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第二章 過去との対峙編
80.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか6
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ササノの土下座のせいで、先刻の衝撃告白が忘れ去られているのを感じたハヤテは、眉間に皺を寄せて口を開いた。
「話がどんどんズレているんだが……」
「はっ!そうだった……お前、セッコウだっけ?」
「あぁ」
「亜人ってどういうことだよ。お前勇者一族の生まれだろ?意味分かんねぇんだけど。それにお前耳も尻尾もねぇじゃん」
ハヤテのおかげで我に返ると、ユウタロウは単刀直入に尋ねた。亜人と言う割には、セッコウの頭には獣耳がついておらず、尾骨にも尻尾は生えていない。どこからどうみても人間の子供であった。
ハヤテは一瞬、無性の亜人なのだろうかと首を傾げるが、セッコウの答えでその推測は否定される。
「意味分かんなくても事実なんだから仕方ねぇだろうが。耳と尻尾が見えてねぇのは、そういう術をかけてるからだ。触ればわかる」
「……」
「触ればわかる」と言われても……と、二人は困惑顔を見合わせた。何せ、目には見えない存在を確かめなければならないのだ。どこを目掛けて手を伸ばせばいいのかもよく分からず、二人は一瞬たじろぐが、恐る恐るセッコウの頭の上に触れた。
瞬間、ふわっとした感触が指に伝わり、二人は目を見開く。耳の輪郭をなぞると、猫耳のようなフォルムに思えたが、猫耳よりは少し分厚い耳だったので、猫の亜人では無いのだろう。
「っ……本当に、耳がある……。え……じゃあ、そっちの耳は?」
〝そっちの耳〟と言ってハヤテが指したのは、セッコウの髪の隙間から窺える人間の耳である。亜人には獣の耳がある為、人間の耳が生えている所には本来何もないのだが、ハヤテたちの視界には鮮明に、人間の耳を生やしたセッコウの姿が映っていた。
思わず首を傾げたハヤテに、セッコウはケロッとした様子で答える。
「これは偽装。目の錯覚みてぇなもんだから、触ってもなにもねぇよ」
「ほーん。じゃあそっちの気弱野郎も亜人なのか?」
「ササノはちげぇよ。ってか、ササノをだせぇあだ名で呼んでじゃねぇ。ササノにはササノっていう名前があんだからよ。殺すぞ」
「気弱野郎に変わりはねぇだろうが。ってか、お前如きが俺を殺そうだなんて百年はえーんだよ」
「あ゛ぁ?」
セッコウの殺気に怯むどころか、売られた喧嘩を買ってしまったユウタロウは、鋭い眼光で睨み返した。どうやら二人は同類らしく、磁石の同じ極同士が反発し合うように火花を散らし始めてしまった。
険悪な雰囲気を醸し出す二人を前に、ササノは今にも死にそうな真っ青な顔で狼狽え、ハヤテは呆れた様にため息をついた。
「よさないか。……俺は気にしていないから、そんなに目くじらを立てるんじゃない。ユウタロウ」
「そうだそうだ」
「ほ、本当に……誠に申し訳なく……」
ハヤテが苦言を呈すると、セッコウはそれに便乗したが、事の発端であるササノは申し訳なさそうに中腰になった。
「本当に気にしていないから、そんな風に畏まらないでくれ。……寧ろ、こんな風に謝られたことなんて初めてだったから、嬉しいぐらいなんだ」
「っ!……う、うぅぅ……やっぱりいいひとぉぉぉぉぉ……僕はこんないい人に何て失礼なことをぉぉぉぉ」
ハヤテがササノを擁護すればするほど、当の本人は自責の念に駆られてしまい、ササノは懊悩するように頭を抱えた。
そんなササノの姿を目の当たりにしたユウタロウは、何とも言えないジト目で彼を見下ろす。
「……まぁ、悪い奴じゃねぇのは分かったけどよ。
……で?結局何でお前亜人なんだよ。勇者一族に亜人が生まれたなんて、聞いたこともねぇんだけど」
「知らねぇ」
「あ?」
ぶっきら棒に答えたセッコウに、思わずユウタロウは怪訝な声で返した。
「知らねぇもんは知らねぇんだよ。俺なりに調べているが、今分かってるのは俺が亜人ってことと、俺の両親祖父母の中に亜人はいないってことだけだ。これ以上の質問は受け付けん」
「おいちょっと待」
「分かるぞ?俺は生まれながらにして最強の亜人だからな。ただの人間のお前が妬む気持ちはよーーく分かる。俺とお前らとじゃ、戦闘能力の差がデカすぎるもんな。うんうん……。まぁお前らも死に物狂いで努力すりゃ、俺といい勝負できるぐらいにはなるんじゃねぇか?
