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第二章 過去との対峙編
54.似ていない姉弟1
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「……アイツ……まぁたストーカーかよ」
「ストーカー?」
「すまん。クレハも来てたみたいだ……。
おいクレハ!さっさと降りてこい!」
アデルが疑問の声を上げると、ユウタロウは二階に向かって大声で彼を呼んだ。一方、クレハのストーカー癖など知る由も無かったアデルたちは、先の物音の正体を教えられ、ほんの少しだけ面食らってしまう。
刹那、クレハは一切の物音も無しに皆の前に現れ、彼らはハッと息を呑んだ。
クレハはユウタロウに呼ばれた瞬間、二階を駆け、二階から一階を繋ぐ階段をひとっ飛びに降りた。その一連の動きを、微かな足音も無しにやってのけたのだから、彼らの驚嘆は一入だろう。
「主君。お呼びだろうか」
「いやお前何でこんなとこまでストーカーしてんだよ。ここまで転移術で来たっていうのに」
ユウタロウの前に跪いたクレハに、彼は純粋な疑問をぶつけた。彼らはここまで、アデルとリオの転移術でやって来たので、本来であればクレハがその後を追うのは不可能だ。ならばどうやって、クレハはここまで辿り着いたのか?
「……気配を消し、コッソリとそこの者に触れたのだ」
そこの者と言ってクレハが指差したのは、転移術を行使したリオである。対するリオは当惑したような表情で自分自身を指差し「あれま」と情けの無い声を漏らしていた。
その様子から、リオが故意にクレハの存在を黙っていた訳ではなく、本当にその気配を察知できなかったことは明らかであり、アデルは感嘆の声を漏らしてしまう。
「リオでも気づかなかったのか……。凄いであるな」
「その技術をこんな下らねぇことに使うなってんだ」
「主君!これは下らぬ行為などでは無くっ、いつ如何なる時も主君を見守る為には必要不可欠な行為であって……!」
「ストーカーはみーんなそう言うのよ」
「ビッチは黙っていろ」
「はぁ!?」
意図せずチサトとクレハの口論が始まってしまい、レディバグの面々はおろおろと当惑した。そんな中、ロクヤにとっては慣れた光景だったせいか、彼だけが〝二人の喧嘩の時の口論の内容って、いつも同じだよなぁ……〟と、心底どうでもいいことを考えていた。
だが、そんな二人の口論も、ユウタロウの精悍な一声によって終幕を迎えることとなる。
「てめぇらいい加減にしねぇと殴って外に捨てるぞ」
「「っ……」」
ピシャリと、舌鋒鋭く咎められた瞬間、二人はひゅっと息を呑み、顔を真っ青にさせた。何故ならユウタロウは、人一人殺めるのかと思える程冷たい瞳で彼らを捉えており、その殺気で全身が粟立って仕方がなかったのだ。
ユウタロウは、やると言えばやる男だ。仲間だろうが、愛する恋人であろうが。殴ると言えば容赦なく殴る。女性のチサトには多少の手加減はするだろうが、頭に拳骨を落とされるぐらいの覚悟は持たなくてはならない。
「クレハ」
「はっ」
「生徒会長が実家に帰ってる間、生徒会長の護衛してやれ。お前なら誰にも気づかれること無く、屋敷に侵入できんだろ」
その瞬間アデルたちは、ユウタロウがクレハを呼び寄せた本来の理由を理解した。クレハの隠密スキルがリオを欺く程であることは、先の出来事で証明されている。そんな彼であれば、クルシュルージュ家に侵入し、影ながらティンベルを見守ることなど朝飯前であろう。
彼以上にティンベル護衛に適任な者はいなく、ユウタロウは誰よりもそれを理解していたのだ。だが、当の本人は乗り気でないのか、ほんの少しだけ顔を顰めてしまう。
「……しかし、それでは主君を見守る任が……」
「誰もてめぇにそんな命令したことねぇだろうがよ。俺がてめぇに守られなきゃ戦えねぇような弱者だとでも?」
「っ!そのようなことは決して……!」
「ならやれ」
「……承知した」
