112 / 117
第二章 過去との対峙編
108.彼が陽の光を浴びる時-戦闘編-2
しおりを挟む
ハヤテからの知らせで、スザクが人質に取られた事実を知ったユウタロウは、誰よりも早く勇者一族の屋敷に到着していた。
ユウタロウはチサトとクレハを連れ、転移術によってここまでやって来ていたが、彼らの傍にクレハの姿はない。ユウタロウはチサト一人を連れ、屋敷に侵入すると、スザクの気配を追って駆け出した。
照り付ける陽射しに顔を顰めつつ、ユウタロウは壁の影からスザクの捕らえられている庭園を覗き込む。
拘束されたスザクは気を失っており、ユウタロウは軽く舌打ちしてしまう。
『ユウちゃん……どうするの?』
『……チサト。俺から離れんじゃねぇぞ』
『?……うん』
チサトが小声で尋ねると、ユウタロウは少し間を置き、真剣な声音でそう呟いた。この状況で何故スザクではなく、チサトの心配をするのか不思議に思い、彼女は首を傾げたが、問いただすことも出来ず首肯した。
ユウタロウはスザクのすぐ傍に佇むツキマを睨み据えると、そのまま彼らの前に姿を現した。
「来たか。ユウタロウ」
「そりゃ、仲間を人質に取られた以上、来るしかねぇだろう」
「これにそんな価値があるようには思えないが……まぁ、俺としてはお前をおびき寄せられればどうでもいいのだが」
気絶するスザクを見下ろすと、ツキマは理解できないといった表情で呟いた。すぐに興味を失ったように顔を上げると、ツキマは抜刀した刃をスザクの首元に突きつける。
「俺はまどろっこしいことは嫌いだ。ユウタロウ、ロクヤの居場所を吐けば、スザクの命は助けてやるぞ」
「はぁ……ロクヤとスザクどっちか選べってか」
「あぁ。スザクを選んだ方が得策だとは思うがな。何せ、今ロクヤを庇ったところで、俺はロクヤの捜索をあきらめるつもりなど毛頭ないのだから」
「いや。ガチでロクヤとスザクのどっちかしか選べねぇなら、俺は百パーロクヤを選ぶが」
ユウタロウが真顔でサラリと、スザク見殺し宣言をすると、意識を失っているスザクが「うぅ……ん」と悪夢にうなされている様な声を上げた。
そんなスザクの苦悶お構いなしに、ユウタロウは真っすぐツキマを見据える。
「だけどな、ロクヤもスザクも、大事な俺の家族だ。俺は俺のもんを簡単に諦めるほど、物分かりのいい人間じゃねぇからな。ロクヤもスザクも……お前なんかの好きにさせるかよ」
ユウタロウが精悍に言い放った刹那、ツキマはハッと目を見開くと、すぐさまスザクへと視線を移す。すると、まるでツキマの視線の流れを読んでいたかのような閃光が走り、ツキマは思わず目を細めた。
それでもツキマには見えていた。目を細める直前、視界の端でスザクの拘束を解くクレハの存在があったことに。
閃光が止み、そっと目を開いた時には既に、人質であるスザクの姿はなく、ツキマ以外の重鎮らは周章狼狽した。
一方のツキマは、スザクを攫った張本人であるクレハを探す。すると、クレハはスザクを肩に抱えた状態でユウタロウの背後に控えており、ツキマは思わず辟易としたため息をつく。
「はぁ……クレハ…………木の上に潜んでいたのか。流石というべきか……気配が感じられなかったな」
「そりゃあんた、コイツがどれだけ普段木の上から俺のことストーキングしてると思って」
「主君。某の隠密能力が優れているということでよいと思うのだが」
素直に自身の実力を肯定してくれないユウタロウに、クレハは少々不満げな表情を覗かせる。
クレハは勇者一族の屋敷に到着した後、ユウタロウとは別行動を開始していた。その目的は、ユウタロウがツキマの気を引き付けている間に、囚われのスザクを回収すること。
クレハはユウタロウの後を追いつつ、スザクを回収するタイミングを見計らっていたのだ。
