レディバグの改変<W>

乱 江梨

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第二章 過去との対峙編

96.その〝過去〟は、如何にして彼らの運命を変えたのか22

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「――始めっ!」


 二人が互いを睨みながら剣を構える中、重鎮の号令が荒々しく響き渡った。クレハはその瞬間、左手を懐に突っ込み、その中に仕込んでいた〝とある武器〟を取り出す。

 一方の対戦相手は、剣を振りかぶったことで懐がガラ空きになっており、そこを狙ってくれと言っているようなものであった。

 クレハが取り出したのは、三本の暗器。それを指と指の間に挟んだ状態で取り出すと、クレハは一切の躊躇いなく対戦相手に投げつけた。

 初手から想定外の攻撃を仕掛けられ、対戦相手は思わず面食らってしまう。暗器を剣で躱すのでは間に合わないと悟ったのか、彼は咄嗟に集めたジルで結界を張った。

 パリンッ……。三本の暗器は結界に突き刺さり、割れた結界の破片が空に飛ぶ。貫通こそしなかったが、一歩間違えれば三本の暗器が腹を突き刺していたので、少年は冷や汗を流してしまう。

 刹那、対戦相手は眼下からクレハの姿が消えていることに気づくと、慌てた様子で辺りを見回し、クレハの居所を探ろうとする。不意に斜め上を見上げると、自身を狙う暗器が急降下してくるのを目にし、対戦相手はギョッと目を見開く。咄嗟に目の前の結界をジルに変換すると、また新たな結界を頭上に張った。

 パリンッと、先刻と同じように暗器が結界に突き刺さる中、対戦相手には疑問があった。
 一つは、一体いつどの段階で、この暗器による奇襲が仕掛けられていたのかという疑問。そしてもう一つは、クレハがどこに消えてしまったのかという疑問である。


「っ!」


 ガンっ!と、鋭い衝撃が側頭部に走り、対戦相手の少年は訳も分からないままその場に倒れ込んだ。頭に強い衝撃が走ったせいで、意識が朦朧とし、ぐにゃりと歪む視界には、地面とクレハのものと思われる足だけが映っている。

 クレハは最初の暗器を投げつけると、即座に跳躍し、空中からもう一本の暗器をふわっと落としたのだ。
 投げつけるのでは無く優しく落としたのには、クレハなりの理由がある。上から下へ投げつけてしまうと、重力も加わって速度が上がり、下手をすると少年の頭に暗器が突き刺さる可能性があったからだ。

 そう言った理由で、暗器を空中に置いてきた後、クレハは対戦相手の後方に着地し、彼が暗器の対処で視野が狭まった隙を狙い、側頭部目掛けて鋭い回し蹴りを入れたのだ。

 クレハは倒れる対戦相手を抑え込むと、首の頸動脈に刃を突き立て、耳元で囁く。


「首を斬られたくなかったら降参しろ」
「っ……ぬけぬけとっ、出来もしない癖にっ」


 悔しげにクレハを睨みつけると、対戦相手の少年は苦し紛れにそう言った。そしてその間、少年は反撃の為のジルを集めていた。
 現段階では、クレハが相手を押さえつけ、首に刃物を突き立てて脅しているという状態。少年が戦闘不能に陥っているというわけではない。つまり、まだ勝敗は決していないのだ。


(そう……ただの模擬戦で殺しなんて、流石の俺でも出来ない。そんなことをすれば、良くて追放、悪くて処刑されかねないからな)


 この時のクレハは、とんだ思い違いをしていた。

 例えクレハがこの瞬間、対戦相手の首を刎ねたとしても、一族はクレハに何の罰も課さないだろう。何故なら一族にとって対戦相手の少年は、わざわざクレハに罰を与える程の価値が無いから。

 寧ろ、操志者の才が無いクレハにも劣るような弱者を早めに処分出来て好都合とさえ思うだろう。

 そんな一族の闇を未だ知らないクレハは、殺さずにこの模擬戦で勝利を収める為、策を練る。不意に思い出されるのは、先刻まで指導をしてくれたユウタロウの助言だった。


『――いいか?操志者相手に勝つには、先手必勝が絶対条件だ。実戦なら殺すのもありだしな。さっさと片付けるのが得策だ』
『もし、それで駄目だったら?』
『お前の場合、ジル術で攻撃されるのが一番厄介だろ?攻撃をジルに変換したり、結界を張ることが出来ないクレハは、回避するぐらいしか対処法がねぇからな』
『回避できない攻撃が来たら、どうすれば……』
『回避できねぇ攻撃を回避する方法はねぇよ』
『えっ?』
『ただ、そういう攻撃を事前に察知して、相手に攻撃する隙を与えないことが重要なんだ』
『つまり……?』


