79 / 117
第二章 過去との対峙編
75.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか1
しおりを挟む
********
――十四年前、春。
青い風が吹き、暖かな陽射しが木々の隙間から零れるその日。それは、ある特定の子供たちにとって特別な日であった。対象の子供は、その年で七才を迎える、勇者一族の子供たち。
勇者一族に生まれた者は余程の理由がない限り、この年から勇者になる為の修行を始める。勇者一族独自の学校のようなものだ。
そしてこの日は、幼い彼らにとって初めての修行――授業が開始される日であった。
********
屋敷の一室に、十数人の子供たちが集められている。長机に二人ずつの子供が宛がわれ、彼らは畳の上に正座し、ジッと目の前を見据えていた。
子供たちの一人――当時六才のハヤテは、真っすぐに姿勢を正し、子供たちの注目を集める重鎮に熱い視線を注いでいるが、その表情はどこか浮かない。
自らの頭に注がれる子供たちの冷ややかな視線が、その理由だろう。
柔らかな雪のように白い髪に、所々窺えられる黒髪。黒髪と赤目は勇者一族において忌むべき不吉の象徴であり、その名を口にすることすら憚れている。故に一族の人間は、黒髪と赤目のことを〝忌み色〟と呼び、忌み色を持つ人間を忌避する傾向にあった。
授業中なので陰口を叩く者はいなかったが、重鎮の話に耳を傾ける傍ら、侮蔑と嫌悪の滲んだ眼差しをハヤテに向ける生徒は多い。
「――お前たちには今日から、現勇者が引退した際に行われる勇者選定戦に向けて鍛錬してもらうことになる。己の身体、精神を極限まで鍛え、操志者としての技量、剣術、体術を高める為の修行は過酷を極める。だが、一度修業を始めたからには、脱落することは許されない。例え勇者になれずとも、勇者一族の人間には卑しき悪魔とその愛し子を討伐するという宿命があるからだ。
悪魔は一度死んだとしても、またすぐに生まれ変わってしまう。それはこの世界の為に必要なことではあるが、卑しき悪魔は成長すればするほど悪しき心を持つだろう。我々勇者一族は、悪魔が穢れた思想を抱く前に討伐し、新たに生まれた悪魔も同じように討伐する……これを何度も繰り返すことで、この世界の秩序と平和を守らねばならない。もう二度と、五千年前の悲劇を繰り返さないようにな」
もう何度も。耳に胼胝ができるほど聞かされてきた話だ。何度も聞かされ、求められてきた。ハヤテは何度目か分からぬその話に、内心辟易としてしまう。
「だが悪魔は愛し子と違い、一見しただけでは…………ん?」
「「?」」
長ったらしい重鎮の話は唐突に中断され、ハヤテたちはキョトンと首を傾げた。重鎮はあることに気づいたような素振りを見せていたが、ハヤテたちにはその〝あること〟に見当がつかなかったのだ。
誰かを探すように辺りを見回すと、重鎮はその人物の名前を口にする。
「おい。ユウタロウはどうした?」
(ユウタロウ……?あぁ、アイツか)
――確か、問題児と呼ばれている少年だ。
ハヤテは己の記憶の中から、その情報を手繰り寄せると、納得の表情を浮かべる。
他の子供たちもユウタロウのことを知っていたので、ヒソヒソと内輪話を始める者が出始めた。
ユウタロウは昔から問題発言や、勇者一族の人間としてあるまじき行為が目立つ子供で、彼の母親に関する悪い噂もハヤテは耳にしていた。
「ったくあの問題児は、こんな大事な日に何をしているというんだ……。
……あぁおい、そこの忌み色」
「……はい」
ハヤテのことを重鎮が忌み色と呼んだ瞬間、子供たちがクスクスと嘲笑する不快音が耳に届き、ハヤテは吐き気を覚えてしまう。
「ユウタロウを見つけてここに連れてこい。もう少しで体力向上訓練を始めるからな」
「分かりました」
――見せしめ、だろうな。
あの人は、自分の名前を知らないわけでは無い。なのにわざわざ〝忌み色〟と呼んで、皆に自分という人間を注目させた。
〝お前たちはこんな哀れな人間にはならないように〟と、釘を刺すように。
立ち上がり、一室を後にしたハヤテは、俯きがちに嫌な想像ばかりしてしまった。それでも、その解釈は限りなく真実に近いのだろう。