「クレハ。お前はスザク連れてさっさと下がれ」
「っ!しかし主君っ……」
遠回しに逃げろと命じられたクレハは、納得いかない様子で反論の弁を述べようとした。だが、それを許さないユウタロウの冷たい眼差しがクレハを捉える。
「スザクを抱えた状態のお前がいても足手纏いだ。それよりも、スザクを安全な場所まで連れて行ってから加勢に来い。……言っておくが、これは勇者としての命令だ」
「っ!…………承知いたした」
クレハはぐっと歯噛みすると、俯きがちに呟いた。ユウタロウの言い分は正論で、反論の余地はなかった。加えて、クレハは勇者であるユウタロウと血の契約を交わした配下。そんな彼がユウタロウに、勇者の名の下に命令されれば、否と答える術はない。
普段は勇者として命令することなど全くないユウタロウを知っているからこそ、クレハは彼の意思を尊重した。
クレハはスザクを抱えたまま高く跳躍すると、周辺の木々を渡りつつ、その場を後にした。
「っ!おい待てっ!……おい。早くクレハを捕らえに……」
「やめておけ」
重鎮の一人が狼狽えた様子で消えたクレハを追跡しようとするが、ツキマの冷たい呼びかけによって妨害される。
だが、その重鎮は何故ツキマが制止するのか理解できず、食い下がるように彼に進言した。
「なぜお止めになるのですかっ!?あの者らを捕縛しロクヤの居所をっ……」
「お前ら如きがクレハに敵うと本気で思っているのか?だとしたら非常に不愉快だな」
「なっ……」
直球で貶された事実に絶句しつつ、その重鎮は怒りで拳をわなわなと震わせてしまう。クレハはその重鎮にとって、自身の子供よりも年下の若造でしかなく、加えて操志者としての才もない、平たく言えば侮蔑の対象でしかなかった。
そんなクレハよりも劣っているとツキマに明言され、眉を顰めるのを堪えられるほど、その重鎮はできた人間ではない。
「勝ち目のない勝負に挑むよりも、お前たちは侵入者の対応の応援に行け。既にネズミが何匹か潜り込んでいるようだからな」
「ですが……」
「同じことを何度も言わせるな。ユウタロウ相手に、お前たちは足手纏いにしかならないと、どうすれば理解してくれるんだ?……あまり、俺を苛つかせないでくれ」
ここまで言われて否と唱えられる者はおらず、ツキマの傍に仕えていた重鎮らはその場から立ち去った。
その間、ユウタロウは重鎮らを叱責したツキマを異質な物を見るような目で捉え、警戒心をあらわにしていた。
「アンタ……俺らのこと好きなのか嫌いなのかよくわからねぇな」
「強者は好ましい。弱者は存在自体が腹立たしい。そして、勇者という存在の価値を理解していない人間には虫唾が走る」
「あっそ」
相変わらずの勇者至上主義と、遠回しにユウタロウの存在に虫唾が走ると伝えられ、彼は死んだ魚のような目になってしまう。
「さて。邪魔者も消えたことだし、お前を半殺しにしてロクヤの居所を聞き出すとするか」
「俺がそう簡単にやられるとは、思ってねぇんだろ?」
「当然だ。お前はこの勇者一族で唯一、俺よりも強い戦士なのだからな」
「……あんた、矛盾って言葉知ってるか?」
ツキマはユウタロウを戦闘不能に陥らせることで、ロクヤの居所を探ろうとしているようだったが、先の言い分を聞く限り、ツキマがユウタロウに勝つことは不可能だ。
ツキマがユウタロウとの戦力差を理解しているのであれば、単独で挑んできたことに疑問が生じる。ユウタロウが怪訝そうに尋ねてしまうのも当然である。
「俺がお前のような強者相手に、何の対抗策もなしに挑むとでも?」
「っ!」
ツキマは不敵に微笑むと、懐から笛のようなものを取り出した。その笛を一瞥すると、それが見覚えのある代物であることに気付き、ユウタロウは目を見開く。
