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第2章 出逢い
2-6 龍鱗
しおりを挟む「イスカ」
兄の部屋を通り過ぎてすぐの廊下、背後から呼び止められて歩みを止める。振り向けば部屋の入り口に立つ兄の姿があった。
「入りなさい」
「……はい」
祠へ行くつもりだったのだが、これは無視できないだろう。いつもより少しだけ硬く厳しい声に警戒しながら出入口に垂れる御簾をくぐる。
作業卓の前、いつもの位置に陣取る兄の前に自分も円座を運び腰を下ろした。
じっとこちらを見据える兄の視線。居心地の悪さを感じて身じろぎする。
「……イスカ」
度々集落を抜け出していること、布団や薬を持ち出したこと、祠に見知らぬ異形の青年を匿っていること……今のイスカには隠さねばならないことがあまりにも多かったから、不意に差し出された兄の掌に戸惑った。
「お兄様……?」
「懐に何を入れている?」
懐……この懐には。
「出しなさい」
こくりと喉が鳴る。
そこには件の青年が落とした鱗があった。半透明な乳白色の鱗は虹を内包しているかのような光沢を纏い、薄くしなやかで乙女たるイスカには大変魅力的だった……つまり持って帰ってきてしまっていた。
どう見ても貝殻ではなく、どう考えてもこの辺りで通常見られる魚の鱗としては大き過ぎる。おそらく兄に下手な誤魔化しは効かない。
差し出された掌をじっと眺め……諦めた。
イスカの育てる花が抱いている花弁ほどに大きな鱗。取り出して、そっと兄の掌に置く。
兄はその鱗をじっと眺め、ふっと短く息を吐いた。
「……先程煮たニカワが少々余っていてな」
何が何だかわからないが、少し待っていなさいと言われたので待つことにする。窓格子の外を気にするのにも飽きてきた頃、兄はイスカの掌にそっとそれを乗せた。
「穴が開かなかったのだろう?」
その通りだ。厚い貝殻にも穴を開けられる錐を使ったのに傷すら殆ど付かなかった。
鱗の端を挟んだ木製の留め具には穴が空けられ、紐が通されている。
「あまり表面を荒らせなかったから強度には少々不満があるが…装身具に過ぎた乱暴な扱いをしなければ問題あるまい」
「……お兄様」
「鱗の主に宜しく申し上げてくれ」
こちらに背を向け作業卓に向き直ってしまったところを見ると、話はこれで終わりらしい。どこか釈然としないものを感じながら席を立つ。さらりと御簾を上げたとき、背中から兄の声が追いかけてきた。
「……自分の感じたものだけを信じろ」
思わず振り返る。
兄はこちらを見ていなかった。俯いたまま手にした小刀を拭っている。
「惑わされるな。誰に何を言われようとお前の感じたもの、それが全てだ」
「……解ったわ」
首に掛けた鱗を懐の奥に仕舞い込み、踵を返す。駆け出す。一刻も早くあの場所へ行きたくて。
──あの青年……『ツミ』に会いたくて、逢いたくて。
だからイスカは気付かなかった。
思い至らなかった。
兄の声が、微かに震えていたことに。
兄が、龍鱗を知っていたことに。
そして、イスカに与えたその細工と同じものをその胸元から取り出したことに。
その色は、銀。
穏やかで静かな月の光を思わせる銀色をしていた。
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