紅き鬣と真珠の鱗

緋宮閑流

文字の大きさ
17 / 34
第2章 出逢い

2-7 トビラ

しおりを挟む

また来た。
このイスカというニンゲン、よほど暇なのか陽が落ちて昇る度にやってくる。こちらはマトモに休む隙も無い。そして来るたびにふかふかした食べ物ととろりとした甘い水を持ってくるのだが、これがウマい……ではなくて、そんなに頻繁に持ってこられても困ってしまう。ちなみに、塩気が欲しいと言ったら『オキアミノシオヅケ』とかいうのを持ってきてふかふかに挟んで寄越した。これがまたなかなかに上等だったのでそこは不問としたい。
それはともかく、一日一回はちゃんとゴハンを食べなさい、と諭されてしまったわけなのだが流石に満腹なのだ。
「龍神様って食が細いのね」
……しかも龍族と神族を混同している。
何度か訂正したのだがよく理解できないらしい。
「お前こそよく毎日毎日メシ食えンな……」
説明しても時間の無駄だ……というか、ニンゲンという生き物がそういうものなのだろう。龍を神と崇め、毎日毎日飯を食う。それが彼女らの習慣なのだ。
そういえば、泳ぎながらずーっとオキアミを食い続けている魚もいるな、と思い当たった。それに比べれば毎日食事をするなどという習慣も驚くほどのことではないのかも知れない。
「毎日って……一日三回食べるわよ?」
……要は燃費が悪いのだ。
はい、と渡されたものに目を落とす。ここ数日で見慣れたそれは砂岩にも似た肌触りの、あまりにも水物を入れるのに特化した形。土を捏ねて炎で炙るとこういうものになるらしい。その中で光を反射して揺れるのは、海藻と海水から作り出したという『コブチャ』。飲用に特化し味を付けた水なのだそうだ。
ニンゲンとは、何なのだろう。
この世界にあらかじめ用意されたものでは満足せず自分たちで手を加えたものを使って生きる種族。他の種族たちとはあまりにも違い過ぎて、混乱する。
「どうしたの?」
「……なんでもねぇよ」
覗き込むイスカには適当に返して『コブチャ』に口をつけた。悔しいがこれもウマい。
「あ、そうだ。あなたにことわらないといけないと思っていたのだけれど」
何を改めてと構えているとごそごそと胸元を探り、イスカはそれを取り出した。
「あなたの鱗、落ちていたのを一枚貰ってしまったの」
見れば一枚の鱗を首から下げている。見覚えのあるそれは確かに自分の鱗だ。
そういえばあちこち鱗が剥がれかけた状態で『オクスリ』の痛みに転げ回った。数枚くらいは剥がれていても不思議は無い。
「……物好きだな」
身体に戻るわけでもなし、剥がれた鱗の一枚や二枚構わない。しかし、ただ白いだけで何も面白くはなかろうに。
「そう?とても綺麗よ?」
指に挟んだ鱗を光に当て、楽しんでいるように見える。まぁ光を反射させれば少しはマシなのかもしれないが、綺麗と表現するには程遠い。本当に美しいものを見たことが無いのかもしれない。少し哀れだ。
それにしても。
まだ彼女の目的が見えない。ここに自分を監禁し、龍型を封じたかと思えば甲斐甲斐しく世話をする。剥がれた鱗一枚にお伺いをたててくる。行動に一貫性が無さ過ぎて無駄に神経が擦り減るのだ。
「……なぁ」
──直接問いただしたら答えるだろうか。
「どうしてオレをここに閉じ込める?オレの龍型を封じたのはなんでなンだ?」
イスカは目を見開いてぱちくりと瞬きを繰り返す。これは彼女の驚きを表す表情だ。
そんなにおかしな質問をしているつもりも無いのだが。
「いい加減ホントの理由を教えちゃくンねぇかな……」
「だから、手当てのためだって言ったじゃない」
確かにここに来てから手当てしか受けていない。だがしかし。
「ここに来てから龍にも戻れねぇ、あの岩も開かねぇ、でも食いもんは持ってくるしオレを喰う様子も無ぇ……いい加減頭がおかしくなりそうだ」
イスカは更に瞬きを繰り返す。
「……食べる??」
「ああ」
「……あなたを?」
「……他に誰が居ンだよ」
どうにも調子が狂う。正しい疑問をぶつけているつもりなのだが、イスカを見ていると自分のほうがおかしなことを言っているような気になってくるのだ。
「人型の生き物を食べる気にはあんまりならないわね」
眉の間にきゅっと皺が寄っている……が怒っているわけではないらしい。目を閉じて天を仰ぎ、うーんと唸っている。
「本当にね、怪我人を岩場に放っておくわけにはいかなかっただけなの。前にも龍型がどうのって言ってたけど、私あなたをここに連れてきて手当てした以外には何もしていないわ」
「少なくとも閉じ込めてはいるだろう」
そう、少なくともあの一枚岩は開かない。何か理由があるとしか思えないのだが。
「それもしていないわよ」
なのにイスカはあっけらかんと答えるのだ。
「この『トビラ』には『カギ』も無いし、出ようと思ったらいつでも出られるわよ?」
「は?……だって押しても……体当たりしたって動かなかったぞ?」
再びイスカが目を見開き……笑い出す。
「……な、なに笑ってンだよ……」
あまりにも笑うのでなにやら居心地が悪くなってきた。なにかこう、とてつもない醜態を晒しているような。
「……あはっ……ごめ、ごめんね……ふふ、よく考えたら、そうね。『トビラ』を知らなくても不思議ではないのだわ」
とたとたと脚が地面を叩く音が遠ざかってゆき、一枚岩の前で止まった。呼ばれている気がして立ち上がり、近付く。
「『トビラ』はね、一方向にしか開かないの」
イスカは岩の凹みに前脚の指をかけ、手前に引っ張る。眩しい光の帯が岩の縁に沿って広がった。
「こちら側からは、引っ張って開けるのよ」
久しぶりに見た洞窟の外、光の洪水が目を焼く中で岩場の向こうに見えたのは広大な海。