過去、忌み色を持って生まれた人間が勇者になったことは無く、この一族で生き残れたとしても、一生後ろ指を指されるのは必至なのだから。
勇者になりたいと思ったことは無かった。なりたくも無ければ、なれる可能性も限りなくゼロに近い、勇者という立場。本当なら、今探しているユウタロウのように、全てを放り出してサボっても良かったのかもしれない。
ハヤテは生まれたその瞬間から、一族中に後ろ指を指されて生きてきた。更に疎まれたところで影響はない。
それでも――。
ハヤテには、勇者にならなければ――勇者を目指さなればならない理由があった。
『――どうしてお前はそんなに醜いのよっ!お前が生まれてきたせいでっ、私まで後ろ指を指される羽目になるじゃない!』
『いい?あなたは絶対に勇者になるの。じゃなきゃ、私とお前は一生、この一族で蔑まれる運命なんだからね』
嫌なことを思い出したハヤテはぎゅっと目を瞑ると、思考を振り払うように首を横に振った。
勇者になる為にも、一刻も早くユウタロウを見つけ出して訓練に参加しなければ。そう決意を新たにしたハヤテがユウタロウを見つけるのには、さして時間はかからなかった。
********
「いた……」
視線の先で懸垂をしているユウタロウを発見し、ハヤテはホッと息をついた。
ユウタロウがいたのは、学校で言うところの校庭、家で言うところの庭のような場所だ。その場所に設置されている十の鉄棒の中で、最も背の高い鉄棒にユウタロウはぶら下がっていた。あの鉄棒は大人が軽く跳躍して漸く届く程度の高さなので、本来であれば七才の子供に扱えるようなものでは無い。故に、ユウタロウ自身の身体能力が突出していることは明らかであった。
ユウタロウの身体能力に感心しつつ、ハヤテは歩み寄って彼を見上げる。
「おい」
「あ?」
「こんな所で何をしているんだ」
「お前誰?」
ユウタロウは鉄棒にぶら下がったままハヤテを見下ろすと、怪訝そうな面持ちで首を傾げた。勇者一族は屋敷が広く、住まう人々も百を優に超えるので、ユウタロウがハヤテのことを知らなくとも不思議はなかった。
その為、ハヤテはユウタロウを見上げながら、自己紹介をしてやる。
「ハヤテだ。お前の方が年上だとは思うけど、世代は一緒だから。タメ口で話させてもらう」
「律儀な奴だな。こんなクソ真面目が俺とタメなのか」
ハヤテに興味を持ったのか、ユウタロウは鉄棒から手を離し、自身の身長以上ある高さから難なく着地した。
真正面から顔を見合わせたユウタロウは、何故かかなりの至近距離でジィーッと、ハヤテの顔を観察し始めた。
「……な、なんだ」
「お前……」
ユウタロウが目を細めた瞬間、ハヤテは嫌な予感を察知し、ぞわっと背中を粟立たせた。ハヤテの経験上、不躾に容姿を観察された時は決まって、髪の黒い部分を揶揄されてきたので、今回も同じ目に遭うかもしれないと身構えたのだ。
(また、気持ち悪いと言われるのだろうか……醜いと、蔑まれるのだろうか。
そうだろうな……コイツは、黒髪でも、赤眼でもない。普通の、人間だ……。俺とは違う。コイツもきっと、俺の忌み色を笑うんだろう)
傷つくのは分かっていた。傷つくことに、慣れてしまっていた。それでも、傷つくと分かっていれば身構えてしまい、ハヤテはぎゅっと両目を固く瞑る。だが、ユウタロウの口から零れたのは、ハヤテの黒髪を揶揄する言葉では無かった。
「お前……クッソイケメンだな」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのか分からず。そして数秒後、予想だにしていなかった返答を前に、ハヤテは思わず呆けた声を漏らしてしまう。
意味が分からないあまり、ハヤテの思考が停止している傍ら、ユウタロウは一歩下がって、ハヤテとの適切な距離感を取り戻した。
「イケメンっつーか、今はまだ可愛いって感じか?でも俺からしたらクソイケメンなんだよなぁ……お前成長したら絶対完璧なイケメンになるぞ。この俺様が保証してやる」
(…………コイツ……本気で何を言っているんだ?)