その笛は、以前チサトを攫った仮面の組織の構成員が所持していたもので、高レベルの災害級野獣を呼び出すことのできるものだ。
(あの笛……仮面の野郎共が持ってたやつじゃねぇか……やっぱ。生徒会長が初っ端から予想していた通り、一族が仮面の組織と関わっているのは間違いねぇってことか)
笛の出現により、ユウタロウは警戒心を露わにする。ツキマは手にした笛を口元に運ぶと、ビィーっとその音を鳴らした。耳を劈く様な騒音に、思わずチサトは耳を塞ぐ。
ユウタロウは災害級野獣の襲来の備えるように剣を抜くと、周囲に警戒の網を張る。
すると、ユウタロウの待ち構えていた存在は、空から姿を現した。
全長約五メートル、大きな翼は白く雄々しく、広げると庭園を埋め尽くしてしまうほど。その趾は鋭く、触れただけで切り裂かれてしまいそうだ。きりっと鋭い眼光はユウタロウを獲物として捉えており、身体中から殺気が漏れ出ている。
鳥類の災害級野獣であることは一見してすぐに理解できたが、それがどれ程のレベルなのかは判断できなかった。
「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
「っ……」
災害級野獣は劈く様な咆哮をあげると、何の躊躇いもなくユウタロウに襲い掛かる。ユウタロウは「チサトっ!!」と、彼女のジルを求めると、剣にジルを纏わせて対抗した。
災害級野獣は殺傷力を持った自らの羽を数え切れぬ程飛ばし、ユウタロウは炎を纏った剣でそれらを燃やした。すると、間髪入れずに身体強化術によって瞬発力を上げたツキマが、鋭い回し蹴りを入れてくる。
咄嗟にその蹴りを腕で庇ったユウタロウは、数メートルほど側方に飛ばされるが、体勢を崩すことはなかった。
だが、今度は災害級野獣による鋭い攻撃が待っていた。災害級野獣はその鋭い趾を振り下ろすが、ユウタロウはそれを剣で受け止める。
両者の力が拮抗する中、ツキマは氷を纏わせたその刃でユウタロウの首元を容赦なく狙う。その冷たい刃がユウタロウの頸動脈を掻き切ろうとする直前、咄嗟に彼は結界を張ってその攻撃を防いだ。
「ほう。よく反応したな」
「そりゃどうもっ!!」
ユウタロウは趾の力の向きを読み、受け止めていた剣を滑らせ攻撃を流すと、災害級野獣に回り蹴りをかまし、ツキマの元へ飛ばした。
猛スピードで迫ってくる災害級野獣を軽々と受け止めると、ツキマは何やら思案するように動きを止めた。
「ふむ……やはりこの程度の災害級野獣では不足だったか……仕方ない」
「?」
ユウタロウが怪訝そうな視線を向けると、ツキマは即座に行動に移した。受け止めた災害級野獣の首を片手で掴むと、その身体に異変が生じ始める。
災害級野獣の身体全体が淡い光を纏ったかと思うと、刹那の内にその全てが光の粒と化し、ツキマの身体へと吸収されていったのだ。
「なっ……!」
信じられない光景を前に、ユウタロウは言葉を失う。一方、災害級野獣をその身の内に取り込んだツキマは涼しい相好だったが、対照的に彼の身体には顕著な変化が訪れていた。
爪は鋭く趾のように伸び、腕を中心に身体には羽がびっしりと生え、その姿は亜人その者であった。
「なんだよその技……」
「亜人は人間と動物の特性を持ち、自らが生み出したジルの操作を可能にしている。これは災害級野獣の特徴に酷似している。つまり、亜人と災害級野獣は生物学的にとても近しい存在で、親和性が高いんだ。だからこそ、操志者として優れた技術を持つ亜人であれば、こういった技も可能になる。普通の人間であれば、拒絶反応で死に至ることもあり得るだろうがな」
普通の人間はジルを生み出すことさえできないが理性があり、動物は理性すらないものの、ジルを生み出すことが出来る。両者の利点を兼ね備えた存在を求めた結果、誕生したのが亜人という種族だ。