渋々といった感じではあったが、クレハはティンベルの護衛を引き受けてくれた。クルシュルージュ家の調査の為に尽力してくれることとなったクレハに対し、ティンベルは申し訳なさそうに一礼する。
「お手間を取らせてしまい、申し訳ありません。クレハ様……よろしくお願い致します」
「別に謝る必要なんてねぇよ。コイツがストーカーなのが悪いんだからよ」
「そ、そんなっ、しゅ、主君……」
「……ギルドニスに似ているようで、全く似ていないのであるな」
ユウタロウに突き放されたと感じたクレハは、一瞬にして顔面蒼白になると、慈悲を乞うように縋った。その姿は、親に見放され、涙目になる子供のようで、アデルはボソッと本音を零してしまう。
アデルという人間を神のように崇め奉っているギルドニスと、ユウタロウという主を心から慕っているクレハ。この点に関して、二人はよく似ており、逆にユウタロウは、アデルが似ていないと称した理由が分からず、首を傾げてしまう。
「?どこが?」
「ギルドニスにこんな可愛げはないのだ」
「ぶっ……たっ、確かに……ギル坊、話し方癪に障るもんね、いい意味で」
堪え切れなくなったように吹き出すと、リオはサラリと毒を放った。ギルドニスが気絶しているのは不幸中の幸いであったが、彼の場合、面と向かって言われたところで、清々しい程の満面の笑みで黙らせるだろう。
だが、お目付け役であるナギカの鋭い眼が、呑気に笑うリオに照準を定めていた。
「リオ様。語尾に〝いい意味で〟をつければ、どんな暴言も無かったことに出来る訳ではありませんよ」
「そんなこと無いわよぉ。さっきのは煽り上手って意味だし」
「〝いい意味で〟にどれだけの可能性を感じていらっしゃるんですか。過度な期待はよくないかと」
「ナギ助に〝いい意味で〟の何が分かるのよ」
「リオ様には分かるというのですか」
「……何の口論だよこれ」
「さぁ?」
突如鳴り響いた、ナギカとリオによる口論開始のゴングを前に、ユウタロウは遠い目をしてしまう。彼の疑問を受けたアデルではあるが、いつものことなので問題視しておらず、投げやりな返答をした。
「失礼いたしました。お見苦しい所を……」
ユウタロウの遠い目から繰り出される、怪訝そうな視線をビシビシと肌で感じたのか、ナギカは我に返ると丁寧に陳謝した。
ティンベルは微笑ましいものを見るように苦笑を零すと、改めて話を戻す。
「――私の話し合いたかった案件はあらかた話してしまいましたが、何か聞きたいことなどある方はいらっしゃいますか?」
ティンベルの問いかけに対し、挙手という形で意思を示したのは、ユウタロウただ一人であった。
「では、ユウタロウ様」
「副生徒会長はどうなったんだ?」
実は、ユウタロウはティンベルたちが彼の自宅に訪ねてきた時からずっと、ナオヤの近況を気にしていた。通称フェイクが騎士団に拘束されていた仲間全員を口封じに殺害したのなら、ナオヤの身にも危険が迫ったのではないかと、内心気が気では無かったのだ。
厄介な呪術の使い手であるフェイクにとって、同じ敷地内にいるナオヤを殺すことなど、赤子の手を捻るようなものなので、ユウタロウの危惧は当然である。
「幸いなことに、副生徒会長は無事でした。彼はあのフェイクという男に騙されただけで、仮面の組織については何も知りませんでしたから。情報漏洩の心配は無いと判断されたのでしょう」
「そうか……」
ナオヤが無事であることを知ると、ユウタロウは安堵した様にホッと息を吐いた。そんな彼の安堵を確固たるものとしたのは、付け加えるように言ったアデルだ。
「念の為、ヒメたちに副生徒会長の護衛をさせているのだ。心配する必要は無い」
「あぁ……道理でいないと思った」
ユウタロウは納得の声を上げると、辺りを見回して彼らがいないことを確認した。初めて会ったレディバグ構成員がヒメたちなので、ユウタロウにとって彼女らがいないという現状は、たった一つのねじだけが外れているような違和感を生んでいたのだ。
「あぁ、そうだ。フェイクと言えば……」
――ドガンッ!!!!!!!!!!!!!!!