ドヤ顔で訳の分からぬことを宣うユウタロウを前に、ハヤテはこれ以上無いほどの困惑顔を晒した。ハヤテの経験上、容姿を褒められたことなんて一度も無く、ハヤテにはユウタロウの思考回路がおかしいとしか思えなかったからだ。
頭ではユウタロウを怪訝に思いつつも、困惑の度合いが大きすぎるあまり、口からは言葉にならない声が漏れるばかりである。
「え……は?」
「はぁぁぁ……いいよなぁ。そんだけ整った顔してりゃあ、さぞかし女にモテるんだろうなぁ……けっ。羨ましいったらありゃしねぇぜ」
「……モテたいのか?」
少しずつ平静を取り戻していくハヤテだったが、完全に立ち直ってはいないのか、そんなどうでもいいことを尋ねてしまった。
「そりゃあ俺だってよぉ、好かれたい女の一人や二人いるさ。興味ねぇ女共に群がられたいわけじゃねぇけど、好きな女にだけは一生モテてたいだろ?」
(七歳児が何を言っているんだ……。コイツ、お子様なのか達観しているのか分かりにくいな)
とてもでは無いが、年相応と呼ぶのを躊躇ってしまうユウタロウを前に、ハヤテはどう反応するのが正解なのか分からなくなっていた。
「実は俺さぁ、落としたい女がいるんだけどよ……これが全然靡いてくれねぇんだよ。どうすればいいと思う?イケメンくん」
「知るか……というかお前」
「ん?」
このままだと初めて会話した相手との恋バナに発展してしまうと予期したハヤテは、知るかの三文字にありったけの冷たさを込めてその話を中断させた。
そしてハヤテは、先刻から終始気になっていたことについて、恐る恐る尋ねた。
「……俺の、髪を見ても……何も思わないのか?」
「髪?あぁ……」
呟くと、ユウタロウは見上げてハヤテの髪を凝視した。自分から聞いたというのに、いざその髪に注目されると、何とも言えない恐怖心が芽生えてしまい、ハヤテは「聞かなければ良かった」と、唇を噛みしめて俯いてしまう。
だが、自ら抉りに行ったその傷口に、塩が塗り込まれることは無かった。
「二色だな」
「…………」
「それがどうした」とでも言わんばかりのユウタロウに対し、ハヤテは茫然自失とした表情でしか返すことができない。沈黙で返したハヤテに対し、ユウタロウも沈黙しか返せず、数秒無言の状態が続くが、ハヤテは恐る恐る尋ねた。
「……それだけか?」
「え?なに?もしかしてヅラなのか?それともハゲになる宿命でも背負ってんのお前」
「……」
本当に、黒髪について何とも思っていないのか。それとも何か目的があって白を切っているのか。ハヤテは一瞬だけ、ユウタロウを訝しんでしまう。
だが、ユウタロウが嘘をついているようにも見えず、ハヤテは増々当惑してしまった。何せ、自らの髪に対してこんな無関心な反応をされたのは初めてで、ハヤテにとってユウタロウは当に未知の存在だったのだ。
何を考えているのか。どうして忌み色持ちのハヤテを蔑まないのか。何もかも全く分からず、ハヤテはそれ以上追及することができなかった。
(変な奴……)
第一印象はこれだった。
問題児として名の知れた、悪い噂の絶えない少年。それでもその本質を知ることは今までなく、話してみると掴みどころのない少年であることしか分からなかった。
子供なのか、達観しているのか。何を考えているのか、何も考えていないのか。今まで何を見て、何を知って、何を感じ、生きてきたのか。
ハヤテには何も分からなくて、同時に、ユウタロウという少年のことをもっと知りたいとも思った。思えばこれが、ハヤテ少年にとって初めての好奇心だったのかもしれない。
結局その後、ユウタロウはハヤテと一緒に学び舎に戻り、重鎮にネチネチと嫌味を言われつつ、訓練に励むことになった。
