レディバグの改変<W>

乱 江梨

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第二章 過去との対峙編

109.彼が陽の光を浴びる時-戦闘編-3

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「どうした人型精霊。その程度のジルでは、お前の愛しい勇者が死んでしまうぞ?」


 ユウちゃんが、死ぬ……?

 それは、チサトにとって信じ難い、あり得ない可能性だった。
 理由はいくつかある。

 ユウタロウはこの国最強と言っても過言ではない程優れた戦士であり、殺しても死なないような強靭な肉体、精神を兼ね備えている。

 そして何より。そんな彼が如何なる敵にも立ち向かえるよう、人型精霊である自分が守っているのだから――。


「っ……!」


 チサトはハッとし、息を呑む。
 自分は本当にユウタロウを守れているのか?今まで、真面に守ったことがあっただろうか?

 本気で、全身全霊で、彼を守ろうと奮起したことはあっただろうか?

 ――否。

 何故ならチサトは、自身の本来の力を解放し、ユウタロウに貸し与えたことがないから。

 ――彼女がユウタロウと契約し、一生彼の下で生きていくと決めたその日を除いて。

 ********

 ――十四年前。

 アオノクニの中で、三本の指に数えられるほどの大森林の一つである森の中、チサトは伸び伸びと生活していた。

 その森には多くの動物、災害級野獣、精霊が住み、美しい自然に恵まれていた。その中でも、一際目を引く存在だったのが、人型精霊のチサトである。

 人型精霊はその存在自体が希少である上、この世のものとは思えないほどの美しい容姿をしている。そんな人型精霊であるチサトは、まさにこの森の花であり、主と言っても過言でない程であった。

 人型精霊はその名の通り、人の姿をしている為、例え契約者がいなくとも人里で暮らすのに不便はない。だが、彼女は決して人里に下りようとはしなかった。

 理由は簡単。彼女が極度の人嫌いだからである。

 チサトが森に籠ってしまうほどの人嫌いになったのには、過去の出来事が起因している。もちろん、精霊をジル産出の道具としか見ていない人間が多くいるというのも理由の一つで、元々彼女は人間に好意的ではなかった。

 だが、チサトのトラウマとも呼べるその出来事が決定打となって以来、彼女は人間との関わりを一切断つようになっていた。


『化け物っ……!』

「っ……」


 悪夢のように何度も襲ってくるその記憶に苛まれてしまうと、美しいかんばせを歪めてしまう程。

 美しく広大な森の中、特に大きく聳え立つ樹木の幹に背を寄せ、むかむかとした思いを顔面に張り付けていた時だった。

 ――彼がやって来たのは。


「うぉ。人型精霊がいる」
「…………」


 チサトは茫然自失とした。いや、そうする他なかったというのが正確な表現だろう。

 その存在自体が、不可解でしかなかったのだ。
 まず、この森は災害級野獣を含めた、野獣や精霊にとってのオアシス。人間が一歩踏み込んで無事で済まされるような森ではない。災害級野獣はもちろんのこと、精霊は契約者でもない限り、人間を助けようとすることがほとんど無い。つまり、森に迷い込んだ人間が森に住まう野獣に襲われていようと、手助けすることがないのだ。

 そんな森で人間が五体満足な状態で彷徨っていること自体が不可解なのだが、相手は年端もいかない少年。不気味としか言えなかった。

 その上、少年はチサトを「人型精霊」と呼んだ。人型精霊は人の姿を成している為、外見だけで人間か精霊かの判断を下せる者は少ない。その判断を下せるのは、精霊の秘めるジルを感じ取ることのできる優れた操志者だけだ。

 つまりこの異質な少年は、その優れた操志者に該当されるということになる。

 その為チサトは、警戒心を最大限に高めてから口を開いた。


「あなた……誰?どうしてこの森に?」
「俺はユウタロウ。この森には訓練に最適な野獣とかがわんさかいるって聞いたから、ちょっくら野獣を狩りに来たんだけどよ……あんた、名前は?」
「はぁ?私が人間如きに名前を教えるわけないじゃない。目障りだから消えて頂戴」


 不倶戴天の仇を見るような冷たい眼差しで睨み据えると、チサトは舌鋒鋭く言い放った。するとユウタロウは、不可解そうに首を傾げる。


「なんだ?あんた人嫌いか」
「えぇそうよ。見ているだけで吐き気がするわ」
「ふぅん」
「…………」


 興味のなさそうな声を上げるだけで、一向にその場から離れようとしないユウタロウ。思わずチサトは間の抜けた表情でユウタロウを凝視してしまう。


「「…………」」
「ちょっと」
「ん?」
「聞こえなかったの?私は人間が嫌いなの。不愉快だからさっさとここから立ち去りなさい」
「俺迷子」
「はぁ?」
「迷子だから行くとこねぇ」
「……」


 ユウタロウのあまりのふてぶてしさに、チサトは絶句してしまう。観念したような、呆れたような深い深いため息をつくと、チサトは顔を上げた。


「はぁああああああああ……仕方ないわね。私が出口まで案内してあげるから」
「おー。わりぃな人型精霊」
「ただしっ!もう二度とこの森には近づかないように。あと、人型精霊って呼ばないで」
「はぁ?てめぇが名前教えねぇからだろ?」
「……チサトよ」


 チサトは元々、人型精霊としての力を誇りに感じていると同時に、人型精霊であることにコンプレックスも抱いていた。

 人型精霊と不躾に呼ばれるよりはマシかと、チサトは自身の名前を名乗った。同時に、森への出口に案内する為に歩を進め始めた。
 ユウタロウは、そんなチサトの背中に黙ってついていく。


「へぇ。いい名前じゃん」
「当たり前でしょ。というか、人間如きに褒められても嬉しくないわ」
「……この森に住んでるのは、人間が嫌いだからか?」
「もちろんよ。それに、私はこの森が好きなの。私には、この森を守る責任がある。だからここにいるのよ」
「守るって?」
「あんたみたいな馬鹿な人間共が、この森を荒らしに来ないとも限らないじゃない」
「人型精霊はジルを操ることが出来ねぇから、戦闘には不向きだろ?なんでそこまで」


 精霊の中にはまれに、己の生み出したジルを操ることのできる希少種が存在する。一方で人型精霊は通常の精霊よりも膨大なジルを生み出すことが出来るが、契約者がいなければ己のジルを操ることが出来ない。

 ユウタロウは不思議そうな表情で尋ねた。


「……例え敵を屠る力がなくとも、愛するものを守れないような女にはなりたくないもの」
「っ!」


 チサト自身、己一人では何の力もないことは重々承知していたのだろう。少し俯きがちな表情で、彼女は本音を吐露した。瞬間、ユウタロウは雷に打たれたかのような衝撃に目を見開く。


「……?なに」


 何故かこちらを凝視してくるユウタロウに疑問を抱いたチサトは、怪訝そうな表情で尋ねた。

 するとユウタロウは、数秒の間を置いた後、突拍子もないような発言を漏らす。


「……ほれた」
「は?」
「俺、アンタに惚れたわ」
「…………………………は?」


 チサトの呆けた声が、その広大な森にポツンと響き渡った。

 ********

(げっ……また来てるわ、あの子……)


 数日後。チサトは木の影から見つけてしまった人物に、思わず眉を顰めてしまう。

 あの日以降、ユウタロウは事あるごとにこの森を訪れては、チサトに求婚するようになっていたのだ。

 チサトとしては、何故ユウタロウが自身に好意を向けてくるのか理解出来なかった為、これまでの彼の一連の行動に対しては当惑する他ない。

 チサトは人間嫌いである故、人間からの好意――ましてや恋慕の情など、迷惑以外の何物でもなかった。なるべくチサトは、ユウタロウとの接触を避けようとしているのだが、何故か毎度一瞬で見つけられてしまうのだ。

 一度、なぜそんなにも早く居場所を特定できるのか問いただしたことがあるのだが……。


『勘』


 と、ぶっきら棒に答えられたときは、正直チサトも怖気が走った。

 ユウタロウとしては、チサトの気配を感知しているということを伝えたかったのだが、言葉が足りないばかりに不気味さを増長させていた。

 そして今日も今日とて、チサトはあっさりとユウタロウに見つかってしまう。


「チサト。俺と結婚する気になったか?」
「なるわけないでしょ馬鹿じゃないの?そもそも、精霊と人間が結婚できるわけないじゃない」
「安心しろ。将来的に俺が法律変えてやるから」
「重いわよ!」


 なぜか自信満々の相好でサラリと問題発言を投下してきたユウタロウに、チサトは眩暈のする気分である。


「そもそも、私最初に言ったわよね?もう二度とこの森には近づかないようにって」
「それを了承した覚えはないんだが」
「うっ……」


 確かにユウタロウは来ないと明言しておらず、チサトは自身の確認不足を呪ってしまう。途轍もなく苦々しい表情を窺わせたチサトを、ユウタロウは呆れたように見つめる。


「もう諦めて俺のもんになれよチサト。往生際が悪いぞ」
「アンタにだけは言われたくないわ、アンタにだけは!」


 ユウタロウと出会って以降、心休まる日もない生活を強いられており、チサトは疲れ切ったため息をこぼす。

 悩みの元凶であるユウタロウをキッと鋭い眼差しで捉えると、チサトはムスッとした表情で疑問を投げかける。


「大体、アンタ私のどこが好きなのよ。顔?」
「全部」
「それ答えになってないから」
「めんどくせぇな、お前」
「だからアンタにだけは言われたくないのよっ!」


 この調子で、ユウタロウとチサトの攻防は続き、彼らが出会ってから一か月以上が過ぎようとしていた。

 いつしか、ユウタロウが訪ねてくるのを心待ちにしている自身の存在にチサトは気づく。それに気づけない程、彼女は鈍感ではない。

 過度な人間嫌いになって以降、人を避けて生活してきたチサトは常に一人で、こうして誰かと会話をして、その温かさに触れる機会に恵まれなかった。だからこそ、近頃のユウタロウとの対話はとても新鮮で、チサトが封印してきた感情をこじ開けようとする威力があった。

 ユウタロウが彼女の嫌う部類の人間でないことぐらい、初めて会った時から理解していた。彼がチサトの人型精霊としての力目当てで近づいてきた訳ではないことも、同時に理解していた。

 それでも――。


『化け物っ……!』


 真の意味で彼を信じ切ることは、どうしてもできずにいた。


(どうせあの子も、私の本当の姿を知ったらきっと……)


 ――離れていくだろう。

 そんなことは、最初から分かっていたことだった。本当の自分を知って、それでもユウタロウが今まで通り好いてくれることなど、絶対にありえない。チサトにはその確信があった。

 だからこそ、チサトは自身の本当の姿を晒すつもりなど毛頭なかった。

 それでももし、自身が本来の姿を一生隠し通せたのなら、ユウタロウといい関係を築けるのではないか?

 チサトがそんな淡い希望を抱くほどに、ユウタロウに心を許し始めた頃だった。

 あの事件――二人にとっての運命の日を迎えたのは。

 ********

 その日はどんよりと曇った、小雨の降るあまり気持ちの良くない天気だった。今日もユウタロウは来るのだろうか?と、チサトが不安げな表情で空を見つめていると、それは唐突にやって来た。

 ドーン!!!!


「っ!?」


 大木がなぎ倒されたような轟音が森中に響き渡り、チサトは鳥肌を立たせた。轟音の発生したであろう方向を振り向くと、そこにはレベル四相当の災害級野獣がいた。

 手負いなのか、その災害級野獣は苦し気で、興奮状態であることは手に取るように分かった。

 レベル四の災害級野獣がいることが問題なわけではない。この森にはそういった野獣は多く生息している為、チサトも何度か見たことがあった。問題なのは、その災害級野獣が傷を負ったせいで暴れていることであった。

 森に住まう災害級野獣は、人間側が何か仕掛けない限りほとんど無害である。彼らが人里に下りて悪さをするのは、食糧難に陥っている場合か、人間に操られている場合がほとんどだからだ。

 そんな災害級野獣がこのような興奮状態で、かつ傷を負っているとなると、何者かが不用意に災害級野獣に勝負を挑んだ可能性が高い。


「っ……また人間が余計なことをっ……」


 チサトは自らに迫る危機を前に身震いしつつ、痛いぐらいに拳を握り締めるのだった。

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