魔法の数字

初昔 茶ノ介

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2章:学園生活

落ちこぼれと天才

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私はとりあえずイジメられていた男の子の近くに行く。

「大丈夫…?」

「あぁ…ありがとう…ございます」

その男の子に手を出してとりあえず起こして、服についた土を叩き落とした。

「あの、あなたは…」

「あ…えっと…ちょっと…男子寮の寮長さんに…用があって…」

「そうなんですか…。あ、僕はヴェル・グラスといいます」

ヴェルくんはそう言ってぺこりと頭を下げた。

「あ…私は…うぅ…」

自分のことを話そうとした瞬間、薬を飲んだ時と同じ熱を感じた。

「だ、大丈夫ですか?……え?」

どうやら薬の効果時間が切れたらしく、私は元の姿に戻ったようだった。

「えっと…もしかして、1組のリンさん…ですか?」

「は…はい…」

さっきまでは大丈夫だったのに元の姿に戻ったとたん、知らない人と話をすることに急に恥ずかしさが出てきた。

「さっきまでの姿は…?」

「その…薬…で…」

「薬…?」

私は恥ずかしさを我慢して薬のことを話した。

「なるほど…じゃあさっきまでの姿はリンさんの10年後の姿というわけですね」

「ん…」

「そうなんですか…いや、歳上の人じゃなくても僕を助けてくれたことに変わりはないです。ありがとうございました」

「別に…たいしたことじゃ…ない…」

「そんなことないです!僕はリンさんの言葉に感動しました」

「え…?」

「上の人しか見てない…たしかに、強い人は常に上を見ているものだと…僕も思います」

「……ヴェルくん…は、なんで…いじめられてた…の?」

私の質問にヴェルくんは苦笑いを浮かべた。

「実は僕…得意属性が全色なんです。ほら」

そう言ってヴェルくんは魔筆で線を引くと銀以外の色が出ていた。

「え…すごい…」

「でも、魔力量が極端に少なくて、使える魔法の強さに限界があるんです」

たしかにさっき魔筆で線を引いた時、少し薄かった気がする。

「なんとか振り絞って2組には入れたんですけど、『宝の持ち腐れ』とか『才能の無駄遣い』とか色々言われてまして…」

なんだ…ただの腹いせか…。

「それ…ずっと…?」

「いえ、最近ですね…ちょっと色々あって…」

「色々…?」

何があったのか聞くとヴェルくんは苦笑いをして教えてくれた。

「実は、魔法の授業で魔力がなくなってしまい倒れたことがありまして…」

「え?大丈夫…だった?」

「その時は大丈夫だったんですが…魔力量のことがバレてしまい…2週間ほど前にさっきリンさんと話をしていた人と数人に襲われまして…」

「その時に…ボコボコに…されたの…?」

魔力の少ないヴェルくんを寄ってたかっていじめるなんて…許せ…
「あ、いえいえ。その時に返り討ちにしてしまったんです」

「えぇ?」

「実は僕の父さんが昔から教育熱心でして…僕の魔力量が少ないとわかったとたん、父さんは様々な剣術や武術の達人の方々に頼んで僕に何度も特訓をしていたので…」

「あぁ…」

なるほど…達人の人に教わってれば強くもなるよね…。

「じゃあ…どうして…反撃…しないの…?」

私の質問にまたヴェルくんは困ったように苦笑いを浮かべた。

「あまり言いたくないのですが…自分よりも相手が弱いからです」

「……?」

答えを聞いても私はヴェルくんの言っていることがよくわからなかった。
自分が、攻撃されていて相手が自分よりも弱いのなら反撃も容易いと思う。

「僕は…落ちこぼれですから…あの人達は1組に行けなかったけど魔力量も魔力の質も僕じゃ比べ物にならない…きっといつか昇組試験での合格を目指せるレベルだと、僕は思ってます。そんな人達を僕の一時の感情だけで怪我をさせるわけにはいきません」

昇組試験とは半年に1回、何らかのきっかけで才能があると判断された人達が受けられる試験で、合格すれば本人の希望で上のクラスにあげて貰えるらしい。
私はヴェルくんも十分昇組できると思うけど…同年代とはいえ、きっと魔法も使ったであろう数人を相手に1度は勝っているのだから…。

「ヴェルくんは…昇組を…目指さない…の?」

「僕なんかは無理ですよ。1組に上がれるのは魔法、武術を兼ね備えた人だけです。武術は鍛えればできるようになります。でも…魔法はセンスが必要。僕には目指したくても目指せないんですよ」

ヴェルくんはそう言ってまた笑みを浮かべた。

「…ヴェルくんの…その顔…嫌い…」

「え…?」

私はその顔を知ってる。パパにのことを聞いた時の私と同じ、あきらめと自分の感情を混ぜたような気持ちの時に作る顔。

「ヴェルくんは…1組に…なれる…でも…気持ちが…諦めてる…。私は…そういうの…嫌い…。ヴェルくんは…1組に…なりたくない…の?」

「でも僕は…」

まだグチグチ言うヴェルくんの手を握って、顔をぐっと近づけた。

「なれるか…じゃなくて…なりたいかを…聞いてる…の」

私の言葉を聞いてヴェルくんは下を向いた。

「僕は…なりたい…。1組になって…父さんの…期待に答えたい…」

「ん…じゃあ…協力…する」

「え…?」

「リンー!どこにいるのー?」

ヴェルくんの意思を聞いたところでハナちゃんたちが私を探しにきた。
そこで私はヴェルくんの危機的状況に気がついた。

「ヴェルくん…!逃げて…!」

「は、はい?」

「あの2人に…見つかると…細切れ…」

「こ、細切れ!?」

「いいから…明日の放課後…教室にいく…から」

そう言って私はヴェルくんを早くこの場を離れるように促し、ヴェルくんがなんだかよくわからないような感じだったが、私に1つ頭を下げて自分の部屋へ戻っていった。

「あ!いたー!どうしてこんな草むらの中にいるの?あ、薬の効果が切れて隠れてたのか…」

「う、うん…」

ヴェルくんが離れると同時にハナちゃんに見つかり、それとなくヴェルくんがいなかったことにできてよかった…。

「リン様!なんて格好を!すぐに寮に戻りましょう!」

「ん…」


私はぶかぶかの制服を落ちないように持って寮へ帰った。




ーーーーーーーーーーーー

「なれるかじゃなくて…なりたいか…か」

そう言ってヴェルは自分の寮の扉を開けた。

「あ、ヴェルくんおかえりぃ」

「リリス…またなんでいるんだい?」

「えぇ~?ヴェルくんのお部屋ぁ~相部屋の人いないしぃ~寂しくないかなぁ~って」

「だからってこんな週末にわざわざ女子寮からいつも僕の部屋にこなくてもいいだろ?友達がいないのかい?」

「あぁ~そういうこと言うんだぁ~ヴェルくんこそぉ~ぼっちのいじめられっ子のくせにぃ~」

「相変わらず厳しいね、あと友達いないのは否定しないんだ」

「だってぇ~あんなクラスで友達なんか作ってもぉ~意味ないしぃ~。あ、ヴェルくんはぁ~違うよぉ~?大切な友達だからぁ~」

「だったら友達が綺麗にしてる部屋を散らかすのをやめてくれないかい?」

そう言ってヴェルは床に散らばる本を広って棚にしまっていく。

「ヴェルくぅ~ん、何かいいことでもぉ~あったぁ~?」

「どうしてだい?」

「んふふ~、なんかぁ~スッキリした顔ぉ~してるからぁ」

「そうだね……ねぇ、リリス」

「なぁにぃ~?」

「僕は…僕も1組を目指しても…いいかな…」

「当たり前だよぉ~むしろ目指さないとぉ~もったいないってぇ~私も前からぁ~言ってるよねぇ~?」

「そうだね…うん…僕、頑張ってみるよ」

ヴェルは決意を固め、最後の本を棚にしまった。
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