いつもは気が滅入ってしまうような大人からの圧力も。同年代の子供たちから浴びせられる陰口も。ユウタロウと一緒だと、不安や憂いが半減するような気がした。居心地の悪い空間も、同じ気持ちでいてくれる者が隣にいるだけで、これも存外悪くないかもしれないと、ハヤテは思えるようになっていたのだ。
そしてこの日こそが、その後勇者の称号を与えられることになるユウタロウと、彼に忠誠を誓うことになるハヤテとの、最初の出会いの日になったのだ。
――十四年前、春。
青い風が吹き、暖かな陽射しが木々の隙間から零れるその日。それは、ある特定の子供たちにとって特別な日であった。対象の子供は、その年で七才を迎える、勇者一族の子供たち。
勇者一族に生まれた者は余程の理由がない限り、この年から勇者になる為の修行を始める。勇者一族独自の学校のようなものだ。
そしてこの日は、幼い彼らにとって初めての修行――授業が開始される日であった。
********
屋敷の一室に、十数人の子供たちが集められている。長机に二人ずつの子供が宛がわれ、彼らは畳の上に正座し、ジッと目の前を見据えていた。
子供たちの一人――当時六才のハヤテは、真っすぐに姿勢を正し、子供たちの注目を集める重鎮に熱い視線を注いでいるが、その表情はどこか浮かない。
自らの頭に注がれる子供たちの冷ややかな視線が、その理由だろう。
柔らかな雪のように白い髪に、所々窺えられる黒髪。黒髪と赤目は勇者一族において忌むべき不吉の象徴であり、その名を口にすることすら憚れている。故に一族の人間は、黒髪と赤目のことを〝忌み色〟と呼び、忌み色を持つ人間を忌避する傾向にあった。
授業中なので陰口を叩く者はいなかったが、重鎮の話に耳を傾ける傍ら、侮蔑と嫌悪の滲んだ眼差しをハヤテに向ける生徒は多い。
「――お前たちには今日から、現勇者が引退した際に行われる勇者選定戦に向けて鍛錬してもらうことになる。己の身体、精神を極限まで鍛え、操志者としての技量、剣術、体術を高める為の修行は過酷を極める。だが、一度修業を始めたからには、脱落することは許されない。例え勇者になれずとも、勇者一族の人間には卑しき悪魔とその愛し子を討伐するという宿命があるからだ。
悪魔は一度死んだとしても、またすぐに生まれ変わってしまう。それはこの世界の為に必要なことではあるが、卑しき悪魔は成長すればするほど悪しき心を持つだろう。我々勇者一族は、悪魔が穢れた思想を抱く前に討伐し、新たに生まれた悪魔も同じように討伐する……これを何度も繰り返すことで、この世界の秩序と平和を守らねばならない。もう二度と、五千年前の悲劇を繰り返さないようにな」
もう何度も。耳に胼胝ができるほど聞かされてきた話だ。何度も聞かされ、求められてきた。ハヤテは何度目か分からぬその話に、内心辟易としてしまう。
「だが悪魔は愛し子と違い、一見しただけでは…………ん?」
「「?」」
長ったらしい重鎮の話は唐突に中断され、ハヤテたちはキョトンと首を傾げた。重鎮はあることに気づいたような素振りを見せていたが、ハヤテたちにはその〝あること〟に見当がつかなかったのだ。
誰かを探すように辺りを見回すと、重鎮はその人物の名前を口にする。
「おい。ユウタロウはどうした?」
(ユウタロウ……?あぁ、アイツか)
――確か、問題児と呼ばれている少年だ。
ハヤテは己の記憶の中から、その情報を手繰り寄せると、納得の表情を浮かべる。
他の子供たちもユウタロウのことを知っていたので、ヒソヒソと内輪話を始める者が出始めた。
ユウタロウは昔から問題発言や、勇者一族の人間としてあるまじき行為が目立つ子供で、彼の母親に関する悪い噂もハヤテは耳にしていた。
「ったくあの問題児は、こんな大事な日に何をしているというんだ……。
……あぁおい、そこの忌み色」
「……はい」