アデルが何かを言いかけた刹那、その声をいとも簡単にかき消す轟音が鳴り響き、彼らはビクッと肩を震わせた。
その轟音は入り口から部屋の奥へと続いていた。彼らは恐る恐る顔を上げると、衝撃で舞う風に眉を顰めながら、辺りの様子を見回した。すると彼らは、入り口の扉が大きなへこみを作りながら、室内の壁へと一直線に激突したことに気づく。
頑丈に固定されている扉をいとも簡単に外し、分厚い扉に修復不可能なほどの傷を作るなど、並大抵の力では到底不可能である。
そんな御業をやってのけたであろう来訪者に、彼らの視線は自然と集まった。扉を蹴飛ばした態勢のまま、獰猛な眼光でこちらを睨みつけているその女性に、ユウタロウたちは目を奪われる。
百七十センチ強という、女性にしてはかなりの高身長。スラっと長い手足も相まって、体格はまるでモデルのよう。肌の色素も薄く、こんな状況でさえ無ければ見惚れる程の容姿を持っている。
青みがかかった紺色の髪は地面につく程長く、それを頭の高い位置でポニーテールにしている。軍服をベースとした衣服を身につけており、彼女の勇ましさを際立たせていた。だが、膨らみのある袖や、太ももの半分程しか隠せていないミニスカートは女性的である。
髪と同じ色の瞳が捉えているのはアデルで、その彼は席を立つと、嬉々とした様子で彼女の元へ歩み寄った。
「林。よく来たのだ」
「アデルてめぇ……このアタシを通信術一つで呼びつけるとはいい度胸してんじゃねぇか……それ相応の用件があっての愚行なんだろうなぁ?あ゛?」
「文句言いつつちゃんと来るリンリンが、俺は大好きよ」
アデルに向けられた震え上がるような脅しも、能天気なリオのせいでぶち壊しである。リオの周りだけ陽だまりのような空気が流れており、その場違い感が気まずい困惑を生み出していた。
出鼻をくじかれ、苛立った彼女――林は、ピキッと蟀谷に血管を浮かばせる。
「よし分かった。リオは後でぶん殴るから覚悟しとけ」
「通信術で呼びつけないで直接会いに来て欲しいって、素直に言えばいいのにねぇ?」
「リオ様。その辺りで止めておかないと、拳骨の数が増えてしまわれますよ」
リオはナギカに向けて内輪話をしているつもりであったが、声が丸聞こえなので、ナギカはチラチラと林の様子を窺いながら、リオに忠告をした。
一方、突然の来訪者に対する衝撃が抜けきらないユウタロウは、遅れて疑問を呈する。
「……なんだ?この暴走機関車みたいな女」
「孫林……皓然の姉なのだ」
「皓然って……あぁ、アイツか…………あ?」
孫皓然。彼のことを記憶の中から手繰り寄せたユウタロウは一瞬、納得の声を上げたが、刹那の内に怪訝そうな表情を露わにした。
『あ、こんにちは。勇者一族の皆様。俺は孫皓然と言います。どうぞよろしく』
ユウタロウの知る、孫皓然という男は当に、この自己紹介を体現したような人間である。いつもニコニコと穏やかな表情を浮かべ、物腰柔らかく、丁寧な口調で、礼儀正しい好青年。
そんな彼を知っているからこそ、ユウタロウには不可解であった。どうしても、どう考えても、目の前にいる粗暴な女性と、あんなにも物静かな皓然が姉弟だとは思えなかったのだ。
ユウタロウは現実逃避するように、悟りでも開いたのかと思える程真っ直ぐな目で林を見つめる。
「……そうか。よく分からねぇが、大変な事情でもあるんだな。今時義姉弟なんて珍しくねぇし、良いんじゃねぇの」
「おい待てこら。何で最初から血が繋がっていない前提なんだよ。アタシと皓然は正真正銘、血を分けた姉弟だっつーの。顔は似てんだろうが顔は」
「あ、性格が似てない自覚はあるんだな」
「はっ!アイツは男のくせになよっちぃからな。アタシとは正反対のタイプだぜ」
吐き捨てるように言った林は、自身の弟を貶しているようであったが、ユウタロウたちは知らない。
――彼女が皓然を始めとする家族のことを、自らの命と引き換えにするのも厭わない程愛していることを。
――家族が血を流そうものなら、アデルでも制止するのが困難になる程に、林が怒り狂うことを。
そもそも皓然は、林の言う様な弱々しい性格ではない。皓然を良く知る人間からすれば寧ろ、はっきりとした勇ましい性格をしている。豪快過ぎる林は自分自身と比較するので、相手が悪いのだ。
「……ってか、お前誰だよ」
「ユウタロウ。……一応勇者」
「……へぇ?」
ユウタロウが勇者――強者であることを知った途端、林の獰猛な瞳にギラギラとした光が差し、彼女は片方の口角を精悍に上げた。危うくユウタロウは、刺々しい林の好奇心に呑み込まれてしまいそうになるのだった。
「ストーカー?」
「すまん。クレハも来てたみたいだ……。
おいクレハ!さっさと降りてこい!」
アデルが疑問の声を上げると、ユウタロウは二階に向かって大声で彼を呼んだ。一方、クレハのストーカー癖など知る由も無かったアデルたちは、先の物音の正体を教えられ、ほんの少しだけ面食らってしまう。
刹那、クレハは一切の物音も無しに皆の前に現れ、彼らはハッと息を呑んだ。
クレハはユウタロウに呼ばれた瞬間、二階を駆け、二階から一階を繋ぐ階段をひとっ飛びに降りた。その一連の動きを、微かな足音も無しにやってのけたのだから、彼らの驚嘆は一入だろう。
「主君。お呼びだろうか」
「いやお前何でこんなとこまでストーカーしてんだよ。ここまで転移術で来たっていうのに」
ユウタロウの前に跪いたクレハに、彼は純粋な疑問をぶつけた。彼らはここまで、アデルとリオの転移術でやって来たので、本来であればクレハがその後を追うのは不可能だ。ならばどうやって、クレハはここまで辿り着いたのか?
「……気配を消し、コッソリとそこの者に触れたのだ」
そこの者と言ってクレハが指差したのは、転移術を行使したリオである。対するリオは当惑したような表情で自分自身を指差し「あれま」と情けの無い声を漏らしていた。
その様子から、リオが故意にクレハの存在を黙っていた訳ではなく、本当にその気配を察知できなかったことは明らかであり、アデルは感嘆の声を漏らしてしまう。
「リオでも気づかなかったのか……。凄いであるな」
「その技術をこんな下らねぇことに使うなってんだ」
「主君!これは下らぬ行為などでは無くっ、いつ如何なる時も主君を見守る為には必要不可欠な行為であって……!」
「ストーカーはみーんなそう言うのよ」
「ビッチは黙っていろ」
「はぁ!?」
意図せずチサトとクレハの口論が始まってしまい、レディバグの面々はおろおろと当惑した。そんな中、ロクヤにとっては慣れた光景だったせいか、彼だけが〝二人の喧嘩の時の口論の内容って、いつも同じだよなぁ……〟と、心底どうでもいいことを考えていた。
だが、そんな二人の口論も、ユウタロウの精悍な一声によって終幕を迎えることとなる。
「てめぇらいい加減にしねぇと殴って外に捨てるぞ」
「「っ……」」
ピシャリと、舌鋒鋭く咎められた瞬間、二人はひゅっと息を呑み、顔を真っ青にさせた。何故ならユウタロウは、人一人殺めるのかと思える程冷たい瞳で彼らを捉えており、その殺気で全身が粟立って仕方がなかったのだ。
ユウタロウは、やると言えばやる男だ。仲間だろうが、愛する恋人であろうが。殴ると言えば容赦なく殴る。女性のチサトには多少の手加減はするだろうが、頭に拳骨を落とされるぐらいの覚悟は持たなくてはならない。
「クレハ」
「はっ」
「生徒会長が実家に帰ってる間、生徒会長の護衛してやれ。お前なら誰にも気づかれること無く、屋敷に侵入できんだろ」
その瞬間アデルたちは、ユウタロウがクレハを呼び寄せた本来の理由を理解した。クレハの隠密スキルがリオを欺く程であることは、先の出来事で証明されている。そんな彼であれば、クルシュルージュ家に侵入し、影ながらティンベルを見守ることなど朝飯前であろう。
彼以上にティンベル護衛に適任な者はいなく、ユウタロウは誰よりもそれを理解していたのだ。だが、当の本人は乗り気でないのか、ほんの少しだけ顔を顰めてしまう。
「……しかし、それでは主君を見守る任が……」
「誰もてめぇにそんな命令したことねぇだろうがよ。俺がてめぇに守られなきゃ戦えねぇような弱者だとでも?」
「っ!そのようなことは決して……!」
「ならやれ」
「……承知した」
渋々といった感じではあったが、クレハはティンベルの護衛を引き受けてくれた。クルシュルージュ家の調査の為に尽力してくれることとなったクレハに対し、ティンベルは申し訳なさそうに一礼する。
「お手間を取らせてしまい、申し訳ありません。クレハ様……よろしくお願い致します」
「別に謝る必要なんてねぇよ。コイツがストーカーなのが悪いんだからよ」
「そ、そんなっ、しゅ、主君……」
「……ギルドニスに似ているようで、全く似ていないのであるな」
ユウタロウに突き放されたと感じたクレハは、一瞬にして顔面蒼白になると、慈悲を乞うように縋った。その姿は、親に見放され、涙目になる子供のようで、アデルはボソッと本音を零してしまう。