でもな。才能に恵まれなかったからって、俺の強さの秘密を探ったって意味ねぇんだぜ?俺だって何で自分が最強なのか分からねぇんだから、ここでいつまでもくっちゃべっていたって、他の奴らに追いつかれるだけだ。さっさと訓練に戻らねぇとな」
ユウタロウの言葉を遮ると、セッコウは眉尻を下げて自分勝手な主張を語り始めた。困ったような表情だというのに、その奥底には隠し切れない優越感が窺えられ、こちらをどこか小馬鹿にしているような態度である。
無自覚に煽ってくるセッコウを前に、ユウタロウは堪忍袋の緒が切れる寸前で、蟀谷に青筋を浮かべた。
「お前少しは人の話を……」
「ササノ。行くぞ」
「う、うんっ」
ユウタロウの苦言を遮り、背を向けると、セッコウは歩き出すと同時にササノに呼びかけた。ササノは当惑気味に返事をすると、ユウタロウたちに向かって頻りに頭を下げ、兄の代わりに陳謝しているようであった。申し訳なさそうを通り越して、具合の悪そうなササノも背を向けると、先を進むセッコウの後を追う。
春一番のように現れ、疑問と混乱を残していき、何事も無かったかのように立ち去ったセッコウ。思わずユウタロウは、呆気にとられた様子で口を半開きにした。
「……」
「ふふっ」
「何笑ってんだよ」
茫然自失としたユウタロウを一瞥すると、ハヤテは堪え切れなくなったように失笑した。するとユウタロウは、失敬なとでも言わんばかりに不満げな声を上げた。
「いや?お前を苛つかせるなんて、かなりの強者だなと思っただけだ」
「俺知ってるぞ。これ、同族嫌悪ってやつだ」
「同族の自覚はあるんだな」
ふと、倒した熊を一瞥したハヤテは、ハッとあることに気づく。
「っ!……そういえば、この熊どうする?」
「どうするもこうするも、こんなでけぇ熊つれての登山はきついからな。置いとくしかないだろ」
「だが。重鎮の方々が回収する時、誰が倒したか分からないと、成績をつけられないんじゃないか?」
「アイツらの都合なんて知ったこっちゃねぇよ……。ま、ハヤテが気になるんなら、この熊の身体に俺らの名前でも刻んどけばいいんじゃね?」
「安直だが、今できることはその程度だろうな。あの二人の名前も入れてやろう」
熊を見下ろしながら算段をつけると、二人は早速行動に移した。所持していた小型ナイフで、熊の身体に四人の名前を刻む最中、セッコウの名前を刻んでいたユウタロウは、彼の獣耳に触れた時の感触を思い出していた。
亜人の件について疑問は残るが、こんな場所でいくら頭を捻ったところで答えは出ない。訓練に戻った方が建設的であるというセッコウの意見は、あながち間違いでは無かったので、ユウタロウたちは再び山を下り始めるのだった。
********
それからは何事も無く、ユウタロウたちはその日の内に山を十往復し、結果的には一着で訓練を終えていた。因みに双子の方は二着で、ユウタロウに負けてしまったことを、セッコウは酷く悔しがっていた。
それからユウタロウたちと双子は、何だかんだで交流を持つようになった。ユウタロウとセッコウは似た者同士で喧嘩をすることも多かったが、お互いに、立場や噂だけで相手を決めつけ、嘲るような人間とは一線を画していることを理解していたので、本気でいがみ合うことは無かったのだ。
そして、山登りの訓練から三週間ほど経った頃。ユウタロウ、ハヤテ、ロクヤの三人は、いつものように昼食を共にしていた。
「――にしても、何でセッコウって亜人なんだろうな」
「……あぁ」
「?」
本人にも分からないその謎について首を傾げると、ハヤテからはどこか呆けた声が返ってきた。いつものハヤテであれば、ユウタロウの問いに対してある程度の可能性を提示してくれるので、彼は怪訝そうにハヤテの顔を覗き込む。