ハヤテのことを重鎮が忌み色と呼んだ瞬間、子供たちがクスクスと嘲笑する不快音が耳に届き、ハヤテは吐き気を覚えてしまう。
「ユウタロウを見つけてここに連れてこい。もう少しで体力向上訓練を始めるからな」
「分かりました」
――見せしめ、だろうな。
あの人は、自分の名前を知らないわけでは無い。なのにわざわざ〝忌み色〟と呼んで、皆に自分という人間を注目させた。
〝お前たちはこんな哀れな人間にはならないように〟と、釘を刺すように。
立ち上がり、一室を後にしたハヤテは、俯きがちに嫌な想像ばかりしてしまった。それでも、その解釈は限りなく真実に近いのだろう。
過去、忌み色を持って生まれた人間が勇者になったことは無く、この一族で生き残れたとしても、一生後ろ指を指されるのは必至なのだから。
勇者になりたいと思ったことは無かった。なりたくも無ければ、なれる可能性も限りなくゼロに近い、勇者という立場。本当なら、今探しているユウタロウのように、全てを放り出してサボっても良かったのかもしれない。
ハヤテは生まれたその瞬間から、一族中に後ろ指を指されて生きてきた。更に疎まれたところで影響はない。
それでも――。
ハヤテには、勇者にならなければ――勇者を目指さなればならない理由があった。
『――どうしてお前はそんなに醜いのよっ!お前が生まれてきたせいでっ、私まで後ろ指を指される羽目になるじゃない!』
『いい?あなたは絶対に勇者になるの。じゃなきゃ、私とお前は一生、この一族で蔑まれる運命なんだからね』
嫌なことを思い出したハヤテはぎゅっと目を瞑ると、思考を振り払うように首を横に振った。
勇者になる為にも、一刻も早くユウタロウを見つけ出して訓練に参加しなければ。そう決意を新たにしたハヤテがユウタロウを見つけるのには、さして時間はかからなかった。
********
「いた……」
視線の先で懸垂をしているユウタロウを発見し、ハヤテはホッと息をついた。
ユウタロウがいたのは、学校で言うところの校庭、家で言うところの庭のような場所だ。その場所に設置されている十の鉄棒の中で、最も背の高い鉄棒にユウタロウはぶら下がっていた。あの鉄棒は大人が軽く跳躍して漸く届く程度の高さなので、本来であれば七才の子供に扱えるようなものでは無い。故に、ユウタロウ自身の身体能力が突出していることは明らかであった。
ユウタロウの身体能力に感心しつつ、ハヤテは歩み寄って彼を見上げる。
「おい」
「あ?」
「こんな所で何をしているんだ」
「お前誰?」
ユウタロウは鉄棒にぶら下がったままハヤテを見下ろすと、怪訝そうな面持ちで首を傾げた。勇者一族は屋敷が広く、住まう人々も百を優に超えるので、ユウタロウがハヤテのことを知らなくとも不思議はなかった。
その為、ハヤテはユウタロウを見上げながら、自己紹介をしてやる。
「ハヤテだ。お前の方が年上だとは思うけど、世代は一緒だから。タメ口で話させてもらう」
「律儀な奴だな。こんなクソ真面目が俺とタメなのか」
ハヤテに興味を持ったのか、ユウタロウは鉄棒から手を離し、自身の身長以上ある高さから難なく着地した。
真正面から顔を見合わせたユウタロウは、何故かかなりの至近距離でジィーッと、ハヤテの顔を観察し始めた。
「……な、なんだ」
「お前……」
ユウタロウが目を細めた瞬間、ハヤテは嫌な予感を察知し、ぞわっと背中を粟立たせた。ハヤテの経験上、不躾に容姿を観察された時は決まって、髪の黒い部分を揶揄されてきたので、今回も同じ目に遭うかもしれないと身構えたのだ。
(また、気持ち悪いと言われるのだろうか……醜いと、蔑まれるのだろうか。
そうだろうな……コイツは、黒髪でも、赤眼でもない。普通の、人間だ……。俺とは違う。コイツもきっと、俺の忌み色を笑うんだろう)