アデルという人間を神のように崇め奉っているギルドニスと、ユウタロウという主を心から慕っているクレハ。この点に関して、二人はよく似ており、逆にユウタロウは、アデルが似ていないと称した理由が分からず、首を傾げてしまう。
「?どこが?」
「ギルドニスにこんな可愛げはないのだ」
「ぶっ……たっ、確かに……ギル坊、話し方癪に障るもんね、いい意味で」
堪え切れなくなったように吹き出すと、リオはサラリと毒を放った。ギルドニスが気絶しているのは不幸中の幸いであったが、彼の場合、面と向かって言われたところで、清々しい程の満面の笑みで黙らせるだろう。
だが、お目付け役であるナギカの鋭い眼が、呑気に笑うリオに照準を定めていた。
「リオ様。語尾に〝いい意味で〟をつければ、どんな暴言も無かったことに出来る訳ではありませんよ」
「そんなこと無いわよぉ。さっきのは煽り上手って意味だし」
「〝いい意味で〟にどれだけの可能性を感じていらっしゃるんですか。過度な期待はよくないかと」
「ナギ助に〝いい意味で〟の何が分かるのよ」
「リオ様には分かるというのですか」
「……何の口論だよこれ」
「さぁ?」
突如鳴り響いた、ナギカとリオによる口論開始のゴングを前に、ユウタロウは遠い目をしてしまう。彼の疑問を受けたアデルではあるが、いつものことなので問題視しておらず、投げやりな返答をした。
「失礼いたしました。お見苦しい所を……」
ユウタロウの遠い目から繰り出される、怪訝そうな視線をビシビシと肌で感じたのか、ナギカは我に返ると丁寧に陳謝した。
ティンベルは微笑ましいものを見るように苦笑を零すと、改めて話を戻す。
「――私の話し合いたかった案件はあらかた話してしまいましたが、何か聞きたいことなどある方はいらっしゃいますか?」
ティンベルの問いかけに対し、挙手という形で意思を示したのは、ユウタロウただ一人であった。
「では、ユウタロウ様」
「副生徒会長はどうなったんだ?」
実は、ユウタロウはティンベルたちが彼の自宅に訪ねてきた時からずっと、ナオヤの近況を気にしていた。通称フェイクが騎士団に拘束されていた仲間全員を口封じに殺害したのなら、ナオヤの身にも危険が迫ったのではないかと、内心気が気では無かったのだ。
厄介な呪術の使い手であるフェイクにとって、同じ敷地内にいるナオヤを殺すことなど、赤子の手を捻るようなものなので、ユウタロウの危惧は当然である。
「幸いなことに、副生徒会長は無事でした。彼はあのフェイクという男に騙されただけで、仮面の組織については何も知りませんでしたから。情報漏洩の心配は無いと判断されたのでしょう」
「そうか……」
ナオヤが無事であることを知ると、ユウタロウは安堵した様にホッと息を吐いた。そんな彼の安堵を確固たるものとしたのは、付け加えるように言ったアデルだ。
「念の為、ヒメたちに副生徒会長の護衛をさせているのだ。心配する必要は無い」
「あぁ……道理でいないと思った」
ユウタロウは納得の声を上げると、辺りを見回して彼らがいないことを確認した。初めて会ったレディバグ構成員がヒメたちなので、ユウタロウにとって彼女らがいないという現状は、たった一つのねじだけが外れているような違和感を生んでいたのだ。
「あぁ、そうだ。フェイクと言えば……」
――ドガンッ!!!!!!!!!!!!!!!