故郷への入口、だった。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

ちょっと大人な体験談はこちらです

神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な体験談です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

百合ランジェリーカフェにようこそ!

楠富 つかさ
青春
 主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?  ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!! ※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。 表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

あるフィギュアスケーターの性事情

蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。 しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。 何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。 この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。 そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。 この物語はフィクションです。 実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

まなの秘密日記

到冠
大衆娯楽
胸の大きな〇学生の一日を描いた物語です。

クラス最底辺の俺、ステータス成長で資産も身長も筋力も伸びて逆転無双

四郎
ファンタジー
クラスで最底辺――。 「笑いもの」として過ごしてきた佐久間陽斗の人生は、ただの屈辱の連続だった。 教室では見下され、存在するだけで嘲笑の対象。 友達もなく、未来への希望もない。 そんな彼が、ある日を境にすべてを変えていく。 突如として芽生えた“成長システム”。 努力を積み重ねるたびに、陽斗のステータスは確実に伸びていく。 筋力、耐久、知力、魅力――そして、普通ならあり得ない「資産」までも。 昨日まで最底辺だったはずの少年が、今日には同級生を超え、やがて街でさえ無視できない存在へと変貌していく。 「なんであいつが……?」 「昨日まで笑いものだったはずだろ!」 周囲の態度は一変し、軽蔑から驚愕へ、やがて羨望と畏怖へ。 陽斗は努力と成長で、己の居場所を切り拓き、誰も予想できなかった逆転劇を現実にしていく。 だが、これはただのサクセスストーリーではない。 嫉妬、裏切り、友情、そして恋愛――。 陽斗の成長は、同級生や教師たちの思惑をも巻き込み、やがて学校という小さな舞台を飛び越え、社会そのものに波紋を広げていく。 「笑われ続けた俺が、全てを変える番だ。」 かつて底辺だった少年が掴むのは、力か、富か、それとも――。 最底辺から始まる、資産も未来も手にする逆転無双ストーリー。 物語は、まだ始まったばかりだ。

敗戦国の姫は、敵国将軍に掠奪される

clayclay
恋愛
架空の国アルバ国は、ブリタニア国に侵略され、国は壊滅状態となる。 状況を打破するため、アルバ国王は娘のソフィアに、ブリタニア国使者への「接待」を命じたが……。

処理中です...