レディバグの改変<W>

乱 江梨

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第一章 学園編

42.戦いの終わり3

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 リオはジッとクルシュルージュ兄妹を見つめると、ニカッと満面の笑みを浮かべて言った。


「でもやっぱり兄妹ねっ!」
「「?」」


 唐突に心当たりのない評価をされ、アデルとティンベルはキョトンと首を傾げてしまう。傾げていた首を更に傾けるその挙動も似ており、リオはクスっと笑みを零すが、彼が二人を〝兄妹〟と感じた理由はそれではなかった。


「目元がアデルんにそっくりよ」
「「っ」」


 クシャっと破顔しながらリオが称した刹那、二人の目が見開かれる。アデルは悪魔の愛し子なので、ティンベルとアデルの瞳の色は決定的に異なる。だがリオは瞳の色では無く、目の形に注目し、嘘偽りなく称した。


「……そのようなこと、初めて言われたのだ」


 ボソッと、かき消えそうな声でアデルは呟いた。虚を突かれたような表情だけでは、アデルの心情を読み解くことはできない。

 ただ。アデルは幼少期、両親からティンベルに接することを禁じられていた。ティンベルがアデルに会いに来てくれた時は、決まって父親から折檻を受けた。
 まるで、お前とティンベルは別の世界に生きる者なのだ。と、言われているようだった。血の繋がった兄妹だというのに、それを真っ向から否定されているようだった。

 だが、今この瞬間、リオの言葉で――。
 二人が兄妹であることを肯定されたように感じ、アデルはじんわりと胸と目元を温めた。


(そう、なのかしら……今の、アデル兄様のお顔を知らないから、分からないけど……でも――。
 そうだと、いいな……)


 そしてティンベルも。
 血の繋がり、互いを思い合う心――それ以外に、アデルと自らを繋ぎとめる、兄妹という関係を証明するものが今、ポツリと目の前に現れたことに、思わず顔を綻ばせた。


「…………ん?」
「どうしたのだ?リオ」


 長い長い沈黙の後、ふと我に返ったように、リオは眉を顰めた。その疑問の声に彼らの視線は集まり、アデルは代表して尋ねた。


「ねぇアデルん。ヒメっちは?アデルんがそっちの姿ってことは、ヒメっちはアデルんの本体の方にいるんでしょ?」
(本体……?)


 その言葉の真意をティンベルは知らないので、キョトンと首を傾げてしまう。一方のアデルは、ほんの少し間を置いてから我に返り、刻一刻と迫る危機的状況にようやく気付いた。


「…………ハッ!今すぐヒメを助けに行かなければっ。首が飛んでしまうっ!」
「いやどういう状況だよ」


 慌てた様子で目を見開いたアデルに対し、ユウタロウはすかさずツッコみを入れた。

 話が唐突過ぎるせいでユウタロウはケロッとしているが、レディバグの一部面々は〝首が飛ぶ〟という物騒なワードによって戦々恐々としている。


「く、首が飛ぶって……アデル様、大丈夫なのですか?」


 尋ねたのは、アデルたちより先にリオと合流していたナツメ。彼女は強すぎる視力を抑える為に包帯を目元に巻いているので、その表情全てを窺うことは出来ないが、そのオーラだけで彼女が不安を覚えているのは明らかである。

 「実は――」と開口一番。アデルはこれまでの経緯を彼らに説明した。
 ルルの姿でフェイクに捕らえられたこと。外そうと試みると、即座に斬首の仕掛けが作動する拘束具をつけられたこと。その仕組みを、ヒメが知らないこと。

 説明した後、アデルは即座にヒメに連絡を取り、拘束具に一切触れないよう忠告をした。そして、ヒメをあの拘束具から解放する為に、学園へ向かうことを決める。

 アデルは転移術でヒメの元へ向かおうとするが、ティンベルに呼び止められることで、その動きを一時停止させた。


「あの、アデル兄様。結局、ヒメ様とは一体……?」
「ヒメは、我の分身体である」
「分身体……?」


 思わず、ティンベルは疑問の声を漏らした。ティンベルや、一般的なイメージにおける分身体とは、短時間で大量に現れ、敵を翻弄する役目を担う者。分身体それぞれに意思は無く、与えられた役目を果たすだけの存在。
 だがヒメは、表情が乏しいものの、感情豊かな、己の意志を明確に持っている人間――ティンベルの目にはそう映っていた。

 だからこそ、ヒメが分身体であるという告白に違和感を覚えてしまったのだ。


「分身体ということは、えっと……人形ということですか?」
「……ヒメが生まれたばかりの頃であれば、その表現で相違なかったであろうな」
「?」

 意味深なアデルの答えに、ティンベルは増々首を傾げてしまう。

「ヒメは我の分身体でありながら、人の感情を持った、正真正銘の人間なのだ」


 これに関してはティンベルだけでなく、ユウタロウも首を傾げてしまった。ユウタロウはリオから、ヒメがアデルの分身体であることは聞いていたのだが、それ以上の説明はされていないので、詳細は未だに理解していないのだ。

 そんな二人の反応を見たアデルは、困ったように微笑み、一つの提案を持ちかける。


「……見た方が早いかもしれぬな。ティンベルたちも来るか?」
「「っ……!」」


 こうして、ティンベル、ユウタロウ、チサト、リオ、ナギカ、皓然ハオラン、ディアンの七人は、アデルについて行く形で、ヒメのいる学園へと向かうことになるのだった。

 ********

 計八人の中で転移術を行使できるのは、アデル、ユウタロウ、リオの三人のみ。そして転移術は、行使する者の身体に触れなければ、周囲の人間に術が反映されない。
 その為、チサトはユウタロウに。ナギカはリオに。皓然、ディアン、ティンベルの三人はアデルに触れることで、学園へ転移することになった。

 因みにその他の面々は廃墟付近で休息をとりつつ、フェイクたちを監視する役目を担っている。

 アデルたちが転移術を行使すると、刹那の内に彼らの視界に映る光景がガラリと一変した。それは、ティンベルも一度訪れたことのある、学園の理事長室。相変わらずカーテンは閉め切られ、ジメジメとした空気が転移した事実を犇々と実感させてくる。

 彼らの視界に真っ先に飛び込むのは、拘束された状態で柱と繋がれているルルの姿。アデルたちの来訪に気づくと、ルル――ヒメは、ぱぁっと顔を綻ばせた。


「っ!マスター。やっと来てくれたの」
「すまぬ。遅くなったであるな」


 アデルが膝をついて陳謝すると、ヒメは力なく首を横に振った。思わずアデルが首を傾げると、ヒメは重い口をそっと開く。


「……いいの。ヒメ、結局マスターに頼ってしまったの。不甲斐無いの……ごめんなさいなの」


 ヒメにとって気掛かりなのは、やはり先の戦いの件だろう。ヒメたち三人ではあの仮面の組織に敵わず、最後にはアデルの力に頼ってしまったことを情けなく思い、気を落としているのだ。

 シュンと俯くヒメを前に、アデルは困った様な笑みを浮かべると、ルルの頭にポンと手を置く。


「よい。ヒメはよくやってくれたのだ。我がルル・アリザカとして過ごす間、皓然とディアンに加え、この国の人々を守ったこと、大儀であったのだ」
「マスター……」

 アデルの温かい言葉に、ヒメは感極まったように彼を見上げる。

「さぁ、いつまでもそこに囚われていては窮屈であろう。一度我の元に戻り、その後に分身体を再構築するとしよう」
「アデル兄様。一体、何をなさるのですか?」


 アデルの提案に、ヒメはコクンと首肯して返すが、ティンベル含めたレディバグ以外の面々は意味を理解できず、首を傾げている。


「見た方が早いのだ」


 そう言うと、アデルはルルの身体にそっと触れた。同時に、ヒメは瞼を徐に閉じる。すると、拘束具に囚われていたルルの身体が一瞬にして消え去り、ティンベルたちは衝撃で目を見開く。


「っ……!消えたっ……」


 だが、驚くのはまだ早かった。
 ルルの身体が消えたかと思うと、今度はアデル――ヒメの身体に変化が起きたのだ。

 まるで、消えたルルの身体を吸収しているかのように。ヒメの身体は淡い光に包まれながら、どんどん大きくなっていき、最終的には成人男性ほどの背までに成長した。

 そして、彼を包む淡い光が辺りに散ったかと思うと、それは姿を現した。


「「っ!」」


 ヒメでも無く、ルルの姿でもない。本来の彼――アデル・クルシュルージュの姿を目の当たりにした彼らは、一瞬にして目を奪われ、呼吸すら忘れてしまう。

 百八十センチの高身長に、綺麗に筋肉のついた身体。黒を基調としたシャツとパンツに、黒い外套を軽く羽織っている。
 そして何より。彼らが目を惹かれたのは、悪魔の愛し子の象徴である黒髪と赤眼だ。全てを吞み込んでしまいそうな、サラリとした黒髪は項まで伸ばしている。
 キリリとした赤い瞳は鋭く、一見すると冷たい印象を覚えるが、ジッと見つめると奥深くに優しい温かさを感じる。不思議で、一度見ると目を離せなくなるような、そんな容姿であった。

 そして。ティンベルにとっては、十三年ぶりに目の当たりにする、アデルの姿であった。


「アデル、兄様……」
「ティンベル?」


 声は震わせているというのに、ティンベルはアデルから一切目を逸らすことが出来なかった。ポロポロと、真珠のような涙を零すティンベルを前に、アデルは首を傾げてしまう。

 かつて、当たり前のように接していたあの頃。何度も見たアデルの姿が――それでも、記憶の中にしかいなかったアデルの姿が。今目の前にいるという事実に、ティンベルは涙を堪えることが出来なかった。


「っ、ふっぅ……っ……やっぱり、アデル兄様ですっ」
「うむ。ティンベルの兄は、ここにいるのだ」
「はいっ」


 ティンベルを安心させるように、アデルは破顔しながら頭を撫でてやった。ヒメの身体の時は背伸びをしてギリギリ彼女の頭に手が届いていたが、元の身体に戻った今は逆に見下ろす形である。
 ティンベルを見下ろすアデルの眼差しは慈愛に満ちており、彼女は必死に涙を拭っている。

 そんな兄妹の姿を眺めていたユウタロウは、本題に戻すように口を開く。


「ヒメの奴はどうなったんだ?」
「あぁ……ヒメは今、我の中にいるのだ」
「「?」」

 漠然としたアデルの説明に、ユウタロウたちは首を傾げてしまう。


「少し、ヒメについて説明するのだ。
 ヒメは我の分身体である故に、いつでも我の本体に戻ることが出来る。もちろん、本体が分身体の元に移ることも可能なのだ。今のようにな。とは言っても、先刻までは我の意識がヒメの身体に、ヒメの魂がルルの身体に宿っている状態だった故、どちらを本体と定義するかは難しい所ではあるのだが」
「分身体に、魂が宿っているというのですか?」

 信じられない様な声で、ティンベルは尋ねた。

「もちろん、最初からヒメという人格が備わっていた訳ではない。我が自身の分身体を生み出したばかりの頃は、皆が想像するようなただの人形だったのだ。
 だが本来、分身体というのは普通の人間に創造できるものでは無い。何故かは、分かるであろう?」

 ティンベルに視線を送りつつ、アデルは答え合わせの様に尋ねた。

「えぇ。自身の分身……なのですから当然、体内のジルを使って分身体を作り上げることになります。ですが、体内のジルを削るという行為は、普通の人間にとって自殺行為です。亜人の方々や兄様のように、自身でジルを生み出す力がある方なら可能ですが、本体を危険に晒してまで分身を造ろうと思う方は、そうそういらっしゃらないでしょうね」
「その通りなのだ。逆に言えば、多くのジルを生み出せる者であれば、人間の身体に極限まで近づけた分身体を作ることが可能ということになる。我の場合、例え身体を構築するほとんどのジルを分身体に分け与えたとしても、自らが生み出したジルで本体のジルを補充できるのでな。かなり精度の高い分身体を作り上げることが出来たのだ。
 ……まぁ、ここからが我にとって予想外の出来事だったのだが」
「「?」」


 アデルの意味深な呟きに、ティンベルたちはキョトンと首を傾げた。
 アデルの説明は、精度の高い分身体を作り上げたが故に、彼にとって想定外の出来事が起きたような口ぶりであったからだ。


「実は、分身体があまりにも人間に近い状態で存在し続けていたせいか、いつの間にかどこの誰かも分からぬ魂が分身体に宿ってしまったのだ」
「……」
「んだよ、そのうっかりミスみてぇな下らねぇ理由は」


 理解の範疇を超えてしまい、ティンベルはポカーンと呆けた顔を晒した。一方のユウタロウは、呆れたような声でツッコみを入れた。


「いや、本当にうっかりミスなのだが……、まぁ今となっては、うっかりミスをしてよかったと思っているのだ」
「そうよねぇ。じゃなきゃ、俺たちヒメっちに出会えてないんだもん」


 アデルに同調する形で、リオはしみじみと呟いた。そんな二人の和やかな会話を、ティンベルはどこか遠い目で眺めていたが、自身の中で考えをまとめると、確認するように尋ねる。


「えっと……つまり。
 本来であれば赤ん坊の身体に宿るはずだった魂が、空っぽの分身体に事故で宿ってしまった……。それがヒメ様、ということですか?」


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