すると、ハヤテは見るからにぼぉっとした表情で空を見つめており、上の空であることは明らかであった。
ロクヤも心配そうにハヤテを見つめる中、ユウタロウは先の疑問について再び語りだす。
「考えられる可能性は、セッコウの遠い祖先に亜人と交わった奴がいる……だよな?」
「あぁ……」
「でも、人間様が一番偉いって勘違いしてやがる一族の連中が、亜人と交わった人間をあっさり見逃すわけとは思えねぇんだよな」
「あぁ」
「それこそ、産まれた来た子供もろとも殺して、亜人の血を根絶やしにしようって考えそうなもんだけどな」
「あぁ」
「お前俺のこと好きか?」
「あぁ……。……っ!?」
流れで肯定してしまったハヤテだが、返事をした後に質問の内容を理解し、刹那の内に顔を真っ赤に染め上げた。狼狽えるあまり、座りながら倒れかけたハヤテは、地面に後ろ手をついてしまう。
「な、なっ……にを……」
「だってお前、話聞いてるようで全然聞いてねぇんだもん。……わりぃなハヤテ。お前の気持ちは嬉しいが、俺にはチサトっていう心に決めた奴がいるから」
「お前今自分で俺が話を聞いていないと言っていたじゃないか。碌に話を聞かないで適当に答えただけだからなっ。変な勘違いをするな……。
……だからロクヤも、そんな風に顔を赤らめる必要は無い」
「ひぇっ……う、うんっ」
ロクヤはまるで、恋愛映画を見ていちいち表情を変える女学生のような表情で、口元を両手で押さえていたので、思わずハヤテは呆れた様子で言った。
「それで?何でお前、今日そんな上の空なんだよ」
「……実は、予定通りなら、一週間後に弟か妹が生まれるんだ」
「ふぅん。それで?」
「それでって……何だよ」
あまり興味が無さそうなユウタロウの態度が癪に障り、ハヤテは棘のある声音で返してしまう。
「いや別に?ただ、弟か妹が生まれるっつぅのに、お前あんまり嬉しそうじゃねぇんだもん」
「そんなことはない」
「そうか?……ならもっと嬉しそうにしろよ。もしかしたらハヤテの毒親から解放されるかもしれねぇんだから」
「……は?」
平然と言ってのけたユウタロウを前に、ハヤテは衝撃のあまり茫然自失とし、間の抜けた声を上げてしまう。ユウタロウはまるで、ハヤテが母親から受けている罵詈雑言や暴力を、全て知っているような口振りだったから。
「あー……ハヤテの場合毒親じゃなくて虐待親か?そんな言葉あったっけか?」
「お前……何で……」
何でそのことを知っているんだ。と、尋ねたいハヤテだが、問えば最後、ユウタロウの主張を肯定することになってしまうので、掠れた声が漏れるばかり。
問いただすことさえ出来ないハヤテを鋭く見据えると、ユウタロウは眉を顰めて口を開いた。
「……お前、また怪我増えてるぞ」
「っ!」
ユウタロウに指摘されたハヤテは、血相を変えて自身の身体を確認した。すると、左前腕の、自分からは見え辛い場所に青痣が出来ており、ハヤテはひゅっと息を呑む。
「それに、偶にお前の部屋の方向から、おばさんの怒鳴り声聞こえてくるし」
「そ、うか……すまない。五月蠅くして」
「何でお前が謝るんだよ。悪いのはお前の母親だろ?」
「違うっ!……お母さんは、悪くない。悪いのは……」
申し訳なさそうに俯かせた顔をバッと上げると、ハヤテは声を張り上げて主張した。泣きそうな声で呟くハヤテだが、その先の言葉はユウタロウによって遮られる。
「悪いのは俺ってのは無しな?」
「っ……」
「……お前、もしかして……」
虐待の事実を隠そうとするハヤテ。
虐待されても尚、母親を庇おうとするハヤテ。
そして、その母親がもうすぐ出産を控えている状況で、物憂げな様子のハヤテ。
それらを踏まえたユウタロウはふと、ある予感を覚えた。そしてその予感を、神妙に尋ねる。