そんな亜人と、動物でありながらそのジルを操ることのできる災害級野獣は、確かにその特徴が酷似している。
ツキマは一変した自身の身体を見つめると、思い切り顔を歪ませてため息をつく。
「それにしても……醜いな。せっかくあの醜い耳を斬り落としたというのに……お前を片付けたら、早々に災害級野獣を追い出さなくては」
苛立った声音で呟くと、ツキマは徐に右手を挙げた。
刹那、ユウタロウの周囲を取り囲むように大量の羽が出現し、思わずチサトは「ユウちゃん!!」と声を荒げた。抜け出る隙間も与えてくれない大量の羽は、一斉にユウタロウの元へ突撃していく。
ユウタロウは剣にチサトのジルを最大限込め、それを炎に変換し、襲い掛かる羽の刃を燃やし切ろうと試みた。
(くそっ……ジルが足りないかっ)
だが、大量の羽を自らの身体に到達する前にすべて燃やし切るには、ジルの威力が足りなかったのか、いくつかの羽はユウタロウの身体を掠めていき、その内の一枚が肩に突き刺さってしまう。
「っ……」
「ユウちゃん!!」
「どうした人型精霊。その程度のジルでは、お前の愛しい勇者が死んでしまうぞ?」
「っ……」
その挑発はまるで、チサトが本気を出していないことを前提にしているような口ぶりだった。思わずチサトはキッとツキマを睨みつけるが、当の本人は痛くも痒くもないといった様子である。
チサトは揺れていた。だが、すぐに自らの中で決断を下す。ぎゅっと固く握りしめた拳を震わせると、チサトは自らを奮い立たせるのだった。
ユウタロウはチサトとクレハを連れ、転移術によってここまでやって来ていたが、彼らの傍にクレハの姿はない。ユウタロウはチサト一人を連れ、屋敷に侵入すると、スザクの気配を追って駆け出した。
照り付ける陽射しに顔を顰めつつ、ユウタロウは壁の影からスザクの捕らえられている庭園を覗き込む。
拘束されたスザクは気を失っており、ユウタロウは軽く舌打ちしてしまう。
『ユウちゃん……どうするの?』
『……チサト。俺から離れんじゃねぇぞ』
『?……うん』
チサトが小声で尋ねると、ユウタロウは少し間を置き、真剣な声音でそう呟いた。この状況で何故スザクではなく、チサトの心配をするのか不思議に思い、彼女は首を傾げたが、問いただすことも出来ず首肯した。
ユウタロウはスザクのすぐ傍に佇むツキマを睨み据えると、そのまま彼らの前に姿を現した。
「来たか。ユウタロウ」
「そりゃ、仲間を人質に取られた以上、来るしかねぇだろう」
「これにそんな価値があるようには思えないが……まぁ、俺としてはお前をおびき寄せられればどうでもいいのだが」
気絶するスザクを見下ろすと、ツキマは理解できないといった表情で呟いた。すぐに興味を失ったように顔を上げると、ツキマは抜刀した刃をスザクの首元に突きつける。
「俺はまどろっこしいことは嫌いだ。ユウタロウ、ロクヤの居場所を吐けば、スザクの命は助けてやるぞ」
「はぁ……ロクヤとスザクどっちか選べってか」
「あぁ。スザクを選んだ方が得策だとは思うがな。何せ、今ロクヤを庇ったところで、俺はロクヤの捜索をあきらめるつもりなど毛頭ないのだから」
「いや。ガチでロクヤとスザクのどっちかしか選べねぇなら、俺は百パーロクヤを選ぶが」
ユウタロウが真顔でサラリと、スザク見殺し宣言をすると、意識を失っているスザクが「うぅ……ん」と悪夢にうなされている様な声を上げた。
そんなスザクの苦悶お構いなしに、ユウタロウは真っすぐツキマを見据える。
「だけどな、ロクヤもスザクも、大事な俺の家族だ。俺は俺のもんを簡単に諦めるほど、物分かりのいい人間じゃねぇからな。ロクヤもスザクも……お前なんかの好きにさせるかよ」
ユウタロウが精悍に言い放った刹那、ツキマはハッと目を見開くと、すぐさまスザクへと視線を移す。すると、まるでツキマの視線の流れを読んでいたかのような閃光が走り、ツキマは思わず目を細めた。
それでもツキマには見えていた。目を細める直前、視界の端でスザクの拘束を解くクレハの存在があったことに。
閃光が止み、そっと目を開いた時には既に、人質であるスザクの姿はなく、ツキマ以外の重鎮らは周章狼狽した。
一方のツキマは、スザクを攫った張本人であるクレハを探す。すると、クレハはスザクを肩に抱えた状態でユウタロウの背後に控えており、ツキマは思わず辟易としたため息をつく。
「はぁ……クレハ…………木の上に潜んでいたのか。流石というべきか……気配が感じられなかったな」
「そりゃあんた、コイツがどれだけ普段木の上から俺のことストーキングしてると思って」
「主君。某の隠密能力が優れているということでよいと思うのだが」
素直に自身の実力を肯定してくれないユウタロウに、クレハは少々不満げな表情を覗かせる。
クレハは勇者一族の屋敷に到着した後、ユウタロウとは別行動を開始していた。その目的は、ユウタロウがツキマの気を引き付けている間に、囚われのスザクを回収すること。
クレハはユウタロウの後を追いつつ、スザクを回収するタイミングを見計らっていたのだ。
「クレハ。お前はスザク連れてさっさと下がれ」
「っ!しかし主君っ……」
遠回しに逃げろと命じられたクレハは、納得いかない様子で反論の弁を述べようとした。だが、それを許さないユウタロウの冷たい眼差しがクレハを捉える。
「スザクを抱えた状態のお前がいても足手纏いだ。それよりも、スザクを安全な場所まで連れて行ってから加勢に来い。……言っておくが、これは勇者としての命令だ」
「っ!…………承知いたした」
クレハはぐっと歯噛みすると、俯きがちに呟いた。ユウタロウの言い分は正論で、反論の余地はなかった。加えて、クレハは勇者であるユウタロウと血の契約を交わした配下。そんな彼がユウタロウに、勇者の名の下に命令されれば、否と答える術はない。
普段は勇者として命令することなど全くないユウタロウを知っているからこそ、クレハは彼の意思を尊重した。
クレハはスザクを抱えたまま高く跳躍すると、周辺の木々を渡りつつ、その場を後にした。
「っ!おい待てっ!……おい。早くクレハを捕らえに……」
「やめておけ」
重鎮の一人が狼狽えた様子で消えたクレハを追跡しようとするが、ツキマの冷たい呼びかけによって妨害される。
だが、その重鎮は何故ツキマが制止するのか理解できず、食い下がるように彼に進言した。
「なぜお止めになるのですかっ!?あの者らを捕縛しロクヤの居所をっ……」
「お前ら如きがクレハに敵うと本気で思っているのか?だとしたら非常に不愉快だな」
「なっ……」
直球で貶された事実に絶句しつつ、その重鎮は怒りで拳をわなわなと震わせてしまう。クレハはその重鎮にとって、自身の子供よりも年下の若造でしかなく、加えて操志者としての才もない、平たく言えば侮蔑の対象でしかなかった。
そんなクレハよりも劣っているとツキマに明言され、眉を顰めるのを堪えられるほど、その重鎮はできた人間ではない。
「勝ち目のない勝負に挑むよりも、お前たちは侵入者の対応の応援に行け。既にネズミが何匹か潜り込んでいるようだからな」
「ですが……」
「同じことを何度も言わせるな。ユウタロウ相手に、お前たちは足手纏いにしかならないと、どうすれば理解してくれるんだ?……あまり、俺を苛つかせないでくれ」
ここまで言われて否と唱えられる者はおらず、ツキマの傍に仕えていた重鎮らはその場から立ち去った。
その間、ユウタロウは重鎮らを叱責したツキマを異質な物を見るような目で捉え、警戒心をあらわにしていた。
「アンタ……俺らのこと好きなのか嫌いなのかよくわからねぇな」
「強者は好ましい。弱者は存在自体が腹立たしい。そして、勇者という存在の価値を理解していない人間には虫唾が走る」
「あっそ」
相変わらずの勇者至上主義と、遠回しにユウタロウの存在に虫唾が走ると伝えられ、彼は死んだ魚のような目になってしまう。
「さて。邪魔者も消えたことだし、お前を半殺しにしてロクヤの居所を聞き出すとするか」
「俺がそう簡単にやられるとは、思ってねぇんだろ?」
「当然だ。お前はこの勇者一族で唯一、俺よりも強い戦士なのだからな」
「……あんた、矛盾って言葉知ってるか?」
ツキマはユウタロウを戦闘不能に陥らせることで、ロクヤの居所を探ろうとしているようだったが、先の言い分を聞く限り、ツキマがユウタロウに勝つことは不可能だ。
ツキマがユウタロウとの戦力差を理解しているのであれば、単独で挑んできたことに疑問が生じる。ユウタロウが怪訝そうに尋ねてしまうのも当然である。
「俺がお前のような強者相手に、何の対抗策もなしに挑むとでも?」
「っ!」
ツキマは不敵に微笑むと、懐から笛のようなものを取り出した。その笛を一瞥すると、それが見覚えのある代物であることに気付き、ユウタロウは目を見開く。
その笛は、以前チサトを攫った仮面の組織の構成員が所持していたもので、高レベルの災害級野獣を呼び出すことのできるものだ。
(あの笛……仮面の野郎共が持ってたやつじゃねぇか……やっぱ。生徒会長が初っ端から予想していた通り、一族が仮面の組織と関わっているのは間違いねぇってことか)
笛の出現により、ユウタロウは警戒心を露わにする。ツキマは手にした笛を口元に運ぶと、ビィーっとその音を鳴らした。耳を劈く様な騒音に、思わずチサトは耳を塞ぐ。
ユウタロウは災害級野獣の襲来の備えるように剣を抜くと、周囲に警戒の網を張る。
すると、ユウタロウの待ち構えていた存在は、空から姿を現した。
全長約五メートル、大きな翼は白く雄々しく、広げると庭園を埋め尽くしてしまうほど。その趾は鋭く、触れただけで切り裂かれてしまいそうだ。きりっと鋭い眼光はユウタロウを獲物として捉えており、身体中から殺気が漏れ出ている。
鳥類の災害級野獣であることは一見してすぐに理解できたが、それがどれ程のレベルなのかは判断できなかった。
「ぐぎゃああああああああああああああああああああああああああ!!」
「っ……」
災害級野獣は劈く様な咆哮をあげると、何の躊躇いもなくユウタロウに襲い掛かる。ユウタロウは「チサトっ!!」と、彼女のジルを求めると、剣にジルを纏わせて対抗した。
災害級野獣は殺傷力を持った自らの羽を数え切れぬ程飛ばし、ユウタロウは炎を纏った剣でそれらを燃やした。すると、間髪入れずに身体強化術によって瞬発力を上げたツキマが、鋭い回し蹴りを入れてくる。
咄嗟にその蹴りを腕で庇ったユウタロウは、数メートルほど側方に飛ばされるが、体勢を崩すことはなかった。
だが、今度は災害級野獣による鋭い攻撃が待っていた。災害級野獣はその鋭い趾を振り下ろすが、ユウタロウはそれを剣で受け止める。
両者の力が拮抗する中、ツキマは氷を纏わせたその刃でユウタロウの首元を容赦なく狙う。その冷たい刃がユウタロウの頸動脈を掻き切ろうとする直前、咄嗟に彼は結界を張ってその攻撃を防いだ。
「ほう。よく反応したな」
「そりゃどうもっ!!」
ユウタロウは趾の力の向きを読み、受け止めていた剣を滑らせ攻撃を流すと、災害級野獣に回り蹴りをかまし、ツキマの元へ飛ばした。
猛スピードで迫ってくる災害級野獣を軽々と受け止めると、ツキマは何やら思案するように動きを止めた。
「ふむ……やはりこの程度の災害級野獣では不足だったか……仕方ない」
「?」
ユウタロウが怪訝そうな視線を向けると、ツキマは即座に行動に移した。受け止めた災害級野獣の首を片手で掴むと、その身体に異変が生じ始める。
災害級野獣の身体全体が淡い光を纏ったかと思うと、刹那の内にその全てが光の粒と化し、ツキマの身体へと吸収されていったのだ。
「なっ……!」
信じられない光景を前に、ユウタロウは言葉を失う。一方、災害級野獣をその身の内に取り込んだツキマは涼しい相好だったが、対照的に彼の身体には顕著な変化が訪れていた。
爪は鋭く趾のように伸び、腕を中心に身体には羽がびっしりと生え、その姿は亜人その者であった。
「なんだよその技……」
「亜人は人間と動物の特性を持ち、自らが生み出したジルの操作を可能にしている。これは災害級野獣の特徴に酷似している。つまり、亜人と災害級野獣は生物学的にとても近しい存在で、親和性が高いんだ。だからこそ、操志者として優れた技術を持つ亜人であれば、こういった技も可能になる。普通の人間であれば、拒絶反応で死に至ることもあり得るだろうがな」
普通の人間はジルを生み出すことさえできないが理性があり、動物は理性すらないものの、ジルを生み出すことが出来る。両者の利点を兼ね備えた存在を求めた結果、誕生したのが亜人という種族だ。
そんな亜人と、動物でありながらそのジルを操ることのできる災害級野獣は、確かにその特徴が酷似している。
ツキマは一変した自身の身体を見つめると、思い切り顔を歪ませてため息をつく。
「それにしても……醜いな。せっかくあの醜い耳を斬り落としたというのに……お前を片付けたら、早々に災害級野獣を追い出さなくては」
苛立った声音で呟くと、ツキマは徐に右手を挙げた。
刹那、ユウタロウの周囲を取り囲むように大量の羽が出現し、思わずチサトは「ユウちゃん!!」と声を荒げた。抜け出る隙間も与えてくれない大量の羽は、一斉にユウタロウの元へ突撃していく。
ユウタロウは剣にチサトのジルを最大限込め、それを炎に変換し、襲い掛かる羽の刃を燃やし切ろうと試みた。
(くそっ……ジルが足りないかっ)
だが、大量の羽を自らの身体に到達する前にすべて燃やし切るには、ジルの威力が足りなかったのか、いくつかの羽はユウタロウの身体を掠めていき、その内の一枚が肩に突き刺さってしまう。
「っ……」
「ユウちゃん!!」
「どうした人型精霊。その程度のジルでは、お前の愛しい勇者が死んでしまうぞ?」
「っ……」
その挑発はまるで、チサトが本気を出していないことを前提にしているような口ぶりだった。思わずチサトはキッとツキマを睨みつけるが、当の本人は痛くも痒くもないといった様子である。
チサトは揺れていた。だが、すぐに自らの中で決断を下す。ぎゅっと固く握りしめた拳を震わせると、チサトは自らを奮い立たせるのだった。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
バーンズ伯爵家の内政改革 ~10歳で目覚めた長男、前世知識で領地を最適化します
namisan
ファンタジー
バーンズ伯爵家の長男マイルズは、完璧な容姿と神童と噂される知性を持っていた。だが彼には、誰にも言えない秘密があった。――前世が日本の「医師」だったという記憶だ。
マイルズが10歳となった「洗礼式」の日。
その儀式の最中、領地で謎の疫病が発生したとの凶報が届く。
「呪いだ」「悪霊の仕業だ」と混乱する大人たち。
しかしマイルズだけは、元医師の知識から即座に「病」の正体と、放置すれば領地を崩壊させる「災害」であることを看破していた。
「父上、お待ちください。それは呪いではありませぬ。……対処法がわかります」
公衆衛生の確立を皮切りに、マイルズは領地に潜む様々な「病巣」――非効率な農業、停滞する経済、旧態依然としたインフラ――に気づいていく。
前世の知識を総動員し、10歳の少年が領地を豊かに変えていく。
これは、一人の転生貴族が挑む、本格・異世界領地改革(内政)ファンタジー。
貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。
黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。
この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。
悪徳貴族の、イメージ改善、慈善事業
ウィリアム・ブロック
ファンタジー
現代日本から死亡したラスティは貴族に転生する。しかしその世界では貴族はあんまり良く思われていなかった。なのでノブリス・オブリージュを徹底させて、貴族のイメージ改善を目指すのだった。
御家騒動なんて真っ平ごめんです〜捨てられた双子の片割れは平凡な人生を歩みたい〜
伽羅
ファンタジー
【幼少期】
双子の弟に殺された…と思ったら、何故か赤ん坊に生まれ変わっていた。
ここはもしかして異世界か?
だが、そこでも双子だったため、後継者争いを懸念する親に孤児院の前に捨てられてしまう。
ようやく里親が見つかり、平和に暮らせると思っていたが…。
【学院期】
学院に通い出すとそこには双子の片割れのエドワード王子も通っていた。
周りに双子だとバレないように学院生活を送っていたが、何故かエドワード王子の影武者をする事になり…。
3歳で捨てられた件
玲羅
恋愛
前世の記憶を持つ者が1000人に1人は居る時代。
それゆえに変わった子供扱いをされ、疎まれて捨てられた少女、キャプシーヌ。拾ったのは宰相を務めるフェルナー侯爵。
キャプシーヌの運命が再度変わったのは貴族学院入学後だった。
【完結保証】僕の異世界攻略〜神の修行でブラッシュアップ〜
リョウ
ファンタジー
僕は十年程闘病の末、あの世に。
そこで出会った神様に手違いで寿命が縮められたという説明をされ、地球で幸せな転生をする事になった…が何故か異世界転生してしまう。なんでだ?
幸い優しい両親と、兄と姉に囲まれ事なきを得たのだが、兄達が優秀で僕はいずれ家を出てかなきゃいけないみたい。そんな空気を読んだ僕は将来の為努力をしはじめるのだが……。
※画像はAI作成しました。
※現在毎日2話投稿。11時と19時にしております。
※2026年半ば過ぎ完結予定→七月に完結(決定)
『スローライフどこ行った?!』追放された最強凡人は望まぬハーレムに困惑する?!
たらふくごん
ファンタジー
最強の凡人――追放され、転生した蘇我頼人。
新たな世界で、彼は『ライト・ガルデス』として再び生を受ける。
※※※※※
1億年の試練。
そして、神をもしのぐ力。
それでも俺の望みは――ただのスローライフだった。
すべての試練を終え、創世神にすら認められた俺。
だが、もはや生きることに飽きていた。
『違う選択肢もあるぞ?』
創世神の言葉に乗り気でなかった俺は、
その“策略”にまんまと引っかかる。
――『神しか飲めぬ最高級のお茶』。
確かに神は嘘をついていない。
けれど、あの流れは勘違いするだろうがっ!!
そして俺は、あまりにも非道な仕打ちの末、
神の娘ティアリーナが治める世界へと“追放転生”させられた。
記憶を失い、『ライト・ガルデス』として迎えた新しい日々。
それは、久しく感じたことのない“安心”と“愛”に満ちていた。
だが――5歳の洗礼の儀式を境に、運命は動き出す。
くどいようだが、俺の望みはスローライフ。
……のはずだったのに。
呪いのような“女難の相”が炸裂し、
気づけば婚約者たちに囲まれる毎日。
どうしてこうなった!?
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる