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第一章 学園編
41.戦いの終わり2
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それから。アデルはジルの込められた声で洗脳の術を行使すると、仮面の五人と同様にフェイクを眠らせた。その後、彼ら六人を頑丈な拘束具で拘束し、周囲に敵の気配がないことを確認すると、
「――よし。リオたちと合流するか」
立ち上がると同時に、アデルはそう言った。
「り、リオ様がいらしているのですか?」
僅かな嬉々を隠しきれていない声で尋ねたのはディアンだ。このアオノクニにリオが滞在していることを知り、彼女が喜ぶのには訳がある。
実はディアンは、かつてリオに命を救われたことをきっかけに、レディバグの仲間に加わっていたのだ。その為ディアンは、戦士としてのリオを心底崇拝していると同時に、女性らしい性格も持ち合わせた彼を尊敬しているのだ。
「うむ。ユウタロウ殿たちの援護に向かったのだ。あちらにいる仮面の連中と此奴らを、まとめて騎士団に突き出す必要があるのでな……」
「アデル兄様、リオ様とは一体……?」
尋ねてはみたものの、ティンベルは大体の予想をつけていた。会話の流れから推測するのなら、リオという人物はディアン同様、レディバグの構成員なのだろう――そんな予想の斜め上をいく返答をされ、ティンベルは目を見開くことになる。
「……我の親友なのだ」
「っ!」
心底嬉しそうな、幸せそうな、ふやけてしまいそうな満面の笑みでアデルは言った。またしても知らないアデルの一面――交友関係を前に、ティンベルは驚きを隠しきれない。
アデルはアオノクニに滞在する仲間に通信術で連絡を取ると、これからの計画を彼らと共有し、リオやユウタロウたちの元へ向かうことにした。加えて、ナツメが仮面の一人を狙撃していたので、ナツメたちとも合流することになるのだった。
********
一方その頃。リオたちの待機している廃墟では、中々のカオスが繰り広げられていた。
アデルたちと連絡を取るナギカ。戦闘で疲れ、眠ってしまったリオ。廃墟での戦闘を終え、ユウタロウと合流した勇者一族――その中のハヤテは特に重症だった為、ユウタロウとチサトによる治療を受けている。
彼らによって生み出されている混沌に加え、アデルたちより先に到着したナツメとルークも遠目からそのカオスを眺めているので、最早何が何やらである。
「もう……ハヤテくんやめてよねぇ。こんな大怪我するの。グロテスクで見てられないわぁ」
ハヤテの怪我を治癒する最中、ユウタロウにジルを送っているチサトは、視界を狭めるように目を細めて言った。チサトが眉を顰めているのは、ハヤテの手の怪我が要因である。
ハヤテの左手は火傷のせいで酷く爛れ、人差し指の爪は剥がれ、とても凝視できる状態ではなかったのだ。
「すまない、チサト」
「いや、直接治療してんのは俺なんだからてめぇが文句言うなよ」
律儀なハヤテはサラッと陳謝したが、チサトが無理にハヤテの手を観察する必要など無いので、思わずユウタロウはツッコみを入れた。
少しずつ、そして確実に治療されていく自らの左手をボーっと見つめていたハヤテだが、不意にリオたちレディバグへと視線を送る。
「……彼らが、ユウタロウを救ってくれたのか?」
「おう。アイツらがいなかったら、最悪死んでたな」
「そうか……後で、礼を言わなければな」
「おう」
ゆったりとした口調で呟いたハヤテに対し、ユウタロウは何でも無い様な声で返した。最早彼らの中に、レディバグに対する不信感は一切無くなっていた。ハヤテよりも先に治療を終えたライトの、レディバグに向けられる眼差しも温和なものである。
そんな勇者一族の視線を一身に浴びていたのは、リオ。
ハヤテたちもそれなりに強いだけあって、あの中で一番の戦士がリオであることを気配で察知しているのだろう。
リオは大木を背に能天気な寝息を立てていたが、突如、何の前触れも無くパチッと目を覚まし、俊敏な動きで起き上がった。あまりにも突然に、リオの大きな瞳が露わになった為、彼らはビクッと肩を震わせてしまう。
だが、仲間であるナギカにとっては見慣れた光景なのか、彼女は忙しないリオを一瞥するのみである。
「クンクン……クンクンクン……こ、これはっ……」
目を覚ましたリオは大袈裟な挙動で辺りの匂いを嗅ぎ始めた。するとリオは、何かを察知したように顔を強張らせる。
「あで」
「アデル様の匂いがしたのですか?」
リオの言葉を遮る形で、ナギカは問いかけた。「アデルんの匂いがするぅ!」と、意気揚々と声を上げるつもり満々だったリオは、それを遮られてしまい、不満気に頬を膨らませた。
「ちょっとナギ助ぇ。俺の台詞取らないでよ」
「リオ様がお一人で起きられるのは、決まってアデル様が接近している時ですので、つい」
「それでそれで?アデルんはどこかしらっ?」
ナギカに対する不満などコンマ数秒で忘れてしまったのか、リオはケロッとした表情で辺りを見回し始める。
しばらくすると、数十メートル先にアデルたちの姿が確認でき、全員の視線が一気に集中した。だが、誰よりも先にアデルの接近を察知していたリオは何故か硬直しており、アデルたちから一切目を逸らせずにいる。
理由は簡単である。リオが予期していたのは、黒髪に赤眼のアデルの来訪。それに対して、リオたちの前に現れたのは、小さく可愛らしいヒメの姿をしたアデル。
先刻リオは、ユウタロウがヒメと対面したことを羨ましがっていたので、予想外の方向から幸運が舞い込んできたようなものなのだ。
「っっっ……!ヒメっちぃぃぃぃぃぃ!!会いたかったわぁ!!」
リオはヒメの出現による衝撃から目覚めると、一直線にヒメの姿をしたアデルの元へ駆け出した。その勢い――愛の熱量が凄まじいあまり、アデル一行はピタッと足を止めてしまっている。
それを好機と捉えたリオは加速すると、瞬きする間にアデルの懐に潜り込み、小さなヒメの身体を軽々と持ち上げる。そして自分自身を軸として、勢いそのままヒメの身体をグルグルと回転させた。
「っ、リオ……身体を揺さぶるでないっ……下ろすのだっ」
「あれっ?アデルん?」
ピタッと、リオの動きが止まり、アデルは彼に抱え上げられたまま、空中でぷらーんと身体をぶら下げている。
「うむ。我なのだ……あぁ、それと……我もリオに会いたかったのだ」
こんな状況でも、先の求愛(?)に対する返答をしたアデル。その穏やかな笑みをもろに受けてしまったリオは、雷に打たれたかのように苦悶の表情を浮かべた。
「っっっ……!ちっちゃいアデルん可愛いっっ……破壊力抜群ねっ」
まるで幼子がぬいぐるみに対してするように、リオは腕の中のアデルをギュッと抱き寄せた。リオは再びヒメの身体を高く掲げると、踊るように回り始める。
「うぅぅ……リオっ、下ろすのだぁ……目が回るぅ……」
「てめぇら何してんだ」
「全くです」
流石にアデルが哀れに思えてきたのか、ユウタロウは鋭いツッコみを入れた。それに同調するように、ナギカはリオに厳しい視線を送っている。
「アデル様に対してなんて無礼な」とでも言いたげな冷たい雰囲気を察知したのか、はたまたもう気が済んだのか。リオはアデルを下ろしてやった。
世界が歪むような気持ちの悪い感覚から覚める為、アデルはブルブルっと頭を振る。視界を定めると、アデルはユウタロウの顔をジッと見上げた。
「ユウタロウ殿……無事であったか」
「……えっと、ルル……なんだよな?いや、本名はアデルか」
「…………えっ」
ユウタロウが確認を取った瞬間、ティンベルの口から困惑入り混じる呆けた声が漏れた。思わず彼女の方を振り向くと、パチクリと目を瞬きさせるティンベルの姿が映る。明らかに当惑し、状況を理解しきれていないその表情を前に、アデルは漸く思い出した。
ルル・アリザカという人間の正体を、未だ彼女に告げていないということを。
「え、っと……え?」
「あぁ、すまぬ……ティンベル。言っていなかったな。
ルル・アリザカは、我が作った架空の人物なのだ」
「…………なる、ほど……」
固まった表情のまま、ティンベルはゴトッと重たい物を零すように呟いた。刹那、ユウタロウは何故かクスリと笑みを零し、ティンベルから怪訝な視線を向けられる。即座に「悪い悪い」と返したが、ユウタロウが微笑した理由は分からずじまい。
ティンベルは元々、ルルに対して違和感を覚えていたことがあったので、彼の正体がアデルと知ったことで衝撃を受けたものの、漸く腑に落ちることが出来たのだ。
当惑しながらも納得した彼女の反応は、以前ユウタロウがルルに対して「気持ち悪い」と称した時の反応と全く一緒だったので、妙な部分で血の繋がりを感じてしまい、ユウタロウはそれがおかしくなってしまったのだ。
「騙していてすまないのだ……今回の通り魔事件を調べるにあたり、学園に潜入する必要があり、その為に変装をせざるを得なくてな」
アデルはシュンとした表情で陳謝した。ヒメの顔で眉尻を下げるその姿は庇護欲をそそられるものだが、今その点に気を取られているのは能天気なリオだけである。
彼らレディバグは、今回の通り魔事件に学園が関与していることを誰よりも先に突き止めていたのだろう。故に、存在しない学園の生徒――ルル・アリザカを作り上げ、学園に潜入……ユウタロウたちと接触することで、事件解決の為の情報を入手しようとしていた。
それを理解できないユウタロウではない。だからこそ、罪悪感を覚えているアデルを嘲笑うように、ユウタロウは言い放った。
「別にてめぇが誰だろうがどうでもいいんだよ。てめぇがアホで能天気な気持ちわりぃルルだってことに変わりはねぇんだからな」
「ユウタロウ殿……」
思わずアデルは、感極まった様な声でその名前を呼んだ。
――誰であろうと、どうでもいい。
その言葉はアデルにとって、どんな美辞麗句よりも嬉しく、心が温まるものだった。
アデルは悪魔の愛し子として生まれ、両親からも見放され、迫害され、忌避され、恐怖されてきた。彼を〝アデル・クルシュルージュ〟として扱ってくれた者は極少数で、それ以外の者はアデルを、悪魔の愛し子としてしか捉えてくれなかった。いい意味でも、悪い意味でも。
だがユウタロウは、誰でもいいと言った。それはつまり、アデルが悪魔の愛し子でも、愛し子でなかったとしても気にしないということである。悪魔の愛し子であることを肯定するだけでなく、悪魔の愛し子でないアデルのことも認めるというのは、アデルをアデルという一人の人間として見てくれているということ。
そのことが純粋に嬉しく、アデルは呆けてしまう。
「アデルん。貶されてるんだから少しは怒ろうか」
「違うのだリオ。ユウタロウ殿のこれは愛情表現の裏返しなのだ」
「妙な解釈すんな」
アデルはユウタロウの減らず口を擁護するが、本人からすれば余計なお世話だったのか、彼は眉を顰めた。
他愛も無い会話が飛び交う中、リオは何の前触れも無く「あ!!」と大声を上げ、再び全員の視線を一身に集めた。
ティンベルたちはビクッと肩を震わせており、見兼ねたアデルはリオに苦言を呈する。
「リオ……いつも言っているであろう。急に大声を出すでない」
「ごめんごめんっ。ちょっと気になっちゃって……。
さっきから気になってたんだけど、そこにいる美少女……アデルんの妹ちゃんだよね?」
「えっ」
好奇心いっぱいの、クリっとしたリオの瞳を間近で浴びたティンベルは、当惑した様に目を泳がせた。今まで場の空気と化していたティンベルが突如注目を集めたことも困惑材料の一つでもあるが、アデルが親友と称したリオに対してどう対応すればいいのか迷っているのだ。
だが、取り敢えずは自己紹介を兼ねて挨拶をすべきだろうと、ティンベルは丁寧な所作で頭を下げる。
「あ……は、初めまして。ティンベル・クルシュルージュと申します」
「初めまして!リオ・カグラザカだよっ」
リオは満面の笑みで名乗った。
「へぇ……可愛いねっ、ティンカーベルみたい!」
「てぃん?」
「かーべる?」
リオの感想に対して、ティンベル、アデルの順に疑問の声を上げた。瞬時にリオは自身の失態に気づくと「あぁごめんごめん。コッチの話……」と陳謝し、話を逸らそうとする。
コッチの話――その真意を知る者は、この場においてレディバグの人間しかいない。頭脳明晰なティンベルが真剣に頭を悩ませたとしても、きっとその真実には辿り着けないだろう。
何故なら、リオの言う〝コッチ〟とは、彼がこの世界に生を享ける以前の――前世での世界のことを意味しているのだから。
「――よし。リオたちと合流するか」
立ち上がると同時に、アデルはそう言った。
「り、リオ様がいらしているのですか?」
僅かな嬉々を隠しきれていない声で尋ねたのはディアンだ。このアオノクニにリオが滞在していることを知り、彼女が喜ぶのには訳がある。
実はディアンは、かつてリオに命を救われたことをきっかけに、レディバグの仲間に加わっていたのだ。その為ディアンは、戦士としてのリオを心底崇拝していると同時に、女性らしい性格も持ち合わせた彼を尊敬しているのだ。
「うむ。ユウタロウ殿たちの援護に向かったのだ。あちらにいる仮面の連中と此奴らを、まとめて騎士団に突き出す必要があるのでな……」
「アデル兄様、リオ様とは一体……?」
尋ねてはみたものの、ティンベルは大体の予想をつけていた。会話の流れから推測するのなら、リオという人物はディアン同様、レディバグの構成員なのだろう――そんな予想の斜め上をいく返答をされ、ティンベルは目を見開くことになる。
「……我の親友なのだ」
「っ!」
心底嬉しそうな、幸せそうな、ふやけてしまいそうな満面の笑みでアデルは言った。またしても知らないアデルの一面――交友関係を前に、ティンベルは驚きを隠しきれない。
アデルはアオノクニに滞在する仲間に通信術で連絡を取ると、これからの計画を彼らと共有し、リオやユウタロウたちの元へ向かうことにした。加えて、ナツメが仮面の一人を狙撃していたので、ナツメたちとも合流することになるのだった。
********
一方その頃。リオたちの待機している廃墟では、中々のカオスが繰り広げられていた。
アデルたちと連絡を取るナギカ。戦闘で疲れ、眠ってしまったリオ。廃墟での戦闘を終え、ユウタロウと合流した勇者一族――その中のハヤテは特に重症だった為、ユウタロウとチサトによる治療を受けている。
彼らによって生み出されている混沌に加え、アデルたちより先に到着したナツメとルークも遠目からそのカオスを眺めているので、最早何が何やらである。
「もう……ハヤテくんやめてよねぇ。こんな大怪我するの。グロテスクで見てられないわぁ」
ハヤテの怪我を治癒する最中、ユウタロウにジルを送っているチサトは、視界を狭めるように目を細めて言った。チサトが眉を顰めているのは、ハヤテの手の怪我が要因である。
ハヤテの左手は火傷のせいで酷く爛れ、人差し指の爪は剥がれ、とても凝視できる状態ではなかったのだ。
「すまない、チサト」
「いや、直接治療してんのは俺なんだからてめぇが文句言うなよ」
律儀なハヤテはサラッと陳謝したが、チサトが無理にハヤテの手を観察する必要など無いので、思わずユウタロウはツッコみを入れた。
少しずつ、そして確実に治療されていく自らの左手をボーっと見つめていたハヤテだが、不意にリオたちレディバグへと視線を送る。
「……彼らが、ユウタロウを救ってくれたのか?」
「おう。アイツらがいなかったら、最悪死んでたな」
「そうか……後で、礼を言わなければな」
「おう」
ゆったりとした口調で呟いたハヤテに対し、ユウタロウは何でも無い様な声で返した。最早彼らの中に、レディバグに対する不信感は一切無くなっていた。ハヤテよりも先に治療を終えたライトの、レディバグに向けられる眼差しも温和なものである。
そんな勇者一族の視線を一身に浴びていたのは、リオ。
ハヤテたちもそれなりに強いだけあって、あの中で一番の戦士がリオであることを気配で察知しているのだろう。
リオは大木を背に能天気な寝息を立てていたが、突如、何の前触れも無くパチッと目を覚まし、俊敏な動きで起き上がった。あまりにも突然に、リオの大きな瞳が露わになった為、彼らはビクッと肩を震わせてしまう。
だが、仲間であるナギカにとっては見慣れた光景なのか、彼女は忙しないリオを一瞥するのみである。
「クンクン……クンクンクン……こ、これはっ……」
目を覚ましたリオは大袈裟な挙動で辺りの匂いを嗅ぎ始めた。するとリオは、何かを察知したように顔を強張らせる。
「あで」
「アデル様の匂いがしたのですか?」
リオの言葉を遮る形で、ナギカは問いかけた。「アデルんの匂いがするぅ!」と、意気揚々と声を上げるつもり満々だったリオは、それを遮られてしまい、不満気に頬を膨らませた。
「ちょっとナギ助ぇ。俺の台詞取らないでよ」
「リオ様がお一人で起きられるのは、決まってアデル様が接近している時ですので、つい」
「それでそれで?アデルんはどこかしらっ?」
ナギカに対する不満などコンマ数秒で忘れてしまったのか、リオはケロッとした表情で辺りを見回し始める。
しばらくすると、数十メートル先にアデルたちの姿が確認でき、全員の視線が一気に集中した。だが、誰よりも先にアデルの接近を察知していたリオは何故か硬直しており、アデルたちから一切目を逸らせずにいる。
理由は簡単である。リオが予期していたのは、黒髪に赤眼のアデルの来訪。それに対して、リオたちの前に現れたのは、小さく可愛らしいヒメの姿をしたアデル。
先刻リオは、ユウタロウがヒメと対面したことを羨ましがっていたので、予想外の方向から幸運が舞い込んできたようなものなのだ。
「っっっ……!ヒメっちぃぃぃぃぃぃ!!会いたかったわぁ!!」
リオはヒメの出現による衝撃から目覚めると、一直線にヒメの姿をしたアデルの元へ駆け出した。その勢い――愛の熱量が凄まじいあまり、アデル一行はピタッと足を止めてしまっている。
それを好機と捉えたリオは加速すると、瞬きする間にアデルの懐に潜り込み、小さなヒメの身体を軽々と持ち上げる。そして自分自身を軸として、勢いそのままヒメの身体をグルグルと回転させた。
「っ、リオ……身体を揺さぶるでないっ……下ろすのだっ」
「あれっ?アデルん?」
ピタッと、リオの動きが止まり、アデルは彼に抱え上げられたまま、空中でぷらーんと身体をぶら下げている。
「うむ。我なのだ……あぁ、それと……我もリオに会いたかったのだ」
こんな状況でも、先の求愛(?)に対する返答をしたアデル。その穏やかな笑みをもろに受けてしまったリオは、雷に打たれたかのように苦悶の表情を浮かべた。
「っっっ……!ちっちゃいアデルん可愛いっっ……破壊力抜群ねっ」
まるで幼子がぬいぐるみに対してするように、リオは腕の中のアデルをギュッと抱き寄せた。リオは再びヒメの身体を高く掲げると、踊るように回り始める。
「うぅぅ……リオっ、下ろすのだぁ……目が回るぅ……」
「てめぇら何してんだ」
「全くです」
流石にアデルが哀れに思えてきたのか、ユウタロウは鋭いツッコみを入れた。それに同調するように、ナギカはリオに厳しい視線を送っている。
「アデル様に対してなんて無礼な」とでも言いたげな冷たい雰囲気を察知したのか、はたまたもう気が済んだのか。リオはアデルを下ろしてやった。
世界が歪むような気持ちの悪い感覚から覚める為、アデルはブルブルっと頭を振る。視界を定めると、アデルはユウタロウの顔をジッと見上げた。
「ユウタロウ殿……無事であったか」
「……えっと、ルル……なんだよな?いや、本名はアデルか」
「…………えっ」
ユウタロウが確認を取った瞬間、ティンベルの口から困惑入り混じる呆けた声が漏れた。思わず彼女の方を振り向くと、パチクリと目を瞬きさせるティンベルの姿が映る。明らかに当惑し、状況を理解しきれていないその表情を前に、アデルは漸く思い出した。
ルル・アリザカという人間の正体を、未だ彼女に告げていないということを。
「え、っと……え?」
「あぁ、すまぬ……ティンベル。言っていなかったな。
ルル・アリザカは、我が作った架空の人物なのだ」
「…………なる、ほど……」
固まった表情のまま、ティンベルはゴトッと重たい物を零すように呟いた。刹那、ユウタロウは何故かクスリと笑みを零し、ティンベルから怪訝な視線を向けられる。即座に「悪い悪い」と返したが、ユウタロウが微笑した理由は分からずじまい。
ティンベルは元々、ルルに対して違和感を覚えていたことがあったので、彼の正体がアデルと知ったことで衝撃を受けたものの、漸く腑に落ちることが出来たのだ。
当惑しながらも納得した彼女の反応は、以前ユウタロウがルルに対して「気持ち悪い」と称した時の反応と全く一緒だったので、妙な部分で血の繋がりを感じてしまい、ユウタロウはそれがおかしくなってしまったのだ。
「騙していてすまないのだ……今回の通り魔事件を調べるにあたり、学園に潜入する必要があり、その為に変装をせざるを得なくてな」
アデルはシュンとした表情で陳謝した。ヒメの顔で眉尻を下げるその姿は庇護欲をそそられるものだが、今その点に気を取られているのは能天気なリオだけである。
彼らレディバグは、今回の通り魔事件に学園が関与していることを誰よりも先に突き止めていたのだろう。故に、存在しない学園の生徒――ルル・アリザカを作り上げ、学園に潜入……ユウタロウたちと接触することで、事件解決の為の情報を入手しようとしていた。
それを理解できないユウタロウではない。だからこそ、罪悪感を覚えているアデルを嘲笑うように、ユウタロウは言い放った。
「別にてめぇが誰だろうがどうでもいいんだよ。てめぇがアホで能天気な気持ちわりぃルルだってことに変わりはねぇんだからな」
「ユウタロウ殿……」
思わずアデルは、感極まった様な声でその名前を呼んだ。
――誰であろうと、どうでもいい。
その言葉はアデルにとって、どんな美辞麗句よりも嬉しく、心が温まるものだった。
アデルは悪魔の愛し子として生まれ、両親からも見放され、迫害され、忌避され、恐怖されてきた。彼を〝アデル・クルシュルージュ〟として扱ってくれた者は極少数で、それ以外の者はアデルを、悪魔の愛し子としてしか捉えてくれなかった。いい意味でも、悪い意味でも。
だがユウタロウは、誰でもいいと言った。それはつまり、アデルが悪魔の愛し子でも、愛し子でなかったとしても気にしないということである。悪魔の愛し子であることを肯定するだけでなく、悪魔の愛し子でないアデルのことも認めるというのは、アデルをアデルという一人の人間として見てくれているということ。
そのことが純粋に嬉しく、アデルは呆けてしまう。
「アデルん。貶されてるんだから少しは怒ろうか」
「違うのだリオ。ユウタロウ殿のこれは愛情表現の裏返しなのだ」
「妙な解釈すんな」
アデルはユウタロウの減らず口を擁護するが、本人からすれば余計なお世話だったのか、彼は眉を顰めた。
他愛も無い会話が飛び交う中、リオは何の前触れも無く「あ!!」と大声を上げ、再び全員の視線を一身に集めた。
ティンベルたちはビクッと肩を震わせており、見兼ねたアデルはリオに苦言を呈する。
「リオ……いつも言っているであろう。急に大声を出すでない」
「ごめんごめんっ。ちょっと気になっちゃって……。
さっきから気になってたんだけど、そこにいる美少女……アデルんの妹ちゃんだよね?」
「えっ」
好奇心いっぱいの、クリっとしたリオの瞳を間近で浴びたティンベルは、当惑した様に目を泳がせた。今まで場の空気と化していたティンベルが突如注目を集めたことも困惑材料の一つでもあるが、アデルが親友と称したリオに対してどう対応すればいいのか迷っているのだ。
だが、取り敢えずは自己紹介を兼ねて挨拶をすべきだろうと、ティンベルは丁寧な所作で頭を下げる。
「あ……は、初めまして。ティンベル・クルシュルージュと申します」
「初めまして!リオ・カグラザカだよっ」
リオは満面の笑みで名乗った。
「へぇ……可愛いねっ、ティンカーベルみたい!」
「てぃん?」
「かーべる?」
リオの感想に対して、ティンベル、アデルの順に疑問の声を上げた。瞬時にリオは自身の失態に気づくと「あぁごめんごめん。コッチの話……」と陳謝し、話を逸らそうとする。
コッチの話――その真意を知る者は、この場においてレディバグの人間しかいない。頭脳明晰なティンベルが真剣に頭を悩ませたとしても、きっとその真実には辿り着けないだろう。
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