩み寄る。
ティンベルが危機感を露わにし、ディアンたちも焦りの表情を浮かべた。
――その時だった。
ヒメに、ある異変が起こったのは。
「っ……」
目を見開いたヒメは、機械めいた瞳はそのままに、最も人間らしい表情を浮かべていた。衝撃と焦りが窺えられる表情のまま、ヒメは敵から距離を取るように後方へと跳躍する。
「っ、待って欲しいのっ!」
誰に対する言葉か全くわからず、仮面の彼らは当惑してしまう。何もない空に向かって懇願するヒメの声音からは、焦りの感情がありありと伝わってくる。突然の出来事に困惑し、ヒメの言動の意味も理解できぬまま、ヒメは更に訴えを続けた。
「マスター!ヒメたちはまだやれるのっ、ヒメたちはまだ負けていないのっ。必ずティンベル様を無事に連れ帰るのっ、だからっ……」
刹那、ひゅっと息を呑むように、ヒメの言葉が途切れた。
一方、仮面の彼らは訝し気にヒメの様子を窺っており、ひそひそと内輪話をしている。
「なんなんだ?」
「気味が悪いな……先に仕留めるか?」
ティンベルを殺す前に、謎の言動を繰り返すヒメを先に仕留めてしまおうと、彼らが思い至ったその時。ヒメは悔しげに唇を噛み、気を落とすように俯いた。
「っ……わ、分かった……の……ごめんなさい、なの」
誰に向けた謝罪かも、仮面の彼らは理解できていない。そして、縮こまった声でヒメが陳謝した刹那、彼女は項垂れるように停止してしまった。
目は閉じられ、呼吸音も聞こえない。まるで、バッテリーの切れたロボットのように、力なく佇んでいる。増々意味が分からず、生気の感じられないヒメを彼らが訝しんでいたその時――。
突如、ヒメから途轍もないオーラが放たれた。一瞬で呑み込まれてしまいそうな、真っ暗で底の見えない黒。そして、鋭い赤い視線を浴びせられているような、そんなオーラ。
不意に、ヒメはその小さな口を開いた。
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