アデルが何かを言いかけた刹那、その声をいとも簡単にかき消す轟音が鳴り響き、彼らはビクッと肩を震わせた。
その轟音は入り口から部屋の奥へと続いていた。彼らは恐る恐る顔を上げると、衝撃で舞う風に眉を顰めながら、辺りの様子を見回した。すると彼らは、入り口の扉が大きなへこみを作りながら、室内の壁へと一直線に激突したことに気づく。
頑丈に固定されている扉をいとも簡単に外し、分厚い扉に修復不可能なほどの傷を作るなど、並大抵の力では到底不可能である。
そんな御業をやってのけたであろう来訪者に、彼らの視線は自然と集まった。扉を蹴飛ばした態勢のまま、獰猛な眼光でこちらを睨みつけているその女性に、ユウタロウたちは目を奪われる。
百七十センチ強という、女性にしてはかなりの高身長。スラっと長い手足も相まって、体格はまるでモデルのよう。肌の色素も薄く、こんな状況でさえ無ければ見惚れる程の容姿を持っている。
青みがかかった紺色の髪は地面につく程長く、それを頭の高い位置でポニーテールにしている。軍服をベースとした衣服を身につけており、彼女の勇ましさを際立たせていた。だが、膨らみのある袖や、太ももの半分程しか隠せていないミニスカートは女性的である。
髪と同じ色の瞳が捉えているのはアデルで、その彼は席を立つと、嬉々とした様子で彼女の元へ歩み寄った。
「林。よく来たのだ」
「アデルてめぇ……このアタシを通信術一つで呼びつけるとはいい度胸してんじゃねぇか……それ相応の用件があっての愚行なんだろうなぁ?あ゛?」
「文句言いつつちゃんと来るリンリンが、俺は大好きよ」
アデルに向けられた震え上がるような脅しも、能天気なリオのせいでぶち壊しである。リオの周りだけ陽だまりのような空気が流れており、その場違い感が気まずい困惑を生み出していた。
出鼻をくじかれ、苛立った彼女――林は、ピキッと蟀谷に血管を浮かばせる。
「よし分かった。リオは後でぶん殴るから覚悟しとけ」
「通信術で呼びつけないで直接会いに来て欲しいって、素直に言えばいいのにねぇ?」
「リオ様。その辺りで止めておかないと、拳骨の数が増えてしまわれますよ」
リオはナギカに向けて内輪話をしているつもりであったが、声が丸聞こえなので、ナギカはチラチラと林の様子を窺いながら、リオに忠告をした。
一方、突然の来訪者に対する衝撃が抜けきらないユウタロウは、遅れて疑問を呈する。
「……なんだ?この暴走機関車みたいな女」
「孫林……皓然の姉なのだ」
「皓然って……あぁ、アイツか…………あ?」
孫皓然。彼のことを記憶の中から手繰り寄せたユウタロウは一瞬、納得の声を上げたが、刹那の内に怪訝そうな表情を露わにした。
『あ、こんにちは。勇者一族の皆様。俺は孫皓然と言います。どうぞよろしく』
ユウタロウの知る、孫皓然という男は当に、この自己紹介を体現したような人間である。いつもニコニコと穏やかな表情を浮かべ、物腰柔らかく、丁寧な口調で、礼儀正しい好青年。
そんな彼を知っているからこそ、ユウタロウには不可解であった。どうしても、どう考えても、目の前にいる粗暴な女性と、あんなにも物静かな皓然が姉弟だとは思えなかったのだ。
ユウタロウは現実逃避するように、悟りでも開いたのかと思える程真っ直ぐな目で林を見つめる。
「……そうか。よく分からねぇが、大変な事情でもあるんだな。今時義姉弟なんて珍しくねぇし、良いんじゃねぇの」
「おい待てこら。何で最初から血が繋がっていない前提なんだよ。アタシと皓然は正真正銘、血を分けた姉弟だっつーの。顔は似てんだろうが顔は」
「あ、性格が似てない自覚はあるんだな」
「はっ!アイツは男のくせになよっちぃからな。アタシとは正反対のタイプだぜ」
吐き捨てるように言った林は、自身の弟を貶しているようであったが、ユウタロウたちは知らない。
――彼女が皓然を始めとする家族のことを、自らの命と引き換えにするのも厭わない程愛していることを。
――家族が血を流そうものなら、アデルでも制止するのが困難になる程に、林が怒り狂うことを。
そもそも皓然は、林の言う様な弱々しい性格ではない。皓然を良く知る人間からすれば寧ろ、はっきりとした勇ましい性格をしている。豪快過ぎる林は自分自身と比較するので、相手が悪いのだ。
「……ってか、お前誰だよ」
「ユウタロウ。……一応勇者」
「……へぇ?」
ユウタロウが勇者――強者であることを知った途端、林の獰猛な瞳にギラギラとした光が差し、彼女は片方の口角を精悍に上げた。危うくユウタロウは、刺々しい林の好奇心に呑み込まれてしまいそうになるのだった。
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