傷つくのは分かっていた。傷つくことに、慣れてしまっていた。それでも、傷つくと分かっていれば身構えてしまい、ハヤテはぎゅっと両目を固く瞑る。だが、ユウタロウの口から零れたのは、ハヤテの黒髪を揶揄する言葉では無かった。
「お前……クッソイケメンだな」
「…………は?」
一瞬、何を言われたのか分からず。そして数秒後、予想だにしていなかった返答を前に、ハヤテは思わず呆けた声を漏らしてしまう。
意味が分からないあまり、ハヤテの思考が停止している傍ら、ユウタロウは一歩下がって、ハヤテとの適切な距離感を取り戻した。
「イケメンっつーか、今はまだ可愛いって感じか?でも俺からしたらクソイケメンなんだよなぁ……お前成長したら絶対完璧なイケメンになるぞ。この俺様が保証してやる」
(…………コイツ……本気で何を言っているんだ?)
ドヤ顔で訳の分からぬことを宣うユウタロウを前に、ハヤテはこれ以上無いほどの困惑顔を晒した。ハヤテの経験上、容姿を褒められたことなんて一度も無く、ハヤテにはユウタロウの思考回路がおかしいとしか思えなかったからだ。
頭ではユウタロウを怪訝に思いつつも、困惑の度合いが大きすぎるあまり、口からは言葉にならない声が漏れるばかりである。
「え……は?」
「はぁぁぁ……いいよなぁ。そんだけ整った顔してりゃあ、さぞかし女にモテるんだろうなぁ……けっ。羨ましいったらありゃしねぇぜ」
「……モテたいのか?」
少しずつ平静を取り戻していくハヤテだったが、完全に立ち直ってはいないのか、そんなどうでもいいことを尋ねてしまった。
「そりゃあ俺だってよぉ、好かれたい女の一人や二人いるさ。興味ねぇ女共に群がられたいわけじゃねぇけど、好きな女にだけは一生モテてたいだろ?」
(七歳児が何を言っているんだ……。コイツ、お子様なのか達観しているのか分かりにくいな)
とてもでは無いが、年相応と呼ぶのを躊躇ってしまうユウタロウを前に、ハヤテはどう反応するのが正解なのか分からなくなっていた。
「実は俺さぁ、落としたい女がいるんだけどよ……これが全然靡いてくれねぇんだよ。どうすればいいと思う?イケメンくん」
「知るか……というかお前」
「ん?」
このままだと初めて会話した相手との恋バナに発展してしまうと予期したハヤテは、知るかの三文字にありったけの冷たさを込めてその話を中断させた。
そしてハヤテは、先刻から終始気になっていたことについて、恐る恐る尋ねた。
「……俺の、髪を見ても……何も思わないのか?」
「髪?あぁ……」
呟くと、ユウタロウは見上げてハヤテの髪を凝視した。自分から聞いたというのに、いざその髪に注目されると、何とも言えない恐怖心が芽生えてしまい、ハヤテは「聞かなければ良かった」と、唇を噛みしめて俯いてしまう。
だが、自ら抉りに行ったその傷口に、塩が塗り込まれることは無かった。
「二色だな」
「…………」
「それがどうした」とでも言わんばかりのユウタロウに対し、ハヤテは茫然自失とした表情でしか返すことができない。沈黙で返したハヤテに対し、ユウタロウも沈黙しか返せず、数秒無言の状態が続くが、ハヤテは恐る恐る尋ねた。
「……それだけか?」
「え?なに?もしかしてヅラなのか?それともハゲになる宿命でも背負ってんのお前」
「……」
本当に、黒髪について何とも思っていないのか。それとも何か目的があって白を切っているのか。ハヤテは一瞬だけ、ユウタロウを訝しんでしまう。
だが、ユウタロウが嘘をついているようにも見えず、ハヤテは増々当惑してしまった。何せ、自らの髪に対してこんな無関心な反応をされたのは初めてで、ハヤテにとってユウタロウは当に未知の存在だったのだ。
何を考えているのか。どうして忌み色持ちのハヤテを蔑まないのか。何もかも全く分からず、ハヤテはそれ以上追及することができなかった。