「母ちゃんのことが心配なのか?」
それは、ユウタロウにとって想定外の可能性で、簡単に受け入れられるようなことではなかった。ハヤテを理不尽な理由で罵り、暴力まで振るう母親だというのに、それでもハヤテは彼女に情を持っているのか。どうしてそこまで、自分を傷つける相手を思うことが出来るのか。ユウタロウには分からない。
それでも。ユウタロウにとって腑に落ちないそれを尋ねた瞬間、「何を今更」とでも言いたげな表情で目を見開いたハヤテを見れば、答えは一目瞭然であった。
「っ!……そんなの、あ……」
「おいハヤテ!」
「「っ?」」
その確信を答えようとしたその時。ハヤテの声は、切羽詰まったような男性の声にかき消された。思わず三人は、不安げに後ろを振り向く。視線の先にいたのは、ユウタロウたちの訓練をよく担当する重鎮の一人だった。ユウタロウたちのしゃがむ木陰から五メートルほど離れた、屋敷の縁側に佇む重鎮は、血走った眼でハヤテを見据えている。
「……?どうかされましたか?」
「お前の母親の陣痛が予定より早く始まったんだが……」
「っ!あの、母は」
「生まれてきた赤子が死にやがった!死産だ死産っ……。ったくあの能無し……」
「……」
ハヤテの瞳が、絶望の黒に染め上げられる。それを止めることは誰にもできない。刹那の内に、ハヤテの瞳から光は消え、虚ろな表情は呆けているようにも見える。
もう、ハヤテは何も考えられなかった。重鎮が小声で発した、母に対する侮辱も耳に入らない程に。
ハヤテだけではない。重鎮からの知らせを受け、ユウタロウたちはただただ呆然と、その事実に絶望するのみである。
「話がどんどんズレているんだが……」
「はっ!そうだった……お前、セッコウだっけ?」
「あぁ」
「亜人ってどういうことだよ。お前勇者一族の生まれだろ?意味分かんねぇんだけど。それにお前耳も尻尾もねぇじゃん」
ハヤテのおかげで我に返ると、ユウタロウは単刀直入に尋ねた。亜人と言う割には、セッコウの頭には獣耳がついておらず、尾骨にも尻尾は生えていない。どこからどうみても人間の子供であった。
ハヤテは一瞬、無性の亜人なのだろうかと首を傾げるが、セッコウの答えでその推測は否定される。
「意味分かんなくても事実なんだから仕方ねぇだろうが。耳と尻尾が見えてねぇのは、そういう術をかけてるからだ。触ればわかる」
「……」
「触ればわかる」と言われても……と、二人は困惑顔を見合わせた。何せ、目には見えない存在を確かめなければならないのだ。どこを目掛けて手を伸ばせばいいのかもよく分からず、二人は一瞬たじろぐが、恐る恐るセッコウの頭の上に触れた。
瞬間、ふわっとした感触が指に伝わり、二人は目を見開く。耳の輪郭をなぞると、猫耳のようなフォルムに思えたが、猫耳よりは少し分厚い耳だったので、猫の亜人では無いのだろう。
「っ……本当に、耳がある……。え……じゃあ、そっちの耳は?」
〝そっちの耳〟と言ってハヤテが指したのは、セッコウの髪の隙間から窺える人間の耳である。亜人には獣の耳がある為、人間の耳が生えている所には本来何もないのだが、ハヤテたちの視界には鮮明に、人間の耳を生やしたセッコウの姿が映っていた。
思わず首を傾げたハヤテに、セッコウはケロッとした様子で答える。
「これは偽装。目の錯覚みてぇなもんだから、触ってもなにもねぇよ」
「ほーん。じゃあそっちの気弱野郎も亜人なのか?」
「ササノはちげぇよ。ってか、ササノをだせぇあだ名で呼んでじゃねぇ。ササノにはササノっていう名前があんだからよ。殺すぞ」
「気弱野郎に変わりはねぇだろうが。ってか、お前如きが俺を殺そうだなんて百年はえーんだよ」
「あ゛ぁ?」
セッコウの殺気に怯むどころか、売られた喧嘩を買ってしまったユウタロウは、鋭い眼光で睨み返した。どうやら二人は同類らしく、磁石の同じ極同士が反発し合うように火花を散らし始めてしまった。
険悪な雰囲気を醸し出す二人を前に、ササノは今にも死にそうな真っ青な顔で狼狽え、ハヤテは呆れた様にため息をついた。
「よさないか。……俺は気にしていないから、そんなに目くじらを立てるんじゃない。ユウタロウ」
「そうだそうだ」
「ほ、本当に……誠に申し訳なく……」
ハヤテが苦言を呈すると、セッコウはそれに便乗したが、事の発端であるササノは申し訳なさそうに中腰になった。
「本当に気にしていないから、そんな風に畏まらないでくれ。……寧ろ、こんな風に謝られたことなんて初めてだったから、嬉しいぐらいなんだ」
「っ!……う、うぅぅ……やっぱりいいひとぉぉぉぉぉ……僕はこんないい人に何て失礼なことをぉぉぉぉ」
ハヤテがササノを擁護すればするほど、当の本人は自責の念に駆られてしまい、ササノは懊悩するように頭を抱えた。
そんなササノの姿を目の当たりにしたユウタロウは、何とも言えないジト目で彼を見下ろす。
「……まぁ、悪い奴じゃねぇのは分かったけどよ。
……で?結局何でお前亜人なんだよ。勇者一族に亜人が生まれたなんて、聞いたこともねぇんだけど」
「知らねぇ」
「あ?」
ぶっきら棒に答えたセッコウに、思わずユウタロウは怪訝な声で返した。
「知らねぇもんは知らねぇんだよ。俺なりに調べているが、今分かってるのは俺が亜人ってことと、俺の両親祖父母の中に亜人はいないってことだけだ。これ以上の質問は受け付けん」
「おいちょっと待」
「分かるぞ?俺は生まれながらにして最強の亜人だからな。ただの人間のお前が妬む気持ちはよーーく分かる。俺とお前らとじゃ、戦闘能力の差がデカすぎるもんな。うんうん……。まぁお前らも死に物狂いで努力すりゃ、俺といい勝負できるぐらいにはなるんじゃねぇか?
でもな。才能に恵まれなかったからって、俺の強さの秘密を探ったって意味ねぇんだぜ?俺だって何で自分が最強なのか分からねぇんだから、ここでいつまでもくっちゃべっていたって、他の奴らに追いつかれるだけだ。さっさと訓練に戻らねぇとな」
ユウタロウの言葉を遮ると、セッコウは眉尻を下げて自分勝手な主張を語り始めた。困ったような表情だというのに、その奥底には隠し切れない優越感が窺えられ、こちらをどこか小馬鹿にしているような態度である。
無自覚に煽ってくるセッコウを前に、ユウタロウは堪忍袋の緒が切れる寸前で、蟀谷に青筋を浮かべた。
「お前少しは人の話を……」
「ササノ。行くぞ」
「う、うんっ」
ユウタロウの苦言を遮り、背を向けると、セッコウは歩き出すと同時にササノに呼びかけた。ササノは当惑気味に返事をすると、ユウタロウたちに向かって頻りに頭を下げ、兄の代わりに陳謝しているようであった。申し訳なさそうを通り越して、具合の悪そうなササノも背を向けると、先を進むセッコウの後を追う。
春一番のように現れ、疑問と混乱を残していき、何事も無かったかのように立ち去ったセッコウ。思わずユウタロウは、呆気にとられた様子で口を半開きにした。
「……」
「ふふっ」
「何笑ってんだよ」
茫然自失としたユウタロウを一瞥すると、ハヤテは堪え切れなくなったように失笑した。するとユウタロウは、失敬なとでも言わんばかりに不満げな声を上げた。
「いや?お前を苛つかせるなんて、かなりの強者だなと思っただけだ」
「俺知ってるぞ。これ、同族嫌悪ってやつだ」
「同族の自覚はあるんだな」
ふと、倒した熊を一瞥したハヤテは、ハッとあることに気づく。
「っ!……そういえば、この熊どうする?」
「どうするもこうするも、こんなでけぇ熊つれての登山はきついからな。置いとくしかないだろ」
「だが。重鎮の方々が回収する時、誰が倒したか分からないと、成績をつけられないんじゃないか?」
「アイツらの都合なんて知ったこっちゃねぇよ……。ま、ハヤテが気になるんなら、この熊の身体に俺らの名前でも刻んどけばいいんじゃね?」
「安直だが、今できることはその程度だろうな。あの二人の名前も入れてやろう」
熊を見下ろしながら算段をつけると、二人は早速行動に移した。所持していた小型ナイフで、熊の身体に四人の名前を刻む最中、セッコウの名前を刻んでいたユウタロウは、彼の獣耳に触れた時の感触を思い出していた。
亜人の件について疑問は残るが、こんな場所でいくら頭を捻ったところで答えは出ない。訓練に戻った方が建設的であるというセッコウの意見は、あながち間違いでは無かったので、ユウタロウたちは再び山を下り始めるのだった。
********
それからは何事も無く、ユウタロウたちはその日の内に山を十往復し、結果的には一着で訓練を終えていた。因みに双子の方は二着で、ユウタロウに負けてしまったことを、セッコウは酷く悔しがっていた。
それからユウタロウたちと双子は、何だかんだで交流を持つようになった。ユウタロウとセッコウは似た者同士で喧嘩をすることも多かったが、お互いに、立場や噂だけで相手を決めつけ、嘲るような人間とは一線を画していることを理解していたので、本気でいがみ合うことは無かったのだ。
そして、山登りの訓練から三週間ほど経った頃。ユウタロウ、ハヤテ、ロクヤの三人は、いつものように昼食を共にしていた。
「――にしても、何でセッコウって亜人なんだろうな」
「……あぁ」
「?」
本人にも分からないその謎について首を傾げると、ハヤテからはどこか呆けた声が返ってきた。いつものハヤテであれば、ユウタロウの問いに対してある程度の可能性を提示してくれるので、彼は怪訝そうにハヤテの顔を覗き込む。
すると、ハヤテは見るからにぼぉっとした表情で空を見つめており、上の空であることは明らかであった。
ロクヤも心配そうにハヤテを見つめる中、ユウタロウは先の疑問について再び語りだす。
「考えられる可能性は、セッコウの遠い祖先に亜人と交わった奴がいる……だよな?」
「あぁ……」
「でも、人間様が一番偉いって勘違いしてやがる一族の連中が、亜人と交わった人間をあっさり見逃すわけとは思えねぇんだよな」
「あぁ」
「それこそ、産まれた来た子供もろとも殺して、亜人の血を根絶やしにしようって考えそうなもんだけどな」
「あぁ」
「お前俺のこと好きか?」
「あぁ……。……っ!?」
流れで肯定してしまったハヤテだが、返事をした後に質問の内容を理解し、刹那の内に顔を真っ赤に染め上げた。狼狽えるあまり、座りながら倒れかけたハヤテは、地面に後ろ手をついてしまう。
「な、なっ……にを……」
「だってお前、話聞いてるようで全然聞いてねぇんだもん。……わりぃなハヤテ。お前の気持ちは嬉しいが、俺にはチサトっていう心に決めた奴がいるから」
「お前今自分で俺が話を聞いていないと言っていたじゃないか。碌に話を聞かないで適当に答えただけだからなっ。変な勘違いをするな……。
……だからロクヤも、そんな風に顔を赤らめる必要は無い」
「ひぇっ……う、うんっ」
ロクヤはまるで、恋愛映画を見ていちいち表情を変える女学生のような表情で、口元を両手で押さえていたので、思わずハヤテは呆れた様子で言った。
「それで?何でお前、今日そんな上の空なんだよ」
「……実は、予定通りなら、一週間後に弟か妹が生まれるんだ」
「ふぅん。それで?」
「それでって……何だよ」
あまり興味が無さそうなユウタロウの態度が癪に障り、ハヤテは棘のある声音で返してしまう。
「いや別に?ただ、弟か妹が生まれるっつぅのに、お前あんまり嬉しそうじゃねぇんだもん」
「そんなことはない」
「そうか?……ならもっと嬉しそうにしろよ。もしかしたらハヤテの毒親から解放されるかもしれねぇんだから」
「……は?」
平然と言ってのけたユウタロウを前に、ハヤテは衝撃のあまり茫然自失とし、間の抜けた声を上げてしまう。ユウタロウはまるで、ハヤテが母親から受けている罵詈雑言や暴力を、全て知っているような口振りだったから。
「あー……ハヤテの場合毒親じゃなくて虐待親か?そんな言葉あったっけか?」
「お前……何で……」
何でそのことを知っているんだ。と、尋ねたいハヤテだが、問えば最後、ユウタロウの主張を肯定することになってしまうので、掠れた声が漏れるばかり。
問いただすことさえ出来ないハヤテを鋭く見据えると、ユウタロウは眉を顰めて口を開いた。
「……お前、また怪我増えてるぞ」
「っ!」
ユウタロウに指摘されたハヤテは、血相を変えて自身の身体を確認した。すると、左前腕の、自分からは見え辛い場所に青痣が出来ており、ハヤテはひゅっと息を呑む。
「それに、偶にお前の部屋の方向から、おばさんの怒鳴り声聞こえてくるし」
「そ、うか……すまない。五月蠅くして」
「何でお前が謝るんだよ。悪いのはお前の母親だろ?」
「違うっ!……お母さんは、悪くない。悪いのは……」
申し訳なさそうに俯かせた顔をバッと上げると、ハヤテは声を張り上げて主張した。泣きそうな声で呟くハヤテだが、その先の言葉はユウタロウによって遮られる。
「悪いのは俺ってのは無しな?」
「っ……」
「……お前、もしかして……」
虐待の事実を隠そうとするハヤテ。
虐待されても尚、母親を庇おうとするハヤテ。
そして、その母親がもうすぐ出産を控えている状況で、物憂げな様子のハヤテ。
それらを踏まえたユウタロウはふと、ある予感を覚えた。そしてその予感を、神妙に尋ねる。
「母ちゃんのことが心配なのか?」
それは、ユウタロウにとって想定外の可能性で、簡単に受け入れられるようなことではなかった。ハヤテを理不尽な理由で罵り、暴力まで振るう母親だというのに、それでもハヤテは彼女に情を持っているのか。どうしてそこまで、自分を傷つける相手を思うことが出来るのか。ユウタロウには分からない。
それでも。ユウタロウにとって腑に落ちないそれを尋ねた瞬間、「何を今更」とでも言いたげな表情で目を見開いたハヤテを見れば、答えは一目瞭然であった。
「っ!……そんなの、あ……」
「おいハヤテ!」
「「っ?」」
その確信を答えようとしたその時。ハヤテの声は、切羽詰まったような男性の声にかき消された。思わず三人は、不安げに後ろを振り向く。視線の先にいたのは、ユウタロウたちの訓練をよく担当する重鎮の一人だった。ユウタロウたちのしゃがむ木陰から五メートルほど離れた、屋敷の縁側に佇む重鎮は、血走った眼でハヤテを見据えている。
「……?どうかされましたか?」
「お前の母親の陣痛が予定より早く始まったんだが……」
「っ!あの、母は」
「生まれてきた赤子が死にやがった!死産だ死産っ……。ったくあの能無し……」
「……」
ハヤテの瞳が、絶望の黒に染め上げられる。それを止めることは誰にもできない。刹那の内に、ハヤテの瞳から光は消え、虚ろな表情は呆けているようにも見える。
もう、ハヤテは何も考えられなかった。重鎮が小声で発した、母に対する侮辱も耳に入らない程に。
ハヤテだけではない。重鎮からの知らせを受け、ユウタロウたちはただただ呆然と、その事実に絶望するのみである。
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