 ユウタロウの答えを思い出すと、クレハは早速行動に移ろうとした。

 一方、純粋な力ではクレハに全く歯が立たず、起き上がれる状態では無い対戦相手は、集めたジルを炎に変換して、クレハに放とうとしていた。


(俺を押さえ込んだぐらいで勝ち誇りやがって……クレハの癖にっ……。
 まぁいい……俺の炎で、そのムカつく顔にでっかい火傷を作ってやるよ。ハハッ、操志者の力を思い知って、二度と歯向かう気にもなれないぐらい痛めつけてやるっ)


 対戦相手がニヤッと不気味に口角を上げると、クレハはジル術の攻撃を予期し、後ろ手に押さえつけている彼の右手に、早速狙いを定めた。


『手っ取り早いのは気絶させることだが……まぁ要するに、ありとあらゆる手段を用いて、攻撃に集中できなくさせてやるんだよ』


 対戦相手が火を放とうしたその瞬間、クレハは彼の右人差し指をグッと握り、そのまま関節の逆方向に曲げ、ボキっとその骨を折ってしまった。


「っ、ぎゃあああああああああああああああああ!!!痛い痛い痛いっっ!!」


 突如襲いかかってきた途轍もない痛みに、少年は叫喚してジタバタと暴れようとするが、クレハは哀れな彼を嘲笑うような態度で、コテンっと首を傾ける。


「降参しないと指を折り続けるぞ。折れる指が無くなったら腕と足の骨も折る」
「ひっ……」


 刹那、ひゅっと息を呑んだ少年は、面白いぐらいに大人しくなった。一度既に折られているので、それが脅しなどでは無いことは即座に理解できる。このまま降参しなければ、あの苦しみが永遠と繰り返されることを悟った対戦相手だったが、一瞬だけ逡巡してしまい、反応が遅れた。


「もう一本折るぞ」
「まっ、待てっ!待ってくれ!分かったっ、もう降参するからっ!お願いだからもう折らないでくれっ……」


 中指を力強く握られ、全身が粟立つ感覚に震えると、少年は涙声で必死に懇願した。対戦相手の震えを肌で感じとると、クレハはきつい拘束を解いて重鎮に流し目を送る。


「……だそうだ。重鎮殿」
「あ、あぁ……。対戦相手の降参を認め、クレハの勝利とする」


 その瞬間、彼らの対戦を観戦していた子供たちの間でどよめきが起こる。子供たちのほとんどは、クレハの情けない敗戦姿を拝んでやるつもりで観戦していたので、その衝撃は一入だったのだろう。

 一方、この状況で平然としているのは、クレハの勝利を確信していたユウタロウたちだけ。


「瞬殺だったな」
「あぁ、完膚なきまでの瞬殺だった」
「相手、手も足も出ないって感じでしたね」


 ユウタロウ、セッコウ、ライトの順に口々に感想を零していると、模擬戦を終えたクレハが彼らの元へ小走りで戻ってきた。

 因みにクレハの背後では、人差し指を折られた対戦相手が、半泣きのまま重鎮による治療を受けている。


「よぉ、クレハ。俺の言った通り、楽勝だったろ?」
「し、指導のおかげだ……感謝する」


 先刻までの勇猛果敢な姿はどこへやら。クレハは挙動不審な態度で俯くと、謙遜して謝辞を述べた。すると不意に、ユウタロウは先の対戦で一つだけ気掛かりなことがあり、それについてクレハに尋ねる。


「ってか、何でわざわざ指折ったんだ?あの状況なら首に手刀でもかまして気絶させれば一発だったっていうのに」
「あ、それは完全に私怨の憂さ晴らしだ」
「お前気持ちいい性格してんな」


 ヒョイっと顔を上げ、事務的な報告をするようにケロッと言ってのけたクレハを前に、ユウタロウは清々しい苦笑いを浮かべた。


「はぁ。溜飲が下がったのなら何よりだが、あまり無茶をするなよ?目立ちすぎるとやっかみが増えるからな」
「分かった」


 ため息交じりに助言をしたハヤテに対し、クレハは素直な返答をした。

 後はスザクの模擬戦を残すのみとなったユウタロウたちは、その行く末を静かに見守るのだった。

 ********

 一年から九年の合同訓練が執り行われた翌日。いつものように屋敷の食堂に会していたユウタロウたちは、朝食を食べながらある一人の人物に視線を集中させていた。

 彼らの視線の先――テーブルの中心で委縮しているのは、昨日知り合ったばかりのスザク。彼らの話題の種は当然、昨日の模擬戦についてである。


「負けたな」
「あっさり負けたな」
「しょうがないだろ。何せ相手は一番の実力者だったらしいし」
「すみません……」


 ユウタロウ、セッコウの二人は続けざまにスザクの心の傷を抉りに行き、それをハヤテただ一人が何とか癒そうとフォローした。

 クレハが完膚なきまでに勝利した一方で、スザクは模擬戦で白星をあげることが出来なかったのだ。どうやらスザクと対戦相手の実力差は、数時間の指導如きでどうこうできるレベルでは無かったようだ。

 申し訳なさそうに俯くスザクのつむじをジッと見つめると、ユウタロウは重い腰を上げるように口を開く。


「おっし。これからはこのユウタロウ様が直々に指導してやんよ。一人前になるまでお前は俺の犬だ」
「えぇっ!?なんですか犬って!……は、ハヤテさぁんっ、助けてくださいっ」
「情けねぇ奴だなぁ」


 聞き捨てならない台詞にガタッと立ち上がったスザクは、そのままハヤテの腰掛ける椅子を盾にして隠れた。昨日の時点で既に、この中で最も優しく頼りになる人間がハヤテであることを看破したスザクに、ユウタロウは呆れたような眼差しを向ける。

 一方、スザクに頼りにされてしまったハヤテは頭痛のする側頭部を押さえると、ユウタロウに苦言を呈する。


「年下をパシリに使おうとするな」
「えっ!犬ってそういう意味なんですかっ?」
「……?」


 スザクがハヤテの後ろから困惑混じりの抗議をする一方、ユウタロウは胡乱な表情で辺りを見回しており、思わずハヤテは首を傾げる。


「どうした?ユウタロウ」
「……いや。何でもねぇ」


 周囲を睨み据えるような瞳をぎらつかせているユウタロウは、何かを警戒しているようであったが、彼の中でそれが杞憂であると結論付けられたのだろう。ユウタロウは正面を向き直すと、静謐な表情で朝食を口にした。


「あ、そうだ」
「セッコウ兄?どうかしたの?」


 唐突に声を上げたセッコウに、ササノは首を傾げて尋ねた。


「お前らに話したいことがあってな。昼休み、人気のないとこに集まろうぜ」
「ここじゃ駄目なのか?」
「あぁ。流石に……第三者に聞かれるのはまずい話だ」
「……分かった」


 食堂にいる子供たちを横目で捉えながら、セッコウは声を潜めて言った。普段他人の目など気にも留めないセッコウがここまで言うのだから、それ相応の話なのだろう。彼の神妙な面持ちからも、その重要性は犇々と伝わってきた。

 セッコウの言う〝大事な話〟に引っかかりを覚えつつ、ユウタロウは彼の申し出を了承した。


「スザクも来いよ」
「えっ!?な、なんでですか?」


 ユウタロウがそんな提案を持ちかけると、その突拍子の無さのあまり、スザクは周章狼狽して尋ねた。


「だってお前、俺の指導受けるんだからもう俺のもんだろ?なら聞いといて損は無いと思うんだが」
「何か知らない間に意味の分からない話が勝手に進んでるっ!?……僕を物扱いしないでくださいっ」
「あー、そういうのいいから」
「少しは僕の話を聞いてっ!」


 物分かりの悪い子供をあしらうような態度のユウタロウを前に、スザクは思わず半泣きになってしまう。
 思わず苦笑を零すハヤテだが、不意に疑問が芽生え、ユウタロウに尋ねた。


「その理屈で言うと、クレハのことも仲間にするのか?」
「あー、そうだな。俺アイツ好きだし、クレハ次第だろうな」


 ――ガンっ!!


「「?」」


 ユウタロウが答えた刹那、どこからか鈍い衝突音のようなものが聞こえ、彼らはキョトンと首を傾げた。

 特にユウタロウは、先刻睨みを利かせていた方向に怪訝な眼差しを向けている。杞憂が杞憂では無い可能性が浮上してしまい、ユウタロウは内心気が気では無かったのだ。

 そして。この衝突音と、ユウタロウの懸念の正体を彼らが知るのは、ほんの少し後の話である。

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