(変な奴……)
第一印象はこれだった。
問題児として名の知れた、悪い噂の絶えない少年。それでもその本質を知ることは今までなく、話してみると掴みどころのない少年であることしか分からなかった。
子供なのか、達観しているのか。何を考えているのか、何も考えていないのか。今まで何を見て、何を知って、何を感じ、生きてきたのか。
ハヤテには何も分からなくて、同時に、ユウタロウという少年のことをもっと知りたいとも思った。思えばこれが、ハヤテ少年にとって初めての好奇心だったのかもしれない。
結局その後、ユウタロウはハヤテと一緒に学び舎に戻り、重鎮にネチネチと嫌味を言われつつ、訓練に励むことになった。
いつもは気が滅入ってしまうような大人からの圧力も。同年代の子供たちから浴びせられる陰口も。ユウタロウと一緒だと、不安や憂いが半減するような気がした。居心地の悪い空間も、同じ気持ちでいてくれる者が隣にいるだけで、これも存外悪くないかもしれないと、ハヤテは思えるようになっていたのだ。
そしてこの日こそが、その後勇者の称号を与えられることになるユウタロウと、彼に忠誠を誓うことになるハヤテとの、最初の出会いの日になったのだ。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
異世界に転生した俺は英雄の身体強化魔法を使って無双する。~無詠唱の身体強化魔法と無詠唱のマジックドレインは異世界最強~
北条氏成
ファンタジー
宮本 英二(みやもと えいじ)高校生3年生。
実家は江戸時代から続く剣道の道場をしている。そこの次男に生まれ、優秀な兄に道場の跡取りを任せて英二は剣術、槍術、柔道、空手など様々な武道をやってきた。
そんなある日、トラックに轢かれて死んだ英二は異世界へと転生させられる。
グランベルン王国のエイデル公爵の長男として生まれた英二はリオン・エイデルとして生きる事に・・・
しかし、リオンは貴族でありながらまさかの魔力が200しかなかった。貴族であれば魔力が1000はあるのが普通の世界でリオンは初期魔法すら使えないレベル。だが、リオンには神話で邪悪なドラゴンを倒した魔剣士リュウジと同じ身体強化魔法を持っていたのだ。
これは魔法が殆ど使えない代わりに、最強の英雄の魔法である身体強化魔法を使いながら無双する物語りである。
英雄召喚〜帝国貴族の異世界統一戦記〜
駄作ハル
ファンタジー
異世界の大貴族レオ=ウィルフリードとして転生した平凡サラリーマン。
しかし、待っていたのは平和な日常などではなかった。急速な領土拡大を目論む帝国の貴族としての日々は、戦いの連続であった───
そんなレオに与えられたスキル『英雄召喚』。それは現世で英雄と呼ばれる人々を呼び出す能力。『鬼の副長』土方歳三、『臥龍』所轄孔明、『空の魔王』ハンス=ウルリッヒ・ルーデル、『革命の申し子』ナポレオン・ボナパルト、『万能人』レオナルド・ダ・ヴィンチ。
前世からの知識と英雄たちの逸話にまつわる能力を使い、大切な人を守るべく争いにまみれた異世界に平和をもたらす為の戦いが幕を開ける!
完結まで毎日投稿!
第5皇子に転生した俺は前世の医学と知識や魔法を使い世界を変える。
黒ハット
ファンタジー
前世は予防医学の専門の医者が飛行機事故で結婚したばかりの妻と亡くなり異世界の帝国の皇帝の5番目の子供に転生する。子供の生存率50%という文明の遅れた世界に転生した主人公が前世の知識と魔法を使い乱世の世界を戦いながら前世の奥さんと巡り合い世界を変えて行く。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる